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音に愛された者

店を閉めて、病院まで付き添った里美。


意識を失っている志乃は、治療を終え、


今は、ベットに横たわっていた。


身寄りがない志乃。


里美は医者に呼ばれ、診察室にいた。


身元引受人は、里美となっていたからだ。


医者は、ディスクから振り返り、厳しい表情を向けながら、


「過労です。体が衰弱していますが…何日か休んだら、体力は回復するでしょう」


里美は、ほっと胸を撫で下ろした。


しかし、医者の厳しい表情は、変わらない。


「ただし…」


「ただし…?」


里美が聞き返した。


医者は視線をそらし、


ディスクに向かった。


「先生…」


医者は、レントゲン写真を見つめ、


「声帯が、ボロボロになっています。あまりにも、激しく、酷使し続けたからでしょう…これはひどいです」


「先生…どういう意味です…」


「治りますが…もう以前のように、歌うことはできません。普通の会話程度は、支障はないでしょうが…」



「先生!何とかならないのですか!」


里美が叫んだ。


「この子は、歌手なんです!」


医者は、首を横に振り、


「ここまで…声帯がボロボロでは…どうしょうもないです」




「里美おばさん!」


里美が病院から帰ると…営業をしていない、暗い店内に、


香里奈と直樹がいた。


里美が、扉を開けた瞬間、香里奈が駆け寄ってきた。


「志乃ちゃん…大丈夫なの?」


里美は頷き、


「しばらく休んだら、元気になると思うわ」


「よかった…」


香里奈は、ほおっと胸を撫で下ろした。


里美は直樹を見、


「飯田くん。遅くまでいてくれて、ありがとうね。もう大丈夫だから」


直樹はその言葉をきき、素直に頭を下げ、


「じゃ…帰ります」


店を出ようとする直樹を、香里奈が止めた。


「飯田くん!」


直樹は振り返った。


「今日はごめんなさい」


直樹は、頭を下げる香里奈に笑いかける。


「謝ることはないよ」


直樹は、扉を開けた。


「じゃあ…失礼しました。おやすみなさい」


「おやすみなさい」


もう一度、香里奈に頭を下げると、直樹は帰ってしまった。





次の日、


テレビは大々的に伝えた。


志乃の引退を。


驚く程、早い動きだった。


テレビの中で、大輔と他のメンバーの会見が、始まった。

大輔が話し出す。


「突然の不幸な病気により、志乃は、歌えなくなりました」


数多くの記者が、大輔たちの前に座る。


「しかし、悲しむことはない」


大輔は、テレビカメラを真っ直ぐ見つめ、


「あなた方は…この世に、どれ程の歌手が、生まれているかご存知ですか?毎週必ず、どれ程のヒット曲が生まれているのか!毎週、絶対にナンバー1の曲は、できるのです」


大輔は微笑み、


「しかし…皆さんは覚えていますか?1ヶ月前のナンバー1を!一年前のヒット曲を!そして、それを歌っている歌手を!」


大輔の目が、妖しく光る。


「我々がほしいのは、今だけのナンバー1歌手ではなく、必ず決まるナンバー1ではなく…永遠に残る歌手。流行をこえた存在!」


大輔は立ち上がり、


「残念ながら…志乃は、なれなかった」



大輔は両手を広げ、


「志乃だけじゃない!今いる、ほとんどの歌手がなれはしない!」





テレビを見ていた里美は、違和感を感じていた。


「大輔…」


画面に映る大輔の表情…目つきは、



里美の知る大輔では、なかった。



大輔は両手を広げながら、


「我々は、次のレベルの歌を、あなた方に聴かせることができる。志乃さえも、忘れさすような声を!」


記者の中から、質問が飛ぶ。


「誰か…新しいボーカルが、もう決まってるのですか?」


大輔は頷く。


「それは誰ですか?」


「しかし…志乃さんが倒れて、すぐに新しいボーカルを発表するなんて…不謹慎じゃないんですか?」


記者たちは頷く。


大輔は席に座ると、鼻で笑った。


「音楽は、感傷でするものではない」


「そんなに自信があるんでしたら…歌手は誰です。有名な人ですか?」


「今のシーンにはいない…」


「新人…ですか?」


「新人…世に出てないという意味なら。しかし、彼女は生まれながらに、歌手だ」


「誰なんです」


「安藤理恵…」


大輔の呟きに、


記者がざわめく。


「河野和美」


記者たちは、その名に驚いた。


二人とも、世界中で成功し、


日本人で、数少ない成功した歌手だ。


今は亡き…伝説のシンガーたち。


「彼女たちの血縁者ですか?」


「だとしたら…もう1人いますね。速水…」


「速水明日香…」


大輔は、憎々しく呟いた。



「そうだ!速水さんがいますね」


記者の言葉に、大輔は激しく反応し、


音をたてて、席を立った。


「速水明日香以上ですよ。彼女の娘は…」


「速水さんの娘!」


一斉に声が上がる。


「そう!我々の新しいボーカルは、速水香里奈だ!」


それは、誰も予想にしていない名前だった。



勿論、本人も。


大輔の会見を、近くで眺めていたティアは、


ニヤッと笑った。


「これで逃げれない…わね?」


ティアは、そばに立つKKの方を見た。


KKに返事はない。


