挑発
クリスは混乱していた。
なぜ、エドワードが自分たちよりも先に帰ってきているのか、その答えがどうしてもわからなかったからだ。
洞窟から自信満々に帰って来た彼を待ち受けていたのは、確かに洞窟の中で突き落した汚らしい少年だった。
エドワードが落ちて行った穴は、1人で抜け出して来ることができるような浅い穴ぼことはわけが違う。
落ちてしまえば、二度と自力で帰って来ることはできないような深さの穴をわざわざ調査してもらって誘い込んだのだ。
エドワードごときが自力で脱出して、自分たちよりも早く帰って来ることなど不可能なはずだ。
クリスの頭の中で考えが堂々巡りする。
完璧な作戦を持ち込んできたはずだった。
エドワードを消して、そのままショックに暮れるアキすらも自分の思い通りに操る。
絶対の自信を持って遂行してきた作戦が、その根本から崩れ去ろうとしていた。
どれだけ考えてみても、目の前にいるのは明らかに自分が突き落した平民だ。
薬にせいで幻覚が見えているという訳でもないみたいだ。
(どうする……まずはあいつが”あのこと”についてしゃべっていないかを確認することだ)
しかし、混乱する頭の中でもクリスはまだ思考を保つことができた。
平民1人ごときに作戦を邪魔されるわけにはいかないというプライドが、彼に謎の落ち着きを与えていた。
「おお、エドワード君じゃないか! いったい今までどこに行っていたんだ!!」
「え……?」
「一緒に行動していたというのに、急に行方不明になってしまったから心配したんだぞ!!」
クリスは急になれなれしくエドワードのもとに駈け寄り、その手を握る。
アキ先生がいなければ、汚らしいと言って決して触らないエドワードの手だ。
あまりに突然のクリスの態度の変化にエドワードは困惑する。
クリスは、会話のペースを握ったまま、さらにしゃべり続ける。
「突然姿を消してしまったから、何か危険な魔物に襲われてしまったのではないかとずっと心配していたんだぞ。エドワード君、君の身にいったい何が起きていたんだ?」
「そ、それは……」
クリスの問いに何と答えればいいのか、悩んでしまうエドワード。
その姿を見て、クリスはまだ彼が事の詳細を暴露していないことを確信した。
もし、クリスがエドワードを嵌めたことを説明していれば、彼もこんなところで言葉に迷うことはない。
日々エドワードにかけ続けていた脅しが、しっかりと効いていることをクリスは喜んだ。
(どうやってこいつが帰って来たのかはわからないが、まあいい。俺がしたことについてしゃべっていないのなら全然立て直しがきくさ)
クリスは落ち着きを取り戻す。
まだ作戦は全然続行できることを確認した。
どういう訳かエドワードが帰ってきているが、もう一度彼を陥れれば済むだけだ。
薬で魔力が増強している影響か、彼の頭はこの時に限ってよく冴えた。
フル回転する頭を使って。クリスはさらにエドワードに対して攻めの姿勢を見せていく。
「どうしたんだ? そんなにやばい目に遭っていたのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあなんだよ。あっ、分かったぞ。エドワード君、お前さては俺たちに内緒で抜け駆けしたな?」
「え?」
会話の流れが変わったことがエドワードにもわかった。
しかし、その時にはもう遅い。
クリスはニヤリと笑みを浮かべ、隙も与えずに流れを自分の方へと手繰り寄せていた。
「そう言うことだったんなら最初から言っておいてくれよ。俺たちとは離れて良い魔物を使役したかったから、こっそり離れて魔物を使役しに来たんだろう? お前の魔力があればそれくらい余裕だもんな!!」
「いや、そういうわけじゃ」
「じゃあどういうことなんだ? 俺たちよりも早く帰って来たということは、抜け駆けしてさっさと魔物を使役して帰って来たんだろう? アキ先生への評価もそっちの方が高くなるもんな」
クリスの言葉のペースによって悪者はエドワードの方になってしまった。
この状況でエドワードがクリスたちにされたことを語っても、自分の抜けがけを隠そうとした言い訳に聞こえてしまう。
もし、その内容が本当だったとしても、その内容をアキが信じてくれたとしても、大勢を大きく狩ることくらいは余裕だとクリスは判断した。
ペースはクリスが握っていた。
(口だけはよく回るガキね……さっさとぶっ倒してしまおうかしら)
アリエルは、そんなクリスとエドワードのからみをエドワードの背中から見つめていた。
エドワードの立場の弱さは、彼の話を聞きながら大体は把握していた。
しかし、実際にその光景に立ち会わされると人間同士の力関係がさらにはっきりと見えた。
(貴族だろうがなんだか知らないけど、そんなことだけでここまで威張れるなんて、ばかばかしい)
呆れながらクリスを眺めているアリエル。
その横ではアキのため息も聞こえてきた。
彼女もまた、考えることは同じみたいだ。
しかし、クリスはそんな二人のことなど気にせずにさらにエドワードへの追い打ちをかける。
今の彼は、自分が優位に立てた高揚感からさらに勢いづいていた。
「それで、お前は一体どんな魔物を使役してきたんだよ? 俺たちにも見せてくれよ!」
顔をグイっとエドワードの方へと近づけて逃がさまいと目を見つめるクリス。
その目には輝きというよりかは、エドワードに対する強い圧が込められていた。
エドワードがどんな魔物を見せてこようとも、クリスは負けない自信があった。
自分が薬の効果で高ランクの魔物を使役できるようになったということもある。
それに加えて、この洞窟の中では奥に進まない限りは、強い魔物が出現しないことを知っていた。
そのために、エドワードが奥へ来ることができないように彼はエドワードを穴の底へと突き落したのだ。
もし這い上がって来ることができたとしても、課題の時間的に奥へ行くことができないようにするために。
もし、エドワードが魔物を使役したとしても、それが下級の魔物であるだろうことは予測していた。
(もし、こいつが魔物を使役していたとしても、目の前で完膚なきまでにいたぶってやるよ!)
