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小佐々家はブラック企業?あー!もう面倒くせえ!(純久)

「あーもうめんどくさかってな! いきおいか! くそんごた陳情! おいのしごとは陳情の処理じゃなかぞ!!」


(あーもう面倒くせえな! ものすげーな。くそみたいな量の陳情! 俺の仕事は陳情の処理じゃねえぞ!)


 純正と同じく彼杵そのぎ出身の純久は、『ど』のつく長崎(彼杵)弁で愚痴っている。そう、現代も戦国時代もおなじなのです。


『拝啓 弾正大弼様


 おい純正、いい加減にしろよ! いくら殿といっても、丸投げしすぎだ! それに俺の仕事は京都大使館の大使だ。信長公との窓口だったり、公家や幕府の幕閣、そして近隣の諸勢力との調整なんだよ。


 陳情じゃねえよ! 治部少丞なの。弾正大弼と検非違使別当はお前だろう!


 陳情を受けるのは、おれじゃねえ。なんかなし崩し的に長官は俺みたいになっているけど、弾正のさかんでも検非違使のさかんでもいいからなんとかして常駐させてくれ。


 いいかげんブラックすぎるぞ。 敬具 治部少丞純久』


 ■当日深夜


 純久は机の上に積み上げられた書類に囲まれながら、ろうそくの灯りで作業をしている。


「また新しい調停か……いったいいつになったら、平和になるのだろう」


 そうつぶやくと純久は立ち上がり、以前純正に教えてもらった『すとれっち』をしている。手ぬぐいを両手に持ち、頭の上に上げて左右に体を曲げる。


 それが終わると後ろ手に手ぬぐいを持ち、体を前屈させると同時に両手を背中の上に上げる。


(うぐぐぐぐ)


 心の声が漏れる。


「殿、うわ! 何を!? いえ、ごほん。夜遅くまでお働きになって。お疲れにございましょう。そろそろお休みになられては?」


 以前職務で行った近江国坂田郡石田村の、世話になった土豪の息子である。名を佐吉という。父親の石田正継と意気投合し、優秀な近習がいないと愚痴ったら、是非にと勧められたのだ。


