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学校の屋上に遺された短冊

作者: ウォーカー

 これは、学校でクラス委員をしている、ある男子生徒の話。


 その男子生徒は高校生で、学校ではクラス委員をしていた。

クラス委員と言えば、真面目で優秀な生徒が仰せつかるもの。

しかし、その男子生徒が得意としていたのは、

そんなお硬い役目ではなく。

その男子生徒は、クラスの生徒達みんなで楽しめる、

学校行事の企画立案を得意としていた。

春にはクラスの生徒達みんなでお花見をしたり、

夏にはプール掃除という名の水遊びをしたり、

秋にはお月見、冬には冬至のお祭りをしたり、

そんな学校行事を自ら企画しては、クラスの生徒達と楽しむ。

幸いにもその男子生徒のクラスは皆が仲良しだったので、

快く賛同して貰えたものだった。

そして、その男子生徒がまた一つ、学校行事の提案をしようとしていた。


 7月7日、七夕。

その男子生徒は学校に登校すると、

早速、クラスの朝礼で学校行事の提案をすることにした。

挙手をして、担任の先生に向かって言う。

「今日は七夕です。

 クラスのみんなで、七夕祭りをしませんか。

 笹を用意して、短冊に願い事を書いて吊るすんです。」

七夕祭りと聞いて、クラスの生徒達が嬉しそうにザワザワと騒ぎ出す。

そんなクラスの生徒達の様子を見ながら、

担任の年老いた先生が、白い眉毛を八の字にして言った。

「七夕のお祭り・・・ですか。

 それなら、クラス毎にやらなくても、

 学校全体の行事として、校門に笹飾りがあるじゃありませんか。」

担任の先生の言う通り、

学校の校門に笹飾りが用意されていて、そこに短冊が飾られていた。

しかしその指摘には、クラスの生徒達が口々に反論する。

「校門の七夕飾りって、あれだろう?

