ソフィアとソフィアでないもの
「私を信じて」
ソフィアが言った。
「信じられないかもしれないけれど」
もうひとりのソフィアが言った。
この惑星『アンドロメダ座14番星b』略して『14番のB』は別名『コピー星』と言われる。
どんなものでもコピーして本物と区別がつかない偽物を作り上げてしまう植物『ボヘミアン』が生息しているのだ。
したがって探索には十分注意しなくてはならない。うっかり『ボヘミアン』に接触したら自分のコピーを作られてしまう可能性がある。
だが乗組員の一人ソフィアがコピーされてしまった。
それにしてもここまでとは。
植物のくせに動き回ることはもちろん、人間の言葉を話し、笑ったり泣いたりする。
すなわち私たちはどちらが本物のソフィアか判らなくなってしまったのだ。
地球へ帰還する時間が迫っている。2時間以内に出発準備を終えなくてはならない。
船長の私と副官のヘジマ、航海士のラモン、そしてアナリストのソフィアとソフィアでないものがこのキャビンで立ち尽くす。
「まず地球への帰還にあたって、地球外生命体の持ち込みは厳しく制限され、違反があれば厳罰が待っています」
ヘジマが言い、ラモンも頷く。
「さらに」
「さらにこの船の地球帰還に要するエネルギー残は4名分のみです」
私から見て右のソフィアが言う。
「簡単だわ。この私と船長とヘジマ、ラモンの4人で帰還すればいいのよ。何でわかんないの。宇宙ボケなの」
左のソフィアが言う。
「そう。簡単なことよ。そっちにいる恥知らずのボヘミアンを焼却処分して私が乗船すればいいことよ。さっさとしなさいよ、頭悪いんじゃないの」
「何というか、どちらもソフィアっぽいことを言うもんだな」
ラモンが面白がっている。
「冗談ではないぞ。決断せねばならない。どちらを連れ帰るのか」
私はラモンを窘めた。
ヘジマが真面目な顔でポツリと言う。
「どちらも残す、という選択肢はありませんか」
左右のソフィアが喚く。
「何言ってんの!馬鹿じゃないの!」
「あんたが残んなさいよ!ヘジマ」
ラモンはニヤリと笑った。
「だが、どちらも選べなければ、両方とも残していくしかないだろう。何しろボヘミアンが地球で繁殖でもしたら大問題だ。人類の危機だからな」
「この人でなし!」「人殺し!」
右のソフィアがラモンを、左のソフィアがヘジマを平手打ちしようとするが、重力錠で拘束されているため人間に触れることはできない。当たる寸前に動けなくなる。
「ぐっ」「痛っ」
二人が痛みに顔を顰めるが仕方ない。もしボヘミアンに触られれば、今度は触られた誰かがコピーされる可能性がある。好き勝手に動き回られたら、種子を放出されてソフィアが3人、ラモンが2人…などということになりかねない。収拾がつかなくなるだろう。
常に冷静な見解を述べるヘジマが私にいくぶん非難の混じった視線を浴びせる。
「船長。だから言ったではないですか。あなたの愛人などを観光目的で乗せてくるからこんなことになるのです」
「失礼ね。アナリストよ。言い直しなさい」
「愛人とか古い言葉つかってんじゃないわよ。このトーヘンボク」
二人のソフィアが文句を言った。唐変木もこんな宇宙の最果てで使う言葉ではないと思うが。
「ヘジマくん。愛人を乗せたのではないのだ。アナリストを乗船させたら、それがたまたま私の恋人だったのだよ」
私は一応弁解をしておく。建前は大切だ。
ラモンがニヤニヤしながらソフィア二人を見比べた。
「可愛い方を連れて帰るというのはどうかね」
「セクハラでパワハラよ!」
「パワハラとセクハラだわ!」
同じことを並べ替えただけの文句を二人が同時に言った。
そうなのだ。言葉の内容、喋る癖、テンポや知能程度までまったく同じとしか言いようがない。見事な擬態だ。
「なぜ簡易DNA検査装置を持ってこなかったのだ」
私の言葉にラモンが何を今さらという顔をする。
「俺たちは今回地層の解析を行うために来たんだ。だいたいその装置を必要なしって言ったのは船長じゃねえか」
「もう少し、君が強引に主張すれば」
ヘジマが押しとどめる。
「無意味な議論はやめましょう。時間がない。出発まで2時間、いえ、1時間45分を切りました。ワームホールが開く時間に間に合わせなければ本当に帰還できなくなります」
「そりゃそうだが、船長の身勝手さがな。まあ黙るよ。確かに時間がない」
ラモンが私への不満をありありと見せながら、口を閉じた。
「選択肢が4つあります」
ヘジマが無表情に言う。
「ふむ、言ってみたまえ」
「はい。その1です。先ほどお話ししました通り、二人とも置いていきます。地球環境のことと私たちの立場を考えればこれが妥当と考えます」
「この馬鹿ヘジマ!」
「お前が残れ!」
ソフィア二人は口汚くヘジマを罵る。息はピッタリだ。
「そう、それが第2の案です。つまりこの2人両方を乗せて、私たち…船長を含めて男性3人の中で誰かが残るという方法があります」
「そうしなさい!それがいいわ!」
「あんたが残ればいいのよ!」
「君たちは黙りなさい。うるさくて口汚い方を残すという考え方もある」
私がじろりと睨むと二人ともピタリと口を閉じる。
ヘジマが頷いた。
「そうです。船長のおっしゃるとおりそれが第3の案です。どちらかを恣意的に、あるいは抽選などで偶然に選択することです」
ラモンがニヤニヤする。
「どう選ぶのが適当だと思う?ヘジマ」
「判りません。…というか正解はないとも言えますね。どちらにしろ、ソフィアのどちらかあるいは片方を地球に連れ帰る場合は決定権のある船長に全責任を負っていただきます」
