いざ脱出
無事に穴の底から脱出することができたエドワードとアリエルは、洞窟を抜けるために元来た道を歩き出す。
「うう、気持ちわるい……」
「情けないわね。ちょっと宙を浮いたくらいで何を言っているのよ」
「宙を浮くなんて体験がそもそも初めてなんだよ!」
エドワードは初めての浮遊体験に、若干酔ってしまっていた。
ほんのり頭の中に残り続ける不快感と戦いながら、ふらふらと洞窟の中を歩いていた。
アリエルはといえば、酔いと戦っているエドワードの頭の上に再びスライムの姿になって乗っかっていた。
持ってみるとそこまででもないスライムの体重も、今のエドワードにとってはズシリと頭にやって来る。
アリエルがしゃべるたびに揺れるその体の振動が、さらにエドワードの気持ち悪さを誘っていた。
「……どうしてまたスライムの姿に戻っちゃったんだよ」
「言ったでしょ? 私は天使たちの厄介ごとから逃れてきた身なの。そんな天使全開の姿で歩き回っていたらすぐに見つかっちゃうじゃない」
「さっきは、もう隠れている時間は終わりだ、みたいな感じで張り切っていたじゃないか」
「あれは、もうあんな”穴の底”で身を隠しているのは終わりだということだけよ。これからの動きやすさを考えたら変装しているに越したことはないってわけ」
まったく、無茶苦茶だとあきれてしまうエドワード。
アリエルはスライムの姿になったままでも、これまでと変わらずエドワードと会話をすることができた。
普段は「もきゅ」とか「きゅ」くらいしか発することができないその口から、当たり前のように自分と同じ言語が発せられる状況に、まだエドワード自身違和感は残っていた。
一応、エドワード以外の人間には言葉が聞こえなくなるように調整することも可能らしい。
天使たちが人間に使う「啓示」の応用みたいなものだと彼女は説明していた。
もちろん、啓示など受けたことのないエドワードにはよくわからなかったが、自分にだけ聞こえるアリエルの声ということで何とか納得していたみたいだ。
「っていうか、変装が必要っていうだけだったら別にスライムである必要もないだろう。もうちょっと強い魔物の姿とかになれないの?」
「私もそれを試してみようと思ったんだけどね……どうやら今の私はスライム以外の魔物には変身できなくなっちゃったみたいなの」
「なにそれ?!」
「見ていて」といって、アリエルはスライムの姿から変身して見せようとするが、どれだけやっても彼女の姿は元の人の姿とスライムの姿にしか変わらなかった。
今回はアリエル側にもエドワードをからかっている様子はない。
「私にもよくわからないんだけど、たぶんエドワードが”スライムの状態の私”を使役対象として選んだことが関係しているんじゃないかと思う」
「僕がスライムを使役しようとしたから、アリエルの姿もその姿で固定されちゃったってこと?」
「そう言うことなんじゃないかしら。魔物の使役者なんて、今まであまり関わってこなかったからよくわからないけど、あなたに使役されることを通して、私も何かしらの制限をかけられたのかもね」
「そんな~」
アリエルがただ変身しているだけだったら、もしかしらアキ先生にもう少しいい魔物の姿を見せられるかもしれない。
最初はスライムと共に生き抜く覚悟を決めていたエドワードにも、心の内側に少しだけそんな希望を抱いていた。
しかし、アリエルとの検証によって彼の儚い希望も見事に打ち砕かれてしまった。
最初に決めていたこととは言え、期待のあった分だけしょんぼりとしてしまった。
「まあまあ、そんなにしょんぼりしないことね」
「アリエルはいいよな、のんきで」
「だって、私がどんな魔物の姿になろうとやることは変わらないもの。エドワードはこれから、歴史に名を遺す”最強のスライム使い”になるのよ。もっと胸を張りなさい!!」
「それ、本当に強いのかなあ。最強のスライム使い(笑)とかになってない?」
「なってないわよ! 正真正銘の最強なのよ!」
エドワードは、まだアリエルの言う最強というイメージが浮かんではいなかった。
彼女が天使であることや、その魔力量が多いということは理解はしていたものの、そんなに自信をもって最強なんかになることができるのかどうか、半信半疑だった。
「そもそも、アリエルってそんなに強いの?」
「なによ、信用していないの?!」
「い、いや、そう言う訳じゃないけど……」
「いいわよ。いざ戦いが始まったら見て居なさい。あまりの私の強さに思わずひれ伏しちゃうんだからね」
変わらないアリエルの口調に「へ~」とだけ返しておきながら、エドワードたちはさらに洞窟の出口を目指して歩いていった。
アリエルと話したところで、彼の酔いもようやくさめてきた。
今の彼の頭の中には、アリエルと一緒に「最強のスライム使い」として名をはせている自分の姿を想像した。
スライムを頭の上に乗せながら、まわりの魔物たちをなぎ倒してる自分の姿。
彼の知っている強者使役者とは、ドラゴンのような強大な力を持った魔物を相棒にみんなから仰ぎ見られるような存在だった。
とてもそんな人たちと、スライム使いの自分が肩を並べられるとは思ってもいなかった。
「最強、ね」
どこまでも話が飛躍していくアリエルを頭に従えながら、彼はまずは課題を終わらせるために、洞窟の外で待つ師匠の下へと向かっていくのだった。
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