「あなたの音に耐えれるのは…あなたと同じ血をもつ者だけ」


ティアは、KKにそっと寄りかかり、


「これで…最終段階に入る」



KKは、そんなティアを無視するかのように、ティアから身を離すと、


その場から、歩きだした。


「KK!」


ティアは、後を追いかけるしかできなかった。





昼間の会見だった為、


当然、香里奈は見ていなかった。


しかし、


どこからか、情報は回る。


携帯電話からだろうか。


二限目の授業を終えた香里奈のもとに、


その内容は伝わった。


「速水さん!あなた…志乃ちゃんのかわりをするの?」


あんまり面識のない、他のクラスの女の子が、教室に飛び込んできた。


香里奈は首を傾げた。


「何のこと?」


「え?…さっきテレビで…」


香里奈の反応の悪さに、女生徒はたじろぐ。


「どういうこと?」


逆に、女生徒に香里奈はきいた。



女生徒の話をきいて…驚いたが、


納得した。


動きだしたのだ。


父が。


あたしを呼んでいる。


事態は飲み込めたが…まさか、テレビで言うとは。


香里奈は…次に、どうしたらよいのか、わからなかった。





KKの足取りを追っていた明日香は、


いち早くネットで、そのことを知った。


最初から、志乃は捨て駒だったのだ。


日本で有名である彼女を使って…、


狙いは、香里奈だったのだ。




急いで、日本に戻らないといけない。


もし、啓介に対抗できる者がいるとすれば、


香里奈だけだ。


しかし、


音楽から遠ざかっている彼女を、サポートするものがいない。


啓介と香里奈は、音楽家としたら、性質は同じだ。


今、利用され、使われるわけにはいかない。


最高の原石を壊すだけだ。


明日香は、日本に帰る便を探した。






「どういうことなの?」


放課後。


屋上に集まった香里奈たち。


祥子が、香里奈に詰め寄った。


「わ、わからない…何が何なのか…」


香里奈は後ずさる。


「天城志乃は、知ってたの?」


金網にもたれた里緒菜が、きいた。


香里奈は頷く。


「でも、もう何年も会ってなかった…」


香里奈は、ちらっと直樹を見た。


少し離れたところにいる直樹は、黙っていた。



「今大人気だった志乃が、引退ってだけで、騒ぎになってるのに…」


「新しいボーカルが、決まったなんてことになったら…」


祥子と恵美の言葉を受けて、里緒菜が続ける。


「少なくっても、大騒ぎになるわ。学校には来てないみたいだけど…あんたの家は、危ないんじゃない」


香里奈ははっとし、


「うちに電話してみる」


携帯を取り出し、ダブルケイにかける。


なかなかでない。





やっとつながった。


「あっ!里美おばさん」


携帯の向こうから、激しい騒音が聞こえる。


「香里奈!あんた、しばらく家に帰ってきたらダメ!凄いマスコミの数!」



里美は扉の鍵を閉めながら、


「今日は、営業もできないわ」


里美は裏口に走る。


向こうも鍵をかけないと。


「亜希子おばさんに、連絡したから…今日は、もう一つの家に泊まりなさい」



電話を切った香里奈は、ため息をついた。


「家…マスコミで、いっぱいみたい」



「速水さん…」


直樹が心配そうに、香里奈を見た。


「大丈夫!今日は、店じゃなくって…他の家に帰るから…」


「他に家なんてあるの!」


祥子と恵美が、思わず声を荒げた。


香里奈は薄ら笑いを浮かべながら、頷いた。


「昔…小さい時、ちょっとだけ…住んでたの。ママとパパ、あたしの三人で…」


「へえ〜」


感心する二人。



「その方がいいわね」


里緒菜も頷くと、


「あまり目立たない方がいい」



香里奈はまた、ため息をつくと、


「何で…こんな苦労しなくちゃならないのよ」


香里奈は、下に置いていたカバンを手に取った。


「もう帰る」


香里奈は、歩きだした。


どうせ家は、店と反対方向にあるため、みんなとは方向が違う。



「香里奈!」


去っていく香里奈を、里緒菜が呼び止めた。



振り返る香里奈。


里緒菜は、香里奈をじっと見つめ、


「あんた…歌…やるの?」


香里奈は足を止め、


「あたし…」


口ごもる。


「志乃さんの代わりとかじゃなくて…自分が、音楽をやる気になったの?」


「あたし…」


香里奈は、視線を落とした。


音楽をやる…。


考えてなかった。


でも…。





歌って…。


志乃の言葉。


腕を見ると、思い出す。


血を吐きながら、香里奈をつかんだ…


志乃の力を。


香里奈は、里緒菜の目を真っ直ぐ見返した。


素直になろう。


自分の心に。


香里奈は頷いた。


「音楽やるわ」


香里奈の言葉は力強い。


拳を握りしめ、


「楽器とかできないけど…歌はできる。歌える…歌いたい!」


香里奈は叫んだ。


里緒菜は腕を組み、微笑んだ。


「香里奈の歌。楽しみにしてる」


「期待しといて」


香里奈は前を向き、歩きだした。


「送るよ」


直樹が後を追う。



香里奈は思った。


歌いたい。


志乃の言葉で、香里奈は解放された。


それは、香里奈の目覚めの瞬間だった。





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