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聖女、移ろいやすい

 広間に残ったのはほんの数人。

 俺たち二人の他は、国王陛下とアレクサンダー殿下、それから俺の父親だけだった。



「さて、アーシュラよ。君は先程、そこにいる私の甥、ローランを『未来の夫』と公言したが……あれは元婚約者へのあてつけか……それとも君の本心か、どちらなんだい?」



 陛下は至極穏やかな声音でそう口にした。怒っているわけではなさそうで一安心だが、アーシュラ様の受け答え次第で状況は変わりうる。俺はゴクリと唾を呑んだ。



「陛下……突然あのような無礼な振る舞いをしたこと、誠に申し訳ございません。なれど、あれはわたくしの、まごうことなき本心。わたくしは、ローラン様をお慕いしています」



 アーシュラ様はきっぱりと、そう断言した。迷いなど微塵もないその瞳に、俺の心臓がドキドキと鳴り響く。こんな非常事態でも嬉しいと思うなんて、どうかしている。アーシュラ様のせいで、いつの間にか、俺の頭のネジまで緩んでしまったらしい。


 陛下は黙って、アーシュラ様を見つめていた。先程から俺の父が、揶揄するような視線を投げかけてくる。アレクサンダー殿下は今のところ、口を挟む気はないようだ。



(一体なにを思っておいでだろう……)



 殿下はアーシュラ様のことをいたくお気に召していた。王都にいる間、頻繁にお茶へと誘い、交流の機会を窺がっていたし、宝石やドレスを数点贈ったことも知っている。旅立った後だって、手紙で度々夜会へと誘っていた。


 今思えば殿下は、本気でアーシュラ様を妃に望んでいたのだろう。彼女がアスベナガルの王太子の婚約者だったと知っていたのなら、尚更。


 あちらで王妃教育を受けていたならば、一から教育を施す必要が無いし、聖女というステイタスは大きい。旅に出て以降は、アーシュラ様への感謝の言葉が各地から寄せられていたようだし、彼女を王妃にすれば国民へのアピールにも繋がる。



(アーシュラ様はそこら辺、全部分かっていたんだろうなぁ)



 分かっていたからこそ先手を打った。あの発言は俺の退路を断ち切りもしたが、『アーシュラ様がこの国の王太子妃になる道を断とうとした』というのが実は正しい。


 あれだけ多くの人間がいる前で、一介の騎士である俺への好意を明らかにしたのだ。あれを完全に無かったことにすることはできない。



「本当は君を、息子の妃にと思っていたんだが……」



 陛下はようやく口を開いたかと思うと、困ったように笑っていた。身内にだけ見せる、どこか砕けた表情。けれど、返答は想像していた通りのものだ。



「どうやら君は、中々に正直な――――頑固な性格をしているようだね」



 陛下の言葉は、そんな風に続く。緊張のあまり、生きた心地がしなかった。



「はい。そのせいでよく『聖女らしくない』とローラン様に叱られます。でもその後すぐに『わたしらしい』って笑って撫でてくれるので、とても嬉しいです」



 それなのに、アーシュラ様の返答は俺の予想の斜め上を行くもので。



「アッ……アーシュラ様! 余計なことを言わんでくださいっ!」



 思わぬ形で自分の癖を暴露されてしまった俺は、顔から火が出そうだった。父とアレクサンダー殿下が腹を抱えんばかりの勢いで笑っている。恥ずかしくて堪らない。



「そうか。あのローランが……」


「はいっ! ローラン様はいつもとっても優しいです。彼がいなければ、わたくしは一人では何もできない――――怠け者のダメダメ聖女でした。この国に来たばかりの頃のわたくしは、やる気も何もかもが枯渇していましたし、寧ろ落第聖女(やくたたず)の烙印を押されたいと思っていた程で。でも、ローラン様は根気強くわたくしと向き合ってくださったから……」



 先程から何の羞恥プレイなのだろう。陛下はまるで幼子の成長を喜ぶ親戚のような、生温かい視線が俺へと向けている。



(いや、陛下は俺の叔父だけれどもっ)



 従兄弟である殿下は今や、ヒィヒィと呼吸困難に陥っていた。明らかに笑い過ぎだ。



「既に陛下もお気づきのことかと存じますが、わたくしは聖女の皮を被るのが精一杯の不束者です。この素晴らしい国の王太子妃は、とても務まりません」


「……アーシュラよ、君の気持ちはよく分かった」



 陛下はそう言った。穏やかな表情だ。



(……認めて下さるのだろうか?)