 飾る場所が無いからって、

 各クラスの代表が書いた短冊だけが飾ってあるやつ。」

「頭の固い教頭先生のチェックが入って、

 つまらないことしか書いてなかったぜ。」

「願い事に代表なんて無いよな。

 願い事は人の数だけあるんだから。」

「あたし、短冊には自分のお願い事を書いて飾りたいわ。」

お祭り事が好きなクラスの生徒達が、やいのやいのと口々に言う。

その声を背景に、その男子生徒は担任の先生に言った。

「先生、屋上の使用許可を貰えませんか。

 屋上だったら普段は使われてないし、

 七夕の笹飾りを飾る場所もあると思うんです。」

生徒達のお願いに、優しい担任の先生は困り果ててしまう。

「屋上、ですか。

 まあ確かに屋上なら場所はあるでしょうが。

 でも、もう今日が七夕の当日ですよ。

 これから授業を受けて、その後から準備なんて出来るんですか。」

担任の先生の指摘に、

その男子生徒はニヤリと笑みを浮かべて応えた。

「実はもう、下調べは済んでます。

 笹は学校の近所で貰えることになってます。

 短冊は、学校にある折紙でも切って使えばいい。

 屋上は明かりが無くて夕方以降は暗くなるので、

 化学の実験で使う蝋燭を拝借しようと思ってます。」

その男子生徒は学校行事の企画立案に慣れている事もあって、

手際よく準備の報告をする。

そんな準備の良さに、担任の先生は観念したようだ。

苦笑しながら頷く。

「わかりました。

 そこまで準備が出来てるなら、仕方がありませんね。

 では、私が屋上の使用許可を取っておきますから、

 君達は七夕の準備をしておいてください。

 まったく、君達は言い出したら聞かないのだから。」

担任の先生の色好い返事に、クラスの生徒達が沸き立つ。

そうしてその男子生徒のクラスでは、

放課後に学校の屋上で七夕のお祭りをすることになった。


 それからその男子生徒のクラスの生徒達は、

その日の授業をそわそわしながら消化していった。

授業の残りは後2つ、後1つ、じりじりと時が過ぎるのを待つ。

そして待ちに待った放課後。

清掃活動を手早く済ませて、すぐに七夕祭りの準備に取り掛かった。

学校の近所の河原から笹を貰って、生徒達数人がかりで学校内に運び込む。

よいしょよいしょと神輿のように笹を抱えて、階段を上っていく。

担任の先生が用意してくれた屋上の鍵を使って、屋上への扉を開けた。

屋上に出るとそこには、見慣れた学校とは思えない風景が広がっていた。

金網越しの眼下には、校庭や体育館、

そして商店街やビルの建物が並ぶ。

遠くには、広い夕焼け空と山々が広がっていた。

太陽が西に傾いていて、風景が黄色と深い青色の境目に染まっている。

その男子生徒とクラスの生徒達は、七夕祭りの準備も忘れて、

しばしその風景に見とれていた。

「すごい。

 うちの学校の校舎って、こんなに見晴らしが良かったんだ。」

「普段の屋上は立入禁止だから、知らなかった。」

「見て。

 もうすぐ夕日が沈むよ。」

「本当だ。

 ・・・おっと、いかんいかん。

 七夕祭りの準備をしに来たんだった。」

こうして自分達が風景を見ている間にも、

他の生徒達は校舎の中で準備をしてくれているはず。

自分達だけが風景を楽しんでいるわけにもいかない。

その男子生徒とクラスの生徒達は慌てて準備を再開した。

持ち込んだ笹を立てて、屋上の金網に差し込む。

用意した紐を使って固定して、七夕の笹飾りの土台が出来上がり。

次に、教室から椅子と机をいくつか屋上に持ち込んで、短冊の記帳台を作る。

化学準備室から拝借した蝋燭を何本か並べて明かりを灯すと、

夕方で薄暗くなった屋上が、薄ぼんやりと照らされた幻想的な場所になった。

まもなくして、クラスの残りの生徒達が屋上に集まった。


 夕日が西に傾き、夕方と夜の境目の時間が深まって。

薄暗い学校の屋上では、蝋燭の明かりを頼りに、

クラスの生徒達が短冊に願い事を書いているところだった。

赤、黄、白、紫、緑。

折り紙を切って作った色取り取りの短冊に、生徒達が願い事を書いていく。

「あなたは願い事を何にしたの?」

「わたしは、苦手な数学の成績が上がりますようにって。」

「僕、数学は良いんだけど英語がだめなんだよな。

 英語の成績が上がりますようにって書こうかな。」

「あら、わたしと逆なのね。」

「俺は、部活でレギュラーになれますようにってお願いしておこう。」

「あたし、憧れの先輩と、

 すっ、好き同士になれますようにって書いちゃった!」

そこに、その男子生徒が短冊を手に取り会話に加わる。

「何だ何だ。

 みんな、学校のお仕着せの七夕祭りはつまらないなんて言ってたのに、

 自分で書いた願い事も学校のことばかりで、大して変わらないじゃないか。」

からかうような口調に、言われた生徒達が口を尖らせて応える。

「そういうお前の願い事は、みんな仲良くできますように、だって?

 ありきたりな願い事じゃないか。」

「ははは、まあそう言うなよ。

 仲良しだったら、困ってる時に助け合うことだってできるじゃないか。

 授業でわからないことがあるなら、お互いに教えあったら良い。」

「おやおや。

 それでは、君達がお互いにお願い事を叶え合うことになって、

 七夕の短冊でお願い事を叶えてもらう必要が無くなりますね。」

担任の先生の言葉に、生徒達が笑う。

そんな楽しそうな輪の中で、その男子生徒がペンと短冊を差し出した。

「はい、これ。

 先生の分の短冊です。

 願い事を書いてないのは、後は先生だけですよ。」

その男子生徒が差し出したのは、緑色の短冊。

偶然、それが最後に残っていたのだった。

担任の先生は、差し出された緑色の短冊を見て応える。

「私はいいですよ。

 もうこの年だし、叶えて欲しいお願い事もありません。」

担任の先生の遠慮する様子に、生徒達が後押しする。

「そんな事言わずに、先生も何か書いてよ。」

「何でも良いよ。

 明日の天気が良くなりますように、とかでもいいし。」

生徒達の言葉に、担任の先生は暗くなった空を見上げて考え込んだ。

それから、う~んと唸って、

緑色の短冊に短く、

「家族と逢えますように。」

と書き込んだのだった。

担任の先生が書き込んだ短冊を見て、その男子生徒が尋ねる。

「家族と逢えますように?

