心が雨の日
いつのように、ダブルケイは、営業をしていた。
満席の店の熱気を、下から感じながら…
2階で、香里奈は口笛を吹き、ドラマーである里美の叩きだすリズムに、身を任せていた。
唐突に、玄関のチャイムが鳴った。
普段は、あまり使わない裏口。
一応そこが、家としては…玄関になるけど、駅から遠くなるから、店の扉から、出入りしていた。
どうしても、営業中に、外に出なければならない時だけ、そこを使った。
香里奈は、階段を降り、店のステージとは、逆の方向…右に曲がった。
すぐに玄関がある。
用心深く、
「誰ですか?」
声をかける。
少し間をあけて…
返事があった。
「香里奈ちゃん…あたし…」
声ですぐに、わかった。
香里奈は、急いでドアを開けた。
「志乃ちゃん!」
玄関の前に、志乃が立っていた。
いつのまにか…
外は、雨が降っていた。
傘もささずに…
雨に打たれながら、
志乃は立っていた。
「志乃ちゃん…びしょ濡れだよ…」
香里奈は、志乃の手を掴み、家に入れようとする。
が、
志乃は、その手を、振りほどいた。
その行動に驚いて、戸惑う香里奈に、
志乃は、視線を外し、呟いた。
「こんな…家に入りたくない…」
志乃は、唇を噛み締めた。
雨が…志乃の髪から、頬を伝い、滴り落ちる。
香里奈には、何が何なのかわからない。
「どおしたの…」
志乃は、香里奈に視線を戻す。
「あたしは…」
言葉が出ない。
躊躇いが表情から、わかる。
「香里奈ちゃん…」
志乃は、香里奈を見据えた。
「あたし…あんたは、好きよ…妹みたいに思ってる。本当の妹みたいに…。例え…あいつらの子供だとしても…」
志乃は、拳を握り締め、
「あたしは…許さないから…」
香里奈は、志乃の言葉がさっきから、理解できない。
「あんたに、罪はない…。だけど…あいつらの娘なんだ…」
志乃は、香里奈の胸ぐらを掴む。
「あたしは、歌手になる!そして、あいつらに復讐する」
「志乃ちゃん…」
まだ小学生である香里奈には、
理解できない言葉より、
志乃の怒りが怖くって、震え、身を縮めた。
その様子に気づき、志乃は、香里奈を離した。
涙を溜め、震える香里奈。
志乃は少し、香里奈から離れる。
「香里奈を憎みたくないから…あんたには、やってほしくない…」
志乃は、さらに後ずさる。
そして、叫んだ。
「音楽を!」
そして、香里奈を見据えた。
「あんたは…才能がある…。だから…あたしの敵になる…」
香里奈は、震えが止まらない。
「あたしの妹なら…音楽をやめて…」
香里奈には、意味がわからない。
「あんたのお父さん達が…」
志乃は泣いていた。
ずっと…
雨の中でも、わかるくらい。
「あたしのお姉ちゃんを、殺したの!」
志乃は、泣き叫ぶ。
「あたしは!絶対に、許さないから!」
香里奈は、パニックになる。
「いい…香里奈!絶対に、音楽をやらないで!」
雨が、激しさを増していく。
「あたしの敵に、ならないで!」
志乃はそう叫びと、
土砂降りの中、
走り去っていった。
玄関で、泣いている香里奈を見つけたのは…
ライブが終わった直後の、里美だった。
汗を拭こうと、ステージ裏に、他のメンバーと、扉を開けると、
香里奈の泣き声に、気づいた。
急いでそばに、駆け寄ると、香里奈は、泣き叫びながら、里美に、すがりついてた。
「志乃ちゃんが…志乃ちゃんが…パパ達が…殺したって…」
その言葉を聞き、里美は慌てて、香里奈と2人だけで、2階に上がった。
2階に上がった2人。
「志乃ちゃんの、お姉ちゃんを、殺したって…」
里美は、香里奈の涙を、拭いながら…
「志乃ちゃんが、来たのね…」
天城百合子…。
志乃の姉…。
そう百合子は…。
「あれは…事故だったのよ」
里美は、香里奈を抱き締め、
「香里奈のパパやママが、そんなこと…する訳ないでしょ…すると思う?」
香里奈は、首を横に振った。
「そうよ!明日香達が、そんなことするはずないわ」
里美は、香里奈の頭を撫で、
「志乃ちゃんのお姉ちゃんは、事故で、亡くなったの…かわいそうに…」
里美は、香里奈の頬に手を添えた。
「誰かに、殺されたわけじゃないから…心配しないで…」
里美の言葉と、やさしさに、香里奈はやっと、泣き止んだ。
里美は、微笑みかけ、またぎゅっと抱き締めた。
「大丈夫だからね」
香里奈は、深く頷いて、里美を、抱き締め返した。