彼が召喚されるその日まで
「次は…絶対に…」
三畳ほどの小部屋に一人で座っている女の子は両手を組み祈る。その部屋は、椅子と机と、その上に置かれている水晶以外何一つない。家具どころか本や筆記用具などの小道具すら揃えられていない有様だ。だが、そんな所で祈る彼女は、質素な部屋に置いておくのは勿体ないほど綺麗で可憐だった。
彼女の名前は〝ベニトアイト〟エムール大陸の遥か上空に住まう女神族の一人だが、現在は訳あって大陸の最果てに位置するダキアという小さな街に住んでいる。
総人口三十九人。街というより村に近い密集地は、全ての住民と顔見知りになる事も容易だ。そんな街で彼女が細々と暮らす事になったのは二十年前の出来事が発端になる。
〜二十年前〜
〝エムール大陸のダキア〟と言えば、当時は誰でも知ってるほど有名な街だった。大陸の中央に位置する大国〝ダイタリス〟、そのダイタリスに隣接する最も大きな街〝ヘアタイトス〟に次いで大陸内では三番目に大きい土地を有していたのがダキアだった。しかし、それほどの膨大な土地を失う原因は偏に女神が変更した事にある。
先代の女神は大陸二位との争いに敗れ命を落とした。その為、現女神ベニトアイトが後継人となりダキアの街を担当することになる。しかしながら、この新人女神は、この世界に対して余りにも無知だった故、多くの女神から格好の餌として侵攻を受ける。
「これは因果応報と言っても過言ではない」
と何処かの街の女神は言っていたが、新人の彼女には痛すぎる洗礼であった。
このエムール大陸では、十二人の女神が各々の土地を賭け、土地取り合戦を行っている事はこの世界の常識であった。土地を奪い奪われる為、多くの死者や奴隷を生み出し、元々住んでいた住民に多大な被害を及ぼすのだが、当の女神達は遊びのような感覚で侵攻、侵略を行う。
女神達に道具のように使われる人類は二百年ほど前に結束し、反乱を起こしたが、女神達が住まうと言われる「天界」に辿り着くことすら叶わずあっさりと惨敗した。それ以来、人類は女神達に取り入る選択を余儀なくされ、各地では多くの争いが頻発していた。
その中でも、所有する土地が一番広い女神の街だけが国として認められる制度が作られて以降、日々血みどろな戦いが繰り広げられたが、それも数十年で収束した。次第に大陸内での順位は確定し、国となった街には多くの民が移り住み、戦力が偏ったことで容易に下克上を起こすことも出来なくなった。
そんな状況を見かねた天界に住まう女神達は、現在から四十年ほど前、ベニトアイトがダキアの街に就任する数十年前、大陸内での争いを活発化させる為に、ある措置がとられた。それが〝最弱措置〟である。年に一回、最下位から三つの街だけに異世界転移に必要なスクロールが送られ、異世界から年に一人だけ転移人を召喚することが出来ることになった。転移によって呼び出された人間は、女神によって直々に筋力などのステータスをいじられ、固有能力といった強力な力を与えられる。
この措置により、二十年前からエムール大陸で国として認められている「ダイタリス」は、万年十一位(下から二番目)から大国を築いた。
その影響で毎年順位が下り調子のダキアがこの恩恵を受けたのが十五年目の弱小措置だった。幸運にも、この年に召喚した異世界人が強力な固有能力を得たことにより、ダキアは様々な街を侵略し大陸三位の地位を手に入れた。
そんな弱肉強食な世界だからこそ、先代の跡を継いだ新人女神のベニトアイトは他の女神からターゲットにされてしまった。
一人で軍に匹敵する転移者に戦を挑んでも勝ち目はないと分かっていた下位街の女神は、ダキアを内部から崩し始めた。多くの街から侵略を受けることになったダキアは、たった一年で軍事力の八割を奪われることになった。更に、あえて土地を奪わないことでダキアは次回の弱小措置を受けられることは出来ず、土地に見合わない軍事力で翌年を迎えることになった。
そんなこととはつゆ知らず、人目の付かない街の協会で悠々自適な生活をしていたベニトアイトは、年明けから一ヶ月足らずで全てを失った。
土地、軍事力、住民、更には名声や信用も一瞬に。侵攻の期間は約一ヶ月、たった一ヶ月で彼女は為す術なく全て失い、最果ての土地で百人程の住民と細々暮らすことになった。
大陸の中央から追い出され全てを失った彼女は、自分の無知無力を嘆き、次に訪れる弱小措置で再び中央に返り咲くことを決心した。
しかし翌年、彼女は自分の無力さを再び痛感する。
大陸順位を大幅に落としたダキアは、その影響もあり、後に大陸で五本の指に入ると言われるほどの実力者となる女性を召喚することに成功した。
だが、無知である女神は転移者をダキアの街に留めることが出来なかった。
その事件は最弱措置を行ったその日に起きた。
〝引き抜き〟
満足に転移者をもてなす事の出来なかったベニトアイトとは対象に、金、家、名声を餌に、見事引き抜きを成功させたのが当時大陸順位6位まで落ちたヘアタイトスだった。ヘアタイトスは新戦力を取り入れると瞬く間に大陸順位を上げ、その年には大陸二位まで上り詰めた。
順風満帆なヘアタイトスに比べ、ダキアは更なる追い討ちをかけられた。転移者を奪ったヘアタイトスの女神は、その転移者の忠誠心を試す為に、ただでさえ少ないダキアの土地をさらに侵略した。手も足も出ないダキアの住民は半分以上が転移者の魔法の餌食になり、大陸順位を更に二つ落し、二十八人という少ない人口の最弱街になった。
翌年、その翌年と弱小措置で転移者を召喚さるが、これが想像以上に上手くいかない。
最弱措置で選ばれる転移者は、前提条件として転移に対して好印象を持っている者に限る。また、現実世界に帰して欲しいと願う者には、ここでの出来事の記憶を消し現世へ戻し再抽選する。
その為、この世界に対して嫌悪感を抱くものは居なかった。だからといって皆が皆やる気を持っているわけではなかった。
ベニトアイトが召喚した転移者は大当たりの一人目と、その後に召喚した三人以外は一ヶ月も経たずに引きこもりに近い状態になっていた。やる気のある転移者は当然のように他の街に引き抜かれた。
十九年間このような事をやり続けた彼女の街は、既に壊滅状態だった。弱小措置を上手く生かせないので満足のいくような食事は取れることも無く、毎日ジャガイモ生活だった。
だが、今年の弱小措置は一味違う。弱小措置を続けて二十年目。この節目となる年にはボーナスがつく。過去に引き当てた街を救う可能性を持つ転移者も、五回目、十回目、十五回目と回数ボーナスが重なった事が大きい。
回数を重ねる毎に効果が増すことは素人が見ても一目瞭然だった。
その為、後がないと言っても過言ではないこの状況で、ベニトアイトは二十回目ボーナスに全身全霊を掛けていた。
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ここでは登場人物や街などわかりやすくまとめておこうと思います。
エムール大陸
1位 ダイタリス
2位 ヘアタイトス
︙
12位 ダキア
ベニトアイト・・ダキアの担当女神