表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼熱都市  作者: げのむ
2/8

灼熱都市 第二話


「このままだと、猛暑のせいで。からだのタンパク質がかたまってしまい、死亡する」

 SNSに投稿されたこの情報は、人気の話題になると、大勢の人たちのあいだで盛んにやりとりされるようになった。

 この事態を、もちろんテレビ局は、黙って見ていなかった。次の特集番組の内容は、この話題をあつかう、と決まった。

 前もって用意されていた、としか思えない短時間で、次の番組のための脚本が用意されると。さっそく放送日にむけた、番組の製作が開始された。

 番組の製作開始とともに、二回目の特集番組にも、気象庁広報課の尾坂恵子の出演が決定した。その日の夜には気象庁に、テレビ局からの出演の要請がくると、本人の意向に関係なく、気象庁はこれにオーケーをだした。

 こうして二回目の特集番組は、前回の放送から、さほど時間をあけずに。

 前回と同じ出演者で。前回と同じセットを使い。

 前回と同様に生放送で。決められた放送日に、放送された。

 番組のスタイルは、こちらも前回同様に。あの人気の芸能人が再び、番組で、難問を解決する、というものになった。

 番組が始まると、さっそく芸能人が登場して、視聴者に次のように語りかけてきた。

「さて今回は、いま世間を騒がせている、次の話題でお送りします。

 温暖化がもたらした新たな恐怖が私たちを襲う。気温が40度を超えると、私たちのからだのタンパク質はかたまってしまうのか?

 番組には、前回に引き続いて、政府側の代表として、気象庁の尾坂恵子さんにお越しいただいています」

「視聴者の皆さん。今回もどうぞ、よろしくお願いします」

 テレビカメラは続いて、むかいにすわっている、恵子の姿を映す。だが前回とは違い、彼女の笑顔はひきつっている。態度もどこかおかしい。

 なぜ恵子が居心地悪そうな態度でいるのか、その理由についてはあとで説明する。

 恵子はそのとき、番組に出演したことを、激しく後悔していた。

 今回も放送前に、脚本を渡されていたので、その通りに喋って演技すればいい、とわかっていた。

 それでも恵子としては、その通りにやることに、どうしても納得ができないでいた。

 上司からの命令だとはいえ、またこうしてテレビカメラの前で、本心でもないことを、もっともらしく語ることになるなんて。もう二度と、こんなインチキ番組にひっぱりだされることはない。そう思っていたのに。

 内心では葛藤を続けている笑顔の恵子にかまわず、番組の主役の芸能人は、脚本通りに番組を進行させていく。

 最近、インターネットとSNSを中心に話題になっている出所不明の投稿を、尾坂さんは、ご存知ですか?

 40度を超える今年の夏の高い気温のせいで、私たちの身体のタンパク質が熱でかたまってしまい、死んでしまう。

 そうでなくても、熱でタンパク質が変化してしまい、病気になる。再起不能の身体的な障害を負うことになる。

 いま世間で増え続けている、熱中症の患者。なかでも熱中症で死亡した患者や、後遺症を抱えることになった患者は、これが原因だ。そうした内容の投稿です。

 私も最初にこれをきいたときは、ゾッとしました。本当なら、一大事です。大変なことになります。気象庁としては、このような情報が広まったことについて、なにか注意を呼びかけたり、対策をとるということはしていないのですか?