クリスにつかまってしまっているエドワードは、自分の魔物を彼に見せることを渋っていた。
その様子がさらに、クリスの予感を確かなものへとしていた。
「どうしたんだよ? 早く俺たちにも見せてくれよ。それともなんだ? 見せられないやばい魔物でも使役してきたのか?」
「そういうわけじゃ……」
「だったら、早く見せてくれよ。俺たちずっと一緒に修行してきた”仲間”だろ?」
クリスはエドワードの耳元でそっと脅す。
彼は勝ちを確信していた。
「ちょっと、クリスいい加減に!」
「いや、いいよ。アキ先生」
思わず止めに入ろうとしたアキ先生をエドワードが制止する。
このまま守られていてもしょうがないことはわかっていた。
いつかはスライムを見せなきゃいけない時が来ることはエドワードもわかっていた。
これから先、アリエルと行動するにおいて避けることはできない道のりだ。
だからこそ、彼も腹をくくった。
エドワードは背中に手を回し、そっとアリエルを彼の前に差し出す。
もちろん、丸っこいスライムの姿のままで。
「もきゅ?」
アリエルはスライムらしくクリスに鳴いて見せた。
「こ、こいつって……」
「スライムだよ」
「……クックック……カカカッ……」
「……クリス?」
「ブワッハハハハハハハハハハ!!!」
押さえきれなくなったクリスの笑い声が響き渡った。
自分の予想以上に弱い魔物を差し出して来たエドワードに、腹がよじれるくらいに笑いだす。
「おまえ、それ本気で言っているのか? わざわざ抜け駆けまでして魔物を使役しようとして、その結果がスライム?? 笑わせるなよ! 赤ちゃんでももっとマシな魔物を使役できるぞ」
顔を赤くしながら爆笑するクリスと、同じく顔を赤らめるエドワード。
スライムを見せればバカにされることはエドワードも予想していたが、実際にここまで笑われると恥ずかしさが彼の胸のうちにこみあげてきていた。
対するクリスはもう何も心配する必要がなくなっていた。
予想外でエドワードが帰ってきていたが、どうやら彼は自爆をしてくれていた。
もう、彼との力関係を探る必要もなくなった。
最初はエドワードを馬鹿にしていたクリスだったが、調子づいた彼は次第にその標的をアキのもとへと移していく。
「アキ先生。こんな奴サッサと破門にした方がいいですよ。仲間を出し抜こうとしてわざわざ単独で行動して、挙句の果てにスライムごときしか使役できなかった使役者ですよ。こんな奴、先生の弟子として認めちゃだめですよ!」
「あら、私は気にしないわよ?」
「なんでですか?! 自ら才能があるとか言ってスカウトした弟子がスライムしか使役できない無能だったんですよ? そんな肩書背負っていたら先生の名前すら廃れてしまうじゃないですか」
「そんなくらいで廃れるような肩書じゃないわよ」
「なんでそんなに、この平民の肩を持つんですか? あ、もしかしてあれですか。こいつが先生の好みだったからスカウトしたんでしょ? こいつが先生の性癖にささっていたのならそれでもいいですけど、そろそろ目を覚まさないと先生の名前がただの変態ってことで有名になっちゃいますよー!!」
クリスはだんだんとアキを挑発する姿勢をとっていった。
エドワードを批判するように見せながら、じわじわとアキを煽り怒りを打っていく。
しかし、別にアキに正面から喧嘩を売るつもりはない。
「おい、それ以上はやめろ!!」
本命はその横でずっと顔を赤くしていたエドワードだ。
彼は、クリスのアキに対する侮辱が耐えられなくなりついに声を荒げてしまった。
自分のことならバカにされても許すことができたが、自分のことを利用して恩人であるアキ先生すらも侮辱するクリスのことが許すことができなかったのだ。
(かかったな、馬鹿め)
クリスは挑発に乗ったエドワードを見てにやりと笑う。
崩れかけていた彼の作戦は、再びクリスの思う方向へとペースを取り戻していた。
いまはもう、アキ先生の前であってもエドワードのことを「平民」と呼ぶことにためらいはない。
「なんだよ平民」
「僕のことは好きに言っていいけど、先生の悪口まで言うのはやめろ」
「本当のことじゃないか? それともなんだ、違うということでも証明できるっていうのか?」
「僕のスライムで君の魔物に勝つ」
「……面白い」
完璧な流れにクリスは笑いをこらえるのに精いっぱいだった。
(作戦はなんとかなりそうだ。平民め、俺様にたてついたことを今だけは許してやろう。今からお前には本当の絶望ってものを見せてやるよ)
怒りに燃えるエドワードを冷ややかに見下すクリス。
彼はまだ、エドワードのスライムの正体をまだ知らない。
「それじゃあ、勝負だな。俺の魔物を見せてやるよ」
クリスはそう言って洞窟の方へと体を向けた。
「おい、出て来いよ。ヘルドラゴン」
「ヘルドラゴン?」
クリスが呼んだその名に、アキは耳を疑う。
その名前は、Sランクに筆頭するレベルの魔物だったからだ。
「もう逃げるなんて選択はないからな? 勝負の始まりだ」
巨大な地響きと共に、クリスの笑い声だけが響いていた。
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