04話
あれから数日経ち、クラウディアは今の生活に慣れてきた。
今ではエミリアの使い魔・雪風とは大の仲良しで、主のエミリアは1人と1匹の間柄に嫉妬を覚える程だった。
「もう! あんたら、いい加減に離れなさい!!」
雪風と屋敷の庭先で、相撲の取っ組み合いをしていたクラウディアは、良い笑顔で「ごめん!!」と言い放つ。その隙をついて雪風が後ろ脚に力を込めて、一気に勝ちをもぎ取ろうと跳躍した。のを見越したクラ嬢は、墨色が飛んだ瞬間に左に力を込めると、宙に浮いた犬の巨体はいとも容易く横倒しになった。
「ヨシっ!!」
男物の服を着、せっかくの綺麗な髪を1本縛りのボサボサ頭になりながらガッツポーズをとる姉の姿を見て、少女はひとり溜め息をつく。
訂正。嫉妬ではなく、ただただ呆れている。
体が若返った為か、エミリアの知らない高祖父の一面が垣間見える。いや、もはや今までかなが知っていた怜弌の方が裏の一面だったのかもしれない。
「おじいちゃんって、こんなにヤンチャだったの?? あたしの知ってるおじいちゃんじゃあない」
「あはは。じいも、若い頃はこんなもんだったよ。私だけじゃなくて、友人達……あぁ、ほら。アルバムの写真みただろう? あいつらもそんな感じで………ーーーーー」
そう言い掛けてクラウディアは口をつぐみ、また開く。
「ーー彼らもいるのかな?」
「え? この世界にってこと?」
「そう。君や私のような存在がいるのなら、彼らもまた、この世界にいる可能性はあるよね」
「……可能性はないとは言わないけど、あたしはまだ前世が同じだった人、おじいちゃん以外知らないよ。それに、あたしが思うに、ここは……所謂異世界転生の世界なんだと思う」
「異世界……転生」
「あたしの知ってる異世界転生の話は、大体主人公ひとりが転生してきて物語を進めるのね。で、あたしは前世の記憶を思い出した時に、自分こそ異世界転生の主人公だって思ったんだけど、おじいちゃんも転生してきたから……よくわかんなくなってきちゃった。」
姉と違い、丁寧に編み込みされたストロベリーブランドの艶々した髪だ。その耳横の後毛を指でくるくる弄る。クラウディアよりも2、3歳若い妹は、女性らしさならとっくに姉を超えている。
(エミリアの言う《異世界転生の物語》が、どういうものなのかさっぱりだが、彼女はその物語の主役になりたいんだな。こんなに可愛いのだから、当然、彼女が主役だろうに)
「……こんな風に、ひとつの世界に何人も転生者が現れることはあまりなくて。それが、3人も4人も現れることなんて考えられない。……召喚とかなら、知ってるのあるけど」
「そう、なのか……」
俯いて動かないクラウディアを、墨色の犬がどうしたのかと見つめる。
「……そんなに会いたかったの?」
「うん? うん。彼らとは、次の世でもまた共に生きようと約束したからね。だから、会えるかなって思ったんだけど……」
「えっ、何それ!? どんだけ仲良いの!?」
「まぁ、とっても仲良かったよね。秋仁とは幼馴染で、物心つく頃にはもう既にいたし。フリッツともすぐ仲良くなって、いつだったか3人で桃園の誓いごっこしたしなあ」
クラウディアはその美しい顔に似合わず、くっくと笑う。
「あぁ……桃園の誓いって、三国志の」
そう、と言ってクラウディアは胸の前で拳を握るポーズをとる。
「我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん……ってね。……でも、私達はあの時代の社会情勢下で3人同じ日時に死ぬことは難しいから、せめて次に生まれてきた時は同じ時代にまた共に生きようって、誓い合ったんだよ」
「それ神様の匙加減次第じゃん」
「まあそうだよな。でも、なんの因果か、今こうして前世でも同じ時間を過ごしたひ孫と、また同じ時間を過ごしている。だから、彼らとの縁も希望を持ちたいんだ」
「……お友達に会えるといいね」
ありがとう、と言って男装姿の少女はにこりと笑う。そして、また雪風と相撲試合を始めようと身構えた時だった。
あ、と何かを思い出したようにクラウディアは体勢を戻し、妹を見つめる。
「そういえば、私って軍人なんだよね? 仕事は行かなくていいのかな」
「体調が戻り次第行くんだろうけど……もう大丈夫なの? 特に記憶のほう」
「なんとかなるし、なんとかするよ。それに、いつ思い出せるか分からないクラウディアの記憶を、いつまでも待って貰う訳にもいかないし」
「そう……分かった。じゃあ、いつからいく?」
訊かれてクラウディアは天を仰ぎ、考える素振りをして見せたがそれは大した時間も掛からなかった。
「明日」