ならく知らず
幸福はいつの間にか死んでいた。
不幸だけが生きていた。だから幸せになる為に私は。
『今度ばかりは乏しい、幸せを。どうか』
安楽とはいかないが楽になろう。左様なら。
『飛び降りるんですか』
篤志家のご登場だ。はぁーー
『止めないで下さい。慈善活動は他でやって下さい』
『止めるつもりなんて一寸もありません。けれども、君に言っておきたい事があります』
命の尊さ、命の大切さーーこう言う言葉は聞き飽きた。いい加減辟易する。
『私の命に責任を持てますか。助けたなら、一生救ってくれますか。……中途です。半端な救いが、最も辛い結果を生みます。なので、止めないで』
『ふっ』
鼻で笑いやがった、なんだこいつ。
『何ですかア』
『いやね、君は面白い考え方をするな〜と思って』
『もういいです。邪魔しないで下さい』
『まあ待ちなさい。飛ぶのは、もうちっと待ちなさいーーでなければ後悔しますよ』
『死ぬのに後悔するんですか?』
『ええ。ーー君は地獄を信じますか』
『信じません。あれは、現代倫理に脳を侵されたーー大人達の戯言です。都合のいい妄言です』
『そうかも知れない。だがね、そこは確かに地獄なんですよ』
『どう言う事ですか?』
意味不明、本当になんだこいつ。
『生きている人間も、生きていた人間も、あまり変わらない。君が集団にイジメを受けるようにーー死んだ人間もまた、集団にイジメられる。いや〜、心理ってのは恐いですよ。ことに集団心理は』
『……死んでも終わらない』
『寧ろ『始まり』ですかね。しかも死ねんので本当に地獄ですよ。ーー唐突ですが、ちと例を挙げてもよろしいですか』
『はい……』
イジメを受けていた何々君は自殺しました。
何々君はこれで楽になると信じてました。しかし現実は違いました。死人になった途端、そこには存在しない筈の人達が。その人達は幽霊に違いありません。
ですが白装束などは着てません。
それどころか、随分ハイカラなーー現代的な服装でした。そして突然始まりました。終わりのないイジメが。
でも大丈夫。次の自殺者が来れば、そいつをイジメれば何々君はーー
『ーー僕は救われます』
『……それなら、まだマシな、逃げ道のあるこっちの世界に残ります』
言って隣に首をやったが、彼はもういなかった。