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問題点

「これは、大変なことになりましたよ」


学校内、


職員室で、議論が交わされていた。


ディスクの上に、置かれた新聞。


そこに書かれた記事。



「本校の生徒が、このような事件に、かかわっていたとは…」


「信じられませんわ」


「大体…先日、マスコミが押し寄せた時に、きちんと注意していたら…」


「即刻、この生徒を呼び出して…」


「その必要は、ないでしょ!」


色めき立つ先生たちの中…一人、冷静に様子を見ていたゆうが、音を立てて、席を立った。


「この生徒には、何の問題もありません。ただ巻き込まれただけです」


ゆうの強い口調に、他の先生たちは黙る。


みんな、及び腰なのだ。


「牧村先生…。しかしですな…」


議論の中心にした教頭が、口を開いた。


「このような事態に、本校の生徒が、かかわっているということは…」


「巻き込まれただけの生徒に、どんな問題があります」


「しかしですな…学校の評判というものが…」


「この生徒は、牧村先生のクラスでしょ」


ゆうは、他の先生の様子を見て、ため息をついた。


そして、


「何か、学校に迷惑がかかるようでしたら…私が責任を取ります」


と言った。


つまり、こういうことなのだ。


面倒なことには、関わりたくない。


誰かの責任にすれば、楽になる。


「失礼します」


授業が近い為、


ゆうは職員室を出ようと、ドアを開いた。


「うん?」


ドアの前に、誰かいた。


「如月さん…」


里緒菜は、うつむいていた。


「職員室に、何か用?」


ゆうが、道を開けようとしたら、


里緒菜は手を振り、


「いえ、違うんです!」


ゆうは、肩をすくめると、


廊下に出て、歩き出す。


「先生!」


慌てて、里緒菜が後を追いかける。


「か、香里奈…速水さんのことで、何かあったんですか?」


里緒菜は、ゆうの横に並んだ。


「聞いてたのか…」


「はい…」


里緒菜は頷いた。


ゆうは失笑すると、


「何の問題もないよ」


「でも…先生が責任を取ると…」


ゆうは、足を止めた。


そして、里緒菜の方を向いた。


「教師にとって、一番大切で、守るべきは、生徒だ」


里緒菜は、少し驚きながら、ゆうを見た。


「学校の名誉とか、評判とかではないよ」


「先生…」


ゆうは微笑み、


「例え…その為に、学校をやめなければならなくなっても、本望だ」


ゆうは前を向いた。


「教師は、学校の為ではなく…全生徒、一人の生徒の為に存在してるんだよ」


「でも、先生が…」


里緒菜の言葉を、遮るように、


授業が、始まるチャイムが鳴った。


「ほら。授業が始まるぞ」


ゆうは、もう一度笑顔を見せると、


次に授業をする教室に向かって、歩き出した。


里緒菜は、そんなゆうの背中をただ…見送った。






昼休み。


いつもの如く、香里奈たちは、屋上にたむろしていた。


「あれ?藤木くんと飯田くん…お弁当なんだあ」


弁当を、パクついていた祥子は、少し離れた所に座る二人の手元に、気づいた。


祥子は、二人の弁当を覗き込み、


「それも…おかずとかいっしょだあ!」


必要以上に、大声を出す祥子に、直樹は苦笑して、


「和也のお母さんにつくってもらったら…」


「ああ…俺たち、いっしょに住んでるんだよ」


和也は、エビフライをくわえながら、こたえた。


「えええー!」


祥子と恵美が、声を張り上げた。


「か、香里奈ちゃんは、知ってたの?」


そばで、特大サンドイッチと格闘している香里奈に、


祥子がきいた。


サンドイッチを頬張りながら、


香里奈は、首を横に振った。


顔をしかめ、一気に飲み込みと、再びサンドイッチを手に取る。


「よく噛まないと、よくないよ<emj:145>じゃなくて…」


祥子は、身をよじらす。


「何で知らないのよお」


「ううう…」


香里奈は、サンドイッチをくわえながら、


首を捻る。


「香里奈ちゃん…」


祥子は、情けなさそうに、呟いた。


直樹はクスッと笑い、


「香里奈さんは、いろいろ大変だったから…伝えるのが、遅くなっただけだよ」




屋上の扉が開き、里緒菜が入ってきた。


「りゆおなあ!」


香里奈は、サンドイッチを頬張りながら、里緒菜に声をかけた。


「遅かったじゃない」


恵美は、おにぎりを手にしながら、里緒菜に言った。


「ちょっと確認を…」


里緒菜は、フェンスにもたれかかった。


「確認って?」


祥子がきいた。


里緒菜は、香里奈に視線を移し、


「4限目前に、職員室に行ったとき…聞いたのよ」


「何を?」


恵美たちの注目が、里緒菜に集まる。


香里奈はキョトンとして、サンドイッチを食べながら、里緒菜を見る。


里緒菜は、ため息をつくと、


