レクイエム
テレビは大々的に、コンサートでの騒ぎを報じた。
ここ何十年、なかったコンサート会場での暴動は、
セキリュティーの問題や、
音楽そのものの公演に関して、議論された。
かつて、70年代。
ジミー・ヘンドリックスが危惧した…
ロック等のコンサートに、若者がいき、その場で暴れ、騒ぎ、
ストレスやパワーを発散することにより、
世間に対する運動や暴動が、減るだろうと…。
事実、
ここ何十年もの間、
日本では、若者による暴動は起きてはいない。
コンサートやライブ会場でいう…鳥かごの中でだけ、
羽ばたいていたのだろうか…。
今回の騒ぎは、
だだ騒ぐだけではなく、
止めに来た警察に、何万人が殴りかかるという事態に陥った。
すぐに騒ぎは、治まったわけではなく、
観客ではなく、警官やガードマンに怪我人が続出していた。
KKたちの危険性を、報道したテレビ局に、
何千人もの人が、押し寄せるという事件が発生した。
「このような事態になったことは、大変な問題であり、今の若者の…一部の過激すぎる表現が…」
朝の報道番組で、中年のコメンティターが意見を述べている時、
突然起こった。
「逃げて下さい!」
生放送本番中のスタジオに、誰かの声がこだました。
メイン司会者やゲストのタレントが驚き、
戸惑う中、
スタジオになだれ込んできた人達。
「何だ!取り押さえろ!」
スタッフが叫んだ。
しかし、
無理だった。
なだれ込む人の数が、止まらない。
慌てて逃げる出演者たち。
何千人が一斉にテレビ局に、押し寄せたのだ。
それだけの人々を抑えるセキリュティーは、テレビ局にはない。
その混乱は、テレビを通じて、お茶の間に映し出された。
「警察を呼べ!」
スタッフが叫んでいた。
同時刻…
近くにある2カ所ある警察署にも、
何千人もの人々が押し寄せていた。
革命家でも、過激派でもない…
普通の人々。
日本は、世界で一番、危機管理ができていない。
ある人物がいっていた。
その気になれば、どこにも入れる。
会社でも、国会でも、テレビ局でも、
掃除のアルバイトにでもなれば、
えらい人の近くにいけると。
そして、何百人が一斉に、
前触れもなく、堂々と中に入ろうとしたら、
それを止める術はないと。
「ねえ…知ってる?」
安ホテルの一室で、テレビを見ていたティアは、一通り笑ってから、
ジャックの方を見た。
「この国って…今まで一度も、民衆による革命によって、国ができたことがないらしいの」
「へぇー」
ジャックには、興味がないみたいだ。
「民衆が、国を動かしたことがない…奴隷の国なのよ」
ティアは、タバコをくわえると、
「よく世界中にあるじゃないカーニバルとか…有名な…。あれは、奴隷が1年に1回だけ、騒ぐことを許された日が、はじまりらしいわ」
ジャックは欠伸をする。
「この国なんて、その典型よ。夏だけの祭り」
ティアはクスッと笑い、
「今もそうね。正月だとか、誰かが優勝したときや…普段も、コンサート会場やライブハウス、仕切られたストリートという名の安全地帯」
ティアは煙を吐く。
「暴れる場所も、発散する所も決まってるから…セキリュティーは甘くなる」
テレビの画面は変わり、
別の地方のスタジオが映り、
そこでも大慌てしている。
「公共施設を襲うのは、一部の人間だけ…テロリストも少数…」
ティアはにやりと笑い、
「まさか…民衆が革命を起こすとは、想定してない」
「革命か…?これが、ただ頭がおかしくなってるだけだろ」
ジャックは、また欠伸をした。
「でも、楽しいじゃない」
「この前、コンサートに来た人数だけじゃないな…」
「群衆意識に…祭感覚。すべてが、狂ってるわけじゃないけど…おもしろ半分で参加している」
「確かに何千人もいたら、捕まえられないよな。それも、普段捕まえる方の警察を、ターゲットにしてるしな」
「まさか…最初に襲われるとは思わない」
ジャックはティアを見、
「まさか…指示したのか…」
ティアはタバコをふかし、
「ちょっとね…」
