クリスの思惑
クリス視点
「「「ハハハハハハハハハハ!!」」」
甲高い笑い声が洞窟の中にこだましている。
エドワードを穴の底へと突き落した後、クリスを先頭にした三人組は愉快そうに洞窟の奥へと向かって足を進めていた。
アキ先生から与えられた課題の最中であるが、それでもクリスたちは先ほどのエドワードの顔を思い出しては笑わずにはいられなかった。
「何度思い出してみても、無様な顔をしていたなあの平民」
「平民風情のくせに生意気に使役者になろうとしていましたからね。あれくらいの仕打ちがちょうどいいんですよ」
「あたりまえだ。むしろもっと痛い目を見る前に、俺たちに現実を教えてもらえて感謝をするべきだな」
エドワードの無事なんて考えることもなく、ただ彼がいなくなったことに対するすがすがしさだけがクリスの心の中を満たしていた。
事実、彼は相当エドワードの存在に対して苛立たしさを覚えていた。
アキ先生の一言によって、平民のくせに自分たちと同じ修行の旅に出ることになったエドワード。
どうせ何のとりえもない平民だと考えていたが、彼と共に修行をするたびにその魔力量が本当に高いことは彼の目にもわかってしまった。
そして、その実力をアキ先生が認めていることも。
貴族の長男で欲しいものはなんでも手に入っていたクリス。
本来なら、ある程度の実力がなければ弟子入りすることができないアキ先生のもとにも、父の権力を使って取り巻きたちと共に組み込んでもらった。
コネで入って来た自分と、本当の実力のある平民。
その力の差は誰の目に見ても明らかなことだったが、その事実がクリスの高いプライドを刺激した。
彼の感情の矛先は全て、自分よりも弱いエドワードのもとへと向かうことになった。
エドワードのことを「平民」とののしり、その実力を認めない。
アキ先生の見ていないところでは、彼を取り囲んでいじめをしたりもしていた。
それでもあきらめずについてくるクリスのことが腹立たしくて仕方がなくて、ついにこの日、彼は最終手段に出たわけだ。
穴の底へと落ちていく時の、エドワードの驚いた顔がまだクリスの頭の中で再生されている。
この日のために、わざわざ家から使用人を呼び出して洞窟の中を調査させていた。
誰にも見つからない様に、彼を陥れることができる場所。
そして、一度落ちてしまえば決して自力では脱出することができない場所。
エドワードを突き落したあの穴は、その条件を満たすのに最適な場所だった。
ここまで、全てはクリスの思い通りに事が進んでいた。
「さて、それじゃあそろそろ次の作戦に移るとするか」
「あの、クリス様……」
「なんだよ」
「本当にさっき言っていたことを決行なさるのですか? あの平民だけではなくて、アキ先生まで陥れようなんて……」
クリスの取り巻きの一人が恐る恐るクリスに訊ねていた。
彼らはクリスの家に従っている下級貴族の息子たち。
物心ついた時から、クリスの行くところに付いていき、彼の言う言葉には絶対服従する様にと教わって来た。
欲しいものはどんな手段でも手に入れようとする、プライド高いクリス。
彼の欲望の底知れなさには、取り巻きたちも息を飲んでしまうことがあるほどだった。
そして、ついに彼は国指定のSランクの使役者であるアキすらもその手中に収めようと画策し始めた。
それがどれほど大それたことであるかは、彼らの頭でもはっきりとわかっていた。
しかし、当のクリスはそんな様子を浮かべることもなく自信ありげに笑った。
「あたりまえだろう。こんな絶好のチャンスを逃してたまるか」
「絶好のチャンス……ですか?」
「ああ。いまがどういう状況なのか、よく考えてみろ」
クリスに言われる通り、取り巻きたちは今の状況について考えてみる。
いま、自分たちはアキ先生からの最後の課題に取り組んでいる。
その中で相棒となるべき魔物を使役してこなければいけない。
そして、その最中に自分たちは目障りな平民を1人穴の底に突き落した……
「あの平民が1人穴の底に落ちていきましたね」
「そう。それだよ」
クリスは二人の取り巻きの顔をじっと覗き込む。
突然の彼の圧に、二人は思わず後ろに身じろいでしまう。
彼らから見えるクリスの顔は、まるで悪魔かなにかのように見えてしまった。
