思惑
一人…トボトボ歩いてしまう香里奈…。
先程の…和也の言葉が、気にかかる。
正直、
直樹に告白されて、いやな気持ちには、ならなかった。
戸惑ったけど、ドキドキした。
でも…
あまり彼を知らない。
香里奈の足は、いつになく重い。
やっと駅近く来た時、香里奈を、呼ぶ声が後ろから、聞こえた。
振り返ると、全速力で走ってくる直樹が見えた。
息を切らしながら、物凄い速さで、香里奈に追いついてくる。
「間に合った…」
直樹は、激しく息をしながらも、笑顔を香里奈に向けていた。
「部活じゃなかったの?」
里緒菜は、今日も部活で、忙しいと言っていた。
「行ったんだけど…途中で抜けてきた。ぼくのパートは、もう完璧だし」
直樹は、駅から見上げる山を眺めた。
ダブルケイも見える。
「それに、ちゃんと話したかったんだ。好きになった理由を」
直樹は、香里奈に視線を移し、眩しそうに見つめた。
夕焼けの光が、美しく香里奈を照らしていた。
ダブルケイに行く途中に、左に曲がる道がある。
その道を行くと、すぐに公園があった。
もう夕方…誰もいない公園のベンチに、二人は腰掛ける。
「もう…何年も前だけど…。ぼくの両親が亡くなって、すぐぐらいに、あなたの歌を、聴いたことがある」
「あたしの歌…」
直樹は頷く。
「おばあちゃんが…連れていってくれたんだ…。ダブルケイに」
夕焼けが、沈みかけてる。最後の輝きが、ダブルケイを一層照らしていた。
「夜じゃなくて…昼間…発表会か、何かだった…」
もう遠い昔。
小さな男の子が、ステージで歌っていた。
何かヒーロー番組の主題歌だ。
武田が、最後をしめるフレーズを叩いた。
拍手がわき起こる。
ペコッと頭を下げると、男の子はステージを降りる。
小さいうちから、音楽を気楽に、楽しんでほしい。
そう考えていた明日香と里美は、触れ合える音楽を、カラオケでなく、生バンドで、経験させたかった。
近所の子供たちを集め、無償で教えていた。
直樹は、ステージ前に並べられたパイプ椅子の一番端に、行儀よくに座り、
同年代の子供たちの歌を聴いていた。
両親を亡くしたばかりの直樹を、元気させる為に、祖母が連れてきたのだ。
だけど…。
歌い終わった男の子を、やさしく迎える家族。
幸せそうな笑顔は、
遠いものを感じさせた。
次の女の子が、ステージに上がり、アイドルのヒット曲を歌う。
「あんまり、カラオケと変わらないじゃない」
オレンジジュースを片手に、直樹の近くに立っている少女が、少し不満げに呟いた。
「そう言わないの。志乃ちゃん」
明日香が、志乃のそばに来た。
「志乃ちゃんも、歌うんでしょ」
「いやよ」
志乃は、そっぽを向いた。
「みんなに、お手本を見せてあげてよ」
「いや」
志乃は舌を出した。
明日香は少し、困り果てた。
才能があり、負けん気も強いが、プライドも高い志乃…。
歌手としてはいいけど…
まだ小学六年生。
友達ができるかしら…。
明日香の心配なんて、関係ない風の志乃。
「あたしが、歌わなくても…香里奈ちゃんが、いるじゃない!手本なら、香里奈ちゃんで十分!」
志乃は、ジュースを飲み干した。
明日香はため息をつき、
「それが、さっきからいないのよ」
ステージには、また新しい子供が上がる。
直樹は席を立った。
「ちょっと外にでる」
子供たちの歌に、夢中で手を叩いている祖母に告げると、直樹は外に出た。
「おトイレ?」
祖母の言葉に頷いた。
扉を閉め、直樹は歩きだした。
確か近くに、公園があったはず。
直樹は坂を降りた。
駅の手前で右に曲がると、すぐに公園があった。
誰もいないと思っていたけど、
ブランコを思いっきり、天に届くくらいにこいでいる男の子…
がいた。
ブランコから勢いよく、飛び降りた…その姿は。
風になびき、太陽に照らされて…
とっても綺麗だった。
(男の子じゃないや…)
それが、直樹と香里奈の出会いだった。
思わず見とれる直樹。
その視線に気づいて、香里奈は、直樹の方を向いた。
「何?」
少し直樹を睨む香里奈。
さっきは綺麗な女の子と、思ったけど…
撤回…。
やっぱり男の子みたいだ。
「えっ…」
口ごもる直樹に、香里奈は近づき、ジロと見た。
「あんた…この辺の子じゃないわね。どこの子?」
直樹は少し怯えながら、駅の向こうを指差す。
直樹の指の方向を、香里奈は見て、フンフンと頷いた。
えらそうだ。
「駅の向こうって、大路の方ね」
香里奈は歩きだし、次はすべり台に向かう。
「向こうにも公園あるのに、何でここにいるのよ」
