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聖女の目論見

「そなたがアーシュラか」



 厳かな空気に包まれた謁見の間。我が国の国王陛下がそう尋ねる。



「はい。わたくしがアーシュラにございます」



 アーシュラ様は、それはそれはしおらしかった。ここまで来たらさすがに逃げられないと腹をくくったのだろう。俺としては正直ざまぁ見ろという感覚だ。



(それにしても)



 国王陛下や王妃様に対し、アーシュラ様は非常に慇懃に接している。普段のフランクな口調、絶妙に癖のある喋り方とは大違いだ。彼女がとんでもない失礼を働くのではないかと密かに心配していた俺としては、一安心だ。



「そなたを我が国の聖女として迎え入れよう」



 陛下の言葉を合図に、歴代聖女が身に着けてきた王家の秘宝がアーシュラ様の前へと運ばれる。

 中央に大きな白い石の埋め込まれたヘッドティカ。陛下自らそれをアーシュラ様の頭に載せると、秘宝はたちまち白から赤へと色を変えた。

 謁見の間に集まった面々は歓声を上げ、新たな聖女の誕生を喜ぶ。唯一、アーシュラ様だけがこっそりと、不服そうな表情を浮かべていた。



(紅色か)



 先代の聖女の時、秘宝はエメラルドのような緑色をしていたらしい。恐らく秘宝は、聖女によって、その色を変えるのだろう。

 額の中央を彩る紅い石は、アーシュラ様のシルバーピンクの髪色に良く映える。中身はどうあれ、見た目だけは立派に聖女だ。



「さて、聖女殿。あなたにはこれから、この王宮で生活していただきましょう」



 そう口にしたのは王太子・アレクサンダー殿下だった。

 金髪碧眼、目鼻立ちの整った、女性が夢見る理想の王子様で、物腰も柔らかい。

 ただ、女癖があまり良くないのが玉に瑕で、24歳になった今でも未婚な上、婚約者もいない。本人曰く『王妃に相応しい女性を慎重に選んでいる最中』らしい。


 どうやら殿下はアーシュラ様がお気に召したらしく、恭しく手を握り、キラキラした瞳で彼女を見つめている。



(まぁ、顔だけは良いからな)



 『神に愛される女性とは? 聖女とは?』と疑問を呈したくなる中身をしたアーシュラ様だが、見た目は本当に妖精のように可憐だ。もう数年もすれば、女神という称賛がピッタリの美女に成長するに違いない。


 おまけに彼女には、聖女という肩書まで備わっているのだ。殿下の結婚相手に相応しいと思えなくもない。平民の出であることは国民にとって寧ろ歓迎すべきことだろうし、教育の方はまだ若いから何とでもなる。



(あくまでアーシュラ様が普通の方なら、というおまけ付きだが)



 アーシュラ様が王太子妃――――彼女の本性を知る俺としては、不安要素しかない。本人は絶対に嫌がるだろうし、仮に婚約が成立しても殿下を盛大に振り回すことだろう。


 けれど、俺の仕事はアーシュラ様を王宮に送り届けた時点で終わった。正直言って、彼女の今後に気を揉む必要はないし、あとはお偉いさんに任せるほかない。



 アーシュラ様はしばらくの間押し黙っていたが、ややしてチラリと俺の方を盗み見た。救いを求めるような無垢な表情。普段の天真爛漫さを知っているせいか、今の妙にしおらしい表情とのギャップに心が揺さぶられる。



(いやいや、こっちを見るな。見て、どうする!)



 恐らく彼女は、ここでの生活が嫌なのだろう。けれど、素直にそう口にした所で、彼女の意向が通る筈もない。

 聖女は基本的に王宮で祈りを捧げるものと相場が決まっているし、保護されるべき存在だ。あんな片田舎では、手厚く警備することも、彼女の仕事ぶりを確認することも難しい。



『諦めてください』



 猶も俺を見つめ続けるアーシュラ様に、口だけを動かしてそう伝える。すると、アーシュラ様は不貞腐れたように唇を尖らせ、やがてゆっくりと顔を上げた。



「お心遣い、痛み入ります」



 アーシュラ様の言葉に、殿下は満足そうに微笑む。



「なれど、わたくしは今しばらく、王宮の外で暮らしたいと思っております」



 それは、ここにいる誰にとっても予想外の返答だったのだろう。俄かに謁見の間がざわついた。



「何故です? 俺はあなたに最高の待遇をお約束しますよ。侍女も、服や宝石も、あなたの希望通りに用意させましょう」


「いえいえ、そんなもの、わたくしには必要ございません」



 先程よりも少しばかり砕けた口調。メッキが剥がれかけているなぁ等と思っていたら、アーシュラ様はクルリと唐突にこちらを向く。邪悪な笑み。ゲッと思うのも束の間、アーシュラ様は勢いよく俺の腕を掴んだ。



「わたくしは今しばらく、この者と一緒に国内を旅したいのです」


「…………は?」



 驚きのあまり、素っ頓狂な声が出る。



(旅? 俺と? 一体何のために?)



 呆気にとられた俺を余所に、国王陛下が穏やかに目を細めた。



「どうしてそう思うのか、理由を聞かせてくれるかな?」


「――――はい。わたくしは常々、一部の人間だけが何かの恩恵を賜る機会を得ることに、疑問を抱いていました。

わたくしのこの力があれば、病を癒せます。飢えを満たせます。土地を浄化し、作物が育つようにすることも、大地を動かすことも意のままにできます。

けれど、わたくしが一所に留まれば、聖なる力の恩恵はわたくしの近くにいる方――――極端に言えば王都の方にしか、届けることができません。

わたくしは神に力を分け与えられし者。出来る限り多くの方に、神を感じる機会、救済の機会を得ていただくべきだと思うのです」



 流れるような口上。俺は、開いた口が塞がらなかった。

 あのアーシュラ様が。あのぐーたら我儘アーシュラ様が!聖女っぽいことを口にしている。なんなら君子っぽいことまで口にしている!こんなことがあって良いのだろうか?正直言って詐欺だと思う。



「ですから、わたくしはしばらく国内を旅して回りたいのです。そして、沢山の人々と会い、その苦しみに寄り添いたい。……王宮に入るのは、それからでも遅くはないと存じます。もちろん、国のために、毎日祈りは欠かしませんわ」


「ふぅむ」



 国王陛下を含め、室内はなんとも言えない沈黙に包まれていた。皆が『アーシュラが正しいかもしれない』と言う雰囲気を醸し出している。

 けれど、彼女の本性を知る俺には不安しかなかった。



(いや、本当にアーシュラ様がそのおつもりならば悪くはない。聖女が各地を回るとなれば、民もきっと喜ぶだろう。だが……だが!)



 その時、アーシュラ様はチラリと俺を見上げた。彼女の美しい瞳が綺麗な半月型に歪められ、口元には下碑た笑いを浮かべている。



「~~~~~~! あっ……」


「ローランよ」



 口を開くより先に、陛下が俺の名前を呼んだ。そして俺は瞬時に悟った。陛下がこういう表情をしている時は、もう決断をなさった後だ。俺がなにを言ったところで、覆ることは無い。



「頼む」


「――――――御意」



 かくして俺は、このトンデモ聖女の御守を継続することが決まってしまったのだった。

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