第5話 洞窟①
ベニトアイトと住民の距離感は依然良いとは言えないが、計画が一件落着したところで街の人達と飲みに行くことになった。
場所はこの街唯一の酒場らしい。ベニトアイトにも声を掛けたが、今日は疲れたと言って教会へ戻ってしまった。
帰るベニトアイトを見て安心したのか、住民達は肩の荷が落ちたかのようにホットした表情をチラつかせた。
洞窟調査の情報が欲しかった俺はエルマスに連れられ酒場に向かった。メンバーは今回の作戦に参加してくれた住民18人だ。
「僕は剣の鍛錬を行ってきます!」
酒場に着いて早々、マルツが離脱する。14歳でお酒を飲めないということもあり、宴会には基本参加しないそうだ。事情を分かっている住民達は頑張ってねと声を掛け彼を送り出した。
「それでは皆さん!街の繁栄を祝って乾杯!!」
まだ繁栄はしてないんだけど…と思いながらも、雰囲気を壊さないように周りに合わせる。
昼間から行われた宴会は夜になっても終わる気配がない。ダキアの街の酒場でも、20人ほどは余裕で入れるほどの広さはあり、食べ物は質素だが酒の類はしっかりと準備してあった。
エルマスは色々な住民とたわいの無い話をしており、俺はこちらから話しかけれるチャンスをまだかと伺っていた。その間、俺は多くの住民から声をかけられ会話をしたが、エルマスは常に色んな人とコミュニケーションをとっていた。男爵家の地位をひけらかさない彼に好印象を抱き始めた頃、エルマスが俺の横に座った。
「どうだ〜この街は」
どうやら彼は相当酔っ払っている様子だ。
「みんな仲良さそうで雰囲気が良いですね」
「そうだろ〜。何も無い街だけど、住民達はみんないい奴らなんだよ〜。酒だって滅多に飲めるもんじゃないからな。今日の宴会も2ヶ月ぶりぐらいなんだ。だからさ、あんたには期待してるんだよ」
悪酔いした親父の様な雰囲気のエルマスだったが、俺と話し始めると少しシリアスなモードに入る。
「あの約束、頑張って守ってくれな」
「人身売買の事ですか?」
「俺達だって本当は女神様と一緒にワイワイやりたいんだよ。だがな、仲間を売ることだけは許せない。非常に情けないが、男爵家の俺には何も変えることが出来なかった。だから今はお前に頼ることしか出来ない。男爵家の地位と情報を使って出来る限り協力をするつもりだが、限界がきたら言ってくれればいい。こんな田舎でお前さんの才能を潰す訳にもいかないからな…」
どうやらエルマスの計らいで住民とベニトアイトはなんとか上手く切り抜けているようだ。
「ありがとう。それと大丈夫だ。この街は俺に任せてくれ」
「おう。頼もしいな!」
エルマスは力強く俺の肩を握る。
その手には何も出来なかった情けない自分への怒りと、関係ない人物を巻き込んでしまった不甲斐なさがぎっしりと力になって詰まっていた。
正直少し痛かった…
「それで、1つ聞きたいことがあるんだが」
「おぉ!なんでも聞いてくれ」
「洞窟調査についてなんだが…」
「よし!俺の知っている情報を全て教えよう!!」
待ってましたと言わんばかりにエルマスは洞窟調査について説明を始めた。
洞窟調査の対象となる洞窟は隣街のトルピカにあり、派遣という形での仕事になる。トルピカには任務を受注できる組合があり、建物内に掲示されている任務をカウンターの受付嬢に申請する事で受けれる。任務の種類は数多く、雑用が多いため何でも屋的な感じになっているそうだが、そんな中でも洞窟調査は報酬が良いが危険が伴う為、ダキアの街の人に斡旋する事が多いらしい。
街の繁栄の観点で、隣街の任務を受けることはあまり良しとされてない風潮がある。それを知っていて尚、隣街に任務を受けに行くダキアの人達は断ることが出来ないそうだ。
調査の内容は様々で主に魔物討伐と特定の素材集めとなる。ダキアからは2組のパーティを派遣しているが、片方のパーティは戦力が乏しいため、森で木の実の採取などをメインに行っている。もう片方のパーティはまだ少しマシだが、大陸内で最下層のパーティと言っても過言ではないそうだ。その為、基本3〜4日は洞窟に潜り込んで任務を行うそうだ。
