表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
801/827

第801話 『洛中』

 文禄三年三月二十八日(1594/5/18)


 京都の片隅にある小さな居酒屋の2階。


 薄暗い部屋の中で、3人の男がささやくように会話を交わしていた。


 かつての室町幕府将軍・足利義昭、近江の宇多源氏佐々木氏流六角氏の16代当主・六角義治、そして美濃の斎藤龍興である。


 龍興は信長によって美濃を追い出され、義治は信長に従うことを良しとせずに伊賀を脱出。義昭は信長と純正によって京都を追放されて北条に匿われるも、その北条が純正に服属したため、相模から追い出されて行方不明になっていた。


 彼らの目にはかつての栄華の影は微塵(みじん)も残っていない。しかしその瞳の奥には、今もまだ復讐の炎が静かに燃えていたのだ。


「公方様、近ごろはいかがお過ごしなのでございますか」


「……ふふ。もう公方でもなんでもないわ」


 龍興の言葉に力なく笑い、自虐の意味も込めて義昭は答えた。3人とも信長や純正に没落させられてはいたが、1番長く、1番苦労していたのは義龍である。


 美濃から伊勢長島に逃れた後は根切となるまえに脱出し、三好や本願寺と共同戦線をはるが、結局敵わずにそれ以降は在野において不遇の日々を過ごしていたのだ。


 信長の越前攻めの際は朝倉側で戦うが敵わず、再び野に下ることとなった。


 義昭は六角義治や細川輝経、上野秀政や武田信景らのわずかではあったが旧臣らに守られて相模まで下向しているので、困窮はしたものの、食うに困るというほどではなかった。


 京都に密かに戻ってからは、家臣のあるものは帰農し、あるものは商人の真似事をして金を稼いでは義昭を助けた。


「日々を過ごすのがやっとのことよ」


 義昭は一度深く息を吐き、続けた。


「純正からは山城国槇島に1万石を与えられたとはいえ、かつての栄華に比べれば(ちり)にも等しい。出家して昌山道休と名乗ってはいるが、それも世を忍ぶためじゃ」


 龍興と義治は義昭の言葉に沈痛な面持ちで耳を傾けた。義昭は目を伏せ、さらに言葉を続ける。


「しかし、お主らが今日ここに集まってくれたことは、この老いぼれにとって何よりの慰めじゃ。かつての栄華は失われても、志を同じくする者たちがいる。それだけでも、まだ望みはあるのかもしれぬ」


 義治が静かに口を開く。


「公方様、我らもまた同じ想いでございます。純正への怒りは、いまだ消えてはおりませぬ」


 龍興もうなずいて言葉を継いだ。


「然に候。我らが今こうして集えたのも、純正への想いがあればこそ。まだ諦めてはおりませぬ」


 義昭は2人の言葉に目を細め、かすかにほほえんだ。


「ふむ。お主らの志、有り難く思う。然れど純正の勢力は強大。我らにできることなど、もはや何もないのではないか」


「いえ、公方様。まだ道はございます。純正にも弱点がある。それは……」


 義治が身を乗り出し、低い声で言った。周囲を警戒するように一瞬目を走らせ、さらに声を落として続ける。


「来月十五日に烏丸七条の東本願寺へ参詣する習わしがあると聞き及んでおります」


 龍興の眼が光った。


「なるほど。その道中を狙えば……」


「然れどそう簡単ではあるまい? 肥前国の警備に加え大日本国の警備も加わり、二重の警備となる。近づくことすらできぬのではないか?」


「純正の警備は鉄壁ですが、必ず隙はある。策はあります」


 義昭の懸念に義治は眉をひそめ、周囲に視線を走らせて静かに言うと、身を乗り出してささやく。


「純正は毎月15日の東本願寺参詣を隠れ(みの)にしているとの噂です。真偽を確かめる必要があります」


「表向きと裏の行動を使い分けているか。用心深い男だ」


 龍興の目が鋭く光った。


 義昭が顎に手を当てて『いかにして確かめる?』と問うと、義治は慎重に答える。


「かつての家臣の中に、今も(それがし)に忠義を尽くす者がいます。彼の者は純正に仕えておりますゆえ、内部情報を得られるやもしれません。龍興殿、美濃で培った忍びの術を今こそ発揮していただきたい」


「承知しました。配下に純正の警護を探らせます」


 龍興は即座にうなずいた。


「よし。ならば余も京に残る旧臣と接触しよう。まだ余に忠誠を誓う者がいるはずだ」


 義昭は満足げに(ひげ)をなでると、加えて、と龍興が話を続ける。


「純正のやり方は確かに天下に静謐(せいひつ)をもたらしました。然れどあまりに性急な改革は世の中にひずみを生み、それに得心がいかぬ者たちが多くいるのも事実にございます。彼の者等は身を潜め、表に出ぬようにしておりますが、大日本国の官府(政府)の中にもいるといいます。うまくあおれば、われらの味方になりましょう」


「うべな(なるほど)。純正の政に不満を持つ者たちか。確かに、急激な変化は多くの者の立場を危うくする。そういった者たちの力を借りられれば、我らの計画も実現に近づくかもしれんな」


 義昭は龍興の言葉に深くうなずいた。続いて義治が、周囲を警戒しながら声を潜めて語り始める。

 

「公方様、龍興殿。某にも心当たりがございます。かつての近江の国人衆の中には、純正に不満を抱く者も少なくありません。彼らは表向きは従っているものの、機会があれば立ち上がる用意があると聞き及んでおります」


「そうでございますか。これは思いのほか、我らに味方する者が多いようですな」


 義治の言葉に龍興の目が鋭く光るが、義昭は眉をひそめ、慎重に言葉を選びながら話を進める。


「しかし、気をつけねばならん。純正の諜報網は広範囲に及んでおる。うかつに動けば、すぐさま察知されてしまうだろう」


「おっしゃるとおりでございます。まずは慎重に情報を集め、味方となりうる者たちを見極める必要がございます」


 義治は深くうなずき、静かに答えた。


「そうですな。某の配下の忍びたちに、官府内部の様子も探らせましょう。純正に不満を持つ者たちの正確な数と、彼らの立場を知る必要があります」


 龍興が答え、義昭は2人の言葉に満足げにうなずく。


「よかろう。では、それぞれが持つ繋がりを最大限に活用し、情報を集めることとしよう。次に会う時には、より具体的な計画を立てられるはずじゃ」


 3人は顔を見合わせ、静かにうなずき合った。





 次回予告 第802話 『実行』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国 武将 転生 タイムスリップ 長崎 チート 無双 歴史 オタク
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