最弱職「村人」が【最強の剣士】になった理由~魔力が無いからと迫害されたけど、実は世界最強夫婦の一人息子。泣いて謝る悪役貴族を決闘で返り討ちにします~
それは戦いですらない。
「剣聖」と呼ばれた世界最強の剣士と、「魔王」と呼ばれた世界最強の魔法使いによる壮絶な“殺し合い”だった。
魔王の詠唱が千の火球を生み出せば、剣聖の一振りが千の斬撃で切り落とす。
紫電が空間を埋め尽くせば、鋭い一線で空間ごと吹き飛ばす。
黒い重力球が全てを飲み込めば、光を超える斬撃が切り潰す。
どれかひとつでも街ひとつ消し飛ぶような攻撃が、何千、何万と繰り出されていく。
まさに人類の到達点。
たった一人で世界を滅ぼせると言われる「剣聖」と「魔王」。
世界に二つとない才能を、極限まで鍛え上げた者同士の戦いは、神々にも匹敵する戦いだった。
何よりも二人に宿る膨大な魔力量。
戦いのために全力で解き放たれたそれは、すでに国一つを包みこむほどにまで膨れ上がっている。
世界最強を決めるために行われたその戦いは、魔力で空間を拡張された闘技場の中で始まったが、10万を超えるとされる観客の誰一人として声を発することができなかった。
観客席には安全策として結界が張られているが、そもそも世界最強の二人の攻撃を止められる者などいない。
流れ弾が当たるだけで結界は紙切れのように壊されるだろう。
それでも逃げようとする観客はいなかった。
目の前の戦いが見られるなら死んでもいい。
そう思うような連中ばかりが集まっていた。
少年もその一人だった。
目の前の光景が何を意味するのか全く理解できていなかったが、多彩な魔法を繰り出す「魔王」を相手に剣一本で渡り合っているのが自分の父親だということが、何よりも誇らしかった。
永遠に続くと思われたその戦いは、しかしあっけなく終わりを迎える。
剣聖によって迎撃されていた魔法のひとつが、観客席へと向かった。
それは今日だけで何万、何十万と放たれていた魔法のひとつ。
牽制にもならないただの余波。
そのうちのたったの一発。
それだけで、観客席の一角が結界ごと消し飛んだ。
巻き込まれた少年も消し飛ぶ。
そのはずだった。
「よう、大丈夫か」
父親が少年を守っていた。
更地となった闘技場の中で、彼の周りだけが切り取られたように無傷で残っている。
その背後に「魔王」が立つ。
「貴様との戦いが、まさかこのようなつまらない終わり方とはな」
「バカを言うな。最愛の息子を助けたんだぞ。これ以上の最期があるか」
「貴様は私と同じだと思っていた。極限まで才を極めたあとの、その先の景色を見るために戦っていると。貴様と死力を尽くしたこの戦いで、その景色の一端が見られると思ったのだが」
「……かつてはそうだったかもな。お前に追い付きたいと、そう思ったこともあった。だが今は違う。剣は誰かを護るためにある。それを知ったから、俺はこの高みまでこれたんだ。息子だけじゃない。お前だって俺は護るつもりだったんだぞ」
「戯言を。貴様ほどの使い手がこの先現れることはあるまい。実に残念だ」
そう言ったきり、魔王は興味をなくしたように二人に背を向けて歩み去っていく。
剣聖は震える手で少年の手を取った。
「リリム。お前は強くなる。俺に似ているからな。だから、お前が思う道を行け。誰かのために戦える奴は、一人で戦う奴よりも、ずっと強くなれるからな」
そう言ってニッと笑う。
それが最期の言葉となった。
少年は目の前の出来事が理解できていなかった。
高らかに告げられる勝者の名前も、会場を包む大歓声も、一瞥もくれずに去っていく「魔王」の背中も。
なにもかもが、少年には理解できなくて。
ただ、倒れた父親の安らかな微笑みばかりを見つめていた。
「襲撃だーっ!」
馬車の外から声が響く。
外の様子を確認すると、護衛の人たちがオークの群れと戦っていた。
手にした杖の魔力炉が赤い光を放つ。
「くたばれ化け物っ!」
護衛の一人が杖を振り上げる。
魔力炉がひときわ赤い光を放ち、杖の先端に真っ赤な炎の球が現れた。
魔法使いの中級魔法「フレイムボール」だ。
オークの体が火に包まれる。
しかし、炎に包まれたままニヤリと笑みのような表情を浮かべた。
「フゴっ、フゴゴっ」
笑い声のようなものを響かせながら、人間の倍はある腕を無造作に振るう。
それだけで護衛の一人が吹っ飛んで動かなくなった。
オークはBランク以上のモンスターだ。
しかも群れをなしてるとなるとさらにランクは上がる。
対する護衛の人たちは、良く見てもCランク。
「ここは俺たちが引きつける。あんた達は街に向かってくれ!」
護衛の一人が馬車に向けて声をあげた。
倒す、とは言わない。
残る護衛の数は2人。対するオーク達は10匹以上。
どうやっても勝ち目はない。
少しでも時間を稼ぐつもりのようだ。
乗客達は馬車の中で怯えたように身を寄せ合っている。
早く馬車を出せと怒鳴る人もいた。
御者が慌てたように手綱を持つのを見て、僕は馬車の外に飛び出した。
「坊主!? なにしてるんだ!」
護衛の人が僕を見て声をあげた。
「危険だ、君も馬車に乗っていなさい!」
まるで小さな子供を叱るような口調だ。
僕はこれでも15歳。もう立派な大人だ。
確かに同じ年代に比べたら体格はひとまわりは小さいと思うけど……
「大丈夫だよ。これでもエルドラ王立学園の生徒だから」
「王立学園の生徒? こんな小さな子供が……?」
疑うというよりは、困惑した視線を向けてくる。
僕は手にした剣を前へと向けた。
それは僕の身長と同じくらいの剣型魔道具。
埋め込まれた魔力炉なんて僕の頭と同じくらいの巨大さだ。
大き過ぎて昔は構えることもできなかったけど、修行のおかげで今では片手でも振れるようになった。
魔道具の強さは魔力炉の強さで決まる。
だけど今、僕の魔力炉は光を放つことなく、沈黙を保ったままだった。
「魔力炉が動いていないが、まさか「職業」は……!」
「はい。「村人」です」
魔力炉は魔力を元にして動く。
魔力炉が動かないということは、魔力が供給されていないということ。
なんの魔力も持たないと言われる最弱の職業。
それが「村人」なんだ。
「バカな! 「村人」がオークと戦うなんて不可能だ! 死ぬぞ!」
僕を心配する声が聞こえる。
同時にオークの叫び声が響いた。
「ブフォーっ!!」
僕に向かって豪腕を振り上げる。
護衛の人を一撃で吹き飛ばした攻撃だ。
「危ない、よけろ!!」
まともに受けたら鉄の鎧でも簡単に潰れてしまう。
だけど僕はその攻撃を、構えた剣で受け止めた。
「なっ……片手で……!? 魔力もなしに、まさか腕力のみで今の攻撃を防いだのか……!?」
受け止めたオークの腕を弾き返し、そのまま剣を振り下ろす。
オークの巨体が一直線に両断された。
「オークが、一撃……」
呆然とした声が聞こえる。
「この程度のオークなら問題ありません。僕に任せてください。困ってる人を見捨てて逃げるような人に、この剣を持つ資格はないので」
