演
ガラガラと…建て付けの悪いドアが、開き、担任の先生が入ってくる。
みんなが、一斉に立ち上がり、朝の挨拶が始まる。
担任は、事務的に出席を取り終わると、
「何か、連絡事項はない…ね。…もうすぐ試験だから、予習復習を大切にして下さ…忘れないように」
言い直す先生に、生徒が苦笑した。
一人の女生徒が、口をはさんだ。
「牧村先生!また怒られますよ」
牧村は、キョロキョロと周りを見た。
「仕方がだろ~癖なんだから」
生徒に、あまり丁寧に話すなと、
学年指導に、牧村は何度も注意されていた。
しかし、
社会人から、先生になった牧村優一には、上から話す口調は、なかなか言えなかった。
今日も言えない。
教師になって、3年が経った。
早いもので…。
最初は、母校を志望したけど…空きはなく…たまたま偶然…
季節外れに、体調不良の為、退職した社会科の先生の変わりに…
この学校に、着任することができた。
最寄りの駅で、降りたゆうは、驚いた。
(ここは…)
立ち止まり、見上げた坂道。
そして、その一年半後…。
初めて、担任のクラスをもつことになった。
そのクラスで、再び出会った。
懐かしき面影に…。
初恋の女性に似た少女…。
その少女は、彼女の娘だった。
「先生…?」
生徒の声で、ゆうは我に返った。
少し、ぼおっとしてしまったようだ。
(朝見たCMのせいだな…)
唐突に、画面に映った…懐かしき思い出に。
さらに、綺麗になったあの人の姿を、久々に見た。
噂はきいていたが、日本にいないから、長いこと会ってなかった。
(多分、俺の結婚式で会ったきりだ…)
テレビに見惚れるゆうを、
後ろから、じっ~と睨む妻。
「相変わらず~。明日香さんは、綺麗ですよね」
ぎくっとして、慌ててテレビをかえようとするが…リモコンが見つからない。
「そんなに慌てなくても…わかってることですよ」
妻…牧村幸子。
彼女も、明日香を知っていた。
同じ歌手として…。
今は、たまにしか歌わないが、音楽活動はやめていなかった。
ゆうは、妻といっしょにやっていたけど…
教師になってから、あまりいっしょに、ステージにたっていない。
幸子は、ため息混じりに、
「昔は…。お前をステージに連れていってやるとか、言ってた癖に…」
ゆうを教師になるよう、すすめたのは、幸子だ。
でも、女はむずかしい…。
ゆうはそそくさと、家を出た。
「ごめん、ごめん」
ゆうは、照れたように謝った。
ホームルームの終わりを告げる鐘が、鳴る。
「あちゃ…もう終わりか…ごめん!終礼は、ちゃんとやるから」
すまなそうに出ていくゆうの姿に、生徒から笑いが出た。
「あんなんで~いいわけ?」
香里奈は、後ろの席にいる里緒菜にきいた。
「まあ、牧村先生らしいんじゃあないの」
次の授業の準備を、手際よくしながら、里緒菜はこたえた。
「やれやれ…」
ため息混じりの香里奈。
また音をたてて、ドアが開き、次の授業の先生が、入ってきた。
「起立!」
いつもの決め事だ。
何度かの退屈な授業を、終えて…やっと昼休みだ。
「疲れたぜ」
大きく背伸びして、一番最初に立ち上がったのは、
岸本恵美。
身長175㎝と背が高く、モデルのようでありながら、柔道部という…熱い格闘家である。
「今日は外で、食べようよ」
眼鏡をかけ、小柄で目がクリッとしてかわいい…中山祥子が、香里奈の方に走り寄ってくる。
動きが小動物だ…。
香里奈は、外を見た。
気持ちよいくらいの、快晴だ。
「外いこう!」
「オウ!」
と香里奈、恵美、祥子が声を上げる中…。
一人、授業の片付けをしていた里緒菜。
「あたしはいい…。今日はお昼、部室にいかなきゃいけないから」
さっさと、教室を出ていく里緒菜。
その姿を見送る3人。
「機嫌悪いのか?」
こういうことに敏感な恵美は、香里奈にきいた。
香里奈は首を傾げる。
「演劇部、忙しいのよ!多分」
祥子は、2人の間に入った。
「と、とにかく!外行こうよ」
「ああ…」
そんな3人に、近づく者がいた。
「香里奈さん!いっしょに、ご飯にしましょう」
満面の笑みを、浮かべた直樹だ。
「え…ああ」
思わず口ごもる香里奈。
笑顔の直樹。
そんな2人を交互に、見回す恵美と祥子。
香里奈はまだ、昨日のことを、2人には言ってないことを、思い出した。
「あのさ…」
香里奈が、説明しょうとした。
その時、
何か閃いたみたいに、直樹は声を上げた。
「やっぱり、おかしいよね。男、1人じゃ」
いきなり振り返り、直樹は叫んだ。
「和也!」
廊下側の、一番後ろの席にいる男…。
和也は、教科書を開いて、頭にのせ、さっきの授業から寝ていたらしい。
返事がないので、直樹はツカツカと、和也の席まで歩いていき、
教科書をとると、耳元で叫んだ。
「和也!」
「うるせいな…」
だるそうな声で、和也が目を覚ました。
「和也。ご飯いくぞ」