とりあえずエルマスから聞き出せた話はこんなところだった。
そして、洞窟調査パーティは明日帰還する予定らしい。
俺は帰ってきたメンバーに話を聞いてどう立ち回るか決めることにした。
その日の宴会は深夜まで続いた。全員が酒場で寝静まり次の日の朝を迎える事になった。
朝の10時位だっただろうか。事件は起きた。
「大変ですエルマスさん!!」
酒場に駆け込んできたのは昨日の宴会で顔を見てない住民だ。
「アジールパーティが朝になっても帰還してません!」
どうやら彼女は森の探索パーティのメンバーのようで、今朝の9時には組合に戻るはずのアジールパーティが帰ってこない為、急いで報告に来たそうだ。
それにしても帰還が1時間遅いぐらいで騒ぎすぎじゃないか?アジールパーティも危険な洞窟に行くのだから子供ではないだろうし、寄り道をしている可能性だってある。
と俺は思っていたが、エルマスの焦る様子は異常だった。
「秋人よ、今すぐ洞窟に行ってくれないか?」
「エルマスさん、焦りすぎではないですか?少し落ち着いては…」
「そんな悠長なことは言ってられない!!」
初めてエルマスの怒鳴り声を聞いた。
「すまない。少し頭に血が上ってしまった…」
こんなに焦るエルマスは初めて見る。彼の言動はこの事態がただ事で無いことを確かに証明してくれた。
会ったことはないが、アジールパーティもこの街の大事な住民だ。俺には彼らを守る必要がある。
決断した後の俺の行動は早かった。教会へ行きベニトアイトを叩き起し、報告に来てくれた森の探索パーティの彼女〝シグーナ〟と共にトルピカの街に向かうことにした。シグーナ以外のメンバーは戦闘経験がない為、洞窟には危なくて入れれないそうだ。
「秋人さん!僕も連れて行ってください!」
街を出る瞬間、剣を腰に携えたマルツが声をかけてきた。
どうやらこの一件を聞いて自分も行きたいと名乗り出たようだ。
「彼は連れて行っていいのか?」
どうするか悩んだ俺はシグーナに問いかける。
「それは、エルマスさんとサルフィルさんの判断によります…」
答えが出ずその場で佇んでいると、エルマスとサルフィルがやってくる。
「マルツ…どうしても行きたいのか?」
心配そうな表情を浮かべるサルフィルを前に、彼は「行かせてください!」と直立不動で言い放った。
「サルフィルさんよ、マルツが可愛いのは分かるがあいつも今年で15歳になるんだ。そろそろ行かせてやってもいいんじゃないか?」
「う〜ん、そうじゃな…」
エルマスの説得でもまだ納得のいってない様子のサルフィル。
「彼がいるので大丈夫ですよ」
ここで俺に白羽の矢が立つ。
「まぁ、エルマス殿がそういうのであれば…」
俺をダシに使いなんとか説得したエルマス。
マルツの同行が決まったとこで、エルマスが俺に武器を持たせてくれた。
「好きなのを選んでいいぞ」
そこには決して良い品と言えるものでは無かったが、精一杯集めたであろう4種類の武具が並ぶ。
片手剣、盾、弓、槍。
俺は悩むことなく弓を選んだ。
「ほんとに、それでよいのか?」
今までベニトアイトが排出してきた転移者は戦士向けのステータスだった為、多くの者が剣を選択していた。エルマスも長年それを見続けていたので俺の取った行動に驚きを隠せなかった。
「大丈夫です。弓の扱いには慣れてますので」
俺はそう言い残すと、ベニトアイト、シグーナ、マルツを連れトルピカに向かった。
「何!?洞窟には入れないだと?」
組合のカウンターで俺たちは衝撃の事実を伝えられた。
エムール大陸
1位 ダイタリス
2位 ヘアタイトス
ターコイズ・・・?
デムルド・・・使者
11位 トルピカ
12位 ダキア
ベニトアイト・・ダキアの担当女神
日下部秋人・・固有能力(豪運、視野強化)
イリネス・・住民、次の捧げ者
エルマス・・・街唯一の男爵家当主
サルフィル・・・街の長
マルツ・・・14歳の戦士
シグーナ・・・女冒険者