「これだけ巨体のオークを、この程度……。い、いや、それよりも今は……!」
仲間をやられたオーク達が僕を見る。
牙を剥き出しにして、一斉に威嚇の雄叫びを上げた。
「「「ブフォーーーー!!」」」
全員で突進してきた。
地面が揺れるほどの地響きが鳴り、舞い上がった砂が嵐のように立ち込める。
通過した後には草一本残らないと言われる「オークの暴走」だ。
僕もまた剣を構え直すと、群の先頭に向けて突撃した。
◇
「坊主、ありがとうな!」
「生きてたどり着けたのはあんたのおかげだ! 本当にありがとう!!」
馬車の乗客や護衛の人たちにたくさん感謝された。
その笑顔に僕も笑顔で答える。
この剣で人々を笑顔にする。それが僕の誓いだからね。
みんなの笑顔を守れてよかった。
みんなと別れた後、僕は街の中心部へとやってきた。
この街はこの辺りで一番栄えている。
その理由が、中心部に位置する「エルドラ王立学園」だ。
多くの貴族が通い、「剣聖」と「魔王」を輩出したこともある名門中の名門だ。
学園内にはたくさんの生徒があふれている。
その全員が魔道具を持っていた。
その光景に感動してしまう。
「すごい、こんなに魔道具使いがいるなんて。僕の村には魔道具を使う人は一人もいなかったからなあ」
魔道具とは、魔力を増幅させる力を持った武器のことだ。
魔力を溜め込み、増幅させることのできる魔力炉が開発されてから、人々の戦闘力は大幅に向上した。
魔法も、スキルも、身体能力の向上も、すべては魔力炉を使って行われる。
だからこそ魔力の高さこそが強さを決める上で最も重要なステータスとなったんだ。
生徒たちが僕のことをジロジロと見ている。
中にはあからさまに笑う人までいた。
「おい、見ろよあれ。いまどき剣型の魔道具って」
「魔力も全く感じられないぞ」
「あーあ、せっかく入学できたのに、すぐ帰ることにならないといいけどな」
今は、剣型の魔道具は時代遅れと言われてる。
「剣聖」が「魔王」に敗れて以来、主流は魔法を連発できる杖型だ。
「魔力」の高い職業が強く、魔力の低い職業は弱いとされる。
魔力がまったくないと言われる「村人」は最弱の職業と言われていた。
僕がこの学園にやってきた理由のひとつが、父さんが所属していたという剣術ギルドを探すことだった。
ギルドというのは特定の人たちが集まって修行をするような場所のことだ。
例えば魔法使いのギルドなら、日夜魔法の研究と実践を行なっている。
剣術ギルドなら、みんなで剣術を磨きあっているはず。
父さんがいたくらいだから、きっとレベルもすごい高いはずだ。
「ずっと一人で修行してたから、同じ剣士に会えるのがすごく楽しみだな」
場所を聞きながら広い学園内を歩き、やがてたどり着いたのは、ボロボロの建物だった。
場所も、学園の敷地の端っこにあたるような場所だ。
ここが剣術ギルドかな? 表札にもそう書いてあるし。
立派な建物だって話だったけど、思ったよりもボロボロだ。
大きさだけはかなりあるみたいだけど。
なんだか「昔はすごく立派だった」って感じだ。
とりあえず入ってみようかな。
古びた扉を開けると、中はかなり広い空間になっていた。
建物の見た目よりはさらに倍近くは広い。
魔法で中の空間を拡張してるのかも。
2、30人くらいは同時に訓練できそうなギルド内で、1人の制服を着た少女が剣を振っていた。
制服のデザインからすると、どうやら三年生のようだ。
集中しているみたいで、僕が入ってきたことにも気がついていない。
ただ一心に剣を振り続けている。
その姿に思わず見入ってしまった。
「なんて美しいんだ……」
素振りひとつでその人の実力はわかる。
淀みない動き。
滑らかな重心移動。
空を切る音はまるで鈴のように涼やか。
何百回、何千回と繰り返してきたからこそなし得る、完璧なフォームだった。
見惚れている間に少女の動きが変わった。
剣を水平に構え、魔力炉に淡い緑の光が灯りはじめた。
「剣技、疾風斬!」
振るわれた剣が真空の刃を放つ。
それは僕のところにまで飛んできて、そこでようやく女の子は僕の存在に気がついた。
「……えっ、誰!? ていうか危ない!」
「君、すごい剣技だね! 僕感動しちゃったよ!!」
飛んできた真空の刃を打ち消し、女の子に駆け寄った。
逆に向こうの方が驚いた。
「あれっ!? い、いまスキルが当たらなかった!?」
「ああ大丈夫だよ。ちゃんと打ち消したから」
僕が答えると、女の子は驚いたように目を見開いた。
「打ち消した……って、魔道具もないのに、まさか、素手でスキルを打ち消したの……?」
「そうだけど」
なんで驚いてるんだろう。
タイミングを合わせて同じ力で同じ角度から攻撃を当てればいいだけなんだけど。
「同じ力を同じ角度でって……初見の攻撃を、あの一瞬で判断して……? そんなこと……ううん、あるわけないわよね……。きっと見間違い……。スキルはたまたま外れただけよね……」
「それにしても君すごいね! 細く見えるけど、やっぱりしなやかな筋肉だ」
僕は女の子の腕をペタペタと触った。
「太腿もすごく鍛えられてる。うんうん、すごいなあ」
「きゃあっ!? な、女の子の体をいきなり触るなんて何考えてるのよこの変態……! くっ、こいつ見かけによらずアタシよりも力があって振り解けない……!」
「下半身もしっかり鍛えられてる。あれ、でも胸筋だけが妙に柔らかいな」
「~~~~~ッッッ!!!!」
どの筋肉も無駄なく引き締まっているのに、なぜか胸だけが妙に柔らかかった。
ちょっとだけ膨らんでるからてっきり胸筋も鍛えていると思ったけど、違うのかなあ。
体つきを調べるように揉みほぐしながらどういうことか聞こうと思ったら、少女は真っ赤になった顔に涙を浮かべて僕を睨んでいた。
「……あなた、死ぬ覚悟はできてるんでしょうね」
なぜか怒っているみたいだった。
一体どうしてだろう。全然わからない。
「あの、どうし……」
「剣技──」
少女が自分の腕をまっすぐに縦に構えた。
「──旋空斬!!」
鉄すらも切り裂く真空の刃が僕を襲ってくる。
ギリギリでかわした僕の髪が数本宙を舞った。
僕たちは剣を振るスペースもないほどの至近距離にいた。
だから即座に剣を捨て、素手による攻撃に切り替えたんだろう。
剣技は剣がないと放てないけど、手刀を剣に見立てればできないことはない。
と、口で言うのは簡単だけど、実際にはめちゃくちゃ難しい。
だって手は剣じゃないからね。
手刀で鉄を切ることと同じくらい無茶なことだ。
それに魔力炉がないから魔力を練り上げることもできない。
失敗すれば暴発するだろう。
なのに女の子はそれを簡単に発動してみせた。
素早く剣を捨てた判断といい、ただ鍛えてるだけじゃなく、状況判断も早くて柔軟。
彼女が実戦を想定して訓練している証拠だ。
僕はますます嬉しくなってしまう。
今の時代に、ここまで剣技を磨いている人がいるなんて!
