わたし、聖女じゃありませんケド?
「お迎えに上がりました、聖女様」
国の郊外にある小さな一軒家。人目を避けるようにして建てられたそこに、俺はいた。
中から出てきたのは、花びらのようなシルバーピンクの髪色にペリドットのような瞳をした、妖精と見まごうほどに可憐で美しい少女。身に纏う神聖なオーラやその美しさから、彼女が神に愛されていることは一目瞭然だ。
「……はい? 聖女? 誰のことですか、それ。この家にはわたし一人しか住んでいないんですケド」
けれど、目の前の少女から返って来たのはそんな言葉だった。
どこか気の抜けた声音に砕けた口調。見た目とのギャップが激しい。そこだけが俺の想像していた聖女像と絶妙にズレてしまっている。
「いや、あなたが聖女様だとお見受けしますが」
「わたしが? まっさかーー、そんなことあるわけナイじゃありませんか」
少女はクスクス笑いながら俺のことを見上げた。
(一体、どういうことだ?)
俺がここに来たのは神の預言――――それを記した王の宣旨に基づくものだ。聖女もまた、己が聖女となったことを自覚していると聞いていた。
溜息を一つ、もう一度少女の方へと向きなおる。
「――――ここはプルフォンス領で間違いありませんよね?」
「そうですね。多分、そうです」
「――――あなたはアーシュラ・ファニング様でいらっしゃいますよね?」
「はい。アーシュラですっ」
「だったら、やっぱりあなたが聖女だ」
間違いない。宣旨を読み返しながら、キッパリとそう言い放つ。
「えーー?」
聖女――――アーシュラ様は不服そうな表情で俺を見上げた。けれど、ここで引くわけにはいかない。跪き、真っ直ぐにアーシュラ様を見上げた。
「聖女アーシュラ様。国王陛下があなたを王宮へお呼びです。至急、ご準備ください」
アーシュラ様は唇を尖らせつつ、仁王立ちで俺を睨みつける。無言の圧力。だけど、生憎と目力には自信がある。俺も負けじと見つめ返した。
どのぐらいそうしていただろうか。本気で動く気のないらしいアーシュラ様を見かねて、俺は小さく咳ばらいをする。すると、アーシュラ様は少しだけ瞳を見開き、グッとガッツポーズを浮かべた。
「勝った!」
(いや、何にだよ)
黙っていれば美少女、というのは、アーシュラ様のような人間を言うのだろう。彼女の表情は愉悦と底意地の悪さに溢れている。俺は思わず眉間に皺を寄せた。
「勝った、じゃありません。至急、ご準備を」
「えーー?」
アーシュラ様はもう一度不満げな声を上げたが、本当は最初から断れないと分かっていたのだろう。扉に身を滑り込ませるようにして、家の中に戻っていった。
「良いですか! しばらくこの家には戻って来れませんし、旅の間に必要なものは持っていくようにしてください!」
「ふぇ~~~~? それってすっごくメンドーですね!」
アーシュラ様から返って来たセリフに、俺は思わず青筋を立てる。
これまで女性といえば貴族の令嬢としか接してこなかった反動だろうか。やり取りが酷く煩わしく感じられる。
(いや、こんな感じでも相手は聖女……相手は聖女)
沸々と湧き上がる不平不満を抑えるため、心の中で何度もそう唱えるのだった。
***
(ようやく……ようやく解放される)
再び王都の地を踏む頃には、俺は心底疲弊していた。
聖女――アーシュラ様――との旅路は、普段とは違い『無駄なこと』のオンパレードだった。
やれ疲れたと言っては近くの町に立ち寄り、食事や買い物に付き合わされたり。少し目を離したすきに、湖や花畑で昼寝をしていて、アーシュラ様が起きるのを待ったこともあった。
天真爛漫。マイペースな上、物凄い気まぐれ。
おかげで、本来ならば二日ほどしか掛からない行程だというのに、実に3倍以上の日数を要した。振り回された、という言葉があまりにもピッタリくる。大変な数日間だった。
「良かったですねぇ。わたしから解放されて」
アーシュラ様は近くの露店で購入したジェラートを片手に、ケラケラと楽しそうに笑っている。天使みたいな清らかで美しい顔をしているくせに、その心根は悪魔に近い。こんなの詐欺だ。
「聖女は君子じゃなかったのか?」
ついついそんなことを呟いてしまう程、俺の心は荒んでいた。
(だって、普通に考えたらそうだろう?)
聖女っていうのは人格的にも優れていて、高潔な人物だって相場が決まっている。こんな風にナチュラルに人を振り回す人物である筈がない。寧ろ、人々を救済へと導いていくべき存在の筈なのに。
「だからーー、最初から言っているじゃありませんか。そもそも、わたしなんかが聖女なはず無いでしょう?」
俺の蚊の鳴くような呟きを見事に拾い上げ、アーシュラ様は実に楽しそうに笑っている。
「――――それについては王宮に行けばハッキリわかる」
「え?」
想定外の返答だったのだろう。アーシュラ様は途端に顔を引き攣らせた。
「え? ……え? そんな馬鹿な。だって、わたしが聖女だって証拠はただの胡散臭い預言書だけでしょ? そんな、ハッキリ分かるなんてことは……」
「――――王宮には聖女の魔力にのみ反応する秘宝がありましてね」
その瞬間、ヒュッと息を呑む音とともに、アーシュラ様のジェラートがポトリと地面に落ちた。勿体ないと思いつつ、ベタベタになったアーシュラ様の手を拭ってやる。
「アーシュラ様、やっぱりあなたが聖女でいらっしゃいますね?」
尋ねつつ、俺は確信に満ちていた。
恐らく、アーシュラ様は王宮に連れて行かれたとしても、聖女の力を示さぬ限り、しらを切り通せると思っていたのだろう。だから今、予想外の真実を知って戸惑っている。明らかに挙動不審に陥っていた。
「なんで……なんで最初に教えてくれなかったんですかっ?」
「教えたら、あなたは逃げ出すでしょう? 大体、秘宝のことはトップシークレットですし、おいそれと口に出せるわけがありません! 俺にはあなたを王宮にお連れする義務があるんです。大人しく付いてきてください」
「嫌です! かっ、帰ります! わたし、お家に帰る!」
「そんなことできないに決まっているでしょう! 行きますよ!」
「いやっ! 嫌だ! 帰る! お家に帰る~~~~」
逃げまどうアーシュラ様の腕を掴み、そのままヒョイっと横抱きにする。アーシュラ様は顔を真っ赤に染め、イヤイヤと子供みたいに首を横に振った。
「往生際が悪いですよ、聖女様」
形勢逆転の兆しに、俺はニヤリと微笑む。散々我儘を聞かされたのだ。このぐらいの反撃、許されてしかるべきだろう。
アーシュラ様はほんの少し腕を掲げたまま、しばらくの間押し黙る。やがて、諦めたように嘆息し、黙って俺に身を預けたのだった。