「いいか。今、俺たちは平民を1人穴の底に突き落した。あの女のお気に入りの平民をな。もう平民はひとりでは穴の底から這いあがって出てくることはできない……死んだも同然だ」
「まあ。そうですね」
「もし、あの女に対して『エドワードが行方不明になった』といえばどうなるか。きっとあいつは取り乱して、平民を探しにこの洞窟の中へと丸腰で探しに向かうだろう……そこを俺たちで押さえつけてやればいいのさ」
取り巻きたちはアキの取り乱した姿を想像してみる。
いつもはクールに振舞っているアキ。
しかし、そんな彼女もエドワードの前では誰にもわかるくらいに頬を緩ませていた。
本人は隠しているつもりだったが、それはクリスたちからはバレバレの事実だった。
そんな彼女の前で、お気に入りのエドワードが行方不明になったといえば……彼女が取り乱してしまうだろうことは取り巻きたちにも想像ができてしまったのだった。
「あいつは生意気だけど、体だけはいいからな。好きなようにもてあそんでやる。そのまま、弱みに出も漬け込んであいつもまとめて俺の奴隷にしてやるのさ」
クリスは自分の妄想に浸って高らかに笑った。
彼の頭の中には失敗することなど想像していない。
もうすでにアキは自分のものになったと確信してやまなかった。
「でも、クリス様。アキ先生だけならそれでも行けるかもしれませんが、一緒にいる魔物の方はどうするんですか?」
「ああ? そんなもの、俺たちがこれから使役する魔物で取り押さえればいいだろう」
「し、しかし、そんな強い魔物を使役できる程、僕は強くないですし……」
アキが使役しているフェネットの強さは、クリス含め全員がよく知っていた。
Aランク程度の魔物だったらあっさりと倒してしまうその強さ。
とてもコネで修業を付けてもらっていた自分たちが勝てるような相手には見えなかった。
しかし、クリスはそんな分かり切ったことを聞くなとでも言いたそうに、自信満々にかれらのことを見ていた。
「確かに、お前たちの魔力だけではあの魔物に勝つことはできないかもしれないな」
「は、はい……」
「それなら、魔力が足りないのであれば増やしてしまえばいいだけのことじゃないか」
「……え?」
クリスは怪しい笑みを取り巻きたちに向けた。
彼の冷たい瞳が彼らの背筋を冷たくさせる。
クリスが何を言っているのか理解できていない取り巻きたち。
そんな彼らの目の前にクリスは一本の小瓶を差し出した。
小瓶の中には紫色をした液体が小さく揺れて入っていた。
「こ、これは……?」
「魔力増強剤だ」
「魔力、増強……」
「ああ。これがあれば俺たち全員がAランクの魔物を使役することだって可能というわけだ。いくらフェネットといえど、Aランクの魔物3体を相手にするのは無理だろう」
「し、しかし、これは違法の薬物のはずでは……」
取り巻きもこの薬を知らない訳ではなかった。
飲めば一定時間自分の魔力を最大以上にまで高めることができる、夢のような薬。
しかし、あまりの効果に大テール王国の中ではこの薬を使用することは禁じられていた。
この薬を飲んでしまった時点で、自分たちも犯罪者の仲間入りになってしまう。
「法律なんて気にするな。俺の父様に言えばそれくらいすぐにもみ消してくれる。違法の薬物だかなんだか知らないが、あの女か平民に罪をなすりつけてしまえばどうとでもなる」
ーーそれに最悪、この二人を差し出せば自分だけは助かる。
クリスは顔が引きつってしまった二人の取り巻きの姿を見ながら心の中でつぶやいた。
いつも自分の周りに付いて来てくれる二人だが、クリスは彼らの名前をまだ覚えていない。
クリスにとっては、何かあった時の楯の役割くらいにしかこの二人を見ていなかった。
付き人なんていなくなったらまた新しい人を雇えばいい。
彼らの未来のことなんて、クリスにとってはどうでもよかった。
「さあ、という訳だから、さっそくこの薬を飲んでみてくれよ……ちょうどいいところに魔物も出てきたみたいだしさ」
おびえる二人の手に、クリスは小瓶をそれぞれ手渡す。
自分の分もふくめて3本、このために彼は薬を仕込んできていた。
クリスたちの後ろには、地面から生えるように動く黒い手のような魔物が近づいてきていた。