僕は心から感動していたけど、彼女はなぜかますます怒った顔をしていた。
「これすらも避けるかこの変質者が……!」
「あの、だからどうして怒ってるのか教えて欲しいんだけど……」
「用件は言わなくてもいいわ。どうせガイストの嫌がらせでしょう」
そういって、壁にかかっていた剣を取る。
さっきまで振っていた練習用の模造品じゃない。
鋭い刃に大きな魔力炉が取り付けられた、戦闘用魔道具だ。
切っ先を僕に突きつけて、鋭く言い放つ。
「その首切り落としてあのクソ野郎に送り返してやるから覚悟しなさい!!」
◇
「はぁ……はぁ……、アタシの攻撃が一つも効かないなんて、何者なのよ、いったい……」
汗だくになった少女が床に膝をついた。
「あっ、自己紹介が遅れてごめん。僕はリリム。武神祭で世界一となるために来たんだ」
「は? 武神祭……?」
女の子が息を切らせながら、驚いた目で僕を見つめた。
「武神祭って、あの武神祭よね」
「うん。10年に一度行われる、世界一を決める大会のことだよ」
もうすぐ世界最強を決める、10年に一度の「武神祭」が行われる。
世界中の実力者が参加する世界規模の大会だ。
参加者だけで何十万人とも、何百万人とも言われてる。
だけど、誰でも出られるわけじゃない。
なんでもありとされる武神祭だけど、ひとつだけルールがある。
それは「お互いの命を賭けて戦うこと」。
武神祭とは、武神に真剣勝負を奉納する神聖な儀式でもあるんだ。
真の実力者同士の、お互いの命を賭けた真剣勝負こそ、武神に捧げるにふさわしい決闘であるとされている。
そして、伝説となった「剣聖」と「魔王」の戦いこそ、前回の武神祭決勝戦だった。
「遊びで出られる大会じゃない……けど、その顔を見ると嘘じゃないみたいね」
「もちろん。武神祭の決勝戦に出ることが僕の目標だから」
「……まったく、ガイストのやつが送ってきた嫌がらせにしては何もしてこないと思ったら、ある意味ガイストよりも面倒なのが来たわね」
どこか苦笑気味にそういうと、息を整えて僕の方を見た。
「君、今まで学園内で見たことないけど、もしかして編入生?」
「うん。「予選」に参加するために入ってきたんだ」
武神に奉納するための神聖な儀式だから、大会に参加するためには相応の実力者であることを証明しないといけない。
大国の王様に推薦されるとか、SSS級の冒険者ランクを取るとか、方法はいくつかある。
そのうちのひとつが、エルドラ王立学園で開催される「予選」で優勝することだ。
僕もその予選に参加するためにやってきたんだ。
予選に参加するための「特別編入」という形だけどね。
あ、予選は本戦とは違ってお互いの命は賭けないよ。
あくまでも生徒同士で行う模擬戦だ。
そうでなきゃ貴族の息子も通うような王立学院で、予選なんて開催できなかったと想うし。
「予選は3日後よ。編入生にしては遅かったわね」
「僕の家は少し遠いところにあったから……。馬車が襲われたときは、間に合わなくなるんじゃないかと思って焦ったよ」
「その格好、一年生みたいだけど、職業はなに? 世界一を目指すっていうくらいだから、上級職なのよね。「魔法剣士」とか? まさか「剣聖」ってことはないと思うけど」
「職業は「村人」だよ」
僕の答えに女の子は目を丸くした。
「「村人」? 村人って、なんのスキルも持たない、あの最弱職の?」
「うん。ほら、これが学生証」
人は誰でも生まれながらにして特定の職業を持っている。
それは神様から与えられた才能と言われ、学生証にもそれはちゃんと記載されている。
職業の項目に「村人」と書かれ、スキルの項目は「なし」になっていた。
女の子はそれを見てもまだ信じられないようだった。
「本当に村人なの……? 体つきを見れば才能に恵まれてないのはわかるけど……。でも確かに一度も魔力を放っている様子はなかった……だとしたら、私の技が一発も当たらなかったのは……」
「それよりもセンパイは? さっきの技はどれも精錬されててすごかった。センパイこそ「上級剣士」とかもしかして「騎士」とかじゃないのかな!?」
詰め寄ると、女の子は苦笑を浮かべた。
「アイギスでいいわ。それと期待させて悪いけど、職業はただの「剣士」よ」
「剣士であそこまで鍛えてるなんて、やっぱりすごいね!」
「そ、そう? 鍛えてるのは本当だけど……「村人」の君ほどじゃないわ」
「そういえば他にギルド員はいないの?」
アイギスの攻撃によってギルド内はあちこち傷ついたはずだけど、建物に傷はひとつもなかった。
訓練用として建物に保護魔法がかけられているんだろう。
空間拡張されていることといい、かなり高度なギルドだ
なのに、未だにアイギス以外のギルド員は見当たらない。
「ギルドにいるのは私一人よ」
「えっ、ひとり? こんなに大きなギルドなのに?」
父さんの話だと100人くらいのギルド員がいたってことだったけど。
「剣術ギルドが栄えてたのは剣聖が敗れるまで。君も剣型魔道具を使ってるならわかってるでしょうけど、近距離型の戦闘スタイルはもう時代遅れなのよ」
「剣聖」が「魔王」に敗れたことによって、近接型のスキルよりも、遠距離攻撃を中心とする魔法の方が強いとされるようになった。
相手に近づかなければ威力を発揮できない剣型の魔道具なんて時代遅れ。
魔道具も杖や銃といった遠距離型を使うのが主流になっていた。
「だからうちみたいな剣術ギルドには誰もこないのよ」
「じゃあ、アイギスはずっと一人で練習を?」
たった一人であそこまでの剣技を……
その事実に僕は感動してしまった。
「そっか。アイギスも武神祭の優勝を狙ってるんだね」
「な、何をいってるのよいきなり……優勝なんて、そんなこと……」
「だって、たった一人であそこまで鍛えるなんて、普通の覚悟じゃできない。それに技も動きも、実践を想定したものだった。誰かとの訓練で身につくならともかく、一人でそこまで習得するなんて並の熱意じゃない。僕も同じだったからわかるんだ」
アイギスは苦笑する。
「確かに「村人」なのに優勝を狙っている君も大概よね。……ええ、君の言う通り、私も武神祭が目標よ。さすがに優勝は狙ってないけど……。でも、そうね。私は剣が好きなの。これでどこまでやれるかを試してみたい。それだけよ」
やっぱり僕と同じだったんだ。
「そういえば君は何しにこんな寂れたギルドに来たの」
「もちろん入会に来たんだ」
「え、入会? うちのギルドに? キミが?」
「うん、そうだよ。ダメ、かな?」
「だ……ダメなわけないじゃない!」
アイギスが満面の笑みで僕の手を握ってきた。
「君ほどの実力者なら問題ないわよ! むしろ頼んででも入ってもらいたいくらいだわ!」
「ほんと? 良かった!」
僕も喜んで笑うと、目の前にいたアイギスがちょっと顔を赤くして僕から離れた。
「どうしたの?」
「いや……なんていうか……君ってよく見ると可愛い顔をしてるから、そんな無邪気に笑うと妹ができたみたいっていうか、母性本能がそそられるっていうか……」
なんだかぶつぶつと呟いている。
そういえば他の人も、僕のことをなんだか子供扱いしてやけに甘やかしてくるんだよね。
まあこんな体だから子供みたいに思われるのは仕方ないとは思うんだけど。
「そんなことより、さっそく練習しようよ」
「そうね。それじゃあさっそく……」
そのとき、ギルドの扉が乱暴に開け放たれた。
十数人の生徒がゾロゾロと群れをなして入ってくる。
集団の先頭に立つ金髪の生徒が、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「まだ剣技なんて無駄な修行なんて続けてるのか」
顔立ちも整っていて貴族の息子みたいだった。
制服の色がアイギスと同じだから、どうやら先輩みたいだけど。
ここのギルド員かなと思ったけど、あまり友好的な雰囲気じゃない。
アイギスも嫌そうな表情を浮かべていた。
「なにしにきたのよガイスト」
ガイストと呼ばれた生徒がニヤリとしたまま言う。
「おいおい、このギルドで何しようが俺様の勝手だろう。お前こそさっさと出て行ってくれるか。これからだーいじな用があるんだよなあ」
