02話 駆逐艦 雪風
エミリアと呼ばれた少女は依然、獣を叱りつつも獣の戯れるがままになっている。
「エミリア様! エミリア様……!」
部屋の隅で控えていた使用人の少女が両手を振り振り合図を送り、それに気付いたもう1人の少女が大慌てでドレッサー前に立っているクラウディアに駆け寄った。
「ご、ごめんなさいっ! なかなか言う事聞いてくれなくて……だから……決して、決して無視したとかではないんです……!」
少女は怯えた顔をする。先ほどとは打って変わって顔色も悪く、引き攣った表情をしている。その表情を読むに、謝る必要があるから謝るというのではなくて、ただただ怖いから無条件に謝っている印象がある。
(もしかしたら私は相当怖い女性だったのかもしれない)
「エミリア様……どうやらクラウディア様は、今までの記憶を失くしてしまったみたいです」
部屋の隅に控えていた少女が、エミリアに助け舟を出す。
「……えっ。ほ、ほんとに……? クラウディアお姉様の記憶が……全く?」
一瞬間が空いたのち、ハッとして視線をクラウディアに注ぐ。その目にはどういうわけか、疑念と期待の色が混じっている。
(…………この表情は、なんだろう? 私に忘れていて欲しい記憶でもあるのだろうか)
「……そうなんだ。私は、さっき彼女が教えてくれた自分の名前と兄妹の名前くらいしか知らない。だから、これから色々教えてくれると、嬉しい」
「わ、分かりました!」
「ありがとう。……ところで……」
そう言ってちらりと獣に目を向けた。巨大な墨色は、主人に相手にされず飽きたのか、窓辺に座って外の様子を眺めている。
「さっきから気になってたんだが、その子は何かな? 犬?」
「この子ですか? この子はあたしの使い魔で、ユキカゼっていいます。最近になって使役し始めたばかりなので、まだまだ言うこと聞いてくれないんですけどね」
ファミリア、と聞いて自然とそれがどういう存在なのか、クラウディアは理解できた。
「名前、雪風っていうんだね。なかなかに洒落た名前だ」
は、はい!と言った少女は、とても嬉しそうな顔をする。
「昔、大好きな人が提案してくれた名前なんです。本当は船の名前らしいんですけど、運が良いからとかって」
船、と聞いてクラウディアは懐かしいものを感じた。
「私も運の良い船を知ってるよ。幸福船、とも呼ばれててね、名前は雪風と言った。駆逐艦雪風」
姉の言葉に、妹はこれでもかとばかりに目を見開く。
「幸福船…………? なぜお姉様が駆逐艦雪風を知ってるのですか? その船は……この世界には存在したことないのに」