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出陣

土曜日。


フェスティバルは、朝早くから始まっていた。


会場は、ダブルケイから山を越えた隣の県の


さらに南に、海側の山の麓だった。


電車でも、特急で2時間半はかかる。






「速水さん!」


普通土曜日は休みだが、今日は午前中だけ、授業があった。


片付けをしていた香里奈に、直樹が声をかけてきた。

香里奈は直樹を見、微笑んだ。


「終わったねえ…帰ろうか」



「香里奈ちゃん!」


「香里奈!」


祥子や恵美も、そばにやってきた。


「行くのか?」


恵美がきいた。


香里奈は首を横に振り、


「よ、よく考えたらね…あたし、呼ばれてないのよ。今回は」


香里奈は舌を出し、


「それにチケットも持ってないし…」


香里奈は笑った。


「香里奈ちゃん…」


三人は、香里奈を見る。


香里奈は、三人を見ずに、カバンを持ち、


「帰ろうか」


思いっきりの笑顔を見せた。


「どっちでもいいけど…後悔は、しないように」


4人のそばを、里緒菜が通った。


「里緒菜ちゃん」


里緒菜は振り返り、


「あたし。用があるから、先に帰るね」


里緒菜は、教室を後にした。


「何、あの態度」


恵美は、里緒菜の後ろ姿を睨んだ。


「ちょっと、冷たいわ」


祥子も頷いた。


直樹だけが、無言でいた。


「帰ろうよ」


香里奈は笑顔で、そう言うと、


みんなは教室を出た。




「素直じゃないな」


廊下を早足で歩く里緒菜。


その前方に、壁にもたれかかった和也がいた。


里緒菜は、ちらっと和也を見ると、


「別に」


一言だけ残して、そのまま階段を降りていった。


和也は、その後ろ姿を見送った。





「藤木くん」


祥子が、声をかけた。


和也が振り返ると、香里奈たちがいた。


「和也…」


直樹は、和也に近づく。


和也はフッと笑うと、直樹の肩に手を置いた。


「帰ろうか」


直樹は、少し考えた後、


軽く頷いた。



「……ねえねえ!昨日のテレビなんだけどね」


話題を変える為に、祥子が口を開いた。


4人は、歩きだした。


直樹と和也の前を、香里奈たちが談笑する。


直樹は、香里奈の横顔を見つめた。






まっすぐ、マンションに帰った香里奈は…リビングに入って、


ぎょっとした。


里美がいたのだ。


「おかえり」


「た、ただいま…」


驚く香里奈に、里美は微笑み、


「昼ごはん、つくったから…着替えたら、食べなさい」


「う、うん」


香里奈は慌てて、隣の部屋にいこうとして、


ソファの角につまずいた。


「慌てない」


里美は、料理をテーブルに運びながら、ため息をついた。


着替えを済まし、


ソファに座ると、もう…ちらし寿司が用意されていた。


「うわあ」


感嘆の声を上げると、


「久々だ!」


香里奈は、手を合わせ、


「いただきまあす」


と、箸を持った。


里美はキッチンから、香里奈の様子を見守る。





「ごちそうさまでした」


香里奈が、箸を置くのを待って、


里美は、キッチンから出た。


「あんた…行く気でしょ」


「え?」


お茶を飲もうとした香里奈の動きが、止まる。


「あんたの考えなんて、すぐわかるんだから」


そして…里美は、あるものを手に取ると、香里奈の横に置いた。


「これは…?」


それは、古びた楽器ケースだった。


「これを…明日香に渡してほしいの」


「ママに…?」


里美は、ケースを開けた。


そこには、トランペットが納められていた。


里美は懐かしそうに、トランペットを見つめ、


「これは…あなたのお爺ちゃんが、使っていたもの…そして、明日香が受け継いだトランペットよ」


香里奈は、トランペットに触れた。


冷たいはずなのに、


とても暖かく感じた。


里美は、トランペットを見つめながら、


「これは、あの子のvoiceだった…。だけど、啓介さんと離れ、バンドを解散してから…ずっと店にしまってあったの」


里美は、トランペットに触れている香里奈の手の上に、自分の手を重ねた。


「明日香に、届けてあげて…あの子の声を」


「うん」


香里奈は、頷いた。


二人は、そっと手を離すと、


ケースを閉めた。


「里美おばさん」


香里奈は、立ち上がった。


手にケースを持って、


「ありがとう」


里美は微笑み、


「気をつけて、いってらっしゃい」


「いってきます!」




香里奈は、里美に敬礼すると、


風のように、


マンションを出ていた。




香里奈を見送った後、


里美は、深々とソファに腰掛けた。


「まったく…親子揃って…世話がかかるんだから…」


里美は、タバコを取り出した。





マンションの入り口をでて、


最寄りの駅へと歩く香里奈に、誰かが声をかけてきた。


「香里奈さん」


香里奈は、キョロキョロと周りを探した。


駅の入口近くに、いつも笑顔の直樹がいた。


「ナオくん…」


香里奈さんと、あまり言ってくれないから、


最初、直樹だと思わなかった。


「やっぱり行くんだね」


直樹はまだ、制服のままだった。


どうやら、みんなと別れてから、


ずっと駅前で、待っていたみたいだ。



「どうして…」


直樹は、やさしく微笑み、


「これを渡したくって…」


直樹は、一枚の封筒を、香里奈に差し出した。


「これは…?」


「開けてごらん」


香里奈は、封を開けた。


中から、一枚のチケットが出てきた。


「これって…」


「今回のロックフェスティバルのチケットだ。もう完売して、プレミアがついてる」


香里奈は、チケットをまじまじと見つめ、


「どうして、これを…」


「和也が言ってた…今回は、時祭グループが、メイン主催者じゃないから、チケットが手に入らないと」


「時祭?」


香里奈には、聞き覚えのない名前だった。


「だけど…今回の主催者の一人に…彼女の実家が入っている」



「彼女?」


香里奈は、首を捻る。


「チケットの一番下を、見てごらん」


香里奈は、チケットの下の方に書いてある主催者の名前を見た。


「如月………如月って!?」


香里奈は、はっとして、


直樹を見た。


直樹は頷き、


「如月さんの実家だ」


全国チェーンの飲食店を、経営する如月チェーン。


里緒菜の実家の会社だ。



「如月さんから、香里奈さんに渡してくれと…」


「里緒菜が…」


「あの子は…どうせ、とめようが…チケットがなかろうが、行く子だからと」


直樹は、香里奈に少し近づき、


「時間がないんだろ」


香里奈はチケットを握りしめ、深く頷いた。


「行こうか」


駅の中に入ろうとする直樹を、香里奈は止めた。


「ナオくん…ごめん。あたし、一人で行きたいんだ」


「え?」


直樹は、香里奈の顔を見た。


その真剣で、強い決意を持った表情に、


直樹は、納得した。


「わかった…。いってらっしゃい」


直樹は足を止め、香里奈に道を開けた。


「ごめん」


改札の中に、消えていく香里奈を、見送る直樹。


改札を通った香里奈の足が、止まる。


「ナオくん…」


香里奈は、振り返る。


「帰ったら、デートしょうね」


突然の香里奈の提案に、少し驚きながらも、直樹は頷き、


「うん。デートしょう」


「初デートだね」


「そうだね」


「楽しみ」


「俺もだ」


「ナオくん」


香里奈は、手を振る。


「いってきまーす!」


香里奈は一気に、ホームまで走った。


手に、楽器ケースと、


チケットを握り締め…。


今、


香里奈は旅立った。







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