感動の再会
エドワードとスライム姿のアリエルは、そのまま洞窟の外へ向かって進み続ける。
出口に続く光を追いながら、迷い道も難なく突破しながら確実にそのゴールへと近づいていた。
あとは出口の外で待つアキ先生に課題の完了を報告すれば、その時点でエドワードは国公認の使役者と名乗ることができるようになる。
「さっきから出てくる、その”アキ先生”っていったいどんな人なのよ?」
「国からSランクの称号をもらっている、数少ない使役者の一人だよ。国公認の使役者は国内に多く存在しているけど、その中でもSランクまで上り詰めることができた人は数人しかいない……らしい」
エドワードの頭の上で質問を投げかけてくるアリエルに、彼は自信なさそうに回答していた。
「らしい、って何よ」
「僕だってアキ先生から直接聞いた話しか知らないから、はっきりとはよくわからないんだよ。そう言うことは詳しくは教わっていないし」
「あら、使役者になるための修行を付けてもらっているんだから、その辺の教育は受けているものなんじゃないの? 素質があるんだったら、平民だとしてもそれくらいの勉強はしているものだと思っていたわ」
アリエルの言うことももっともだった。
エドワードほどの魔力量のある逸材が、しかもSランクの師匠に修行を付けてもらえるような存在ならば使役者になるための英才教育を施されていると考えるのは普通のことである。
才能のあるものには貴賤の差などなく、その才能を発揮できるように施しを与えるべきだとアリエルは考えていた。
人間を使役する側の天使にとっては、貴族か平民かなどということはあまり大きな違いではなかった。
しかし、エドワードたちの事情はまた違う。
「……僕はただの村人だよ。ただ毎日畑を耕して水を汲んで、そうやって一日、一か月、一年と時間を過ごすことが役目のね。村から使役者はおろか、冒険者になろうとすることさえ誰もかんがえたりはしないし、そんな教育をする人は誰もいない。才能なんてあったって、本当ならそんなものにすら気づかずに一生を終えて行くだけだったんだ」
エドワードは故郷を見つめるようにつぶやいた。
何も考えずにただ毎日を過ごすだけの日々。
それが彼にとっての当たり前の日常だった。
貴族たちとは生きている世界が違う。
冒険者も使役者も、その名前はうっすら聞いたことがあっても自分とは全く関係のない世界での話だと思っていた。
「でも、あなたは今アキ先生から修行をつけてもらっているじゃない」
「うん。アキ先生が僕を見つけて引っ張り出してくれたんだ。使役者候補になる人を歩いて探し回っていたらしいんだけど、そこで僕を見つけたらしくてね。『あなたは使役者になるべき才能がある。私がここから連れ出す』なんて言って突然引っ張り出されたんだよ」
「へえ。なかなか見る目があるじゃない」
「当時はなんのことだかさっぱりわからなかったけどね、突然現れた先生が僕を連れ出すとか言って。村中騒ぎになってさ。修行の間も可愛がってくれてたけど、そのせいで貴族の弟子たちからはいじめられたしね。先生はただ僕をからかっているだけなんじゃないかって疑ったりもしてたよ」
「まったくいい迷惑」だよなんて言いつつアキ先生との思い出を語るエドワード。
しかし、その言葉とは裏腹に、アキ先生の話をしているエドワードの表情は柔らかく、一度話しだすとその話はとどまることはなかった。
アリエルはそんな彼の姿を見つつ、ただ黙って彼の話を聞き続けているのだった。
「そう、よかったわね」
時々返す彼女の相づち。
その簡単な言葉は決して彼女が適当に彼の話に返しているという訳ではなかった。
「……あ、出口が見えてきたよ」
そんなことを話しているあいだに、彼らはあっという間に元来た出口にまでたどり着いた。
向こう側から見える明かりが彼らを眩しく照らしてくれる。
「ん、んんんん~~~!!」
ようやく外に出ることができた二人は、周りをただよう新鮮な空気を鼻の穴いっぱいに吸い込んだ。
クリスたちに穴の底に落とされてしまってからよどんだ空気ばかりを吸ってきたエドワードは、体に満たされる新鮮な空気に感動していた。
「やっぱり娑婆の空気は最高ね!」
「シャバ……?」
「すばらしきこのせかい、ということよ!」
「ほ、本当?」
アリエルのいきなりの発言にエドワードは困惑するもの、二人とも開放的になってしまう気持ちは同じだった。