「む」
私の眉間のしわをちらりと見てからヘジマが続ける。
「私としてはどちらであっても地球に連れ帰るのは大変危険だと考えます。私たちに適用される罰則、帰還の途中でコピーが行われる危険性、帰還後に地球で何かが起こる可能性を考えると両方残していくのが妥当と判断せざるを得ません」
私はヘジマとラモンを見ながらため息をついた。
「なあ。ここへ置き去りにしていったとして、迎えが来るまで生きていられる可能性はあるのか」
ヘジマが無表情に言う。
「可能性はまったくゼロではありません。冷凍して地下に埋めれば1年以内なら0.02%ほどの確率で生存が見込めます。ボヘミアンの個体の方は平気でしょうが」
「つまり絶望ってことだな」
ラモンが結論づけた。
「ソフィアを置いていくことはできない」
私は顔をあげて強めに言った。
「彼女を愛しているのだ」
「ああ、船長…私もよ。心から愛してる」
「地球であなたと一緒に生きたいの。信じて」
ソフィアとソフィアによく似た植物がそっくりの涙を流した。
ラモンが少しだけイラついた表情を浮かべる。
「船長、いい加減にしてくれ!時間がないんだ。どっちか残さないといけねえんだ」
「お前が残る…という選択肢だってあるんだぞ、ラモン」
「げ。本気かあんた。航海士の俺が残って地球に帰還できると思ってんのか」
ラモンの言葉にヘジマは変わらない無表情で答えた。
「すでに座標軸計算は終わっている。この中で帰還に絶対必要という人間はいない」
「余計なこと言うな!お前だって残る可能性があるってことだぞ。何でこの馬鹿女の替わりに俺たちが残らなくちゃいけねえんだ!」
ヘジマがソフィア2人を見比べる。
「まあ、確かに理不尽だ。この女のどちらか、または両方が残るのが妥当だと私も思う」
私は慌てる。
「へ、ヘジマ、君は第4の選択肢を言ってないぞ」
慌てた私の言葉にもう一度、ヘジマが口を開く。
「どうしてもその女性と女性状のものを二人とも連れて帰りたい、そして私たちも全員帰りたいという場合ですが…」
「そんな方法があるのか?」
ラモンが目を丸くする。
「そういうのがあるんだったら先に言いなさいよ!」
「そうよ!この役立たず!」
二人を無視してヘジマが淡々と言う。
「この二人、あるいは我々の四肢を切除して一人分の質量を減らすという案です」
ラモンがギョッとしてヘジマを見つめる。
「そ、それは…ど、どういうこと」
「幸い食糧や水分は節約次第で何とか帰還までは保つものと思われます。問題は乗組員の体重なのです。一人分減らすために4人が手や足を一本ずつ切断すればギリギリ計算が合うでしょう」
私は恐る恐る尋ねる。
「ヘジマくん。もしソフィアだけの場合は…」
「ソフィアとソフィアのコピー両者の四肢をすべて切断することになります。電子メスでAIが手術を行いますので、手術痕さえ残らないでしょう」
何とグロテスクなことを考えるのだ、この男は。ラモンも不気味なものを見る目をヘジマに向けている。
私は考える。こいつは地球で平然と俺のミスや罪を証言するに違いない。こいつを始末するべきか。
「ヘージーマー!あんた、覚えときなさいよ!」
「地球へ戻ったら絶対に殺してやるからね!」
だが実際問題としてコピーを連れ帰ったら私は犯罪者になってしまう。どちらか、あるいは両方を置いていくしかないのかもしれない。どうする。どうする。
「船長!もう時間がない!あと1時間だ!どっちでもいいから決めようぜ!あーもう!何て優柔不断さだ。この船長は!」
ラモン…こいつは私をまったくリスペクトしていない。さっきから気に障ることばかり言う。こいつを残していけたら余程スッキリするに違いない。
ラモンは船長を疑惑の目で見ている。
(何かおかしいぞ。嫌な目で俺を見ている。俺を残そうとか思ってないか、こいつ。最悪の船長だな。やられる前に殺っちまうか)
ヘジマは無表情だ。
(帰還のための合理的な判断には感情論は邪魔だ。ソフィアのどちらかを船長が選択できない以上、残り時間が切迫したら自分の手でどちらかを始末しよう。どちらがいいか。…『役立たず』『殺す』と発言したBの個体の方にしよう。船長が執拗に拒むなら…やむを得ないな、船長も)
その時だった。
3人の男のうち一人がテーブルの裏面に何かの紙片が貼り付けてあることに気がついた。それはソフィアのうちの一人が拘束される前に身の危険を感じて仕込んでおいたものだ。
見つけた人物はそっと他の男性二人には気づかれないようその紙片をテーブルから剥がし、覗き込んだ。
『船長を取り押さえて、この惑星に残していきましょう。私たちは両方とも《ボヘミアン》です。本当のソフィアは20㎞先の森ですでにキノコの菌床になっています。地球に戻れたら私たちの力であなた逹に莫大な富をもたらすことを約束しましょう。大丈夫、地球に戻る前にどちらか一人は船長の身体をコピーするわ』
これは真実なのか虚偽なのか。
メモを持った人物はその紙片を手の中に握りこみ、薄い笑みが浮かぶ唇を手で隠した。
1時間後、探査船は時間通り旅立ち、ワームホールから地球帰還ルートに乗った。
居住スペースの窓に何人かの人影がうごめくが、それが誰かは確認できない。
読んでいただきありがとうございます。リドルストーリーを一度やってみたい!と思いまして書きました。どんな結末がハッピーエンドで、どうなるとバッドエンドなのか面白がっていただけたら嬉しいです。