14話
壮大な曲調のワルツに合わせて、仮面を被った男女が交互に相手を変えて踊っている。華やかなドレスを身に纏う女達。それに負けじと男達も質の良い礼服を身に纏う。
面白いのは、女性側は個人個人がそれぞれ色もデザインも異なるドレスを着ているのに対して、男性側は大まかに礼服の種類が2通りに分かれているところだ。
一方は白と金を基調としたもの。もう一方は赤と黒を基調としたもの。
前世の知識があるクラウディアとエミリアにとってみれば、白地に金刺繍の方はヨーロッパ風。赤地に黒刺繍は中華系のデザインに見えた。
そして今、クラウディアとエミリアが着ているドレスは、クラウディアが白にターコイズブルーの生地をあしらったもの。エミリアはピンクの生地に、花模様の刺繍が細かく縫われたものを着ている。
「あっ。ねぇディア、あの人見て!」
パーティが開催されてすぐ、壁の花になっている姉妹の内、妹のエミリアは1人の男を見つけて姉に見るように言う。
「いま、黄色のドレスの子と踊ってる人……白服の……オストラントの人」
エミリアの示す方向を見ると体躯の良い男がレモンイエローを着た女性と踊っているのが分かった。
そこでクラウディアは、おや? と感じるものがあった。目でその男を追っていると、何やら見覚えがある姿形に動作のような気がする。
銀色の髪に、白い肌。シュッとして見えるがその服の下には屈強な筋肉を宿しているだろう体躯。
確信に近いものがあったが、いかんせん皆が皆、仮面を付けているので実際に近くで会話してみないと判断ができない。
「そういえばあたし婚約者がいて、ここにいるみたいなのよね」
えっ、と驚いたまま妹を見ていると、そのまま少女は話し始めた。
「それが、多分あの人」
そういってエミリアが指差す先を辿ると、先程の銀髪の男がいる。
「えっ……フリッツが??」
「フリッツ? 彼の名前はアルバート・クラークよ。実際に会うのは今日が初めてだけど、一度式典で彼を見てね……その時に一目惚れしちゃって、お父様にどうにか縁談を取り持って欲しいってお願いしたら、先月婚約を結んできてくれたの」
「そうなのか……積極的だな」
色々と思うことはあったが、上手く言葉にできなくて適当なことを言ってしまう。その胸の内は、普律がエミリアの婚約者じゃないことにどこか安心を覚えていたが、クラウディア本人にはその自覚がなかった。
自分の心情など知る由もなく、舞踏会についてぼんやりとその意義の真髄を思う。
いくら魔力を持ち、軍に所属しているといっても、実際に軍事力として使える程の能力を持つ女性は男性に比べて極端に少ないのが現状だし、結局のところ彼女達は貴族令嬢だ。
正直なところ、親としては自分の娘を戦場で死なすよりも、どこかの貴族と結婚して家庭を持ってくれたほうが嬉しいのだ。
国としても戦場で役に立たない兵よりも、いずれ兵になる者を産んで育ててくれたほうが国の発展にも繋がる。ので、割とこうした国主催の舞踏会をちょくちょく開いている。
舞踏会とは、とどのつまり貴族のお見合いパーティだ。ここでどれだけ良い相手と巡り合い、アピール出来るかで人生が決まる。親も必死だ。なので、娘のサポートをする為に母親も一緒に会場に来るのが普通で、今もこうしてクラウディア達と同じように壁沿いにずらりと並んで子どもの様子を見守る姿がある。
(でも、私達には母親がいないから……その代わりに父親が裏で動いたんだな。愛する娘の要望に応えるために)
クラウディアは未だ、父フィンレー卿に会ったことが無かったが、エミリアは優しくて良いパパと言っていた。いつか会ってみたいなと、ぼんやりクラウディアは思った。
会場を流れていた曲が終わり、それまで踊っていた人々が一斉に相手と別れてダンスフロアを捌けていく。
「あっ、じゃああたし、ちょっと行ってくるね……じゃなかった。行ってきますわ」
兄の言葉使い指導の成果はいかほどか? 微妙なところではあるが、訂正して言い直したのでまあ良しとしよう。
妹が去った後は、そこにいた暖かさが確かに消え、周りは他の母親達ばかりだし、クラウディアは若干の寂しさと疎外感を感じた。
(私も動いた方がいいんだろうけどなぁ……自分から声を掛けるのがなぁ……めんどう)
心の中でブツクサ思っていると目の前から赤と黒の礼服を来た男がひとり、近づいてくる。そして近くまで来たかと思えば、クラウディアに声を掛ける。