どちらも同じ穴の底で困難を乗り越えたもの。
エドワードとアリエルの間には一種の信頼の芽も芽生え始めていた。
ようやく外の空気への感動も薄らいできたところで、エドワードは周りの景色を見渡す。
洞窟の入り口は森の中にひっそりとたたずんでいた。
木々の間から洩れこむ光はまだ暗くなっていた。
彼が「課題」のタイムリミットととして定められていたのは日没までの間だった。
この様子ならば、どうやら課題をクリアすることはできたみたいだ。
「でも、その肝心のアキ先生とやらはどこにいるのよ?」
「おかしいな……洞窟の外で待っていてくれるはずなんだけど」
「もしかして、実は日付が変わってしまっていてもうとっくに不合格になっていたりし」
「ちょっ! 怖いこと言わないでよ。時間はまだ間に合うって言っていたのはアリエルじゃないか」
「冗談よ、冗談」
アリエルの発言が冗談だとしても、エドワードは周りを見渡しても師匠の姿は見つからなかった。
課題を終えて帰ってきたら合格だという風に聞かされていた彼であったが、まだ何か条件があるのだろうかと心配になる。
「使役した魔物と一緒に先生を見つけ出すところまでが課題だったりするのかな……」
「アキって人はそう言うことする人なの?」
「いや、そう言うタイプではないと思うんだけど……」
「じゃあ、そんなに心配しなくても大丈夫でしょう……とか言っていたら、誰か来たわよ」
「え?」
アリエルの声の指す方向に彼も目を向ける。
緑の森の奥から、何やら大きな影がエドワードたちの方向へと向かって来る。
何か巨大な魔物かと身構えたが、どうやら大きく見える影の方は動く気配もなくすでに大きな肉片とかしていた。
動いているのは、その下で肉片を担いでいる赤い人影だった。
肩まで伸ばした赤色の髪に、動きやすくコーディネートされた赤のショーパンにシャツ。
隣に共に歩くのは白い毛並みの中に赤色のラインをちりばめた、もふもふのウルフ。
フェネットと呼ばれるのその魔物は、ぴったりと赤色の主から離れることなく歩みを共にしている。
この姿をエドワードはずっと見続けてきた。
彼女こそが、エドワードの師匠であり数少ないSランクの使役者「純烈のアキ」と呼ばれるものだった。
どうやら彼女は弟子たちの帰りを待っている間に、暇つぶしにでも魔物を狩りに行っていたようだ。
アキの姿を目にした途端に、エドワードの心の中を閉めていた不安もどこかへと飛んでいってしまった。
「アキ先生!!」
「エド……」
エドワードはアキを見つけるなり、大きく手を振って叫んだ。
その顔には、まだ少年の心を完全に消し去っていない無邪気な笑顔が刻まれていた。
アキもそんなエドワードの姿をすぐに見つけることができた。
「アキせんせ~! 僕、ちゃんと……ぐふっ!」
胸にこみあげる再会の喜びをアキに伝えようと、まだ距離が離れていても声いっぱいに叫んでいたエドワード。
しかし、そんな彼の声は突如として目のまえに現れた赤い影によってふさぎこまれてしまった。
エドワードの顔面の目の前に、赤く柔らかいものが覆いかぶさって来る。
スライム姿のアリエルも危険を察知してすぐにエドワードの背中に潜り込む。
もごもごとその弾力から逃れようとするエドワードだが、動けば動くほどアキ先生の胸がしっかりと彼の顔面をしっかりと押さえつけられていた。
アキはエドワードの姿を見つけるなり、一瞬の勢いで彼を抱きしめに駈け寄って来たのだった。
「エド、おかえりいいいいいいいいいいいい!!!」
アキはエドワードに抱き着くや否や、感極まった声を上げながら彼の頭をなで続けた。
エドワードの耳はまだアキの腕の中にあったのだが、それでも一言一句聞き逃すことのない声量で彼女の声はエドワードの耳に響き渡った。
「ごめんねーー! 一人きりでクリスたちなんかと組ませちゃって。でも、でも、わたしだって課題を出すにはああするしかなかったんだよ!!!」
「むが、せん。せ。い」
「だけど、私だってずっと心配していたんだからね!! エドがあいつらに悪いことされたらどうしようって! でも、無事に帰ってきてくれただけで、私もう嬉しくて泣いちゃいそうだよーーーー!!」
言葉を発するたびにアキの締め付けは強くなる。
彼女の高まる気持ちがそのままエドを抱きしめる強さへと変わっていた。