 先生、御家族と一緒に住まわれているんじゃないんですか。」

言葉を口に出してから、不躾だったと気が付くがもう遅い。

その男子生徒のしまったという表情に、

しかし担任の先生は気を悪くした様子は無かった。

少し遠い目をして応える。

「家族には随分前に先立たれてしまいまして。

 こんな年まで生きていれば、そういうこともあります。

 もしも願い事が叶うなら、亡くなった家族にもう一度逢いたいものです。

 織姫と彦星と言うには、年を取りすぎましたけどね。」

自分の話を聞いた生徒達が深刻な顔をしているのに気がついて、

担任の先生は慌てて手を振って笑ってみせた。

「ああ、そんな深刻な顔にならないでください。

 おかげさまで私は学校でこうして生徒達に囲まれて、

 寂しい思いをする暇も無いんですから。」

先生が笑顔になったのを見て、生徒達も笑顔になる。

「先生、元気出して。

 あたしたちがいるから。」

「先生、まだまだこれからだよ。」

「なんだか、七夕って言うよりお盆みたい。」

生徒達と担任の先生が、顔を見合わせて笑顔になる。

そして夕日は完全に沈み、やがて屋上に真っ暗な夜が訪れた。


 蝋燭のか細い明かりに照らされた学校の屋上で。

その男子生徒とクラスの生徒達は、

七夕の笹飾りと屋上から見える夜景を眺めながら、わいわいと歓談していた。

すると、校舎に繋がる階段を何者かが上ってくる足音が聞こえてきた。

足音は段々と近付いて、

ドアの磨りガラスの向こうに人影が浮かび上がった。

それに気がついた生徒達が、

一人また一人とおしゃべりを止めて注目する。

そうして、重たい扉が開かれて姿を現したのは、

学校の用務員である中年の男だった。

用務員である中年の男は、屋上にいる生徒達の姿を見て、

驚いたように口を開いた。

「君達、こんな時間に屋上で何をしてるんだ。

 ここは立入禁止だよ。」

用務員の男の言葉に、生徒達は顔を見合わせた。

視線で促されて、その男子生徒が代表して応対する。

「あの、僕たちここでクラスの七夕祭りをしてるんです。

 屋上の使用許可も貰ってあります。

 これが屋上の使用許可証です。」

その男子生徒がポケットから書類を取り出して見せる。

用務員の男は懐中電灯で照らして確認すると、それから首を捻って言った。

「・・・本当だ。

 屋上の使用許可証に間違いない。

 でも、変だな。

 そんな話を聞いてないんだが。」

「担任の先生に許可を取って頂きました。

 そうですよね、先生。」

その男子生徒が説明を求めて担任の先生に話しかける。

しかしそこには担任の先生の姿は無かった。

担任の先生が座っていたはずの椅子は、がらんどうの空っぽになっていた。

今度はその男子生徒が首を捻る番だった。

「あれ?

