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聖女、騎士の気知らず

「ふふふ……ふふふふふふ」



 アーシュラ様の部屋から響く不気味な声。俺は眉間に皺を寄せる。



(今度は一体、何をやらかす気だろう)



 過去に色々と前科があるため、怖さ半分、期待半分といった所だ。声を掛けるタイミングを失い耳をそばだてていたら、唐突に部屋の戸が開いた。



「ローラン様、良いところにいらっしゃいました!」



 一体いつ気づいたのだろう? アーシュラ様はそう言って、俺を強引に招き入れる。

 今日の部屋の状況はそこまで悪くない。つい先日まで、ジャネットと一緒に寝泊りをしていた影響だろう。


 ジャネットのことは数日前、王都からの伝令役に託した。国王陛下に地方の状況を直接見ていただくこと、しっかりと栄養を摂らせることが目的だ。

 アーシュラ様は少しだけ涙ぐんでいたが、再会を約束して、笑っていた。



「今度は一体何なんですか?」


「聴きたいことがあったんです。こっちの宝石と、こっちの宝石、売ったらどっちの方が高くなります? どっちもすっごく綺麗だよね~~! きっと良いお金に――――――」


「ちょっ! それ、この間貰ったばかりのダイヤモンドでしょう?」



 大きく煌びやかな宝石を両手に掲げ、下碑た笑みを浮かべるアーシュラ様に、俺は嘆息する。



(全く! 貰う時はあんなに『大切にします』って言ってた癖に)



 親指の爪よりも大きなエメラルドも、アーシュラ様の髪色によく似た色合いのダイヤモンドも、彼女にとっては換金後の価値しか見出せないらしい。折角貰っても、着けるのはその時だけ。その後、身に着けているところを見たことがない。アーシュラ様の感性は、相変わらず俺にはよく分からない。分からないのだが。



「どちらも聖女様が着けたとあれば、相当な値になるでしょうね」


「そう? そう? うーーん、夢が膨らむなぁ。えへへ……次に大きな街に着いたら換金するんだぁ~~」



 アーシュラ様はそう言って床に置いていた麻袋を引っくり返す。中には指輪やブローチ、イヤリングなどが、無造作に入れられていた。



「……せっかくお礼にもらった品々なんです。そのまま持っておかれたらいかがですか? 別にお金には困ってないでしょう?」



 領主達のところに赴くと、聖女の祝福を頼まれることが多い。

 アーシュラ様は言われるがまま祝福を与えるのだが、謝礼基準はなく、今のところお礼はピンキリである。本人は、貰えるものはありがたく貰う、をモットーにしているらしい。



「だって、こんな高価な宝石、身に着ける機会ないしぃ」



 見て見て、と宝石を見せびらかしつつ、アーシュラ様はニンマリ笑う。



「そんなこと言って。一度王都に帰還するよう、王太子殿下から手紙が来ているでしょう? アーシュラ様を夜会に招待したいって。石を身につける機会なんて、これから嫌って程ありますよ」



 言えば、アーシュラ様はウっと言葉を失う。俺が知らないとでも思っていたのだろう。浮かない表情をしていた。



「だって~~、夜会とか好きじゃないしぃ」


「一度も行ったことないのに、好きじゃないとか言わないでください。案外楽しいかもしれないでしょう?」


「うーーーーん……」



 いつになくアーシュラ様の歯切れは悪い。俺はため息を吐きつつ、宝石の一つを手に取った。アーシュラ様の髪色によく似たダイヤモンドのネックレスだ。手を伸ばし、数歩後退って、それがアーシュラ様の首に掛けられた所を想像する。



「よくお似合いですよ。可愛らしいし、大人になってからも身に着けられそうなデザインです」



 俺の言葉に、アーシュラ様は目を丸くする。ほんのりと頬が紅い。どうやら照れているらしい。可愛いと思わずにはいられなかった。



「ちょっとだけ……考えてみます」



 アーシュラ様の返答に、俺は笑った。



 それから数日後、俺たちは国境近くの比較的大きな街へと来ていた。活気ある街並み。道行く人もどこか洗練されていて、何だか気分が高揚する。



(最近はずっと、貧しい村への訪問が続いていたからな)



 アーシュラ様は活き活きと仕事をしていたが、たまにはこういう、貧困とは縁のない都市に滞在するのも良い。



「今回は怪我や病気の治癒が主になりそうですね」



 俺の言葉にアーシュラ様はキョトンと目を丸くし、クスクスと笑う。思わぬ反応に、俺は首を傾げた。



「何ですか、その反応は?」


「案外こういう街って、見えない貧困層がいっぱいいるものなんですよっ」



 アーシュラ様はそう言って、路地裏の方へ目を向ける。その瞬間、薄闇の中、数人の人影がバタバタと走り去るのが見えた。もしかすると、追い剥ぎでも画策していたのかもしれない。俺は気持ちを引き締めた。