アキが自分のことを異様にかわいがっていてくれることは、なんとなくエドワード自身感じていた。
しかし、それは彼女の言う魔力量のおかげとやらで優遇されているのだろうと疑っていた。
ここまで取り乱して抱きしめてくれる彼女の姿を見るのは、彼自身予想していなかった。
初めて見るアキ先生の姿と、顔面から伝わる柔らかい衝撃。
その二つが合わさって、もうエドワードの頭は沸騰寸前だった。
「先生……もう、限界……」
「え、エド?!」
遠くなる意識の中で、ようやくアキの抱擁からエドワードは解放される。
齢15にしかならない少年にとっては、まだあまりにも強すぎる衝撃だった。
ようやくフリーになった彼のもとに、森の空気が流れ込んでくる。
ーーやっぱり、新鮮な空気はおいしいな。
真っ赤に火照る頬を緩ませながら、彼は”シャバ”の空気を堪能していた。
ーー
「ごめんね……取り乱しちゃって」
「い、いえいえ、気にしないでください」
二人ともようやく落ち着きを取り戻してきたところで、再び再会の挨拶を交わす。
アキは地べたに正座をしながらエドワードに対する興奮を反省していた。
しょぼんとうなだれながら、相棒のフェネクスのモフモフで心を落ち着かせていた。
エドワード自身もアキのフォロ―をしているものの、今度は彼の方が落ち着きを取り戻しきれては居ない。
やっとアキと目を合わせられるようになったものの、彼の頬にはまだアキの胸の感触が記憶としてのこっている。
風が頬をさすると、無性に意識をしてしまい火照ってしまう時すらあった。
そんなこんなで、彼もアキにたいして強く言うような立場をとれなかった。
(ねえ、エドワード。さっきのはいったい何だったのよ。話に聞いていた”アキ先生”のイメージと違うんですけど?)
(僕だってびっくりだよ! そりゃあ、嫌な気はしないけどさ……)
(……エロガキ)
(なっ!)
アリエルはまだアキに警戒をしているのか、エドワードの背中に隠れながら彼女の動向を伺っていた。
悪い人ではないと思ってはいるものの初対面の印象が悪すぎたのだ。
彼の背中からじっとアキのことをみつめながら、彼女が何を話すのかを観察していた。
「とにかく、エドが無事に帰ってきてくれてよかったよ! エドがクリスたちに何かされるんじゃないかと心配で、気が付いたらオークを一匹討伐してしまっていたよ」
「先生、それつい、で討伐するような魔物ではないですよ……」
アキの後ろの肉片はどうやら森に害をなすオークのものだったようだ。
つい、と言いながら彼女は討伐しているが、オークは強さのランクで言えばAランク。
熟練の使役者といえども、遭遇したらまずどうやって逃げるかをまっさきに考えるような魔物だ。
「エド、大丈夫だったか? あいつらに何かひどいことはされなかったか? 一緒じゃないということは単独行動をしたということだろうけど?」
「……」
「エド?」
「……ええ、大丈夫でしたよ」
ほんとうは、彼らに何をされたのか正直に白状してやりたい気持ちが彼の中にこみあげていた。
平民とののしられ、穴のそこまで無理やり突き落され、一歩間違えればその時点で即死していたかもしれない。
幸い、アリエルと出会えたからここまで戻ってこられたものの、アリエルがいなければ今頃どうなっているかはわからなかった。
しかし、エドワードは言わなかった。
平民である自分が彼らのやったことを言ったところでどうこうなる問題ではないことは、彼が一番わかっていた。
もし、彼が全てを暴露したところで、それでクリスたちが罰せられる可能性はほとんどない。
アキの口から伝えられたところで、結局エドワードの不祥事ということで片付けられるのがオチだ。
それで終わればまだいいが、最悪逆ギレしたクリスが復讐に乗り出して来る可能性も捨てられない。
自分自身がその対象になるだけならいいが、彼だけでなく、彼の家族・大事な人……アキ先生までもがその対処になる可能性すらある。
そのことを考えると、彼は何をされたのかは言いださなかった。
この事実を知っているのはクリスたちと自分だけだ。
それならば……
アキはじっとエドワードのことを見つめる。
彼女の瞳に、彼は目を合わせることができなかった。
「……そうか」
アキはそれしか言わなかった。