 恵子は番組開始から続けているワザとらしい笑顔をくずさずに、「そうですねー。特にありませんねー」と同意を求める芸能人をあっさりと否定する。

 別に恵子の判断でそう答えたわけではない。わたされた脚本で、そうしろ、となっていたから、そうしたのだ。

 ひどい棒演技の恵子にくらべると、芸能人は流れるような自然な演技で、恵子の返答から、次のようにつなぐ。

 それでは、このショッキングな投稿が、はたして事実なのかどうか、私と気象庁の尾坂さんで、今回の番組を通じて検証していくことにしましょう。

 まず最初に、タンパク質について説明をします。熱をくわえると、タンパク質はどうして変化をするのか。

 それは、何度の温度から始まるのか。そして気温の上昇によって、私たちの身体のタンパク質は本当にかたまるのか。

 それを段階を追って説明していきたい、と思います。

 人気の芸能人は、芝居がかった演技で、さあ嘘をあばきましょう、とノリノリでやっていたが。恵子の方は、いや視聴者の人たちだって、そんなわけがないって、さすがに気付いているよ、と内心ではいまの発言に文句を言っていた。

 言いたいことを我慢している。発言を我慢している。不自然な態度の恵子にかまわず。芸能人の方は喜々として、熱によるタンパク質の変化を、生卵とゆで卵を例に使い、説明していく。

 タンパク質の熱による変性は、たしかに、生卵とゆで卵を例に使えば、わかりやすい。

 高い温度の熱をくわえると、生卵は状態が変化する。

 あきらかに生物の組織だとわかる、どろりとした液状の白身や黄身が。熱いフライパンの上では、縮んでかたまった、まったく別のものになってしまう。

 これは私たちが日常的に経験している、目で見てもわかりやすい現象なので。こんなことが自分の身にも起きたら、と考えると、たしかにおそろしくなる。

 このことについて調べようとネットで資料をあさると、でてくるサイトの解説では、きっと次のように語られていると思う。

 タマゴのタンパク質は、アミノ酸とアミノ酸とを水素で結合させて、複雑なかたちに折りたたんだ、そういう構造をしている。私たちがタマゴを食べると、タマゴのタンパク質は体内に吸収されて分解されて、これを構成していた、たくさんのアミノ酸にされる。

 私たちのからだは。あるいはからだを構成している細胞は。吸収したタンパク質を分解して得たこのたくさんのアミノ酸を、細胞のなかでもう一度くっつけ直す。たくさんのアミノ酸から、私たちが生きるうえで必要としている、いろんな種類のタンパク質をつくりだす。

 つくりだされた、このいろんな種類のタンパク質は、細胞が活動するエネルギーに使われる。

 それだけではない。細胞が分裂するときに、新たな細胞をつくるのに使ったり。細胞が集まってできている、組織や器官をつくったりするのに使われる。

 ちなみにアミノ酸は20種類からあるが、その20種類のアミノ酸を連結させてつくったタンパク質の種類は、数千万種類からある。

 私たちの身体の細胞は、その数千万種類からあるタンパク質のうちで、10万種くらいのタンパク質をつくりだせる。

 10万種くらいのタンパク質は、私たちが生きるための活動の種類にあわせてつくりだされて、それぞれが使われていく。

 それでは、熱をくわえると。なんで生卵がゆで卵になったり目玉焼きになるのだろうか?

 じつは熱によって、タンパク質の水素結合が切断されて立体構造がくずれることで。このくずれた立体構造と、ほかのくずれた立体構造とが不規則にくっついてしまうからなのだ。

 これをタンパク質の変性や凝固という。目玉焼きをつくっていると実感できるが。生卵をきちんと整ったかたちに結びつけていた水素がでていくので。水をだしながら縮んでいって。かたまっていく。

 では続いて。タマゴのタンパク質は、何度からの熱でかたまり始めるのだろうか?

 タマゴの黄身なら、65度から70度の熱で、かたまり始める。

 タマゴの白身なら、75度から78度の熱で、かたまり始める。

 そして続いて。これが重要だが。人体の場合には、身体を構成するタンパク質は、何度の熱から変性や凝固が始まるのだろうか?