その態度からは、剣の修行以上に大事な用があるようには見えないけど……
「どういうこと? ここはアイギスのギルドじゃないの」
たずねると、金髪の生徒が初めて僕を見た。
「誰だお前? その格好、編入生のようだが、まさかこんなギルドに入る物好きなんていたのか」
「僕らは武神祭の優勝を目指してるんだ」
そういうと、取り巻きの生徒たちが一斉に笑い声を上げた。
「剣型魔道具で優勝だって!? 冗談だけはうまいみたいだな」
「そんな小さな体でどうしようっていうんだ。そんなんじゃ木の枝すらも振れないだろう」
「そういや変な噂を聞いたんですよ。剣型の魔道具を持った「村人」の編入生が入ってきたって。いくらなんでも嘘だろうって思ってたんですけど」
「剣型で「村人」!? そこまで終わってる組み合わせがあるのかよ!」
ガイストがそんな彼らを笑いながら止める。
「おいおい、お前ら笑うのはやめてやれよ。本当のことを言うのはかわいそうだろう。確かに近接型の魔道具で、しかも「村人」じゃ予選どころかその辺のガキにすら勝てないだろうけど、夢を見るのは自由だからな」
「さすがガイストさん、心が広いぜ!」
「だったら俺が稽古をつけてやるよ」
取り巻きの一人が僕の前に進み出た。
手に小型の杖型魔道具を構える。
「ちょっとアンタたち、やめなさいよ!」
アイギスが止めようとしたけど、僕は前に出た上級生に声をかける。
「それは『本気』なの?」
「あ? ああ、もちろん本気だぜ。でないと稽古にならないだろう。ま、ちょこっと怪我をするかもしれないけどなあ」
その言葉を聞いて、僕もスイッチを入れる。
「なら僕も『本気』で相手をするよ」
体の内に溜め込んでいた力をごくわずかに解放する。
反応した魔道具が微かに振動した。
「チビのくせに強がりやがって。近接型なんて魔法で一発なんだよ!」
上級生の魔道具が赤い光を放ちはじめる。
杖の先端に火の玉が現れた。
「フレアボム!? いきなり中級スキルなんて!」
「吹っ飛べ!」
真っ赤な火球が僕に向かって飛んでくる。
それは対象に触れると爆発を起こし、周囲を火の海に変える範囲攻撃魔法だ。
魔力のない人が受ければ死んでもおかしくない一撃だ。
けど。
真っ赤な火球は、僕の目の前まで来ると、音もなく消滅した。
「……は?」
なにが起こったのかわからずにぽかんとする上級生に向けて、僕は素早く接近する。
「な……あっ!」
気づいた時にはもう遅い。
手にした剣型魔道具を振り抜く。
魔力炉は無反応のままだ。
スキルもなにも使わない、力のみの一撃。
魔力全盛の今の時代なら、野蛮だと言われ笑われるような攻撃だ。
それでも、その一撃は上級生の意識を刈り取るには十分だった。
声もなくその場に崩れ落ちる。
遅れて周囲がざわめき出した。
「一撃、だと?」
「それよりも、魔法を無効化したあれは、いったいなんだったんだ」
「なにかのスキルか? 魔法無効化なんて相当高度なスキルのはずだが……」
「おもしれえ」
ガイストがつぶやく。
手に大きな杖型魔道具を構えた。
「俺たちに喧嘩を売ろうってんなら……」
「なにやってるのよバカ!」
突然アイギスが僕の腕を引っ張った。
「アイツらに喧嘩を売るなんてなに考えてるの! アナタたちも、ごめんなさい。この子はまだここに来たばかりだから、よくわかってないの」
「あ、あの……アイギス……」
「悪かったわ。ごめんなさい」
そういって、あのアイギスが頭を下げた。
「ここはアナタたちの好きにしていいわ。その代わり私たちには手を出さない。そういう約束だったでしょう」
「……私たち、ねえ。確かに、このギルドを俺様のものにする代わりに、ギルド員には手を出さないと、そう約束したな」
「それじゃあ私たちはこれで失礼するわね」
「ちょっと待ちな。ギルドのものは俺様のもの。ならその魔道具も俺様のものだろう」
「……そうね」
アイギスが、手にしていた剣型魔道具を元の場所に戻す。
「これでいいわね。それじゃ行くわよ」
「ちょ、ちょっと! 魔道具をアイツらに渡したら……」
「心配してくれてありがとう。でも、いいのよ」
そういうと、僕の腕を引っ張りながら足早にギルドを後にした。
◇
「ガイストさん、あいつら行かせていいんですか」
取り巻きの一人がガイストに話しかける。
ガイストはそいつを無視して、倒された男子生徒の元へと向かった。
「おい、お前」
蹴り飛ばすと、意識を失っていた生徒が目を覚ました。
自分の置かれた状況を理解し、怯えた目をガイストに向ける。
「す、すいませんガイストさん……。まさかあんなガキにあそこまでの力があるなんて……。次こそは必ず……」
「黙れ」
突然爆発が起き、男の体が吹き飛ばされた。
魔道具すら使わない、無詠唱の魔法。
周囲の取り巻きが青ざめた顔で押し黙った。
ガイストの姿はいつも通りに見える。
だけど内心では怒り狂っているのがわかったからだ。
「その役立たずを片付けろ」
「は、はいっ!」
数人が倒れた男を外に運び出していく。
ガイストはそれにすら目を向けず、暗い笑みを浮かべた。
「アイツらをこのままにしていいのか、だと? いいわけないだろう。この俺様を誰だと思っている。この街の市長の息子、フリード=ガイストだぞ。この学園も、街も、全部俺様のものだ。逆らったらどうなるか、思い知らせてやらねえとな」
◇
アイギスに連れられて外に出た僕は、学園の敷地を離れ、街の外れまできていた。
「この街はガイストの両親が支配してる。アイツの親はこの街の市長で、すべての権力を握っているのよ。この街でできないことは何もない。それこそ、殺人だってね」
「いくらなんでも、そんなわけないでしょ。治安維持のための騎士団だっているはずだし」
「もちろんいるわよ。でも騎士団の予算は市長が出してるし、騎士団トップは奴らの親戚。殺人事件の1つや2つ、もみ消すのは簡単なのよ」
ええ……。そんなこと本当にあるんだ……。
都会って怖いなあ。
「だけど、なんでも持っている市長にもひとつだけ無いものがあった。それが「才能」よ。悪巧みの才覚はあったけど、職業はただの「商人」だったの。魔力がすべての今の時代において「商人」なんて職業は、奴らにとってはコンプレックスだったでしょうね。でも神様は平等だった。平凡な職業の夫婦から生まれた一人息子は、上級職である「アークウィザード」だったのよ」
アークウィザードというのは、すべての魔法を使うことができると言われる上級職だ。
職業の序列でいったら魔王に次ぐと言われることもある。
「だからこそガイストの両親はアイツに期待してるし、溺愛して育てた。最大限の英才教育を施し、欲しがるものはなんでも与えた。この街で彼の思い通りにならないものはないわ」
「それであんなに偉そうだったんだ」
「この街でガイストに逆らうことは死を意味するわ。だから君も余計なことはしないことね。この街で予選が開催される以上、その気になれば予選参加の取り消しだってできる。逆らっていいことなんて何もないわ」
「神聖な武神祭の予選で不正なんて……」
「気持ちはわかるわ。でも抑えなさい。あんなやつ無視しとけばいいのよ」
「でもアイギスは魔道具をアイツらに取られて……」
魔道具は人が魔力を使うのを補佐してくれる。
魔道具もなしに魔法を操ることは、相当の天才でなければできないんだ。
あの「剣聖」と「魔王」でさえ戦いには魔道具を使っていたくらいだからね。
簡単な魔法ならともかく、戦闘で使用するような高度な魔法は、魔道具がなければほとんど不可能と言っていい。
魔道具なしでは武神祭の予選に勝つことは難しい。
それどころか、出場すらさせてもらえないかもしれなかった。
「ほら、着いたわよ」
アイギスに連れられてきたのは、とある工房だった。
街の中心からも外れているため、周囲に人もほとんどいない。
「ここってもしかして」
「そ。私の家よ。工房も兼ねてるけどね。じゃあ中に入って」
やけに頑丈な扉を開けて中に入る。
