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親の幻

ダブルケイ。


カウンターに座り、オレンジジュースを飲む、香里奈。


カウンター内では、里美が背を向けて、仕込みをしていた。


「里美おばさん」


返事がない。


「おばさん!」


返事がない。


香里奈は頬杖をつき、


仕方なく、


「里美お姉さん」


「なあに?香里奈ちゃん」


やっと返事が帰ってくる。


香里奈は、肩をすくめた。そして、おもむろに話しだした。


「元気がでる歌って…なんだろ?」


香里奈の質問に、里美は味見をしながら、


「それは、人それぞれ、感じ方が違うから…一概には言えないわね」


里美は振り返ると、箸でつまんだ煮物を、香里奈の口にほり込んだ。


思わず、熱さにびっくりしたが、


「おいしい!」


里美は、料理がうまい。


「歌に、興味がでたの?」


「別に…」


そっけない香里奈。


里美は、ため息をつくと、


「昔のあんたの歌は、前向きで、まっすぐな歌だったよ」


そう言うと、里美はまた鍋と向き合った。


「またやりたくなったら、いつでもやりなさい。遠慮せずに」


「うん…」


香里奈は、力なくこたえた。











何もない殺風景な室内。


それが、時祭財団の会長室だった。


机と来客用のソファ…。


それぐらいしかなかった。


高層ビルの最上階。


時祭会長は、後ろ手で窓際に立ち、街並みを見下ろしていた。


ドアがノックされた。


「会長。お客様をお連れしました」


「入って貰え」


秘書に促されて、会長室に入ってきた女。


会長は、振り返らず、


「久しぶりだな…明日香」


「こうして…2人で会うのは、初めてかもしれません」


明日香は、会長の背中に、軽く頭を下げた。


「何年ぶりかな…」


会長は少し間を置くと、ゆっくりと振り向いた。


明日香と目が合う。


「まあ…座れ」


明日香は、会長に促されてソファに座る。


「母さんのお葬式にも、顔をだしてくれませんでしたから…もう記憶にはないですね」


会長もソファに座り、


「仕方があるまい…私は忙しいし、出席できる身分でもないしな」


明日香は、久々に見る父親の顔を見据えた。


「そうでしたね。あなたには、関係のないことでしたね」


会長はフッと笑うと、明日香をまじまじと見つめた。


「…で、何の用だ?お前から、俺に会いに来るとは…余程のことがないかぎり、あるまいて」


明日香は、膝に置いた手を握り締め、


「店に来ましたね。ダブルケイに」


「記憶にないな」


「とぼけても無駄です!あたしと…香里奈を訪ねて」


会長は立ち上がり、


「娘と孫を訪ねて、何が悪い」


会長は、窓まで歩いていく。


「あなたこそ…理由もなく、会いに来るはずがないわ」


明日香は、窓から外を眺める父親の後ろ姿を、睨む。


「あなたは、あたしと母さんを捨てたはずです。何を今更」


会長は苦笑する。


「お前たちは捨てたよ。確かにな…」


会長は、ギロリと明日香を見ると、


「だが、孫は必要なのだよ」


再び窓に目をやった。


窓に映る明日香に、目を細め、


「お前の母親と別れ、何人かの女と結婚したが…子供は、できなかった」


会長は振り返り、


「明日香。お前だけが、私の子供だ」


会長は、部屋の中を歩き出す。


「跡取りにする為、親族から選ぼうとしたが…やはり、私の血を引いた、私の血筋からほしい!」


会長は、明日香に迫り、


「お前は、私を憎んでいる!だから…孫の香里奈が、ほしい」


「何を都合がいいことを!」


「お前がなぜ、世界的に成功しているか、わかるか?」


会長は、手を天に広げ、


「血だよ!時祭の血だ!お前の体に流れてる半分は、私の血だ!例え半分が、薄汚れた下賤の血であってもな」


明日香は、父親を睨みつけた。


「母さんのことを!」


「だから、別れた!私とは身分がちがうからな」


「あなたに、あたしの子供たちを渡すつもりはありません」