「どうやった?」
「KKのホームページに登録している者に、一斉にメールしただけよ」
「何と?」
「次にコンサート予定の、中路山音楽フェスティバルが…警察とテレビ局の圧力で、中止になりそうだと」
「そんなことしたら…足がつくぞ」
「構わないわ。別にバンドがなくなってもいいし、この国に長く…いる必要もないし」
ティアは、灰皿にタバコをねじ込むと、
「あたしたちはただ、音楽を聴かせてるだけ…。薬をばらまいてるわけでもない」
「しかし…」
「もし、音がおかしいといわれても…それを確証して、犯罪に認定するまで時間がかかるわ」
ティアはクスッと笑い、
「音が犯罪になれば…どうなるかしら?世界中のビジネスのやり方が、変わるわよ」
「まあ…金にはならないな」
ジャックも、タバコを取り出した。
「だから、今のうちに…」
「お前は、この国に革命でも起こさせたいのか?」
ジャックの問いに、
ティアはテレビを消し、
「狂えばいいのよ。こんな脳天気な国。あの国の属国の国なんて」
ジャックはタバコを、ティアの前の灰皿に捨てると、
「俺は、金になればいい」
そのまま、ドアに向かう。
外に出ていく時、ジャックは振り返り、
「この国の次は、どこにいく?」
ティアは、消したテレビ画面を見つめながら、
「脳天気な国よ」
「探しとくよ」
ジャックは苦笑すると、ドアを閉めた。
次のKKが、ライブする予定である…中路山ロックフェスティバルは、あらゆる利権と、ファンの狂気的な運動になり、
開催されることになった。
警察や機動隊が、会場を包囲しながらであるが…。
チケットは売り切れており、
何十万人が、会場に詰めかけることになっていた。
テレビCM、ネット…
駅や街頭に、
フェスティバルは告知され、
音楽ファン以外の話題も、独占していた。
KKのメインスポンサーである時祭グループは、今回のフェスティバルをもって、KKから手を引くことを、決定していた。
多大なる利益を上げたが、これ以上は、イメージを悪くする恐れが強かった。
時祭光太郎は、先日のコンサートの騒動を伝える新聞を、無造作にディスクの上に、ほり投げた。
ため息をつき、席を立つと、窓まで歩いた。
外を眺めていると、携帯が鳴った。
光太郎は携帯を取り、番号を見て、ふっと笑った。
「なんだ?」
光太郎は、電話に出た。
「ちょうどいい…私も話があった」
光太郎は振り返り、ディスクの上を見つめた。
「お姉ちゃん、元気?」
和恵は、明日香と手をつなぎながら、スーパーからの買い物の帰りだった。
「元気よ」
明日香は、和恵に微笑みかけた。
「いつ、うちに帰ってくるの?」
「もうすぐよ」
数は少なくなっていたが、ダブルケイ前は、まだ何人かのマスコミが張っていた。
「ママ…」
和恵が、明日香の後ろに回った。
明日香は前を見た。
ダブルケイに通じる坂道の入り口に、一人の男の子がいた。
マスコミ関係ではない。
学生みたいだ。
男の子は頭を下げた。
「速水明日香さんですね」
男の子は、明日香に近づいてくる。
「あやしい者ではありません。香里奈さんの同級生で…」
男の子は、明日香たちの前で止まった。
「時祭光太郎の甥です」
男の子は、和也だった。
「時祭…父の…」
「はい」
和也は頷き、
「藤木和也と申します。明日香さんとは、いとこになります」
明日香は、和恵の頭を撫で、
「大丈夫」
微笑んだ。
和也は二人の様子を、やさしく見つめた。
「で…あたしに何か、用かしら?」
明日香は和也を見た。
「はい」
和也は頷き、
「ここでは何ですから…」
近くの茶店に促そうとした。
「少し、待っててくれる?」
明日香は和恵を、ダブルケイに先に返した。
和也は、その場で待つことにした。
「あたしに話って…」
明日香は、コーヒーを一口すすった。
和也は、明日香の前に座り、
「あなたが…今度開催される中路山ロックフェスティバルに参加したいと、おききしたものですから」
「誰からきいたのかしら?」
和也は、明日香から、目の前のコーヒーを見つめ、