工房らしくいろいろな道具や材料が雑多に積み重ねられていたけど、部屋の中央にあるひとつの魔道具に目が吸い寄せられた。
思わず駆け寄ってそれを見る。
見たことのないタイプのそれは、明らかに手作りだった。
「もしかして、アイギスが作ったの!?」
「まあね。難解な魔道工学を自力で勉強しながらだから3年かかったけど、ようやく形になってきたわ」
「魔道具の製作は10年以上修行をした職人でさえやっとなのに……。それを学生がたったの3年で作るなんて……」
「せっかく学園にいるんだもの。剣技以外の知識を得るのも悪くないでしょう。もちろん本職には遠く及ばないけどね。今は剣型の魔道具なんて誰も作りたがらないし、無理に頼んで適当なものを作られるくらいなら、自分で自分用にカスタマイズした方が実力を発揮できるでしょ」
「だからって、魔導回路まで全部自作するなんて……。完全に自分用のカスタマイズ。そうか、だからあんな自在に自分の技を出せたんだ」
「不格好なのはわかってるわ。そこまでして武神祭に出たいなんて、必死すぎるのもわかってる。流石に幻滅したでしょう」
「ううん、そんなことない!」
僕は本気でそう叫んだ。
「感動したよ! 剣が本当に好きでなきゃここまではできない。アイギスも僕と同じで、剣が本当に好きなんだね!」
「……まったく、君も大概よね。でもありがと。君ならそう言ってくれるって思ってたわ。それで、もしよかったらでいいんだけど……。実は練習相手がいなくて、この魔道具はまだ一度も使ったことがないのよ。だから……」
「もちろんだよ!」
最後までいう前に答える。
「僕もアイギスと戦ってみたいって思ってたんだ!」
アイギスがやわらかく微笑んだ。
「本当に君はまっすぐよね。うらやましいくらいだわ。じゃあ明日またここに来てくれるかしら。それまでにこの魔道具を使えるよう調整しておくから。もしよかったら、君の魔道具も明日調整してあげるわよ」
わかった、楽しみにしてるねと言うと、アイギスもうれしそうにうなずいた。
剣で戦うだけの約束なのにこんなに嬉しそうな表情をするなんて。
じっと見つめる僕を、アイギスが不思議そうに見つめ返してきた。
「どうしたの?」
「僕、アイギスが好きだ」
「………………えっ?」
「それじゃあまた明日ね!」
「えっ、ちょ、ちょっと、今のどういう意味よ!?」
◇
次の日、寮の自室で僕は朝早くから支度をしていた。
アイギスとの練習が楽しみすぎて、普段よりもかなり早く起きてしまったんだ。
あの熟達した剣技は、それだけ修行してきた証だ。
剣を合わせれば相手のことがわかる。
込める力。フェイントや呼吸に相手の思考がそのまま現れるし、鍛え抜かれた筋肉や体はそのままその人の歴史だ。
武神祭は10年に一度。
だからこそ、その日に向けてみんな必死に努力する。
アイギスもその1人であることは間違いなかった。
磨き抜かれた剣技に、自作の魔道具。
もうすぐ始まる予選のために、相当長い年月準備をしてきたんだろう。
その思いを想像するだけで、僕は胸が高鳴るのを感じていた。
夢を追いかけて努力する人って、すごいカッコいいよね。
僕は、うん。やっぱりアイギスのことが好きみたいだ。
足取りも軽く街の中を進む。
まだ朝早くだったにもかかわらず、なぜだかすれ違う人が多い。
やけに急いでいる人もいた。
「どうしたんですか」
一人に声をかける。
その直後、遠くから爆発音が響いた。
その方角を僕は驚いて見つめる。
それは、ちょうど今から向かおうとしていた場所だった。
「火事だよ火事! この先の工房が燃えてるんだ! 工房には大量の魔石や燃料がある。早く消さないと大変なことに──おい坊主、どこに行くんだ! そっちは危険だぞ!!」
工房が真っ赤な炎に包まれていた。
凄まじい火の勢いで近づくこともできない。
魔道具の作成には、魔力の塊である魔石を使う。
もしもそれに引火したら、上級魔法に匹敵する爆発が起こるだろう。
だからこそアイギスも火には細心の注意を払っていたはずだ。
やがて工房の中から一際大きな光が放たれ、巨大な爆発が起こった。
膨らみすぎた風船のように、堅牢な建物が内側から破裂する。
宙を舞う瓦礫と共に、手作りの魔道具の破片が僕らの周囲に飛び散ってきた。
一人の女の子が、砕け散った魔道具の破片を手にとり、その場でうずくまった。
「どうして……どうしてこんなことをするの……」
弱々しい声が響く。
浮かんだ涙が次々と落ちていった。
「私は、ただ、剣を振るだけでよかった。いつかは誰かと共に剣の高みを目指せたら。それだけが望みだったの。そのためなら嫌なやつにだって頭も下げた。どんなにバカにされても我慢できた。ずっとその日を夢見てきた。君がきて、やっとその夢が叶うと思ったのに!」
魔道具を作るのに3年かかった。
予選がはじまるまで、あと3日。
「戦って負けるなら納得もできた。なのに、こんなのって……ひどいよ……」
すすり泣く小さな声が、燃え盛る火の音にかき消されていく。
握り締めた僕の手から血がにじむ。
来た道を振り返ると、全速力で駆け出した。
◇
「なんだ貴様は。ここが市長様の屋敷だとわかっているのか」
「お前みたいな子供が遊びに来る場所じゃない。怪我しないうちにさっさと帰るんだな」
「黙って」
左右の手を一度ずつ振る。
それだけで二人の門番が倒れた。
門を開けようとしたら鍵がかかっていたので、そのまま押し開けた。
鍵が音を立ててちぎれ飛ぶ。
「何事だ!?」
「敵の襲撃か!?」
館の中にいた警備兵たちが一斉に詰め寄ってくる。
5、6……全部で10人か。
この程度なら問題無い。
剣型魔道具を手にすると、一息に振り抜いた。
「ぐあっ!」
「がっ!?」
ただの一振りが十の剣閃になる。
10人の警備兵が一度に倒れた。
「この強さ……ただ者じゃないな。貴様、何が目的だ……」
「ガイストはどこだ」
「坊ちゃんの命が目的か……だが……」
「うちの警備兵が瞬殺とは。「村人」のくせに少しはできるようだな」
いつの間にいたのか、ガイストの声が奥から聞こえてきた。
僕は即座に地面を蹴る。
振り下ろした剣型魔道具は、さらに現れたガイストの警備兵たちの捨身の防御によって防がれた。
次々と倒されていく警備兵たちに目を向けることもなく、ガイストは余裕の笑みを浮かべている。
「挨拶もなくいきなり攻撃とは。これだから庶民は野蛮で嫌いなんだ」
「なんでアイギスの工房を襲ったんだ! あそこにあの子の魔道具があることは知ってたんだろう! あれにどれだけの想いが込められていたか、知ってたんだろう!!」
「おいおい、なんのことだよ。あいつの工房が燃えたなんて聞いたこともなかったが」
「僕はまだ燃えたなんて一言も言ってないぞ」
「お、そうだったか。まあなんとなくそんな気がしたんだよ。深い理由はないさ」
「魔石は普通の火で燃えたりはしない。誰かが暴走させたりしなきゃあんな風に爆発したりしないんだ。相応の魔力と知識をもち、わざわざアイギスの工房を狙う相手なんて、お前しかいないだろう!」
「勝手に決め付けているようだが、そこまでいうからには証拠があるんだろうな」
ニヤニヤとした笑みで僕を見下してくる。
こいつは……ダメだ。
何を言っても響かない。人の心がわからないんだ。
「何を言っても聞くつもりがないなら、話じゃなく戦いで決着をつけよう。お前も魔道具を持つのなら、戦士の1人なんだろう」
「庶民ごときが調子に乗るなよ。なぜ貴様ごときが俺様に命令してる。頭を下げて慈悲を乞う立場だろうが。だが戦いで決着をつけるというのは悪くない。俺様に逆らっただけじゃなく、館にまで汚い足で上がり込んだんだ。タダで済ませるつもりなどなかったからな」
「どうするつもり」
「お前は予選に出るんだろう。一回戦で俺様と当たるようにしてやる。こいつは戦いなんかじゃない。数万人の観客の前での公開処刑だ」
「いいよ。お前が負けたらアイギスに謝ってもらうからな」
「いいだろう。ギルドも返してやるし、望みの魔道具だってくれてやる。ただし、お前が負けたらその魔道具をもらおう」
「僕の魔道具を?」