「都会には変な吸引力って奴があるらしいんです。近くの村や町で食うに困った人が、街に移って、家も持たずに生きて行くってことが往々にしてあるんですよ。ここなら残飯とか、まだ着れるのに捨てられた服とか、あれこれ入手できますからね」


「――――いつも思いますけど、何でそんなにお詳しいんですか?」


「色々見てきましたからね! この街に来るのは二度目ですし」



 ニカッと歯を見せアーシュラ様が笑う。俺は思わず苦笑した。己の視野の狭さを認識せずにはいられない。本当に完敗だ。



(それにしてもアーシュラ様は、聖女として目覚める前はどのようにお暮らしだったのだろう)



 生まれた時から聖女であったなら、もっと早くに王宮へと迎えられていたはずだ。と、いうことは、彼女の力は後天的なものなのだろう。その割には、随分と力を使いこなしているように見える。


 それに、よくよく思い返してみると、俺がお迎えに上がった時、アーシュラ様は一人暮らしだと言っていた。両親はどうしたのだろうか。まだ十七歳だというのに、俺が思うよりもずっと、苦労をなさってきたのかもしれない。そう思うと、何だか胸がモヤモヤ疼いた。



「あっ、ローラン様! 見てください!」



 アーシュラ様は唐突に、反対の路肩へと走り出した。見れば、小じんまりとした台の上に、数十種類のアクセサリーが並べられている。移動型の店舗というやつだ。品物は全て店主の手作りらしい。使われている石は価値のないものばかりだが、可愛らしいデザインをしている。お値段も比較的リーズナブルだ。



「ほらっ、とっても可愛い! 見ていて胸がキュンキュンしますねっ」



 アーシュラ様は瞳をキラキラさせながら、アクセサリーを眺めている。先日、宝石を眺めていた時の瞳とは大違いだ。それがあまりにも可笑しくて、俺は笑いを堪えながら、アーシュラ様の頭を撫でた。



「ダイヤよりこっちの方が良いんですか?」


「うんっ。こっちの方がずっと可愛い。こっちの方がずっと好きっ」



 アーシュラ様はそう言って、幸せそうに目を細める。



(いつまでも見ていられそうな笑顔だな…………んん?)



 無意識にそんなことを考えていた自分に気づいて、俺は内心ショックを受ける。


 最近、何かが変だ。護衛のことを意識せずとも、気づけばいつも、アーシュラ様を目で追っている。笑わせてやりたいと思うし、甘やかしてやりたいと思う。ふとした時に、触れたくなる。美しい瞳から、ふっくらとした頬から、花のように鮮やかな唇から、目が離せなくなる。



(馬鹿か――――相手は聖女だぞ)



 決して汚してはならない存在。俺のような男がおいそれと触れて良い相手ではない。

 彼女に相応しい人間なんてこの世にいない。神のような人間がいれば話は別だが、王太子すらも力不足だと思う。



「――――そのイヤリングが気に入ったんですか?」



 邪念を振り払うように、俺はアーシュラ様に問い掛けた。先程から何度も、アーシュラ様が見つめていたイヤリングだ。手に取ってみればいいものを、瞳をキラキラさせながら、眺めることしかしていない。


 店主に断りを入れてからイヤリングを手に取ると、アーシュラ様の耳に着けてやる。青い透き通った石の埋め込まれた、至極シンプルなイヤリングだった。何がそんなに気に入ったのか、俺には分からないが。



「これを」



 店主に代金を手渡すと、アーシュラ様は泣きそうな表情で俺を見上げた。



「……良いのっ⁉」



 頬が赤い。唇がぷるぷる震えている。あまりにも可愛いらしいその表情に、今すぐ抱きしめたいとそう思った。その唇に口付けて、愛を囁きたい。そんな馬鹿な衝動を抑えながら、俺は必死に微笑む。



「まさか、これも売り払おうなんて思ってないでしょうね?」


「ううん! 絶対売らない! 絶対絶対、一生大事にするっ」



 アーシュラ様はそう言って、勢いよく俺に抱き付いた。



(……っ! 人の気も知らないで……!)



 俺の胸にアーシュラ様が顔を埋めている。ふわりと花のような香りが漂う。背中を、これでもかというぐらいにキツく抱き締められている。



(本当に仕方のない人だ)



 不可抗力だからと言い訳して、俺はアーシュラ様を抱き返した。身体が、胸が、熱くて堪らない。これ以上、自分の気持ちに気づかない振りなんて出来そうになかった。

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