明日香は、外に出ていこうとする。


「あたしの子供たちだと!?何を寝ぼけたことを!私が、知らないとでも思っているのか」


明日香はドアのノブを握ったまま、


硬直した。


「私の孫は、香里奈1人!お前が連れている…何だったかな…ああ、和恵だな。あれは、お前の子供ではないだろ」



明日香は、そのまま動けなくなる。


「お前の夫、速水啓介と…天城志乃の姉…天城百合子との間にできた子供だ」


明日香は力を込めて、振り返った。


「ちがう!和恵はあたしの子供だわ!」


会長は大笑いする。


「確か…お前に音楽を教えた女も、血のつながらない息子を育てたんだったな!その女から、変な病気でももらったか」


会長の笑い声が、部屋にこだまする。


明日香は、これ以上何を言っても無駄と感じ、黙ってドアを開いた。



「かわいそうな人…」


明日香は、静かに出て行った。


なぜか…


怒りが、わかなかった。


ドアを閉めながら、


明日香は、母の言葉を思い出していた。



「お父さんは悪くないの…ただ…かわいそうな人なのよ…」


明日香は、母の言葉の意味が、わかったような気がした。



明日香は、会長室をでた。


廊下を真っ直ぐ歩き、突き当たりにあるエレベーターを待つ。


エレベーターの扉が開き、


中から、和也が出て来た。



明日香は道を開け、和也とすれ違う。


エレベーターのドアが閉まる瞬間、和也は振り返った。


「あの人は…」





エレベーターで、一階に降りた明日香は、そのまま和恵が待つフロントへと向かう。



明日香の足が止まった。


ソファに座って、楽しそうに話す和恵。


そのそばにいるのは、


天城志乃だった。


和恵が、明日香に気付き、手を振った。


志乃が、明日香の方を見る。


目が合う二人。


志乃は、頭を下げると、

ゆっくりと近づいて来る。


「お久しぶりです。先生」


志乃は、満面の笑みを浮かべている。


しかし、


その笑みは、綺麗なバラの如く、


棘があった。



「志乃ちゃん…」


志乃と会うのは、何年ぶりだろうか…。


和恵が産まれる、少し前だから、


もう7年近くなる。


あの頃、中学一年だった少女は、日本を代表する歌姫に。


モデルのようにスラッとしたスタイルは、同世代の女性の羨望の的だ。


「先生には…まずは、ありがとうと、言わないといけないですね」


志乃は、後ろにキョトンとして座る和恵を見た。


「姉の娘を、今日まで育ててくれたことに」


「そのことを、和恵に言ったの?」


「恐い顔しないで下さいよ。そこまで、無神経じゃないですから」


明日香は、志乃の肩越しの和恵を見つめた。


和恵は首を傾げた。


「いずれ…あたしが引き取ります」


「あの子が、望むならね」


明日香は和恵から、少し目を外した。


「だけど…あいつは許さない」


志乃は一歩、明日香に近づいた。


「先生は、ご存知なんですか?」


志乃は、明日香の顔を覗き見た。


明日香は訝しげに、志乃を見返す。


しばらく、時が止まる。


志乃は鼻を鳴らすと、


「あの男が生きてることを」


憎しみと怒り。


それだけが、志乃の体を震わせた。


ワナワナと震える志乃の姿に、明日香は哀れみを感じた。


「志乃ちゃん…」


「姉さんを殺しといて!ぬくぬくと生きてる、あの男を許さない」


志乃は廊下の壁を叩く。


明日香が、志乃に手を差し伸べた。


しかし、


志乃は、それをすり抜け....歩き出す。


すれ違う刹那、明日香の耳元に囁く。


「さよなら、先生」


去っていく志乃。



明日香は、急いで振り返った。


「あの男が、あの人だとしたら…志乃ちゃん。あなたは絶対、かなわない」


志乃は振り返らず、せせら笑った。


「戦うことも、確かめることもしない女が、何を言う」


明日香と志乃…。


まったく違う二人が、すれ違った…


最後の時だった。





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