「見たところそいつはかなり高度な魔力炉を搭載している。なぜ剣型なんていう時代遅れのものに搭載してるのか理解できないが、俺様がもっと有効活用してやろう」
この魔道具は父さんの形見だ。
それを手放すことはできない。
だけど。
「いいよ」
僕はその申し出を了承した。
「けど一つだけ条件がある」
「お前に条件をつける権利なんてないが、一応話だけは聞いてやろう。庶民のわがままを聞いてやるのも貴族の務めだからな」
「試合の形式は本戦と同じ「決闘」ルールにしてほしい」
ガイストの顔つきが強張った。
「なんだと……」
本戦と同じルール。
それはつまり「どちらかが死亡するまで終わらない」形式。
生徒同士の模擬戦なんかじゃない。
己の命を賭けた真剣勝負だ。
「お前……意味がわかってるのか……?」
「もちろん」
うなずいて答える。
「この魔道具は父さんの形見で、僕にとって命と同じくらい大切なものだ。これを賭けるというのなら、君にも命を賭けてもらう」
「はっ、バカバカしい。なんで貴様の命と俺様の命が同じ価値だと思ってるんだ。たかが「村人」ごときと、上級職である「アークウィザード」の俺様。お前の命10人分があっても釣り合わねえよ」
「怖いの?」
ガイストの表情が一変した。
「……貴様、今なんて言った?」
「負けるのが怖いから逃げるんでしょ。勝てばなんの問題もないのに」
「調子に乗るなよ。いいか、これは親切心から言ってやってるんだ。村人がアークウィザードに勝てるわけがない。アリと象の戦いを予想するようなもの。戦えば死ぬのは確実に貴様だ。それとも、そんなに死にたいのか?」
「僕だって負けるつもりはない」
「……ちっ、バカが。いいだろう。そんなに死にたいなら殺してやるよ。貴様との試合は「決闘」ルールとする。それでいいんだな」
「そっちこそ約束忘れないでよ」
そう言い含めると、壊れた扉を抜けて館を後にした。
◇
「坊ちゃん、よろしいのですか」
心配になった警備兵がガイストに尋ねる。
「決闘ルールは文字通りどちらかが死ぬまで終わりません。一度始まってしまえば私どもにも止められませんが……」
ガイストは吐き捨てるように答える。
「心配なんかいらねえよ。俺様を誰だと思ってる。才能にあぐらをかいて修行もしないような雑魚とは違う。上級職であるアークウィザードを極めてるんだぞ。スキルひとつ持たない村人ごときに負けるわけねえ」
その言葉は自分に言い聞かせるようでもあった。
「確かに村人にしては多少鍛えているようだが、それだけだ。あいつが戦っている時も、魔力はまったく感じられなかった。村人というのは本当だろう。それに、この街は俺様のもの。なんでも思い通りになる」
そう言って、口の端を歪ませるように笑みを浮かべた。
「そうだ。負けるわけがねえ。こっちには切り札だってあるんだ。この街で俺様に逆らったらどうなるか、思い知らせてやるよ」
◇
「君、ガイストと「決闘」をすることにしたって本当なの!?」
どうやら僕がガイストの屋敷に乗り込んだことはすでに噂になっているみたいで、アイギスが僕のところにまでやってきた。
「うん、本当だよ」
「どうしてそんなことをしたのよ!」
「どうしてって……」
「命を賭けた戦いだなんてバカげてる! 君がそんなことをする必要ないじゃない!」
「だって、許せなかったんだ。あいつはアイギスの思いを踏みにじったから」
「私のため……?」
アイギスが驚いたように僕を見つめ、それからすぐに首を振った。
「だからって、命を賭ける必要なんてないじゃない。アークウィザードは全ての魔法を操れる。対する村人は何もない。魔法を防ぐ方法は魔法しかないのよ!」
それはまあ、その通りだ。
僕はなんのスキルも使えないし、魔法も使えない。
村人という職業は、戦わずに世界に貢献しろという、神様からのメッセージなんだ。
「でも僕は、行かなくちゃいけないんだ」
「どうしてよ。どうして男ってそこまで命を賭けたがるの……」
アイギスが立ち尽くしたまま俯く。
「僕は、母さんに会いたいんだ」
「お母さんに?」
「父さんが死んだとき、母さんはどこかに消えてしまった。母さんは強い父さんが好きだっただけで、「村人」の僕には興味がなかったから」
「そんなこと……」
ない、と安易な気休めを言わないところがアイギスのいいところだと思う。
その気持ちが嬉しくて僕は少しだけ微笑んだ。
「僕がこの剣を持って武神祭決勝に出場すれば、母さんも必ず出場する。あの人はそういう人だから」
「でも武神祭のルールは……」
「うん、そうだね。決勝で母さんに会えば、殺し合うことになると思う」
アイギスは絶句したまま何も言えなかった。
「そうなったとき僕がどうしたいのか、会ってどうするつもりなのか、まだ自分でもわからない。それでも「自分の思う道を行け」って父さんも言ってくれたから」
「そんなの……」
悲しすぎると、そう言いたいのかもしれない。
「優勝を狙う以上、命を賭ける覚悟はできてる。だけど、もしそうじゃなかったとしても、この戦いを避けるわけにはいかなかった。人の夢を平然と踏みにじる奴を僕は許せない。それを見過ごすような奴に、この剣を持つ資格はないんだ」
◇
武神祭予選一回戦は、学園内にある訓練用の闘技場で行われることになった。
観客席はすでに大勢の生徒で埋め尽くされている。
だけど、僕がステージに現れると、喧騒はむしろ静まり、一種異様な静けさが広がった。
これから始まるのは本戦と同じ「決闘」ルール。
どちらかが死ぬまで終わらないデスマッチだ。
人の死を見に来るという非日常的な興奮と、死に対する畏れが混ざった独特の雰囲気になっていた。
「逃げずによくきたな」
反対側の入り口からガイストが現れる。
手には身長の半分ほどもある大きさの杖型魔道具を持っていた。
魔道具の大きさは魔力炉の大きさでもある。
大きな魔道具は、それだけ強力な力を持っているということだ。
実際、ガイストの魔力炉は光り輝き、濃密な魔力で覆われていた。
すでに十分練り上げてきたみたいだ。
「そっちこそよく逃げずにきたね」
僕もまた、背負っていた剣型魔道具を構える。
僕の身長を超える大型の魔道具だ。
その魔力炉は、未だなんの光も灯していない。
「魔力を持たない「村人」には不釣り合いの魔道具だな。俺様が有効活用してやるからありがたく思え」
「勝敗は戦ってみるまではわからないよ」
「本気で言ってるのか。なんの力もない村人が、アークウィザードを極めた俺様に勝てると、本気で思っているのか?」
ガイストの言葉に、観客席からも嘲笑が聞こえはじめる。
「たかが「村人」がガイスト様に挑むとか、愚かすぎるだろ」
「しかも決闘ルール。そんなに死にたいのかね」
「ガイスト様の魔力はここからでも感じられるのに、あの「村人」の魔力はまったく感じられないぞ」
「剣型なんて野蛮な魔道具を使ってるくらいだからな」
ガイストが余裕の笑みを浮かべる。
「予選はまだ始まってない。逃げるならこれが最後のチャンスだぞ。意地張って決闘なんて言ったけどやっぱり怖いので僕の負けにしてください、というのであれば許してやるが」
「僕は武神祭優勝を目指してる。今更死ぬのが怖いなんて言わないよ」
「そうか。じゃあ望み通り殺してやる」
ガイストの言葉と共に、観客席の最前列に位置取った魔法使いたちが一斉に魔法の詠唱を始める。
やがて僕らと観客席を隔てる結界が作られた。
本戦会場の観客席には、戦いの余波から守るための結界が張られる。
観客を気にしなくても全力を出せるようにするためであるし、観客が安心して戦いを見られるようにするためでもある。
予選で結界が張られることはないんだけど、今回は特別みたいだ。
「貴様のために俺様がわざわざ手配してやったんだ。ありがたく思うんだな」
「全力を出せるためだよね。わざわざありがとう」
「くくく。ああ、その通りさ。俺様に感謝することだな」
やがて予選開始の時間となった。
始まりを示す鐘の音と共に、僕らは魔道具を天に向けて構える。
天上におわす神々に。僕らを見守る武神に向けて。
