03話 玄孫は妹
この世界には存在したことがないーー?
では、なぜ彼女が知っている?
彼女の口ぶりからすると、私の言う駆逐艦雪風と彼女の言うそれが恐らく同じもので、彼女は実際に見たことがない。が、ある人物に聞かされて知っているらしい。
「うーん。そうだな…………さっきも言った通り、私はこの、クラウディア嬢としての記憶はない。だけどね……正直…………こんな与太話を、言って信じて貰えるかは、分からないが…………私には、恐らく……前世と云われる記憶があって、そのときに乗っていた船が雪風だったんだ。それでね、知ってるんだよ」
え、と小さく呟く少女は、次の瞬間には勢いよく言葉を発す。
「あのっ、日櫻怜弌っていう人、知りませんでしたか? 実は私にも前世の記憶があって、その時の私のひいおじいちゃんだった人が乗ってたんです!」
そう言った彼女の言葉が、すぐには信じられなかった。
「日櫻怜弌は…………私だよ」
胸が詰まる感覚を覚えた。嫌な予感がする。
姉の言葉を聞いた途端、エミリアは膝から崩れ落ち、うずくまる。両手で顔を覆う仕草をしているのは、泣いているのだろう。
「それなりにたくさんの玄孫が私にはいるが、駆逐艦の話をしたのは…………かなさんだけだったから……君は、かなさんで合ってるかな?」
そう優しく問うてみたら、小さく、うんと聞こえた。
ぽんと今は若々しい手で、小刻みに震えてうずくまる少女の肩を宥めるように叩いてみると、暫くして嗚咽が出るのが聞こえてきたので、今度は一緒になって座って両手で包み込んでみた。そうして、腕の中にいる彼女の境遇に、思いを巡らす。
(彼女は前世と言った。前世ということは、もちろん亡くなったからこそここにいるんだろう……いつの間に亡くなったのか……どのようにして亡くなってしまったのか)
ふいに少女は頭を起こし、しゃくり上げながら何かを伝えようと口を開く。
「あのねっ……あた……あたしっーーーー死んじゃったの。おじいちゃんのお見舞い帰りに、トラック……かな? なんか大きな車にぶつかって…………気付いたらここにいて……転生したのは半年くらい前で、今までそれなりに楽しく過ごしてた。クラウディア姉様は冷たくて、怖かったけどね。でも、それはそれでそれで楽しくやり過ごしてたから良いんだけど。けど、やっぱりかなの人生、途中で終わっちゃったんだなあって! おじいちゃんに会って、ずっと思い出せない、前世で後悔してたこと、ようやく思い出した……!! あたし、あたし…………エドモンド・オブリゲート読めてない………っ!!!!」
目を瞬かせ、暫し沈黙ののち、日櫻怜弌改めクラウディアは口を開く。
「エドモンド・オブリ…………え? なんて?」
「『エドモンド・オブリゲート〜神話の恋〜』! あたし、これめっちゃ楽しみにしてて、予約も半年待ちを待って待って待ち続けて、ようや〜〜〜っく、書店でゲットしたァアアア! キャッホーイ⭐︎ って思ってたら……………死んじゃって」
「……そうか」
「そうなの」
「まぁ……無念だったね。それに……そんなに早くに亡くなってしまったとは…………でも、改めてまた同じところで会えて良かったよ。まさか、玄孫が妹になるとは夢にも思わないが、これもまた運命なんだろうな。これからもよろしく……エミリア」
クラウディアは右手をエミリアの前に差し出す。それに応えてエミリアは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でにこりと笑い、その手を強く握りしめた。