 そんなのわかるわけがない、と思うかもしれないが。じつはすでに実証されている。

 これまでの研究から、人体を構成している10万種類からあるタンパク質は、60度くらいの温度から凝固が始まるのがわかっている。

 これが80度からの温度になると、人体のタンパク質は瞬間的に凝固を始める。

 ただし、人体を構成しているタンパク質は10万種類からあるので。それよりずっと低い温度からでも、ある特定の種類のタンパク質に、人体にダメージをあたえる変性が始まってしまう。

 わかっている範囲では、体温が42度になると、血液の血漿にふくまれる血清アルブミンという種類のタンパク質が変性を始めて。これが血管を移動して、脳細胞や脳組織にダメージをあたえる。

 ただし、これはあくまでも変性であって、アルブミンというタンパク質が凝固する温度ではない。アルブミンが凝固する温度は、75度から78度以上になる。

 それでもだ。42度から血液中のある種のタンパク質に変性が始まって。変性したごく一部のタンパク質が血管中を移動して、脳にダメージをあたえるのなら。やはり42度を超えるあたりが、危険になるラインに思える。

 そしてだ。42度が危険なら。日中の最高気温はもうすでに40度を超えているのだから。身体のタンパク質がかたまって死ぬことはないにせよ。身体のタンパク質が変性する危険はせまっているように思える。

 気温がこのまま42度を越えたら。血液中にふくまれるタンパク質が変性して。そのせいで脳にダメージが生じる。そんなことになってしまいそうに思える。

 ここまで話すと、番組の主役である人気の芸能人は、テレビカメラに向き直り、そのむこうで自分の言葉を待っている視聴者にむかって、ここぞとばかりに声に力を込めて、過剰な演技で訴え始める。

「しかし、本当にそうでしょうか? よく考えてみてください。私たちは毎日の生活で、40度以上の熱い風呂やサウナに入りますよね? 日本では異常気象あつかいですが、中東の国々では日中の気温が40度以上になるのはしょっちゅうです。

 でもそうした暑い国々で暮らす人たちが、いまいった原因で命を落とした、という話はききません。それどころか、そうした暑い地域でも、人はあたり前に暮らしています。

 それは、なぜでしょうか? どうして、体温で考えるなら、意識を失い、生命の危険が訪れる高温な環境でも、私たちの身体は大丈夫なのでしょうか?

 なぜなら私たちの身体には、体温が人体に危険をもたらす高温にならないように。体温を自動的に調節する仕組みがそなわっているからです。

 この仕組みがはたらいているおかげで。気温が40度を超えて、体温は36度から37度のあいだの平熱よりもやや高いくらいで維持されているのです。

 私たちの身体は、私たちの意志とは関係なく。暑いときにも寒いときにも、環境にあわせて私たちの体温を適切な温度に調節してくれているのです」


 私たちの身体の体温は、36度から37度のあいだの平熱に、いつも保たれている。

 じつは哺乳類は。そのなかでも私たちヒトという種類の動物は。身体の中枢で熱をつくりだすと、それを36度から37度のあいだに保つことで、環境が変化しても、変化した環境で暮らしていけるようになっている。

 寒い環境に連れてこられると、トカゲやカエルは動けなくなる。でも私たちには、体内で熱をつくりだして、それを一定の温度に保てるので、寒さに負けずに活動できる。

 ところが、暑い環境に連れてこられると。からだがつくりだす熱を、どうにかしてからだの外にださないかぎり。今度はそのせいで、私たちは動けなくなってしまう。

 もしも暑い環境におかれて、体内の熱を逃がせなければ、理屈の上では、体温は上昇していって。私たちは意識を失う。そのまま体温の上昇が続けば、私たちは、数日後には死亡する。

「でも実際は、先ほど言ったように、そうなってはいません。それでは、いまのような気温が40度以上の高温の環境で。どうして私たちは、暑苦しさを覚えながらも意識を失わずに。活動を続けることができるのでしょうか?

