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聖女の見せる生き地獄

「……どうしてこれまで教えて下さらなかったんですか?」


「え? えへへ? えへへへへへっ」



 俺の視線を避けるようにしながら、アーシュラ様は乾いた笑みを浮かべる。


 俺たちは今、王都の隣町にあるとある神殿の中にいた。

 本来ならば馬で数日掛かる距離。けれど、隣国の王太子一行を捕らえてからたったの3分足らずで、俺たちは何百キロと距離の離れたこんな場所に居る。

 当然、超人的な力が働いている。アーシュラ様だ。



「いやぁ……わたしは伝えたつもりだったんだよ! ローラン様なら当然知ってるって思ってたんだよっ! 伝えそびれてたなんてビックリだねっ」



 アーシュラ様はそう言って、わざとらしい笑みを浮かべる。嘘が下手くそだ。というか嘘と認定される前提で話している。俺はアーシュラ様の頬をグイグイ引っ張った。



「全く、この旅の途中、どれだけ『休憩』という名目で道草を食ったと思ってるんですか。こんな風に瞬間移動できるなら、あんなに道草を許しはしませんでした」


「でしょっ? そうでしょ? そうだと思ったから言わなかったの! だってだって、どうせなら自分の目で色々見て回りたいじゃない? 旅の醍醐味ってそっちの方じゃない? それに、ローラン様と旅するの、とっても楽しかったんだもん!」



 アーシュラ様はそう言って俺の手をギュッと握った。ズルい。アーシュラ様はズルい。俺がこれ以上怒れないと分かっていて、こんなセリフを平気で吐くのだ。妖精というより最早小悪魔である。これが、惚れた弱みというやつなのかもしれない。悔しい。



「ささ、気を取り直してこの不届き者達を城に連れてきましょっ」



 アーシュラ様はニコリと微笑むと、捕縛の輪へ繋がっている紐をグイグイ引っ張った。

 男達は屈辱に顔を歪め、アーシュラ様を睨みつける。が、文字通り手も足も出ないので、本当に睨むことしかできない。

 アーシュラ様は寧ろ心地よさそうに彼等の視線を受け止めると、ニンマリと凶悪な笑みを浮かべた。



「さてさて、これから王都で聖女アーシュラ様の凱旋パレードなんですっ。殿下方、きっとめちゃくちゃ注目を浴びちゃいますねぇ! 民衆の皆さんに向けた最高のスマイルの準備をお願いしますねっ」



 余程腹に据えかねていたのだろう。アーシュラ様は天使のような笑みを浮かべて猛毒を吐く。それが、一番効果的に相手にダメージを与えられる方法だと悟ったのだろう。事実、王太子は顔を真っ赤に染め、口惜し気に唇を噛んでいる。今にも血を吐きそうな形相だ。いい気味である。



「おい、ウルスラ! おまえ、こんなことしてタダじゃ……っ」



 言い返そうと口を開いたのも束の間、何かが男の口を塞いだ。まるでジッパーか何かで封をされたかのように、男の口はピタリとくっついて動かなくなる。



「あれれ? わたし、何にもしてないんですけど」



 アーシュラ様は心底不思議そうに目を丸くし、首を傾げた。神の思し召しだろうか。俺は小さく笑った。



***



「そなたの働きは、王都にいるわたしの耳にもしかと届いている。随分とたくさんの民を助けてくれたようだね」


「お褒めに預かり光栄です」



 陛下の御前で、アーシュラ様は恭しく頭を垂れる。国の最高権者を前に、相変わらず堂々とした佇まいだ。

 

 唐突な帰還にもかかわらず、王都の民衆は俺たちを温かく迎えてくれた。陛下の仰る通り、アーシュラ様の功績が、遠く離れた王都にまで届いていたのだろう。俺は自分のことみたいに誇らしかった。

 アーシュラ様が歩く度、歓声が湧き上がる。花びらが舞い、キラキラと後光が差す。本当に見事な凱旋パレードだった。

 その後を、苦々しい表情をした男三人がトボトボと歩くのだから、相当目立った。改めていい気味だと思った。



「ローラン、おまえが連れ帰ったその男――――アスベナガルの王太子というのは本当か?」



 尋ねたのは我が国の王太子、アレクサンダー殿下だった。従者と共に捕縛され、今や喋ることすら許されない憐れな男を見下ろしながら、怪訝な表情を浮かべている。



「はい、間違いございません。……今もまだ廃嫡されていないなら、ですけど」



 その瞬間、男はカッと目を見開き、顔を真っ赤に染めた。どうやら図星らしい。恐らく、アーシュラ様を追放した責任を密かに取らされたのだろう。どうりで目の色を変えてアーシュラ様を連れ帰ろうとするはずだ。ざまぁ見ろ。