「聞きたまえ。汝の子の祈りを。叶えたまえ。愛する子の請願を」
「我ら命尽きるまで戦うことをここに誓う」
空の上の遥か向こう、神が住む天上に誓う。
「「<誓約>」」
誓いの言葉が神に届き、天から奇跡がもたらされる。
頭上から舞い降りた光のカーテンが僕たちを取り囲んだ。
これは契約の証。
神の恩寵により、どちらかが死ぬまで解かれることのない絶対の結界が形成された。
これでもう逃げられない。
相手の息の根を止めるまで。
「死ねやオラぁ!」
いきなりガイストが巨大な火球を放ってきた。
上級火炎魔法「ブレイズ」。
無詠唱で放てる魔法じゃない。
事前に魔力炉に込めた魔力で準備してあったんだろう。
火球は僕に直撃し、巨大な爆炎となった。
観客席の一部からは悲鳴も上がった。
ガイストの哄笑が響き渡る。
「直撃ぃ! 油断してぼーっと立ってるからだよ! 決闘は生きるか死ぬか。卑怯なんて言葉はない。殺した奴が勝ちなんだよ!」
「それはその通りだね」
「なに!?」
剣型魔道具を振り払うと、膨れ上がっていた爆炎が一瞬で霧散した。
僕は自分の体を見下ろしてダメージを確かめる。
うん、どこも怪我してない。特に問題ないね。
無傷の僕を見てガイストは一瞬驚いたけど、すぐに不敵な笑みに変わった。
「村人ごときが俺様の魔法を受けて無傷なんてあり得ない。その魔道具、やはり「剣聖」のものだろう」
会場中がざわめきだす。
「剣聖の魔道具? 行方不明になったって聞いたけど……」
「それをどうしてあいつが持ってるんだ」
「くくく。確かにどうして「村人」の貴様が持っているのか不思議だった。だが、ひとつ思い出したことがある。世界最強の血を引いた世界最弱の息子がいるってな」
「……」
「まったく、神様は残酷なくらいに平等だよな。世界最強の血を引きながら、こんな雑魚を生み出すんだからな。剣聖と魔王もガッカリしただろう。まさか自分たちの子供がなんの能力もない「村人」だなんて思わなかっただろうからな」
神様は平等だ。
誰にでもチャンスを与える。
何の才能もない平凡な貴族夫婦の間に上級職の子供が生まれることもあれば、「剣聖」と「魔王」の子供という将来を約束された血統から「村人」が生まれることもある。
10年前の伝説となった戦いの後、「魔王」と呼ばれた女魔法使いの姿はどこにもいなくなった。
僕は当時のことを思い出す。
微笑みを浮かべて事切れた父親。
冷ややかな目で見下ろす母親。
どちらも強く目に焼き付いている。
そうして、お前は強いと言ってくれた父の言葉も。
「母さんの相手になる人はもうどこにもいない。でも、世界一の剣豪が再び現れれば、必ず現れる。あの人はそういう人だから。だから、僕はこの剣で世界一にならなくちゃいけないんだ。父さんの意思を受け継いだ僕の剣で」
「さすが「剣聖」の魔道具だけあって、あの程度の魔法は無効化されるようだな。魔力のないお前でも俺様に勝てると思ったのは、そいつが理由だろう。その魔道具さえあれば、村人の自分でも俺様の魔法が効かないと思ったわけだ。だが相手が悪かったな。この俺様にはそれだけじゃ勝てねえよ!」
ガイストが杖を天に掲げる。
観客席から大量の魔力がガイストへと流れ込み始めた。
この街はすべて彼の思い通りになる。
結界を張った魔法使いも彼の仲間だったんだ。
膨れ上がった魔力は一流魔道士数人分の力。
闘技場を包むほどに肥大化し、それが杖の魔力炉へと凝縮される。
闘技場の半分ほどの大きさにもなる巨大な火球が現れた。
「一流魔導士10人分の魔力に、俺様の魔力も上乗せした超特大魔法だ! こいつならあの魔王だって殺せる。しょせんは負けた「剣聖」の魔道具ごとき問題にもならねえよ!」
ガイストが高笑しながら杖を振り下した。
「くたばりな! 特級合成火炎魔法「メイガスフレア」!!」
火球が地面で炸裂し、巨大な爆発を引き起こす!
爆炎は強固な闘技場の床を溶解させ、空を焦がすほどの炎の柱を生み出した。
結界で守られていた観客席に被害はなかったけど、恐怖で逃げ出そうとした観客が一部でパニックを起こしていた。
「ふははははは! これじゃあ剣聖の魔道具も壊れちまったかもなあ? せっかく手に入れようと思ったのに、まったく、俺様の才能が怖すぎるぜ」
悲鳴と爆音が混じり合う中で、ガイストの声が響き渡る。
やがて炎が消え、煙が晴れた。
何もかもが破壊され、原型を留めているものは何もなかった。
ただひとつを除いて。
「……この程度で「魔王」を倒す? 冗談言わないでよ」
「バカな! 貴様、なんで生きてる!?」
「母さんの魔法は、光弾ひとつで街ひとつを壊滅させるほどの威力を持っていた」
「そ、それがどうしたっていうんだ! 俺様でも本気を出せばそれくらいできるに決まってるだろ! 街を壊すわけにはいかないから手加減してやっただけだ!」
「その光弾を、母さんは無詠唱で同時に100個生み出せた」
「なっ……」
ガイストが絶句する。
「父さんは一度剣を振るだけで100個の光弾を全て切り落とすことができた。それでさえ、二人にとっては準備運動だった。本気になった二人は国ひとつ滅ぼすような攻撃を1000個同時に放ったりしていた。本気を出せば街ひとつくらい簡単に壊せる? 本気を出してその程度じゃ、魔王にも剣聖にもかすり傷ひとつ与えられないよ」
「て、適当なことを……!」
「僕はそんな二人に憧れたんだ。僕にはなんの才能もないし、体にも恵まれていない。だから人の十倍、百倍、千倍努力した」
僕の体から魔力が溢れはじめる。
それを見たガイストがうろたえ始めた。
「なんだ、これは……。この闘技場が、いや、それどころか、この街ひとつが丸々あいつの魔力に包まれてやがる……」
青い顔のまま震える声でつぶやく。
「剣聖の魔道具じゃなかったのか……。俺様の魔法が、10人分の特級合成魔法が、ただあいつが解放した魔力に触れただけでかき消されていたんだ……! 村人のくせに、なんでそんなに莫大な魔力が放てる! いったいどんなズルをしやがったんだ!!」
「魔力は誰にでもあるよ。「職業」はスキルや魔法といった形でその使い方を教えてくれるだけ。みんなそれを忘れてるだけなんだ」
「だからってそんな莫大な魔力があるはずないだろう!」
「そうだね。僕の魔力は人よりも少ない。だから、父さんに剣を託された10年前から、ずっと魔力を蓄え続けてきた。僕の体の中に、10年間、ずっと」
「ずっと……? まさか、貴様から魔力をまったく感じなかったのは……」
「魔力を溜め込み続けていたからだよ。寝てる時も、起きてる時も、戦っている時も、常に貯め続けていたんだ」
小さな一滴の水も、貯め続ければ大きな湖になる。
少しづつ貯め続けた僕の魔力は、いつしか父さんの魔道具でも入りきらないほどの量になっていた。
「バカをいうな! 魔力とはエネルギー。火や水や雷の元となるものだぞ。いってしまえば無属性の魔法だ。電気を溜めるために電気を自分の体に流すようなものだろうが! しかもこれだけの量を自分の体に流し続けるなんて、正気の沙汰じゃない。一歩間違えば死ぬぞ!」
「僕みたいな凡人が二人に追いつくには、それくらいしなきゃいけないんだ」
神様は平等だ。
職業という才能がなくても、僕らは皆同じ魂を持って生まれてくる。
職業は力の使い方を教えてくれるだけ。
力の元となる魔力は誰にでもあるんだ。
あるいは、父さんと母さんの力を、少しくらいは僕も受け継いでいたのかも。
「職業」とは、神様がその人にとって一番適した魔力の使い方を教えてくれるものだ。
高い魔力を持って生まれた人が「アークウィザード」となるように。
だけど、もしも高すぎる魔力を持って生まれた人がいたとしたら。
人類最強と言われた「剣聖」と「魔王」ですら扱いきれない魔力を持っていたとしたら。
天上には神々の住まう国がある。
武神だけじゃない。
鍛冶神、豊穣神など、様々な神がいて、ひとつの国を作っているという。
だったらいるはずだ。
神の国にも『村人』が──
僕は僕の中に意識を集中する。
魂に溜め続けた力を引き出す。
「魔力1割解放」
ドン!!!!