 それは私たちのからだには、熱をつくりだすだけでなく、すぐれた放熱システムがそなわっているからです。

 体内でつくりだされる熱のうちで、余分な熱は、血液の循環にあわせてからだの表面まで運ばれると、皮膚の毛細血管から、からだの外へと放出されるようになっているのです。

 しかも、この血流を使った放熱システムは、(体温を平熱を保つだけでなく)暑い環境や寒い環境にあわせて、熱を運ぶ血液の量を変えることで、からだから逃がす熱の量も変化させています。

 たとえばこのように暑い日には。皮膚の下にめぐらされている毛細血管を拡張させることで、ながれる血液量を増やし。放出する熱エネルギーを増やすことで、体温をあがりすぎないようにします。

 寒いときはその逆に。毛細血管の径を縮めて、ながれる血液量を少なくすることで、熱を逃げにくくします。ですがこの毛細血管を収縮させた状態を長く続けると。血流の悪化が長く続くせいで、しもやけになったり。ひどいときには凍傷になってしまいます。

 私たちヒトは、ほかの哺乳類よりも毛皮が薄いですよね。種として近いはずのサルよりも毛皮が薄い。これは暑い環境でも、体表から効率よく熱を逃がすために、毛皮が薄い種が生存競争に勝って増えていった結果として、こうなったからです。

 暑い環境なら、毛皮が厚いほかの哺乳類よりも、毛皮が薄いヒトのが、長い時間、活動ができます。毛皮が薄い方が、毛皮がある動物よりも、長時間の行動ができるわけです。

 足は遅いし、ひどく非力ですが。毛皮があるサルでは、獲物を追いかけて熱でへたばってしまっても。毛皮がないヒトならば、そのあとも獲物をジリジリと追い続けることができるわけです。

 そして、もうひとつ。私たちのからだがそなえているもうひとつの放熱システムは、汗をかくことです。

 水分は気化するときにまわりから熱を奪っていきます。これは気化熱という現象です。

 暑いと私たちは汗をかきます。暑ければ暑いほど、大量の汗をかきます。

 私たちがかいた汗は、かわくときに、からだから熱を奪っていきます。この発汗の機能と、気化の現象によって、私たちはからだの熱を効率よく外に逃がしているのです。

 ただし発汗は、私たちの意志ではコントロールできません。暑い外から涼しい店内に入ると、汗はとまりますが。あれは私たちのからだが、これ以上はからだの熱をよけいに逃がす必要はなくなった、と私たちの意志に関係なく汗をとめるから、そうなるのです。

 ですから汗は、ヒトにとって暑すぎる環境にいるかぎり、とめられません。夏に、脱水症状になるから水分をとれ、としつこく注意されるのは。からだの熱を逃がそうと、からだが私たちの意志とは関係なく、汗を出し続けるからなのです。

 このように私たちは、皮膚血流と発汗の能力によって。ほかの動物では暑くてグロッキーするような環境でも。長い時間、活動することができます。気温が40度以上の酷暑になる国でも。毛皮が厚いほかの哺乳類よりも、優位に暮らしていくことができるのです。

 私たちのからだの、この仕組みが正常に働いているかぎり。気温が40度以上になっている今年の夏でも、体温はそれよりも低い37度くらいの平熱に保たれ続けます。だから私たちのからだのタンパク質が変性や凝固を始めることはない。そういうわけなのです。

 熱中症で倒れた大勢の人たちは、熱中症になったから倒れたわけで、猛暑の熱でからだのタンパク質に異常が生じたわけではない。こんなデマ情報に不安なったり、恐怖する必要はない。そういうことなのです。

 芸能人が見事な解説で、番組が今回とりあげた問題を解決するのを、尾坂恵子はそのとなりで、つくり笑いと死んだ目をしたままで、きいていた。

 そして番組の山場に到達したタイミングで、なるほど、つまりはそういうことなんですね、驚きました、これで猛暑災害にまつわる問題がまたひとつ解決しましたねー、と芸能人にかえす。

 尾坂恵子が、今回の番組が始まって以来ずっと、棒演技でいたのは、あらかじめ脚本を読んでいたので、このあとの展開を知っていたからだ。

 視聴者の皆の不安を解消したのだから、ここでやめておけばいいのに、番組製作側の意図に従い、芸能人はテレビカメラにむかって身を乗り出すと、さらにたたみかけるように、演技力を駆使して、こう続ける。

「ですが、まだ解決していない問題があります。ならば、いま起きている、熱中症患者の増加、熱中症による死亡者の増加。これは、なにが原因なのでしょうか?

