新たな声
7時がまわり、ダブルケイの営業が始まる。
里美と2人で、夕食を済まし、彼女が下へ降りていくと、
香里奈は、1人の時間を過ごすこととなる。
あまり防音が、いいわけじゃないから、床から、演奏が漏れてくる。
気持ち悪くなるから、
香里奈は、テレビのボリュームを上げて、かき消す。
お笑い番組を、ぼおっと見てると、
次は、
音楽番組と告げた。
慌てて、チャンネルをかえようとした。
手が、リモコンを持ったまま…止まった。
ゲストの中に、
あの人がいた。
天城志乃。
画面の向こうから…歩いてくる。
できるか、できないかは、歩き方で分かる。
と…有名な音楽家が、言っていたけど…。
香里奈には、その意味が理解できた。
志乃の歩くリズムを、感じていると。
テレビからは、聞こえないけど…見ただけで分かる。
まだ十代でありながら、気品があった。
司会者と話す時は、気さくで、冗談も言う。
けど、
ステージに上がり、曲が始まると…すべてが変わる。
激しいビートと、
周りのダンサー…に囲まれ、
イントロが終わった瞬間、
志乃の肢体が、ナイフのように、空気を切り裂いた。
躍動する肉体が、
注目を彼女に、集中させる。
そして、
歌う。
それは、ダンサーの歌では、なかった。
天は彼女に、
パーカッションのように、弾ける肉体と、
すべてを、駆り立てる歌声を与えていた。
もう彼女しか見れない…。
スタジオは、凄まじい興奮状態になり、
観客は、まるで狂ったかのように、叫びまくる。
そんな様子に微笑むと、
一転して、曲調が変わる。
いつのまにか、持ったギターを弾き始める。
ステージ上で、1人になり、
志乃は、歌い始めた。
声質は変わらないけど…
トーンがちがう。
会場は静まり返り、
今度は、
志乃の歌に、泣きだす。
媚薬の歌姫。
志乃は、そう呼ばれていた。
まるで薬のようだと…。
常用性が、強い麻薬のような…歌手。
それが、志乃という歌手だ。
香里奈は、チャンネルをかえた。
志乃の歌が終わると、あまり興味が、あるものがない…。
結局、見たいものがないから、テレビを消す。
畳に寝転び…
天井を、ぼおっと眺める。
(志乃ちゃん…)
もう長いこと、会っていない。
(最後に会ったのは、いつ…)
香里奈は、物思いに更ける…。
数年前…。