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音の未来へ

「…で、どうするの?」


「まだわかんない」


直樹の質問に、


香里奈は、鞄を振り回しながら、こたえた。


学校の帰り道。


もう日が沈むのが、早い。


真っ赤な夕焼けの中、


前を歩く…香里奈の後ろ姿を見つめながら、


直樹は、ため息をついた。




突然、


香里奈は、足を止めた。


勢いよく、振り返り、


「ねえ。ナオくん」


「な、何?」


直樹は、目をパチパチさせてた。


香里奈は、直樹に近づき、

顔を、


直樹に、近づけてくる。


「な…」


びっくりする直樹の視線は、近付く香里奈の唇に、吸い寄せられる。


思わず、唾を飲み込んだ直樹に、


香里奈は、






にっと微笑んだ。


「今日、あたし…店で歌うんだ!見に来ない?」


「ああ…」


直樹は、がくっと肩を落とした。





「はあ〜」


また…ため息をついた直樹は、


先を歩いていく香里奈に追い付く為、走ろうとした。



「すいません」


いきなり横の道から、


誰かが飛び出してきた。


「ご、ごめん。大丈夫!」


直樹のぶつかったのは、


同じ学校の


知らない生徒だった。



ぶつかった生徒は、


さらさらした真っ黒な髪に、黒く大きな瞳を持った


女の子だった。



女の子はじっと、


直樹を見つめていた。


瞳の奥まで、見ようとするように。



「あ、あのお…」


あまりにも…長い時間見つめるから、


直樹は、知ってる子かと…思い出そうとした。


けど、見覚えがない。


「ナオくん!」


付いてきていない直樹に気づいて、香里奈は、遠くから叫んだ。


「あ!」


直樹は、女の子から視線を外した。


その瞬間、


女の子は、直樹が来た方向に走り出した。


学校の方へ。


「ナオくん!」


香里奈は叫んだ。


直樹は慌てて、香里奈のもとに走った。




「知ってる子?」


「知らない…と思う」


「ふ〜ん」


香里奈はまた、歩き出した。


直樹は首を傾げ、歩き出した。





その様子を、


走り去ったはずの女の子は、見ていた。


遠くから、じっと、


二人が去っていくのを。







「いらっしゃい!飯田くん」


「こんばんは」


ダブルケイの扉を開けると、カウンターの中から、里美が声をかけてきた。


「おかえりー!お姉ちゃん!」


カウンターに座っていた和恵が、香里奈に走り寄った。


「ただいま。和恵」


香里奈は、和恵を抱きしめた。


「遅いぞ。二人とも」


奥のテーブルに座っていた祥子が、振り返り、香里奈たちを睨む。


「さては…寄り道してたなあ」


「まったく…自分のライブがあるからと、招待しておいて」


恵美は、ステージを眺めながら言った。


ステージ上では、


武田に、原田、


そして、阿部という…


かつてのダブルケイのメンバーが、揃っていた。


普段なら、まだ準備中だが……今日は、特別のシークレットライブがおこなわれる。


テーブル席は満席。


すべて、昔からの常連か、知り合いしかいない。


「着替えてきまーす」


慌てて、香里奈はステージ横の扉を開けて、二階へと向かった。


直樹は、安堵の息をつくと、みんながいる席へと、歩いた。


「ごめん…ていうか!みんな、知ってたんだ」


席には、祥子と恵美、


そして、和也と里緒菜がいた。



直樹が座ると、


「ああー!結局…明日香さんに、会えなかったなあ…会いたかったなあ」


祥子は、テーブルに頬杖をついて、ブーブー言った。


「仕方ないでしょ…忙しいんだから」


里緒菜が言った。


「でも、帰ったの〜昨日でしょ〜」


祥子はまだ、文句を言っている。




そんな話をしている間に、着替えた香里奈が、ステージに上がる。


暖かい拍手が、わき起こる。


香里奈は、頭を下げる。


衣装は、赤いドレスだ。


もちろん、和美の服。


カウンターで、ドリンクをつくっている里美は、


ちらっと、ステージ上の香里奈を見て、呟いた。


「まったく…衣装だけは、立派なんだから…」