 疑う余地はありません。これは間違いなく、温暖化による気温の上昇が原因です。私たちが温室効果ガスである二酸化炭素をだし続けたせいで、このようなおそるべき事態を招いてしまったのです。

 つまりは、大勢の熱中症の被害者を生んだ今年の夏の猛暑災害は、私たち人間がやってきた行動の結果として、起きてしまったことなのです。

 それでは、このまま温暖化をおさえられずに進行させていったら、いったいなにが起きるのでしょうか?

 環境省や気象庁は、温暖化の進行で今後もたらされる被害に、「異常気象の頻発」「熱中症の増加」「生態系への影響」をあげています。

「異常気象の頻発」とは、温暖化によって気温が上昇するせいで、気候の変動が生じることをいいます。いままでは異常気象として、ごくたまに起きていたことが、あたり前のように頻発するようになる。ゲリラ豪雨と呼ばれる局地的豪雨、短時間強雨、さらには大雪といった現象が、毎年起きるようになる。ちなみに今年のような、夏がとんでもなく暑くなることも、そのひとつにふくまれます。

「生態系への影響」とは、温暖化による気温の上昇が、動物だけでなく、植物にも影響をあたえることをいいます。専門家は、温暖化が進行すれば、コメや野菜の生産量に混乱が生じるだろう。場合によっては、それまでつくっていたコメや野菜が気候の変動で育てられなくなる。そういっています。

 そしてこの三つのなかで問題なのが、「熱中症の増加」なのです。地球温暖化で気温が上昇すると、いままで熱中症がなかった地域にも、大勢の熱中症患者がでるようになります。気温の上昇によって、だれもが熱中症になるのを避けられなくなる。冬にカゼをひくように、夏には熱中症になって苦しむのが、あたり前になってしまうのです。

 私は夏がくるたびに、熱中症で苦しい思いをするなんてまっぴらです。そうならないために。そうさせないために。もうこれ以上は気温を引き上げさせないように、私たちは行動するべきなのです。

 私たちがやるべきは、温室効果ガスをださない、二酸化炭素をこれ以上は排出しない。そういう世界をつくることです。そのために、いままで以上に、積極的な行動と、大きな努力と犠牲が必要になるでしょう。ですがそういう世界を実現しなくては、私たちに未来はないのです!

 こうなった以上は、私たち一人一人がそれを自覚して、ほかの皆に呼びかけて、政府を動かさねばならない。そうしなければ猛暑災害は解決しないでしょう!

 いまが行動のときなのです。気象庁の尾坂さんも、私の意見に賛成と、同意をしてくれますよね?」

 渡された脚本を読んだときに、本当にこんなことを公共の放送で認めてしまっていいのか? 恵子がそんな気持ちになった箇所にまで、ついに番組は進行してしまった。

 番組の最初から、恵子の笑顔がひきつっていたのと、途中から目が死んでいた理由は、これだった。

 前回のように曖昧な態度と返事でごまかすわけにはいかない。脚本に従うなら、芸能人の主張に、恵子は同意しなければならない。しかも、強く同意する、と脚本上ではなっている。

 しかし恵子は、どうしてもそれができなかった。こわばった笑顔で、投げられた問いかけに答えない。

「……」

 本人も葛藤していた。恵子の顔から血の気が失せると、青ざめたその面に脂汗が浮かぶ。

 呼びかけた芸能人も、おかしい、と気付いて、まずくないかこれは、と演技ではなく、焦りの素顔がのぞく。

 騒然となる生放送中の番組で、恵子の沈黙だけが続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