香里奈は下から、すべり台を駆け上がる。そして、そのまま駈け下りる。
「危ない!」
思わず叫ぶ直樹。
一瞬にして下り終え、
香里奈はまた、直樹の前に来る。
「あのさあ…子供の頃からやってるから、大丈夫なの」
腕を組んで、直樹を睨む香里奈に、
直樹はどこか、おかしさを感じ、笑ってしまう。
大人びているけど、まだ子供だ。
馬鹿にされていると感じ、香里奈が詰め寄る。
「何よ!何がおかしいのよ!」
きりっと直樹を睨み、
「どうして、この公園にいるのよ。近くに大路公園あるでしょ!」
直樹は少し後退りしながら、説明する。
「近くの店で、発表会があって…」
「発表会!」
香里奈ははっとして、声を荒げた。
びっくりする直樹。
「あんた…音楽やってるの?」
「え…ただ聴きにきただけで…」
香里奈は口ごもる直樹に、フンと鼻を鳴らすと、再びブランコに飛び乗った。
「だよね。やってるように見えないもん」
ブランコは、すぐに勢いを増す。
「だって、元気ないもん!」
香里奈はまた、飛び降り、直樹の近くに着地する。
「男の子はいつも、元気じゃないとだめ…じゃないと…」
香里奈は、鼻の頭をかきながら、
「あたしが、女の子に見られないのよね」
直樹は、そんな香里奈を見て、笑ってしまう。
「何がおかしいのよ!」
香里奈が叫んだ。
「香里奈!」
公園の入り口から、香里奈を呼ぶ声がした。
香里奈は声の方を見た。
「里美おばちゃん!」
里美は、香里奈に走り寄る。
「あんた、何してるのよ!あんたの出番、とっくに過ぎてるのに!みんな、捜してたのよ」
里美は、香里奈の頭を小突いた。
「痛っ!何するのよ!おばさん」
「それと、あたしは、おばさんじゃない!お姉さんと呼びなさい」
「無理あるよ…」
ぼそっと呟いた言葉を、里美は聞き逃さない。
「何?」
「綺麗だなっと…里美お姉さん」
愛想笑いを浮かべる香里奈に、里美は頷き、
「分かればいい」
香里奈の腕を掴み、ダブルケイに向かって引っ張っていく。
香里奈は、直樹の方を振り返った。
「今から歌うから、見に来て!絶対、元気になるから」
直樹は、大きく頷いた。
とても笑顔で。
「やればできるじゃん」
香里奈は、直樹に微笑んだ。
直樹も、香里奈の後を追った。
歌を聴く為に。
「あの時、聴いた…速水さんの歌が、今までで、一番感動した。楽しくって、元気がでた」
直樹の話をきいても、香里奈には、記憶がなかった。
「その時から…あたしが好き…だったの…?」
直樹は、首を横に振った。
「ただ…それがきっかけで、常に笑顔でいようと思った。暗くなっては、いけないと…それは守ってきた」
直樹は立ち上がった。
「高校に入って、しばらくは…あなたが、あの女の子とは、わからなかった。でも、元気で、いつも笑顔で…いつも輝いてた」
もう日が半分、山の向こうに沈んでいた。
もう黄昏も終わりだ。
直樹は、眩しそうに夕日を見つめ、
「そんなあなたに、惹かれて…あなたが、ダブルケイの女の子と知って、納得した」
「納得?」
「キラキラした笑顔の女の子だって…」
直樹は、夕日に目を細めた。
「夕日より、綺麗で輝いてて…」
直樹は、頭を抱えた。
「うまく言えない!くそ!」
地団太を踏む。
「好きな理由が…うまく言えない程」
直樹は、視線を香里奈に移し、真っ直ぐ見つめ、
「好きです」
ただ真っ赤になる香里奈。
好きと、何回言われただろう。
「え、えっと…」
香里奈は、しどろもどろになり、口を摘むんだ。
しばし無言。
「家まで送るよ」
直樹は、急いだ答えをもとめてなかった。
頷く香里奈。
2人は、歩きだした。
まだ…手は、繋げないけど。
「じゃあ…」
ダブルケイの前まで、直樹は送り終わると、来た道を戻っていく。
「あ、あのお…」
香里奈の声に、直樹は振り返る。
香里奈は、きちんと姿勢を正すと、頭を下げた。
「送ってくれて、ありがとう」
直樹は目を丸くしたが、笑顔を向け、
「いいよ」
香里奈は、頭を上げると、言葉を続けた。
「まだ付き合うとか…わかんないんだけど…」
香里奈はもう一度、今度は深く、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
直樹も直立不動になり、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げた。
2人とも、頭を下げたまま…やがて、
笑い合った。
これが付き合うかどうかの返事とは、違うかもしれないけど…
2人の始まりだった。