「休む暇があれば、休んでいるよ。しかし調停が一つでも遅れれば、うお、うまい! 畿内がまた火の海となるかもしれん」


 純久はぜんぶ一気に飲み干し、もう一杯頼んだ。


「しかし、体を壊しては元も子もありません。少しでも力になりたいのですが」。


(うまい。温度もちょうどいい)。


「ありがたい。では、もう一杯頼む。終わったらこれを……(書類の束を指さす)」


「こちらですね」

 と、佐吉はお茶を渡した後で言い、処理を始めた。


 三杯目のお茶は熱く、量も少なかったが、ふうふうを息を吹きながら飲み干した。


「うまかった。ありがとう」。

「お役に立ててなによりです」


 そう言って佐吉は処理の終わった書類を純久に返した。


「なに? もう終わったのか」

「はい、殿が毎日処理されているのを見ていましたので、それにならって処理しました」


(まじか~。なんだこいつ。出来過ぎだろ)。



 ■翌日


 うわ!? なんじゃこりゃ! と純久が思ったのも無理はない。十人ほどの商人が並んで待っていたのである。


 近習に用件を聞くと、堺の商人だけではなく、自分のところも優遇してほしいとの陳情のようだ。


 やれやれ、と純久は思った。純久の仕事は外交であり、内政ではない。各地の商人の陳情を聞いたところで、本来の仕事の役にはたたない。


 仕方がないから、一応面通しだけはする。陳情も……内容によってはできない事もないが、本業が外交なので、小佐々家と関係のない事はやっても意味があまりない。


 名刺がないので、集まった全員の名前を聞く。やはりお願い事だから、進呈品が山のように集まる。現代で言えば完全に賄賂だが、この時代の感覚はどうなのだろうか。


 越後屋兵太郎へいたろうは越前の国敦賀の商人。蝦夷国との交易を主としている。鉄砲も商う。


 組屋源四郎は若狭国小浜の商人。小浜湊の廻船問屋の筆頭。米買いからルソンとの交易も行う。


 大脇(塩屋)伝内は美濃国稲葉山の商人。屋号の通り塩の売買で巨利を得ている。


 玉越たまき三十郎は尾張国清洲の具足商人だが、信長の怒りをかって追放。京に本拠を移した。


 楠見善左衛門尉くすみぜんざえもんのじょうは三河の廻船問屋筆頭。


 角屋元秀は伊勢国松阪の廻船問屋。大湊発祥で、駿河国清水湊を本拠とした廻船業者。


 田中清六は近江国の鷹商人。鷹商として奥羽に往来し、中央政権と奥羽諸大名との取次人として活動。


 上林竹庵かんばやしたけあんは山城国宇治の茶商、製茶業に携わる。官途は越前守。通称又市。


 末吉利方すえよしとしかた摂津国平野の商人。「平野屋」。廻船業。


 蘇我理右衛門そがりえもん河内国五條の商人。銅精錬、銅細工。「南蛮吹き」を完成。


 かっぷくのいい五十前後の男もいれば、二十代後半の精悍な顔つきの男もいる。


「皆さんの要望は、おおよそ書状にて聞いています。ですが全てをこちらで受けたり、処理をする事はできかねます。ひとまずはどうぞ」。


 と言って応接の間へ向かう。


 小佐々純久(従六位上治部少丞)は、あまり自分の官職にこだわりはなかったのだが、商人にとっては目上の人のようだ。それとも小佐々家だからだろうか。


 まず、組屋源四郎に聞いてみる。若狭の商人だ。


「具体的には小佐々領の産物、琉球や南蛮の品を、直接取り引きさせてほしいという事ですね」


 全員がうなずく。うれしい悲鳴だが、俺の仕事ではない、と思う純久。


「なるほど、ではそれがしの一存では決めかねますので、殿に書状を送っておきます」

 と話を終わらせようとしたが、ふと思い出したように聞いたのだ。


「そうだ組屋とやら、廻船問屋と言うことは、若狭の海から北へいって、蝦夷や奥羽と交易しているのだろう?」


「はい、その通りです」

 と組屋は答える。


「あの、昆布の値段なんとかならんのかね」


 昆布だしの味噌汁が、大好きなのだ。


「あはははは、値段の方は応相談ですが、そのような事しなくとも、治部少丞様でしたら好きなだけ……」


「ああ、いや、そういう事ではないんだ、忘れてくれ」


「構いませぬ。何でもお申し付けください。あとは、私どもも少し困った事がありまして」


 要望、という事ではないようだが、何か含みのある言い方だ。


「どうしたんだ? なにか問題でもあるのか」


「いえ、問題という事ではないのですが、私どもは国をまたいで商いをしているのですが、丹後の商人が殿様の苛政に苦しんでいるようなのです」


 そう組屋は話すと、越後屋の顔を見る。


「それは私も聞きました。取り立てが厳しいのでやっていけない。店を畳んで別の国に行こうか、とも言っておりました」


 越後屋兵太郎はうなずきながら同意した。


「そんなにひどいのか? 確か、一色、左京大夫様か?」


 はい、と二人は首を縦にふる。


「そうか、ん?」


 純久は、なにかに気づいた。


「角屋、と申したな」

「はい」

 と角屋元秀は短く返事した。


「今、駿河はどのような感じだ」


「はい、されば、平穏とは言い難いですな。五月に今川様が遠江の掛川城をお開きになってから、徳川と北条、そして今川で武田を追い払ったら、駿河はまた今川様が治める話でしたが、未だなされておりませぬ」


「うむ」


「理右衛門よ、河内国はどうだ」


「そうですな。今のところは平穏、と言ったところでしょうか。織田様が公方様を奉じて上洛されてからは、北を三好左京大夫様、南を畠山様が治めておられます。畠山様は紀伊も治められてますが、紀伊の南はあまり行き届いていないようです。しかし、ぶっそうだという事はありませぬ」


 これは……と純久は思った。今まで周辺国の情報収集のために人をやっていたが、やはり旅人が知る情報と、そこで生きている商人がもたらす情報は、質が違う。


 これは、小佐々がこの先中央で生きていくために、必要なつきあいじゃないか? そう純久は思ったのだ。もちろん今まで通り人をやって探らせる。情報の精査をするのは必要だ。


 純久は純正に、主要な商人への優遇措置と、その代わり、まずは情報収集という役目を負わせる事を条件に、検討するように伝える事にした。


 商人たちもまた、小佐々家の優遇を受けることで、商売に活路を見出すことができるであろう。こうして純久は、商人たちとの信頼関係を築きながら、小佐々家の外交官として活躍することになる。

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