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クリスの罠の中

 クリスがヘルドラゴンを呼ぶと同時に、洞窟の奥からけたたましい鳴き声と足音の振動がエドワードたちの方まで響き渡っていた。

 洞窟自体がその振動に震え、これから登場しようとしている化け物の強大さを表していた。


 その振動を背中で感じながら、エドワードたちに目をやっているクリスはもうすでにこれから先に自分に起こるだろう明るい未来を想像していた。

 彼の頭の中には、もう「負け」という二文字は完全に消え去っていた。



「ヘルドラゴンって、Sランクの魔物じゃない! どうしてあんたがそんな魔物を使役することができるのよ!」



 響き渡る振動の中で、アキはクリスに向かって疑問を投げつけた。

 これまでアキが修行を付けてきた中で、クリスに対してSランクの魔物を使役できるだけの才能はないと確信していた。


 彼が付けている取り巻きに比べれば飲みこみはいい方だとは思っていた。

 しかし、だからといっても、使役できる魔物は無茶をしてBランクが限界だろう。

 それが、アキからのクリスに対する最大限の評価だった。


 まさか、こんな場所でSランクの魔物を使役できるだけの力を覚醒するはずがない。

 使役は、対象の魔物に応じて大量の魔力を要求する。

 ヘルドラゴンなんて魔物は、Sランクに指定された使役者であっても成功するかどうか危うい魔物だ。


 少しばかり使役者のみちをかじったばかりの小僧が使役できる程の魔物ではないことははっきりとわかっていた。


 そこまで踏まえて、アキがたどり着いた回答はただ一つ。



「あんた、魔力を増強させたわね」


「さて、何のことやら……これは俺の実力ですよ?」



 すぐに事の異常さを理解したアキ。

 目のまえで法を犯した不躾な弟子をにらみつける。

 それにひるむことなく、クリスはただ余裕な表情を浮かべ続けていた。



「フェネット!!」



 アキはすぐに相棒の名を呼んだ。

 ヘルドラゴンはもうすぐに彼女たちの前に姿を現わそうとしている。

 スライムしか連れていないエドワードがどうこうできる相手ではない。


 最悪の場合、彼もろとも消し炭にされてしまう恐れがある。



(そうなる前に、無理やりにでも私がけりをつけないと)



 焦る気持ちのアキ。

 しかし、彼女の気持ちとは裏腹に名を呼んだはずの相棒は一向に姿を現わさない。

 主であるはずの彼女の声には、どれだけ遠くに居てもすぐに駆けつけてくれるはずなのに……



「残念でしたねえ。アキ先生」


「あんた、一体何をした?」


「なにって、人聞きの悪い……俺とこの平民との戦いを邪魔されないように、すこしの間だけおとなしくしてもらっているだけです」



 黒い笑みを浮かべるクリス。



「ま、強いランクの魔物を使役することができたのは、おれだけではないということです」


「取り巻きにも薬を飲ませたのね?」


「さあ、ただ、たまたまその辺に居たシャドーハンドを使役することに成功しただけですよ」



 シャドーハンドの名はもちろんアキも知っている。

 一度つかまれたら、そう簡単には束縛から逃げられないいやらしい魔物。

 うかうかしていたら、奴らのテリトリーである影の中に取り込まれてしまうと言われている。


 地面から動けないという制約を持つ代わりに、強さを得た厄介な魔物だ。

 フェネットはそんなもの2体を相手させられているらしい。


 アキが介入する隙をクリスは完全につぶしていた。



「あなたは確かSランクの使役者かもしれませんが、所詮は人間。俺のヘルドラゴンには勝てないんですよ」



 クリスの高らかな笑い声が響く。

 これまでアキにも隠していた素の表情を完全にさらけ出していた。

 もうクリスには、これまでどおりの関係に戻る気はないという気持ちの表れだった。



「さあ、平民。てめえの戦いの申し出に乗ってやるよ。万が一おれが負けたら、この女へのさっきの発言は撤回してやる。その後、おれたちのことを破門にでも好きにするがいいさ。だけど、もし貴様が負けたら……」