「この前のコンサートについてよ」


「コンサート…」


和也は、呟いた。


直樹は、真剣な顔になる。


「ちょっと問題になってたけど…この件は、何かあったら、牧村先生が責任を取るということで、治まったわ」



「別に、学校は関係ないだろ」


和也は、弁当箱を置いた。


「マスコミが、学校に来たから…問題になって、報道されるのがこわいのよ」


「けっ!いやだね」


恵美は唾を吐いた。


「香里奈ちゃんのせいじゃないのに…」


祥子は、香里奈を見た。


香里奈は、サンドイッチが喉に詰まったらしく、紅茶を流し込んでいる。


祥子は、ため息をついた。



「香里奈!」


里緒菜は香里奈を見、


「今までのことは、別にすんだことだから、いいけど…これから、どうするの?」


香里奈は、ふぅと息をはくと、里緒菜を見た。


少しの沈黙。


「里緒菜ちゃん…。か、香里奈ちゃんは、もう、あんなのには、かかわらないわよ…ねえ」



祥子は慌てて、里緒菜と香里奈の視線の間に、割って入る。


「今回の騒ぎはもう…あんた一人で、止められるレベルじゃないわ」


里緒菜の口調は厳しい。


「この前も、ナオくんや藤木くんに、助けに来てもらわなかったら…どうなっていたか」


何も話さない香里奈を、里緒菜は睨む。


「里緒菜ちゃん」


祥子は、里緒菜に近づく。


里緒菜は、祥子を無視し、


「ここで誓って…」



香里奈の前に行く。


「もう二度と、あんなことにかかわらないと」


マットの上で、座る香里奈を、里緒菜は見下ろした。


「里緒菜…」


香里奈は、やっと口を開き、おもむろに立ち上がった。


香里奈と里緒菜は、お互いの目を見つめる。


しばらく、じっと様子を見ていた直樹は、


静かに口を開いた。


「この騒動を、止められるのは、速水さんだけだ…」


「ナオくん…」


里緒菜は、直樹の方を向く。


「これは…ただの騒動じゃない…。音という目に見えない…おそろしいものとの闘いだ…」



直樹は、会場の通路で聴いた音を思い出していた。


「音のドラッグと言われるくらい…凄い音だったけど…」


直樹は、目をつぶった。


瞼の裏に浮かぶ…


あの輝いた歌声。


公演で会った…


あの女の子。


「でも、速水さんの歌にはかなわないよ」


直樹は目を開け、


「ぼくには、わかる」


そう言い切った。


「俺もそう思う」


和也は、もたれていたフェンスから離れ、ドアに向かって歩き出す。


「この問題は、社会問題になっているが…根本的には、親子の問題だ」


和也は、ドアのノブをつかむと、振り返った。


「俺はそう思う」


ドアを閉め、


和也の姿が消えた。


香里奈と里緒菜は、和也を見送った後、再び顔を見合わせた。



「ったく…あいつは…」


直樹は、和也が忘れていった弁当箱を片付ける。


「あいつは…」


文句を言いながらも、片付けを終えると、


直樹は、香里奈と里緒菜に、近づき、


「問題はないよ…」


直樹は里緒菜を見、


「でも…やっぱり心配はあるけど」


香里奈を見た。


そう言うと、弁当箱を抱えながら、二人の間を通り抜け、直樹はドアへと歩いていく。


里緒菜は、その後ろ姿を見送った。



「里緒菜…」


香里奈は口を開いた。


「ありがとう。でも…あたしはやらなくちゃいけない」


里緒菜は仕方なく笑うと、


「行くときは、ちゃんとあたしたちに言ってよね」


里緒菜の言葉に、香里奈は深く頷いた。


「うん」


その様子に、祥子と恵美はほっと胸を撫で下ろした。







中央国際空港。


待合室に、2人の男と女がいた。


男は40前後。


女は20代前半。


「ニューヨーク、よかっただろ」


男は、感嘆のため息をついた。


「はい。あんな近くで見れるなんて…感動でした」


女は、愛想笑いを浮かべた。


男は気付かず、


「そうだろ。あそこは、会員制で〜日本人は入れないだよ」


男は、自慢げに話し続ける。


「特別にコネで、見ることができたんだよ」


「あんまり、音楽が分からないあたしが、感動しましたもの」


「マイケル・ガット、トーマス・ミラー…ジョン・マクドナルド…世界一流のミュージシャンを間近に見れたなんて、しあわせだよ」


男は、女の肩を叩き、


「君は幸運だ。彼らは、めったに日本に来な…」


男の動きが止まる。


目の前を通り過ぎていく一団に、


目を見開き、あんぐりと口を開ける。


「課長…」


女は、動きの止まった男の横顔を覗いた。


「そんなばかな…」



空港内を、颯爽と歩く一団の先頭、


白髪の老人は、携帯を取り出し、


徐に電話をかけた。


「明日香か?」


老人はサミーだった。


「今、日本に着いた。みんなもいっしょだ。どこにいけばいい?」






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