05話
クラウディア・フォン・フィンレーはその日、軍服を着、馬車に揺られて王宮の門をくぐった。職場復帰してから初の勤務で、クラウディアの心臓は高鳴っていた。
(仕事をするのは約50年振りだなぁ)
日櫻怜弌ひざくられいいちにとって定年退職を迎えてからの余生は、楽しくも暇な時間であったので、久々の仕事は気持ち的にレクレーションに近いものがある。
馬が定位置に着くと御者が丁寧に馬車の扉を開けてくれた。クラウディアは御者にお礼を言うと、目の前に見える大きな建物に向かって歩き出す。
ーーーーいい? おじいちゃん。まずは、宮廷内でも2番目に大きな建物に向かうの。それからアーサーを探して、事情を説明して。
ーーーーアーサーって、長男の?
ーーーーそう。アーサーは少し変わってるけど、きっと手助けしてくれるはずだから。
フィンレー邸を出る前に、エミリアが教えてくれたことだった。
兄のアーサーは、クラウディアがこれまでの記憶を無くし、日櫻怜弌ひざくられいいちの記憶だけがある状況を知らない。なにも怜弌の記憶があることを知らせるつもりはない。それは混乱の素なので、ただ単に記憶を無くしたのでフォローが欲しいことを伝える予定だ。
休職中にエミリアや使用人達が、この事を伝えようと動いてくれたのだが、忙しい日々を送っているのか連絡がつかなかった。メイド曰く、新しい呪文を生み出す研究に没頭しているので、大体いつも連絡が付かないらしい。
連絡がとれない以上は仕方がないので、その足でアーサーの居るらしい研修室に向かう。研究室の場所は宮廷にいる人なら殆ほとんどみな知っているので、訊きながら進めばいいとメイドは言った。
とりあえず道沿いに歩いてみる。通常よりも早い時間だからか、道行く人の姿は見えない。
(まぁ、あそこの大きな建物の中に入れば、誰かしらいるだろう)
そんなことを思いながら足を進めていると、背後から男の低い声がクラウディアを呼び止める。