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プロローグ

「ったく!いやになるぅ!」


カウンターに肘をついて、毒づいてしまう。


まだ学生服のままの、少女は、出されたオレンジジュースのストローをくわえた。


「仕方がないわよ。いつまでも、上には、いられないからね」


カウンターの中で、グラスを洗いながら、女は、上を見た。


「あたしだけ、ずっと上に、住んだら、だめかな?おばさんから、ママに言ってよ」

洗い終わったグラスを、棚に並べながら、女は、溜息をつく。


「無理だと、思うわよ。折角、日本に帰ってきて…やっと、親子3人で、暮らせるんだから…」


不満げな様子に、女は肩をすくめ、


「それに…あたしが、そんなこと言ったら…なんて言われるか、わからないわ」


女は、身を震わせた。


少女の母親と妹は、2年前からずっと、アメリカへ、仕事の都合で、渡米していた。


1人、日本に残ることを主張し、母親の友達と、


おばあちゃんの店であった、この場所に、2人で住んでいた。


少女の名前は、速水香里奈。


高校2年生。



店の名は、KKダブルケイ




「じゃあ!ここに、住んだら、いいじゃない!3人で」


香里奈は名案と、自ら納得した。


「3人では、狭いわよ。それに、あたしは、どうなるのよ」


香里奈は、ぎくっとし、


「さ、さ、里美おばさんも、勿論、ご、ご一緒に」


狼狽える香里奈を、冗談で睨み、


里美は、深く溜息をつく。


「どうせ、あたしは、いくとこもない…独り者ですよ」


「き、きっといい人が…すぐに、できるって!」


里美の言葉に、香里奈はさらに狼狽える。


里美は、一度結婚して、


すぐに離婚していた。


香里奈の母親の仕事が、忙しくなり、店を回せなくなった為、


母親の友達であった里美が、店を住み込みで、任されることになったのだ。


もともとドラマーで、女の子バンド-ペパーミントのリーダー。


少しは、売れたみたいだけど、結婚とともに解散し、


現在は、ダブルケイで、音楽を教えていた。


ダブルケイから、有名になった歌手は多い。


香里奈の母親に、


現在活躍中のシンガー、


天城志乃。


志乃のことは、記憶に残っていた。


もう東京へ移り、安定したヒット曲を量産する彼女が、ここに来ることは、


なくなっていた。


音楽が、大嫌いな香里奈も、志乃の歌うバラードだけは、好きだった。



「まだ…帰ってくるといっても…はっきりとした日は、決まってないから…。しばらくは、あたしと2人よ」


里美は、香里奈にウィンクをした。



「あたし…。この店の雰囲気は、好きなの」


香里奈の言葉に、里美は店内を見回した。


「昔に比べたら、変わったわね」


入口の前の長いカウンターに、右奥のステージ。




もう…


ダブルケイといわれたバンドは、存在しない。


里美が、初めてここに来たときに感じた暖かい空気…。


時は過ぎる。


里美が、音楽を教えているのも、昔の雰囲気を、取り戻したいだけなのかもしれない。


しかし、


志乃達の伝説が、多くの人を呼び、純粋に、音楽を習いに来る者は、少なくなっていた。


里美は今…


音楽を教えることを、休止していた。


休止していても、来る者は来る。


だけど、


誰も来なかった。


ここに来れば、志乃達みたいに、なれる。


誰もが。


そんなはずは、なかった。


いつしか、幻想とともに、人は減っていった。


里美は、2人のママみたいには、なれなかった。


香里奈の祖母が、香里奈の母を、


香里奈の母が、


志乃を育てたようには…。



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