真実の答え
久々に、明日香はダブルケイの店に出ていた。
バンドは今、雇っていない。
しかし、里美の人柄の良さで、店内は、お客でいっぱいになっていた。
活気はあった。
明日香は、カウンターに入る。
今日は、何年も前から、来ている常連さんも、顔をだしていた。
明日香の顔を見て、驚きの声を上げる。
「久々だね~明日香ちゃん」
「お久しぶりです。青木さん」
「名前、覚えてくれてたんだ」
お客の喜ぶ顔に、明日香は微笑み、
「だって…あたしが、ここに来る前から、いらっしゃってますから…」
「恵子ママの時代…からだもんなあ」
青木は、カウンターから振り返り、店内を見回し、
「客層も変わったしな…」
「そうですね…。あたしが知らない方も、多くなりました…」
明日香も店内を見、
「ですけど…それだけ、今のママが、頑張っていると、いうことなのでしょうけど」
「久々に、明日香ちゃんのトランペットが、聴きたいなあ…」
「今、バンドがいませんから…」
明日香は、店の奥のステージを見た。
ドラムセットなど、昔のままだ。手入れは整っている。
「俺さ…。明日香ちゃんの、初ステージ見たんだぜ」
明日香は、ステージを見つめた。
初ステージはここだった。
扉が開いた。
入ってきた3人に、明日香は驚き、笑顔になった。
「よおっ」
武田、原田に阿部。
かつて、恵子とともに、この店の由来になったバンドを組んでいたメンバー。
ステージに、明かりがともった。
武田がカウントをとり、原田が旋律を奏でると、
明日香は、トランペットのマウスに、口づけをした。
阿部が、しっかりと音を引き締める。
曲はバイバイブラックバード。
あまりにも、軽快な演奏に導かれて、二階から、香里奈が降りてきた。
里美が手招きして、空いてるカウンター席に促す。
香里奈は、久々の母の演奏に、じっと聴き入っていた。
営業時間が終わり、お客が帰った後。
店内には、もう関係者しかいなかった。
まだ店内にいた香里奈に、里美は言った。
「明日学校でしょ。早く寝なさい」
「はあい」
香里奈は、カウンターから立ち上がった。
「和恵はもう寝てるの?」
明日香の問いかけに、
「とっくに寝てる」
ステージ横の扉を開けようと、ノブを握った香里奈は、振り返った。
「ママ!」
「何?」
香里奈は少し思い悩むと、
「何でもない…おやすみなさい」
「おやすみ」
香里奈は里美たちにも、挨拶すると、扉を開け、中に消えていった。
「今日のことじゃないの?」
里美の言葉に、明日香は頷き、
「香里奈には、きちんと話をするわ」
二人の会話を聞いている三人。
「そう言えば…なぜ…ここに?それも、三人で…」
明日香の問いかけに、
テーブル席で、ビールを飲んでくつろいでいた三人は、グラスを置いた。
阿部はジャケットのポケットから、一枚の紙切れを取り出した。
「これを見てな」
それは、新聞の切れ端だった。
「俺たち…この記事を見て、気になってな…」
「ネットを検索したら、KKの文字が…」
阿部は立ち上がり、明日香の方を見た。
「明日香ちゃん…この記事のやつは、啓介なのか?」
明日香は阿部から、少し視線をそらす。
「啓介だと思います…確認はできていませんけど…」
「事故で死んだんじゃなかったのか…」
明日香は首を横に振り、
「遺体は見ていません」
「なんだって!?」
原田と武田が立ち上がる。
里美は腕を組んで、カウンターにもたれている。驚かず、ただ話を聞いている。
「交通事故で、アメリカの病院に運び込まれたらしいんですが…。その時、あたしもアメリカにいたんですけど…あたしはニューヨーク。彼はカリフォルニアでした…」
明日香の言葉だけが、静かに響いた。
「あたしたちはレコーディングをしていました…。その合間に、啓介だけが、知り合いのライブに呼ばれて、カリフォルニアに向かったのです」
明日香は、淡々と話す。
「大きなチャリティーコンサートだったので…有名なアーティストがたくさん出ていました…。そのコンサートの移動途中に…」
「うそおっしゃい!」
明日香の言葉を、里美が遮った。
「もういいでしょ…あんたは頑張ったわ」
里美はカウンターから出て、明日香に近づき、
「もうかばう必要もないのよ」
「里美…」
「あんたは言いにくいでしょ。あたしが言うわ」
里美は阿部たちの方に、顔を向け、
「カリフォルニアでコンサートがあったのは、本当だけど…啓介さんは、一人ではなかったわ」
「さ、さとみ!」
狼狽える明日香を無視し、里美は言葉を続ける。
「天城百合子もいた…生まれたばかりの赤ん坊を連れて」
「やめて!」
明日香は絶叫する。
しかし、里美は言葉を続ける。
「そこで、コンサート終了後、三人は車で移動中に…事故にあう。」
明日香は手で顔を覆った。
「百合子さんは即死。啓介は重傷…赤ん坊の和恵だけは、奇跡的に無傷だった」
「明日香。あんたは事故を知り、すぐに駆けつけたけど…重傷だった啓介さんは…病院からいなくなっていた…」
「百合子さんが何故、カリフォルニアにいたのはわからない。しかし、啓介さんと、いたのは事実。そして、二人の間に子供ができたことも事実」
阿部たちは驚き、言葉がでない。
「当時、百合子さんの両親は亡くなっており…姉妹は、親戚の家に世話になっていた」
「親戚は、高齢であり…突然百合子が亡くなり…赤ん坊までいる。百合子は働いていたから、収入があった。それがなくなり…まだ中学生だった志乃の面倒を見てるのに、赤ん坊までは、見れないと言った」
里美は目を瞑り、
「だから、あんたは…」
一度言葉を切り、
「和恵を養女に迎え、育てることにしたのよ。子供の為、周りにうそをついて…」
「あの子には罪がないから…」
明日香は呟いた。
阿部は、そんな明日香にかつての姉と姿をダブらせっていた。
「事故で亡くなったと周りに言ったところで…妹である志乃は、真実を知っていた」
明日香は、里美の言葉の後を続けた。
「だから…彼女は独立する為、バンドに入り…早い時期にデビューしたの…生きていく為に…」
里美は明日香を見、
「あんたがそうさせたんでしょ!」
里美が叫んだ。
「志乃の為に、LikeLoveYouを脱退して…志乃をバンドに入れるようにもっていった…」
里美は泣いていた。
「どこまで、お人好しなのよ」
「でも…ほっとけなくって…LikeLoveYouなら、志乃ちゃんを任せられるから…」
「そうしたことで、あんたは…LikeLoveYouにも、志乃にも恨まれているのよ」
「それでも、彼らは成功し…有名になれたわ」
明日香は微笑んだ。
そんな明日香を見て、里美はイライラしたのか…
タバコに火をつけた。
「まあ…あんたらしいけどね…」
「そんな事実が、あったのか…」
阿部は、席についた。
「はい」
明日香は頷いた。
「で、これから、どうするんだい?」
阿部の問いに、明日香は、
「啓介に会いに行きます」
明日香は力強く、
「あの人の妻として…そして、家族として」