香里奈は、ベースの阿部に近づき、曲名を告げた。


阿部が頷くと、


原田が、軽快なピアノを奏でる。


曲は、枯れ葉。


それも、晩年のサラ・ボーンのヴァージョンに近い…。


全体的に歌うというより、スキャットで叫ぶ。


まるで、声という楽器のように。




直樹は、ステージ上の香里奈を見つめていた。


それは、恋人を見守る…


やさしい瞳ではなく、


どこか悲しく…


寂しそうだった。







ライブが、行われる前日。


香里奈たちは、空港にいた。



あのロックフェスティバルから、

1ヶ月以上がたっていた。



「じゃあ、行ってくるからね」


明日香は香里奈と、


香里奈の手を握る和恵に、微笑んだ。


「今回は、できるだけ…早く帰ってくるから」


明日香はしゃがみ、和恵の頭を撫でた。


「お姉ちゃんの言うことをきいて、大人しく、いい子でいるのよ」


明日香の言葉に、頷く和恵。


明日香は立ち上がり、


「香里奈」


「ママ…」


明日香が、何か言おうとした時、


明日香の携帯が鳴った。


明日香は、画面を見て、


ため息をつきながらも、電話に出た。


「はい」


そっけない返事に、電話をかけてきた主は、文句を言う。


「何だ?その氷のような冷たい言い方は」


「別に、冷たくなんてないわ」


「こんな風じゃーかわいい女と、思われないぞ」


「大丈夫よ。サミーにだけだから」


「Oh My God!」


サミーは、大げさに嘆く。


「なんてこった…お前というおん…」


サミーが、まくし立ててる途中…明日香の携帯を、横から、取り上げた。


「サミー…誰の携帯にかけてるんだ?」


「What!?」


「まったく…よく電話をかけてくるとは、きいていたが…」



「け、啓介!べ、別にいいじゃないか…た、たまの電話だぞ」


啓介にかわったことに気付き、焦るサミーに、


啓介は呆れ、


明日香に携帯を返した。


明日香は、苦笑しながら、


「というわけで、電話切るわね」


「明日香!電話のことは、啓介に言うなと言っ」


「じゃあ、ニューヨークでね」


サミーの話の途中で、明日香は電話を切ると、


ため息をついてから、啓介を睨んだ。


「あなた!どこ行ってたの」


「ご、ごめん。ニューヨークにいくから…スタジオのみんなにお土産を買うの忘れてて…」


啓介は頭をかいた。


明日香は、ため息をついた。




「じゃあ、香里奈、和恵。ママ達行ってくるね」


明日香と啓介は……啓介が、KKとしてやってしまったことの償いにいくのだ。


KKというドラッグに、はまった人々を、もとに戻すために。


啓介いわく、


狂わすことができたなら、


癒やすことも、できるはずだと。



「まだ…すべてが、終わった訳ではない」


啓介は、脇腹の傷をおさえた。


突き刺さったナイフは、奇跡的に、致命傷にもならず…内臓も、傷つけてはなかった。


「でも、必ず終わらせてみせる」


啓介は誓った。





香里奈のライブが終わり、


里緒菜たちと別れ、


和也と直樹は、二人…家路を歩いていた。


ダブルケイから、家まで、時間にして、歩いて15分くらいかかる。




「どうした?直樹」


和也は、直樹の様子がおかしいのに、


気づいていた。


俯き加減で、どこか暗い表情の直樹。


返事がない。


「直樹!」


和也は、直樹の腕をつかんだ。


直樹は、顔を伏せたまま、


笑い出した。


大声で。


「直樹…」


和也を見ずに、顔を押さえながら、直樹は言った。


「輝いてた太陽が、大好きで…手を伸ばしてた」


直樹の笑いが…


変わっていく。


「それなのに…届きそうに思えた太陽は、あまりにも、眩しすぎて…」


直樹は、泣いていた。


「俺なんかとは、釣り合わない…」


「直樹!」


直樹は、和也の手を振り解くと、


「別れた方がいいのかもしれない…俺なんかとは…」


そう言うと、直樹は走り出した。


「直樹!待て!」


和也の言葉も無視して、


直樹は、


もう暗くなった夜の中に、消えていった。





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