針尾伊賀守の苛立ち
同年 七月
驚いた。まさか本当に、こんなに早く利益を出すとは。
最高級の椿油を五島から仕入れて作ったので、原価が十倍に跳ね上がった。しかし、売価も跳ね上がったので、利益も当然あがる。(椿、栽培しよう♪多分ほぼ全国域で育つから問題ないはず。)
・・・高くても買う人は買うんだな。金持ちは違うよ。ん?そういえば、うん十万のブランド物のバッグや、香水や美容品、前世でも売れてたな。しかも金持ちじゃない。あ!これが多利薄売ってやつか。虚栄心や自尊心を煽る。恐るべし道喜。
しかも千二百貫。仕入れや販売ルート、製造過程を見直すと、もう少し利益を増やせるらしい。製造ラインは問題ない。
最初から気合入れて大工場をつくってるからな。
粗利でこれだけだから、人件費等諸経費引いても、純利益で千貫以上になる。
これだけあれば・・・・
(小早で二百五十・・・、関船で三隻、安宅船でも二隻・・・。綿布は自前で供給可能だから将来的にはもっと安く・・・。鉄砲なら百丁以上、そうだ鉄砲も職人招いて国産化しよう。)
(いや、まだ先か。船は大型より関船~小早の中型武装快速をメインにしよう。大砲を搭載したらアウトレンジだ。フランキ砲?確かこの時代にもあったと思う。ぶつぶつぶつぶつぶつ・・・・・)
は!っと我に返った。いかんいかん。
・・・やはり、餅は餅屋なのだろう。弥市と道喜に一任した方が、俺としても余計な考え事をしなくてもいいかもしれない。
忠右衛門も、最初は訝しがっていたが、目の前に銭を積まれると反論のしようがない。彼には殖産に特化してもらおう。
そしてその道喜を連れてきた弥市だが、いつの間にやら弟子入りして、一から商売のイロハを勉強し直しているらしい。もっとも、師匠である道喜も弥市を気に入っているらしく、昔の自分を見るようで他人とは思えないようだ。
ちなみに太田屋は弟がついだ模様。
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針尾城 針尾伊賀守貞治
とんとんとん、ばばっ、とんとんとん、ばばっ。
扇子を叩き、開いては叩く、目をつむりながら繰り返す。
「このままでは我らは袋のネズミぞ!そもそも昨年のいくさ、我らの主導ではない。横瀬村、川内村を割譲させられ、良い事などないではないか!」
「それに何だ!近頃は領民の逃散が増えている。先月と今月で百人近くだぞ?あり得ぬ。一体何が起きているんだ?」
父上、それに関しましては・・・
「これを御覧ください。」
前置きをして嫡男の三郎左衛門が、何やら小さな石の様な物を差し出した。
「なんだ、これは?」
手のひらに乗るくらいの「それ」は琥珀色をしていて、表面がツルツルしている。
「しゃぼんにございまする。」
「?しゃぼん?」
「はい、元来南蛮渡来にて、日の本にはございませぬ。値も張るので一部にしか流れておりません。」
「それが、どうした?」
「それが先月、大村の市にて売られておりました。」
「なに?いったいどういう事だ?」
「実はそのしゃぼん、沢森平九郎がつくり、販売しているそうにございます。」
「は!武士が商いの真似事をするなど!笑止千万。それで儲かっているのか?」
「どの程度儲かっているのかはわかりかねます。しかし相当量売れているようでした。ただ、問題なのはそこではありません。」
ふむ、とうなずいて三郎左衛門の話を待つ。
「ある日を境に、ピタリと見かけなくなったのでございます。それがしが考えますに、十分に利を得た、もしくはさらなる利を、替わりの品に見つけたのではないかと。」
ふむう。わからん。沢村の小倅が商いの真似事をするのはどうでもいいが・・・。
「問題は、そこではございません。もちろん、沢森が今以上に力をつけ、武器や兵を集めれば脅威にございます。しかし、それより、物を作るのには人が要りまする。なんでも、かなりの職人や人工を雇っておるようですぞ。」
「さらには、中浦、八木原の関をなくし、領内に寄港する牡蠣の浦や大島の帆別銭を免除したとか。もともと沢森の年貢は低いのです。加えて税制を改革し、移住一年目は作物も取れぬゆえ、免除する触れを出しているようです。」
ぐぬぬぬぬ・・・・!!
バキッと扇子が折れる音がした。
人口の減少は即国力の低下なのだ!
「なんと言う事だ!そもそも松浦の助力を得て我らが沢森の権益を奪い、松浦は小佐々の弱体化と、水軍の一部を吸収する算段であったのに!」
『奪うか、壊すか。それしかないかと』
三郎左衛門がさもありなん、と言いたげに、ポツリと答えた。