技
放課後になる。
誰よりも早く来て、
誰よりも遅く帰る。
如月里緒菜とは、そういう女だった。
台本を細かく、チェックしていく。
すると、ドアが開いた。
直樹だ。
「早いね」
大体、一番か二番は、2人のどちらかだった。
「台本、合わせない?」
里緒菜の言葉に、少し驚いたが、直樹は頷く。
2人だけの台詞合わせ。
「例え…あなたが、何であろうと…」
直樹のセリフが続く。
「ぼくの気持ちは、変わらない…例え、あなたがどんな身分でも…ぼくはあなたを」
「愛してる」
里緒菜は台本を閉じた。
「どうしたの?」
直樹は、里緒菜を見た。
しばらくの間。
やがて…。
直樹の方を見ないで、里緒菜は、口を動かした。
「わたし…きいてなかった…」
「何を…?」
里緒菜は、直樹の方に、顔を向けた。
「香里奈のこと…」
「ああ…如月さんは、香里奈さんの知り合いだったね…」
笑いながら、視線を外す直樹。
「香里奈みたいなのが、タイプなんだ…」
その言葉に、反応する直樹。
「ちがう…タイプじゃない」
「タイプじゃないって、どういうことよ!」
里緒菜は思わず、声を荒げた。
「香里奈さんみたいな…タイプが、好きじゃなくて」
直樹は、真っ直ぐ前を見据え、
「香里奈さんが、好きなんだ。タイプとかじゃない」
直樹の言葉も、まっすぐだ。
「香里奈さん…本人だけが好きなんだ」
里緒菜はじっと、直樹を見つめ、
少し目を閉じた。
ゆっくりと目を開けると、
「本当に好きなんだ」
「うん」
里緒菜は、少し苦笑すると、満面の笑みを浮かべ、
「応援するわ。ナオくん」
優しく、直樹の顔を見た。
「ありがとう」
直樹は、里緒菜に手を差し出す。
里緒菜は笑顔のまま、握り返した。
「私。香里奈の友達だから…何かあったら、相談にのるから」
「ありがとう」
直樹は、素直に頭を下げた。
香里奈は一人、学校の階段を降りていた。
恵美も祥子も、もちろん里緒菜も、部活だった。
香里奈だけ帰宅部だ。
降りる向こうに、和也がいた。
「よお」
和也は、香里奈を見上げ、軽く挨拶をした。
「藤木くん…」
香里奈は驚いた。和也に、声をかけられるのは、これが初めてだった。
「一人で帰りかい?」
香里奈は、階段を駆け降りた。
「みんな、部活だから…」
「そお」
和也は頭をかきながら、少しよそよそしく、
「速水さんは、部活やらないのかい?」
香里奈もよそよそしく、こたえた。
「き、興味があるのが、なくって…無理やりやるのも、失礼だから…」
香里奈は、和也の隣に立った。
やはり背が高い。
見上げてしまう。
「という藤木くんは…何かやってるの?」
「俺?…俺は…外の部活がいろいろ…」
「そっかあ!雑誌のモデルやってるものね」
「まあなあ~」
照れたように、和也は鼻の頭をかく。
「今日もあるの?」
「いや…今日は別用だ」
チラット腕時計を見ると、和也は、
「ごめん…もう行かないと」
和也は歩き出す。
「いってらっしゃい」
後ろ姿に、手を振る香里奈。
ふっと、和也の足が止まる。
ゆっくりと振り返り、
「速水!」
「うん?」
香里奈は、手を振るのを止めた。
ほんの少しだけ、和也は香里奈を見つめた。
少し緊張する香里奈。
和也は微笑み、
「直樹をよろしくな」
そう言うと、香里奈の返事を待つことなく、
和也は、廊下の奥に消えていった。
香里奈は、一人立ちすくみ、
和也へのこたえに、戸惑っていた。