 期待と不安が綯交ぜになり、心臓がバクバクと鳴り響く。何度も唾がせり上がり、落ち着かない。チラリと横目で見れば、殿下はようやく落ち着きを取り戻したらしく、居住まいを正していた。



「アレクよ、おまえはどう思う?」



 陛下は端的に、けれど恐ろしい質問をした。


 もしも殿下が『アーシュラ様を妃に望んでいる』と明確に言葉にすれば、事態はかなりややこしくなる。

 聖女と王太子の言葉ならば、王太子の言葉の方が重い。二人が結婚をすること自体は回避できるかもしれないが、その場合に俺とアーシュラ様が結ばれることはあり得ない。下手をすれば、護衛として側に居ることすら許されなくなるかもしれない。



(そんなの絶対、嫌だ)



 アーシュラ様はもう、かけがえのない俺の一部だ。一生守り抜くと――――幸せにすると決めた。離れ離れになるなんて無理だ。



(父や兄たちに迷惑など掛けたくない。掛けたくはないが)



 いざとなったら俺は、王家に背き、アーシュラ様を連れて旅に出る。何年掛かっても良い。納得いただけるよう努力をする。そう覚悟していた。


 想像よりもずっと早く、思っていたのとは違う形で判決の時を迎えることになってしまったが、遅かれ早かれ、という話だ。沙汰は早い方が良い。


 ふ、と声を上げて殿下は笑った。殿下は俺とアーシュラ様を交互に見、陛下に向けて目を細める。それからゆっくりとアーシュラ様の前に歩み寄ると、彼女の手を握った。眩暈がした。



「――――俺の従兄弟は、アスベナガルの王太子の何百倍も良い男だ」


「…………え?」



 殿下はそう言うと、穏やかな表情で笑った。アーシュラ様が目をしばたかせる。俺は大きく息を呑んだ。



「それに、俺とアスベナガルの王太子とでは、同じ王太子でも格が違う。アスベナガルの王太子の地位は、我が国の公爵令息以下。そちらの方がずっと気分が良い。だから、アーシュラ、おまえは安心してローランと結婚しろ!」



 殿下はそう言って満面の笑みを浮かべた。



「殿下……」



 アーシュラ様が目を見開く。俺は胸が熱くなった。

 この理屈なら、王家のプライドは保たれるし、国民感情的にも受け入れやすい。

 それに、提唱したのは他でもない殿下自身だ。異を唱えるものはそういないだろう。殿下らしい、最高の祝福だと俺は思った。



(アーシュラ様との結婚が認められた……)



 俺は一人、感慨に耽っていた。ずっと胸の中で渦巻いていた、不安や蟠りといった感情が一気に溶けだしていく。目頭がグッと熱くなった。



「殿下……! わたし、殿下のことを好きになってしまったかもしれませんっ」


「――――――はぁっ⁉」



 けれどその時、アーシュラ様の爆弾発言が、俺を現実へ一気に引き戻した。アーシュラは瞳をキラキラ輝かせ、殿下の手をグッと握り返す。俺は慌てて二人の間に割り入った。



「アーシュラ様っ! 俺への想いは、そんなものだったんですか⁉」



 我ながら情けない声が出る。一気に絶望の淵へと叩きつけられたような気分だった。

 けれど、アーシュラ様と殿下は二人して、声を上げて笑っている。ここに来て、何故だか一気に仲良くなっている。本気で妬けた。



「おまえ、どんだけアーシュラのこと好きなんだよ」



 冗談に決まってるだろう? と口にし、殿下は目尻に涙を滲ませる。



(……そんだけだよっ)



 冗談を冗談と受け取るだけの余裕なんて、俺にはない。縋る様な気持ちで、俺はアーシュラ様を見つめた。


 アーシュラ様は無言のまま、目を細めて俺を見つめている。花が綻ぶような、幸せそうな笑み。涙で瞳が潤んでいた。



「――――だって、ローラン様のことは『好き』なんて言葉じゃ全然足りないもんっ」



 そう言って勢いよく俺の胸に飛び込んで来たアーシュラ様を、優しく抱き留める。上着がアーシュラ様の涙で濡れた。気づけば俺の頬も、彼女と同じように濡れていた。幸せを形にしたみたいな、温かな涙だった。



「俺もです。……アーシュラ様を愛してます」



 言えば、アーシュラ様は綺麗な顔をぐちゃぐちゃに歪める。それから、エグエグとしゃくり上げながら涙を流した。聖女らしさの欠片もない泣き方だ。

 けれど俺は、そんなアーシュラ様が好きだ。大好きだ。



「改めて――――俺の妻になっていただけますか?」



 俺はアーシュラ様の前に跪き、彼女の手を握って求婚の言葉を述べた。陛下や殿下、父が俺のプロポーズを見守っている。きっと後で死ぬほど揶揄われるのだろうが、甘んじて受け入れよう。

 それでも今、どうしても、アーシュラ様に想いを伝えたかった。



「はい、喜んで!」



 勢いよく返事が返ってくる。嬉しくて、幸せで堪らない。

 俺達は顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべたのだった。

次回、完結予定です。最後までよろしくお願いいたします。

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