 先生がいない。

 誰か、先生がどこに行ったか知らないか。」

その男子生徒の疑問に、クラスの生徒達は顔を見合わせる。

どうやら誰も、担任の先生が席を立ったのに気が付かなかったようだ。

生徒達がまごまごしていると、用務員の男が手を打ち鳴らした。

「とにかく、今日はもう下校しなさい。

 暗くなった屋上は危険だからね。」

「はーい。」

「仕方がないな、今日はこれでお開きにしよう。」

「先生、どこ行ったのかしら。」

そうしてその男子生徒とクラスの生徒達は、

七夕飾りを片付ける猶予もなく、校舎の中へと戻っていった。

それから下校するまで、担任の先生の姿を見た者は誰もいなかった。


 翌日の朝。

その男子生徒はいつものように学校に登校した。

クラスの生徒達とおしゃべりをしながら、クラスの朝礼が始まるのを待つ。

しかし、いくら待てども、担任の先生は教室にやって来なかった。

一時限目の授業が始まる時間になってやっと姿を現したのは、

担任の先生ではなく、隣のクラスの先生だった。

隣のクラスの先生が教卓の前に立つ、見慣れない光景。

それから先生は咳払いを一つして、口を開いた。

「担任の先生がまだ出勤されていません。

 ですので、今日の授業は自習にします。

 今日の授業の終わりに、別の先生が来て説明しますので。」

そんな説明に、クラスの生徒達がざわざわと騒ぎ始める。

「先生が出勤してないって、どういうこと?」

「寝坊したんじゃないの。

 昨日は七夕祭りをしていて夜遅くなっちゃったから。」

「先生、いつもは俺たちの遅刻を叱る側なのに、

 今度は自分が遅刻しちゃったのか。」

生徒達数人がくすくすと笑っている。

しかし、説明した先生の表情はすぐれない。

誤魔化すように頭を掻きながら説明を続ける。

「それが、担任の先生と連絡が取れなくてね。

 ご自宅に電話をしたんだが、誰も出ないんだよ。」

笑っていた生徒達の笑顔が消えていく。

「先生、電話に出ないの?」

「昨日、先生は家族がいないって言ってたよな。」

「電話に出ないんじゃなくて、出られないのかも。

 心配だわ。」

「何事もないといいんだけど。」

そうして生徒達は不安なまま、

担任の先生がいない一日を過ごすことになった。


 その日の授業が終わっても、

やはり担任の先生は教室に姿を現さなかった。

代わりにやってきた別の先生によって、クラスの生徒達に説明がなされた。

担任の先生は、自宅で亡くなっていた。

昼前に様子を見に行った教頭先生が、それを発見したのだという。

通報を受けた警察の話によれば、

担任の先生の死因は持病の悪化とみられ、

遺体や自宅に不審なところはなく、事件性も無い様だということだった。

推定死亡時刻は昨日、7月7日の夕方から夜にかけて。

つまり、学校でクラスの七夕祭りをしていた時間には、

自宅で既に亡くなっていたとみられるという。

その説明は、クラスの生徒達を少なからず混乱させた。

担任の先生は、7月7日の夕方から夜にはもう亡くなっていた。

では同じその時間、屋上で生徒達と一緒に七夕祭りをしていたのは、

どこの誰だったのか。

もしも、あれが担任の先生本人だったとしたら、

自宅と離れた学校との間をどうやって移動したのか。

誰も説明できなかった。

一つ、生徒達にとってせめてもの慰めだったのは、

担任の先生は穏やかに亡くなったらしいということ。

亡くなっていた担任の先生の顔は穏やかで、

まるで願い事が叶って満たされたような、そんな表情をしていたのだという。

それを証明するかのように、

学校の屋上に飾られたままだった七夕飾りには、

「家族と逢えますように。」

という、担任の先生の願い事が書かれた緑色の短冊が、残されていたのだった。



終わり。


 今週は七夕だったので、七夕に因んだ話を書きました。


もしも願い事が叶うなら、死んだ後も有効である願い事の方が良い。

七夕の短冊には元々、色ごとに意味があったそうだ。

そんな理由から、担任の先生に渡す短冊には、

功徳や人徳を表す緑色の短冊を選びました。


緑色の短冊は、昔は青色だったそうで、

青色というのは、この世とあの世を繋ぐ門と同じ色という話もあります。

担任の先生がどうやってクラスの七夕祭りに参加できたのか、

その理由を推察する手がかりになると良いなと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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