また視線を、明日香に戻した。
「おじさんからです…」
「父から?」
和也は、コーヒーを手に取り、
「今回のフェスティバルは、時祭グループも参加しています。いろんな情報が、入ってきます」
一口コーヒーをすすり、
「もう参加メンバーは、決まってますが…何とか参加できないかと、いろんなところに、働きかけていらっしゃると」
和也は、明日香を見、
「なぜ…お父上に、直接頼まないのですか?」
明日香は苦笑した。
「あたしは、あの人ともう関係ないから」
明日香は、カップを置くと、
「あなたが、香里奈と同級生なのは、驚いたわ。これからも、香里奈をよろしくね」
明日香は、和也に微笑んだ。
「だけど…」
明日香は伝票を取り、
「今回の件は、父やあなたには、関係ないのないことよ」
席を立とうとする明日香。
「待って下さい!」
和也は叫んだ。
「俺は!香里奈さんを監視する為に、無理やり、香里奈さんと同じ高校に、通わされました」
明日香の動きが止まった。
「そんな俺を支える為に…親友の直樹は、同じ学校に通ってくれています。祖父と離れ、バイトしながら、生活費や家賃を払って!」
「飯田くん?」
「俺は、そんな直樹に何も、返してやれません」
和也は、明日香を見つめ、
「だから…直樹の彼女である香里奈さんの為に…親戚である、あなた方の為にも」
和也は叫ぶ。
「何か、してあげたいんです!」
明日香は、再び席に戻った。
「ありがとうございます」
和也は頭を下げると、
「フェスティバルの参加予定アーティストの一組が、この前の騒動を恐れ、キャンセルしてきました」
和也は、フェスティバルの予定表を取り出し、
「その為、プログラムが一部変わります」
フェスティバルは、ステージが2つあった。
「B会場の、5時からスタートのアーティストが抜けることになります。この同時刻…A会場で、ライブをスタートするのが…KKです」
「ありがとう」
明日香は頭を下げた。
「あ、頭を上げて下さい。世界的にも、有名なあなたに、出て頂くんですから…本当はきちんと、契約しなければならないんですが…」
「時間がないんでしょ」
フェスティバルは5日後だ。
「ギャラとかはいらないわ…有り難う」
明日香の言葉に、
「いえ…有り難うなんて…こちらこそ」
和也は頭を下げた。
「やることができたわ…。こちらも、準備を急ぎます」
明日香は席を立ち、
「和也くんだったわね…」
「はい」
明日香は微笑み、
「香里奈たちをよろしくね」
「はい」
「今日は、会えてうれしかったわ」
明日香は、レジに向かう。
「和也くん」
ふと足を止め、明日香は振り返った。
「父にも、有り難うと伝えておいて下さい」
「はい!」
明日香は頭を下げ、やさしい笑みを残し、店から出た。
すぐに明日香は、携帯を取り出し、
電話をかけた。
「サミー。何とか出れることになったわ」
「そうか!よかった」
電話の向こうで、サミーは喜んでいた。
「サミー。ところで、みんなの予定はどうなの?」
「ただいま…」
和也は、店の扉を開いた。
「おかえりなさい」
「おかえり」
律子の声の後に、直樹が続く。
「直樹…」
和也は驚き、
「お前…バイトは?」
直樹はキャタツに乗り、天井近くを、ぞうきんで拭いていた。
「ああ、今日は休んだよ。明日、店開けると、律子さんが言うから…大掃除だ」
「お前…」
直樹は、キャタツから降りて、和也の顔を見、
「何か、いいことあった?」
「え?」
驚く和也に、
直樹は、キャタツを動かしながら、
「表情が明るいから…」
和也を笑い掛け、
「まるで、重い荷物を降ろせたような…清々しい表情だ」
和也は目をつぶり、
呟いた。
「かなわないな…」
目を開けると、
「俺も手伝うよ」
「じゃあ…母さん、仕込みするから、後はよろしくね」
律子から、モップを受け取り、和也は床を掃除する。
新たなる旅立ち。
今、始まったばかりだが…和也たちはこの上なく、幸せだった。
店に久々に笑みと、暖かさが戻ってきた。