Aランクの魔物「シャドーハンド」だった。
地面に体が縛り付けられている分動きの制約があるものの、一度獲物を掴めば絶対に離すことなくその動きを拘束することができる。
その力ゆえにAランクに格付けされている魔物だ。
この魔物が洞窟の奥に出てくる情報は、もちろんクリスも仕入れていた。
そして、取り巻きたちにこの魔物を使役させることも計画のうちだった。
「ほら、はやく使役してくれよ。お前たちが使役してくれないと、俺があいつらに襲われてしまうだろうが……」
「ああ、ああ……」
クリスは取り巻きたちの肩を掴んで早く薬を飲むように促す。
取り巻きたちは混乱し、互いの顔を見つめる、
しかし、両者の目にも映っているのはもう片方の取り巻きの焦っている顔だけだった。
目のまえにはシャドーハンド。
自分たちの背後にはクリス。
逃げようにも、逃げ場はもうどこにも残されていなかった。
「早く飲めよ!!!!!!!!!」
部屋中に響き渡るクリスの怒号。
その声が取り巻きの思考を完全にバグらせた。
ここで飲まなきゃ死んでしまう。
取り巻きの片方ーー「ランザ」は考えることをやめて手に持っていた薬をそのままのどに流し込んだ。
その勢いに飲まれて、もう片方ーー「スルド」もくすりを飲み込んでしまった。
彼らの中で薬が巡り、やがて二人の魔力を最大まで暴発させていく。
「ああ、ああああああああああああああああああ!!!」
2人のむごい悲鳴が洞窟の中に響く。
突然許容値を越える魔力が体の中に溢れることに体が慣れていないのだ。
全身からくる激痛が二人を襲う。
これが、薬が法律によって禁じられている要因でもあった。
しかし、その様子を見ながらもクリスは冷酷に指示を与える。
「いいぞ。ちゃんと薬は効いているみたいだな。よし、その調子でさっさとあいつらを使役しろ」
襲い来る激痛の中でも後ろからくるさらに怖い圧を感じ、二人は目のまえに居るシャドーハンドに集中する。
痛みで狙いは定めなくても、魔力は無限に流れてくる自身が今の二人にはあった。
「なにやってんだよ。早くやれよ!!!」
クリスが二人の背中を思いっきり叩き、スイッチを押されるように二人はシャドーハンドに手をかざした。
アキから教わった詠唱などすべて無視して、ただ魔力のみでシャドーハンドを取り押さえ使役を開始する。
その光景は、契約なんかというよりかは完全に捕獲だった。
初めは抵抗していたシャドーハンドも、二人の魔力にあらがうすべもなく結局そのまま魔力の鎖につながれてしまった。
形式は踏まずにそのまま服従させられることになったシャドーハンドたちは、やがて仕方ないかのようにランザとスルドのもとへと近寄って来た。
「よし、成功だ!!」
シャドーハンドの使役の成功に、クリスが1人もろ手を上げて喜んだ。
取り巻きたちはぐったりしてしまい、喜ぶような気にはとてもならなかった。
「これがあればあの女に勝つことだって余裕だ。いける。これならいけるぞ!!」
二人の成功をじっくりと見た後で、クリスも薬を体内へと流し込む。
薬を飲んでも死ぬことがないことは確認した。
安全ならば飲まない理由はもう見当たらない。
取り巻きたちを襲った激痛はクリスにも変わらずやって来る。
しかし、それはもうわかり切っていたことだ。
魔力の増強に天秤をかければ別によかった。
取り巻きたちの様子を見て、時間が経てば体が順応することも確認済みだ。
「おお、わかる。俺にも魔力がみなぎって来るぞ」
自分がこれまで手にしたことがない量の魔力が体内にあふれ出すことに興奮するクリス。
自分の考えた作戦が、いま、完璧なものとして成立しそうにあることに喜びを覚えていた。
「さあ、おれの獲物はこの奥だ。お前達、さっさと行くぞ」
「は、はい」
シャドーハンドを従えた二人は、力なくクリスの後をついていく。
犯罪に手を染め、アキを自らのものにするために動き出したクリスたち。
しかし、この時すでにエドワードがアリエルと契約を交わしていることを、彼らはまだ知らないのであった。
お読みいただきありがとうございます!
ばれなきゃ犯罪じゃねえ!!
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