「うむ。では、それを踏まえたうえで、この男、如何しようか」



 陛下と殿下はアーシュラ様を見ていた。

 俺が知らなかっただけで、お二人はきっと、彼女の生い立ちや、この男との経緯をご存じだったのだろう。当事者であるアーシュラ様の意見をお尋ねになった。



「わたくしは――――この男をアスベナガルに帰したいと思っています」



 アーシュラ様は少しだけ迷った後、そんなことを言った。俺も含め、周りは皆、驚きを隠せない。俺はアーシュラ様に駆け寄った。



「アーシュラ様、この男はあなたを襲おうとしたのです。お咎めなしというわけにはいきません」



 本当は俺自身が刑の執行人になりたいぐらいだ。アーシュラ様を傷つけた分だけ、この男は償うべきだとそう思う。



「いえいえ。お咎め無しだなんてとんでもない。わたくしはこの男に、生き地獄を味わっていただこうと思っているんです」



 アーシュラ様はそう言ってニコリと微笑む。俺には馴染みの邪悪な笑みだ。何か良からぬことを考えている時に、アーシュラ様はこの表情を浮かべる。周囲の困惑をよそに、俺は思わずゴクリと唾を呑んだ。



「今アスベナガルは、わたくしがいなくなったことにより、数々の天災に見舞われております。彼の国にはもう、戦争をするだけの力はありません。けれど民にはなんの罪もない。ですからわたくしは、アスベナガルの天災を治めに行きたいと思っています。

けれど、その際に二つ、約束をさせます。

一つ目は二度と戦争を起こさないこと。二つ目は二度とわたくしに関わらないこと。その二つの約束を守らなければ、アスベナガルはまた、災禍に見舞われると。全ての元凶であるこの男を突き返し、民にも事実を明かした上で、アスベナガルに対して、盛大に恩を売りつけたいと思っているのです」



 アーシュラ様の声が響く。皆一様に困惑し、広間は奇妙な沈黙に包まれていた。



『聖女とは、慈悲深い君子ではなかったのか?』



 そんな何とも形容しがたい空気が漂っている。



(しかし、実にアーシュラ様らしい)



 そう思うと、俺は笑いが込み上げてきた。

 アーシュラ様の考えを、陛下が認めてくださるとは限らない。だとしても、想いを言葉にすることは重要だ。


 アーシュラ様はきっと、自分のせいでアスベナガルの民を苦しめていることを、ずっと気に病んでいた。


 毎日欠かさず西に向けて捧げられる祈り。あれは、アスベナガルの民に向けたものだったのだ。罪なき人が苦しむことのないよう、アーシュラ様は祖国に向かって祈りを捧げ続けていた。


 けれど、神の怒りを鎮めるためには、アーシュラ様自身がアスベナガルの地へ直接赴く必要があるらしく、遠く離れた異国の地から祖国の天災を完全に治めることが出来ない。どれもこれも、彼女を国外追放したバカ王子のせいである。



(それにしても)



 隣国の元王太子殿は、顔面蒼白で震えていた。

 真実を知った民の反発は大きかろう。

 それに、平常時ならば話は別だが、今のアスベナガルに、戦に勝てるだけの力はない。それなのにこの男は、自ら進んで戦の火種を作ったのだ。責任を問われることは間違いない。彼や王家が無事でいられるのか――――こちらで処罰を喰らうより、そちらの方が余程苦しかろう。


 その時、ぷはっ!と音を立てて、アスベナガルの元王太子が口を開いた。ようやく術が解けたらしい。はぁ、はぁ、と大きく息を吸い、唇をワナワナと震わせている。往生際が悪いにも程がある。ゲンナリした。



「――――――ウルスラ、もう一度だけ聞く。俺と一緒に、国に帰る気はないか? 聖女に……俺の妃に戻ってくれないか?」



 男の表情は真剣だった。アーシュラ様に自分への未練が残っていると、今でも本気で思っているのだ。『自発的に帰国する』のと『お情けで一時帰国する』のとでは雲泥の差がある。自分の命運がかかっているのだから、当然と言えば当然だが。



「絶対に無理ですっ」



 アーシュラ様は満面の笑みを浮かべ、さりげなく俺の隣に移動する。何故だか妙に、嫌な予感がした。



「まだ分からないのですか? 何もかもが手遅れなのですよ。

わたくしは絶対帰りません! ……っていうか、帰るってワードがそもそも間違いなんです。だって、わたくしの帰る場所は、ローラン様のいるこの国ですもの! 元王太子のあなたより、ローラン様の方が何倍も、何十倍も素敵ですっ! わたくしの自慢の守護騎士……未来の旦那様なんですから!」



 アーシュラ様はそう言って、俺のことを力一杯抱き締めた。その途端、俺の心臓が変な音を立てて鳴り響いた。



(まだ誰にも報告していないのに……!)



 広間の皆の視線が突き刺さる。相当痛い。けれどアーシュラ様は俺のことを放さなかった。俺の退路も完全に断ち切る腹積もりらしい。やられた。アーシュラ様の作戦勝ちだ。



「ウルスラ……」



 最後の一撃が余程効いたらしい。アーシュラ様の元婚約者は、フラフラとバランスを崩し、そのまま地べたに突っ伏したのだった。

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