 クリスはエドワードの指をさす。

 その表情には、興奮からか裂けんばかりに口が開いている。



「お前”たち”は一生俺様の奴隷だ」


「たちって、アキ先生もか?!」


「あたりまえだろ」


「アキ先生は関係ないじゃないか!!」


「平民風情がごちゃごちゃうるさいんだよ。俺は今、平民ごときの戦いを引き受けてやろうって言っているんだぞ? 戦いの条件なんてこっちが決めるに決まっているだろ」



 もうすでにクリスにとって最高の状況は完成していた。

 最初の作戦こそ崩れたものの、エドワードとアキの二人を自分の好き勝手してやろうとする目的は達成できそうだ。


 あとは、ようやく姿を現わした自らの魔物を使って目の前にいるスライムを消し炭にしてやるだけだった。



(わざわざ法まで犯してこいつを使役したんだ。罪は全部この平民どもに擦り付けて好き勝手させてもらうぜ)




「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」




 ようやく洞窟から姿を現わしたヘルドラゴンが、姿を現わすなり大地を震わす咆哮を放った。

 その場に居た誰もを震え上がらせるだけの衝撃を持っていた。


 これまで数々の魔物と戦ってきたアキすらも震え上がらせるほどの轟音が辺りにはこだましていた。



「エド、逃げなさい」


「先生……?」


「こんなバケモノとまともに遣り合ったらあなたは灰になってしまう。私が時間を稼ぐから、その相棒を連れて早く逃げなさい」



 アキには、エドワードがヘルドラゴンには勝てるとは到底思えなかった。

 フェネットの動きを止められているこの状況では、彼女自身でもどれだけヘルドラゴンの動きを止められるかは怪しい。

 できることといえば、エドワードに逃げるようにとにかく促すことだけだった。



「おいおい、今さら逃げようたって無駄だからな? この場から逃げようっていうなら、どこまでも追いかけて、お前の目の前でこの女の体を思う存分いたぶってやるぞ?」



 クリスはじりじりとエドワードたちのもとへと距離を近づけていく。

 彼の動きにひっぱられるように、ヘルドラゴンもその後へとつづく。

 クリスについてくるヘルドラゴンは、まるで彼の操り人形のように歩いていた。



 圧倒的威圧感でエドワードたちの退路を塞いでいくクリスとヘルドラゴン。


 もう覚悟を決めないといけない時間はやってきていた。





(……馬鹿らしいわね)





 そんな修羅場を、アリエルは1人冷ややかな目で見つめていた。

 エドワードの腕に抱かれながら、目の前に迫りくるクリスたちに目をやるアリエル。


 彼女には、クリスの行動が馬鹿みたいに見えて仕方なかった。

 法を破ってまで自らの力に会わないヘルドラゴンを使役して、いばり散らしているクリスも。

 そして、そんな彼に操られてしまっているヘルドラゴンすらも、彼女にとっては滑稽なワンシーンでしかなかった。



「もきゅ」



 アリエルはスライムの姿のままエドワードの手を飛び出した。

 勢いよく地面に飛び降りたアリエルはそのままクリスたちのもとへ駆け寄っていく。



「馬鹿なスライムめ! ようやく死ぬ覚悟はできたみたいだな」



 命知らずなスライムの姿に意気揚々と叫ぶクリス。

 彼女の正体を知らないものにとっては、主人の命のために無茶に飛び出した悲しい姿にしか映らないだろう。



(大丈夫よ。安心していなさい)



 アリエルはエドワードにだけ聞こえるように声をかける。



(あんな魔物くらい、私の力があれば一撃よ)



 スライムの姿をしたアリエルにとっての初めての戦闘が、今幕を開こうとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


次回、ヘルドラゴンの運命やいかに!


仕事しながらの執筆となるため、文字数などのばらつきはご容赦ください。。


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