そうして、まっすぐにエドワードの頬を両手でさすった。
今度は優しく。
アキの目に映るエドワードには、数え切れないほどの無数の傷痕が残っていた。
頬からその服装に至るまで、洞窟に入る前にはなかったはずの小さな傷がたくさんのこっている。
その姿を見ただけで、彼の身に何が起こったのかは彼女にもわかった。
どうして、彼がその事実を隠そうとしているのかも。
自分がそれを無理に聞き出してはならないということも……
「なにもないのならよかった! それに、一番乗りでこうして帰って来たことだし、ちゃんと課題はクリアしてきたんでしょう?!」
「ええ、まあ。一応」
「どんな魔物なの? エドほどの魔力があれば、どんな魔物でも使役可能でしょう。どんな魔物を連れてきたのか、私ずっと楽しみにしていたんだから!!」
アキの輝く目がエドワードの胸に突き刺さる。
アリエルと出会う前なら、こんなアキの言葉もただのお世辞として適当に受け流すこともできた。
しかし、今の彼はアキが言っている自分への期待が、100%本心だったのだと言ことを察してしまっている。
そして、その期待にスライムではこたえきることはできないことを知っている。
「……出ておいで」
エドワードはそっと背中に居るアリエルに触れた。
その体はまだ温かい。
人前に見せる前は何とも思わなかった丸っこい身体が、今だけは恥ずかしいものに思えた。
「もきゅ?」
スライム姿のアリエルは、初めてエドワードと出会った時のようにおどけた顔でアキたちの前に姿を現した。
「……スライム」
アキは驚きを隠せずにその名を口にする。
エドワードは、アキの顔を見られなかった。
彼の頭の中では、さぞ失望をしてしまっているであろうアキ先生の表情が浮かび上がっていた。
いっそ、このスライムが天使なのだとばらしてしまいたかった。
ほんとうは魔物なんかの器に収まらない魔力量を持っているのだと。
しかし、それではアリエルの意思を簡単に裏切ることになってしまう。
それは彼にはできなかった。
「へえ、スライムか」
やがてアキは優しい口調でそうつぶやいた。
エドワードに触れた時よりもさらに優しくスライムの頭をなでる。
「あなたは幸せものね。こんな優しくて強い主に相棒として選んでもらえるなんて」
「アキ先生?」
アキはそっとスライムを自分のもとに抱き寄せて、他の誰にも聞こえないようにつぶやく。
「エドを救ってくれてありがとう」
それだけ言うと、アキは再びエドの頭の上にスライムをのっけ直してくれる。
その間、アリエルは何の抵抗もなく彼女のなされるがままにされていた。
(……へえ)
アリエルは彼女の手から伝わって来る感触、感情をじっとうかがっていた。
その感情も含めて、アリエルはただじっとアキの体温に身を任せていたのだった。
「アキ先生?」
「気にすることはないわ! どんな形であれ合格は合格よ! あなたは今日から私が認めた使役者になるの!」
「ホントに?」
「なんで嘘なんてつかなきゃいけないのよ。魔物の強さで使役者の器は判断しないわ。それに、エドだったら、どんな魔物を使ったとしても一流の使役者になることができるもの」
ようやく意を決してエドと目を合わせることができた。
そこには、彼が想像していたような暗い表情は浮かんではいなかった。
ただ、これまでかと変わらずにエドの才能を信じて疑わない優しい師匠の面影だけが浮かんでいた。
(一流じゃなくて、世界最強よ。勘違いしないでね)
(わかったよ。いい場面なんだから割って入ってこないでよ!)
自分にだけ聞こえてくる声で割って入って来るアリエルの声にさえぎられながらも、エドワードはアキの言葉をやっと純粋に受け止めることができた。
ここまでの姿をさらしても、変わらずに自分のことを認めてくれる師匠に温かい気持ちがどこまでもこみあげてきていた。
「さて、そろそろ課題の時間も終了に近いのだけどクリスたちは…………なんて言ってたらやって来たわね」
もうすぐ夕刻にも近い。
辺りは徐々に夜の訪れを知らせようとしていた。
そんな中で洞窟の奥から現れてきた三つの黒い影。
「お前……どうして」
洞窟の奥から現れてクリスは、すでに帰ってきているエドワードの姿を見て目を丸くしていた。
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