和也は、直樹の顔を見る。
「昨日…仕事で、あんま寝てないんだ…寝させろよ」
また寝ようとする和也。
「和也!」
直樹は寝させない。
「和也!」
しつこい直樹に、切れそうになる。
「腹も減ってない…う…」
思わずのけぞる和也。
他には見えないように、ボディブロウを、直樹は軽く、お見舞いしていた。
「な、なおき…」
呻く和也の耳元で、何かを直樹が囁く。
顔色が変わる和也。
「て…てめえ…脅す気か」
直樹はニヤリと笑う。
しばらくの間…。
和也は席を立った。
「しゃーねぇなあ…」
藤木和也。
180はある長身に、少し色黒で茶色の瞳…。
雑誌のモデルを、こなすイケメンである。
色が白い直樹とは、対象的だ。
同じクラスではあるが、香里奈とは、別の世界にいるように感じていた。
和也は、だるそうに欠伸をし、香里奈の方を見た。
「で、どこいくの?」
「あ」
口ごもる香里奈。
「屋上です!」
香里奈の代わりに、祥子がこたえた。
「OK、わかった。さっさと行こうぜ」
一番先に、教室をでる和也。
「じゃあ…行きましょう。速水さん」
直樹が促す。
なぜこうなったのか…理解できていなかったけど…
祥子は、和也の後を追う。
「行きましょう」
戸惑う香里奈の耳に、恵美が囁いた。
「あたしは、あんなチャラチャラした男、すかん」
一応、恵美は、祥子の後に続く。
「後で話せよ」
と恵美に、言われても…。
一番理解できてないのは、
香里奈だった。
屋上では、散々だった。
まったく話さない和也と恵美。
逆に、香里奈に、
「これ、おいしいよ」
とか、色々すすめてくる直樹。
直樹と和也に、気を使いまくる祥子。
(せっかくの昼休みが…)
深いため息をつく香里奈。
「ご、ごめん…やっぱり迷惑だったかな…」
香里奈の様子に気付き、はしゃいでた笑顔から、一転して暗い顔になる直樹。
「天気だし…。みんなで食べた方が、おいしいかと…」
直樹は、広げていた弁当をしまう。
「ずうずうしいとは思っていたんだ…」
直樹は、香里奈や恵美、祥子に頭を下げる。
「もう…こんなことしないから…ごめん」
そのまま、屋上から消えていく。
「直樹!待てよ」
慌てて、和也は追いかける。
何とも言えない空気が、屋上に流れた。
「…で、何があった?」
直樹たちが、去ったのを確認して、恵美は、香里奈に詰め寄った。
「何があったんだ」
強い口調の恵美。
祥子も、香里奈に顔を近づけ、
「香里奈ちゃん!」
2人の迫力に圧倒され…香里奈は口を開いた。
「好きだって…言われただけ…」
しばらくの間…。
「えええええ!!」
2人の絶叫。
「どっちよ!飯田くん、それとも藤木くん!」
祥子は、香里奈の肩を掴んで、揺らしながら、悔しそうにきいた。
「い、飯田くんだけ…モデルとちがう方…」
香里奈の言葉に、2人は呆れた。
「あんた、飯田くん…知らなかったの!?」
香里奈は頭をかき、
「あんまり…男の子の名前覚えないから…」
「信じられなあい!あの飯田くんよ!綺麗で、やさしいくって、格好いい…。藤木くんとのツーショットなんて、芸術よ!」
妙に興奮している祥子。
「それなのに~飯田くんを知らなあ~い!それどころか~告白されただとおお!」
いつもと様子が、ちがう祥子に、恵美もひいた。
「そんな事実が広まったら!クラスの…いや、学年の、学校中の女子を、敵にまわしたことになる!あたしも含めて!」
ギロッと、香里奈を睨む祥子。
「ショッちゃん…」
怯える香里奈。
「まあ…そこまではならないけど…友達だから」
というけど…祥子の雰囲気は、怖い。
「でも、驚いたのは…。どうして、香里奈なんだ」
恵美は、香里奈をマジマジと見、
「確かに…よく見りゃあ…美人系だが…」
「ガサツだし、女ぽくないし、可愛げがないし」
普段、そんなことを言わない祥子の言葉が、特に、香里奈に突き刺さる。
落ち込む香里奈の姿に、満足したのか…
かわいそうに感じだしたのか…
祥子は、咳払いをして、
「とにかく…他の女のやっかみに、気をつけた方がいいわ」
実感がないまま、香里奈は頷いた。
「おい、直樹!待てよ」
階段を降りる直樹を、追いかける和也。
階段の途中で足を止め、直樹が振り返る。
「ごめん…和也」
「はあ?」
「お前にも迷惑かけて…」
「何言ってんだよ」
和也は急いで、階段を降りると、直樹の肩に、手を置いた。
「好きなんだろ」
その言葉に、少し驚いた表情の後、直樹は強く、頷いた。
「ああ…」
「だったら、いいぜ。謝るなよ」
和也は、直樹を追い抜く。
階段を降り終えると、逆に振り返り、
「頑張れよ」
「和也!」
「お前には…俺の方が、いろいろ迷惑かけてるからな」
和也はそう言うと、軽く手を上げて…そのまま廊下を、消えていった。
しかし、和也は内心驚き、困っていた。
「よりによって…速水とはな」