告白
あれは、事故だった。
香里奈は、そうきかされていた。
香里奈の父…
啓介のライブを、ニューヨークまで見に行く途中、
天城百合子は…
事故に巻き込まれ、帰らぬ人となっていた。
百合子が、乗っていたタクシーに、脇見運転のトラックが、ぶつかったのだ。
即死だったらしい。
初のアメリカ旅行、
初の海外だった。
詳しいことは、わからない。
だけど、
志乃の言葉だけが、
いつまでたっても、頭から離れず、
忘れられなかった…。
殺した。
音楽をやるな。
香里奈は、あれからずっと、言葉の呪縛から、抜け出せないでいた。
どうしても…
抜け出せなかった。
香里奈は、いつのまにか…
寝てしまったらしい。
玄関のベルが、鳴った。
香里奈は、目を覚ました。
鳴ったか…どうかも、わからない。
けど、きこえた気がした。
部屋の中で、キョロキョロしていると…また鳴った。
香里奈は起き上がると、部屋を出て、階段を下りた。
「どちらさまで…」
ドアチェーンをかけたまま、少し開けた。
「速水さん…夜分遅く、ごめん」
ドアを開けた隙間から、外の様子を見た香里奈の目に、
笑顔の男の子が、飛び込んできた。
香里奈は訝しげに、男の子の見つめた。
知った顔だ…。
同じ学校だと思うけど…
話したことはないし、
名前も知らない。
「こんな時間に、家まで押しかけて、非常識なのは、わかってるんだけど…」
頭を一度下げてから、男の子は、鞄の中をガサガサと、何かを探し出した。
「携帯も、メルアドも知らないけど…速水さん家は、有名だから…直接来ました」
男の子の表情が、明るくなった。
やっと、見つけたみたいだ。
さらに、笑顔になり、
男の子は、手紙を香里奈に差し出した。
「いきなりだけど…」
今度は、顔を真っ赤にして、男の子は言った。
「好きです。付き合って下さい」
「え」
香里奈は目が、点になった。
「何!?」
香里奈は思わず、手紙を受け取ったけど、まだ理解していない。
あまりにも、突然過ぎて。
男の子は、赤くなりながらも、ずっと笑顔だ。
「返事は、今すぐでなくて、いいです。学校で、会った時に…いつでもいいから」
男の子は深々と、頭を下げる。
「じゃあ…失礼します。おやすみなさい」
一方的に、話し終わると、夜道を帰っていく男の子を、
呆然と、香里奈は見送った。
「誰…?」
香里奈は、手紙に視線を移し、首を捻った。
次の日の学校。
香里奈は、里緒菜に昨日のことを話そうと、急いで、教室に飛び込んだ。
「里緒菜!」
「速水さん、おはよう!」
声が被った。
それも、向こうの方が、声が大きい。
香里奈は恐る恐る…声のした方を、見た。
満面の笑顔で、昨日の男の子がいた…。
「同じクラス…?」
香里奈の顔が、引きつった。
「…で、コクられたと…」
昨日の手紙を、団扇のようにあおぎながら、里緒菜は、机に頬杖していた。
香里奈はチラッと、廊下寄りの、真ん中の席を見た。
男の子と目が合い、微笑みかけられる。
香里奈は、ため息がでた…。
里緒菜は、2人の様子を見て、
呆れた。
「コクられたことより…あんたが、知らないことが、びっくりよ」
里緒菜は手紙を、香里奈に返した。
「飯田直樹…成績優秀、スポーツも抜群!加えて、イケメンで、やさしいときたら…どんなに人気があるか…。それなのに…」
里緒菜も、ため息をついた。
「知らないだなんて…まして、同じクラスなのに」
香里奈は、口を尖らせる。
「だって…興味ないし…」
里緒菜は、頭を抱えた。
「色気がないと、思ってたけど…ここまでとは…」
バカにされてるみたいで、香里奈は、くってかかる。
「何よ!あんたは、知ってたの!」
「あのねえ~同じクラスなのよ!それに!」
「それに?」
香里奈は、聞き返した。
「同じ演劇部よ…」
里緒菜の言葉に、香里奈は驚いた。
「うそお!」
里緒菜は、少し機嫌が悪くなっていた。
「ナオくんが…。あんたみたいなのが…タイプだなんて…」
里緒菜はまじまじと、香里奈を、上から下まで見た。
「なによ~」
妙に照れる香里奈…。
「まあ…かわいちゃ…かわいいわね」
里緒菜は少し、納得した。
「あんたのお母さん…綺麗だもんね…」
「そうか~」
実感のない答え…。
「最近CMに、出てるじゃない!あれなんて…歌も上手いし、綺麗だし…」
「CM?」
香里奈は、首を傾げた。
「知らないの!」
頷く香里奈。
里緒菜は呆れながら、
「あんたの親でしょ…。テレビ見てる?」
「見てるけど…見てない」
香里奈の言葉に、里緒菜は、顔を覗き込んだ。
「香里奈…大丈夫?」
心配そうな里緒菜の表情に、
香里奈は思いっきり、手を振った。
「大丈夫だよ」
テレビを集中して見れない理由は、わかっていた。
志乃だ…。
最近よくCMに、彼女は出ていた。
歌番組なら、覚悟はしてるけど…
いきなりのCMは、心を緊張させた。
歌は好きだし…
尊敬もしていたけど…
恐れていた。
そんな気持ちを、知らない里緒菜。
「あんた…普段、何やってるの?部活もしてないし…」
「別に…」
香里奈は、自分でもわからなかった。
時々…
自分が、抜け殻のように、感じる時があった。
「香里奈」
里緒菜の声に、我に返った。
「どうしたの…」
少しぼおっとしてたらしい…。
「あっ…ごめん」
「疲れてるじゃないの…」
「大丈夫。ありがとう…里緒菜」
ベルが鳴り、授業が始まる。