封印していた魔力の一部を解放する。
それだけで空間が音を立てて割れた。
「バカな……こんな、こんなことが……」
ガイストが真っ青になって震えていた。
「ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな! アークウィザードの俺様が村人ごときに負けるわけないはずだろ!!」
観客席の結界が消えて、ガイストの周りに展開された。
「そんな攻撃、この七重結界で──」
言葉の途中で、結界が瞬時に溶けて消えた。
濃密な魔力を前に形を維持することすらできなかった。
「無駄だよ。その程度の魔力じゃ相手にもならない」
「くそっ! お前ら、さっさと俺の盾になれよ! 中級職なんて俺の盾になるくらいしか価値がないんだから、せめて俺のために死んで役に立ちやがれ!」
ガイストの声に反応する取り巻きはいない。
結界が消えたことで観客たちは完全にパニックとなり、我先に出口へと殺到していた。
結界を張った魔法使いたちですら、とっくにガイストを見捨てて逃げ出していた。
僕らを見ている人は、もう誰もいない。
街全体を包んでいた膨大な魔力が、ふっと消えた。
父さんの魔道具が真っ赤な光を放つ。
剣聖と魔王、人類最強の2人の血を引いた僕が10年間練り上げ続けた魔力を使ってようやく起動する。
それは、たった一人で世界を滅ぼせるとも言われた「剣聖」の究極奥義。
「決闘をするときは、必ず全力を出すと決めているんだ。それが相手への礼儀だと思うから」
「……ふざ、ふざけるな! こんなのやってられるか!」
ガイストが背中を向けて逃げ出した。
けど、僕らを包む光のカーテンに阻まれてしまう。
「くそっ! 出せ! 出せよ! 出してくれよ! なんで出られないんだよぉ!!」
「やめろ、やめろやめろ! 近づくんじゃねえ!」
振り返ったガイストの顔は涙でぐちゃぐちゃに汚れていた。
「おお俺様に手を出してみろ、パパとママが黙っていないんだからな……!!」
「……もう黙っててくれないかな。君は嫌なやつだったけど、戦士だと思っていた。でも今の君は、この場に相応しくないよ」
「だって、お前がそんなに強いなんて思わなかったんだ! もう俺の負けでいいから、許して……」
懇願するガイストに、僕はゆっくりと首を振る。
「できないよ。どちらかが死ぬまで続くのが「決闘」だ。神に誓った以上、僕らにそれを破ることはできない」
ガイストがヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「いやだ……死にたくない……死にたくないよぉ……」
「せめて苦しくないよう、一撃で終わらせてあげる」
掲げた剣から一際赤い光が放たれる。
「唸れ。《星斬り》」
世界を滅ぼす剣聖の奥義が、ガイストの体を両断した。
市長の息子が敗れたことで予選は中止になった。
こんな野蛮な大会なんて初めから反対だったんだ! と市長夫婦は言っていたらしい。
だけど。
武神祭は神に武を奉納する神聖な儀式だ。
その影響力は強く、武神祭優勝者を出した国は強力な神の恩寵が与えられる。
名門校を有するとはいえ、たかが市長ごときが中止にできるほど簡単な大会じゃない。
予選を中止にすると言った次の日、市長夫婦は謎の失踪を遂げ、中央王都からやってきた代わりの人物が市長に就任した。
その新市長から、何故か僕が直々に呼び出されていた。
「うーん、いったいなにかなあ」
たかが一生徒が市長から呼び出されるなんてそうそうあることじゃない。
怒られるようなことは何もしてないと思うんだけど。
ちなみにガイストは病院で眠っている。
父さんの究極奥義《星斬り》は万物を切る。
それはあらゆる物質を切り、魔力を切り、概念さえも両断してしまう。
あの時僕はガイストの体を通して、その先にある命という概念を両断したんだ。
いわば仮死状態にした。
死んでいるけど、死んではいない。
彼に生きようという意志があれば、いつか目を覚ますはずだ。
母さんとの戦いの時、父さんはいっていた。
この剣は大切な人を守るためにあると。
家族を愛していた父さんが、母さんを殺すわけがない。
たぶんあのとき、同じことを狙っていたんだと思う。
父さんは成功しなかったけど……僕が必ずこの奥義を完成させる。
今はまだ本来の性能の1割も引き出せていないけど……。
だからもっともっと修行しないといけないんだけど。
まさか、予選で「決闘」ルールを強行したから資格剥奪、とかないよね?
とはいえ他に僕を呼び出す理由なんて思いつかないし……
うう……ルール違反で予選失格になったらどうしよう……
重い足取りで寮を出ると、寮の入り口に一人の女の子が待っていた。
僕を見つけると駆け足で近寄ってくる。
「おはよう。聞いたわよ。君、新市長に呼び出されたんだってね」
「よく知ってるね」
「そりゃあ学校中……どころか街中で噂になってるもの」
「……そりゃそうだよねえ。なんで僕だけ呼び出されたんだろう。何も悪いことしてないと思うけど」
落ち込んでいると、アイギスが驚いたように僕を見つめた。
「本当にわからないの?」
「わかるわけないよ……。というか、アイギスはわかるの?」
「ふふ。もちろん、私にもわからないわ。大活躍の君が何を言われるのか楽しみね」
……これは絶対知ってるよね。
言わないってことは、とりあえず悪いことじゃなさそうだけど。
なぜか楽しそうにしてるのが逆に不安だな……
「ところで、アイギスは僕を待ってたんだよね? 何か用かな?」
「君は街にきたばかりでまだ道もよく知らないでしょ? だから新市長のところまで道案内してあげようと思って」
「それはうれしいけど、急にどうして?」
たずねると、アイギスは顔を赤くして目を逸らした。
「どうして、って……先に告白してきたのは君じゃない……」
「……?」
告白ってなんのことだろう。
なにかしたっけ。
「と、とにかく! 街を案内してあげるって言ってるの!! ……嫌、かな?」
そう言って、心配そうに僕を見る。
余計なお世話と思ったのかもしれない。
だから僕は明るく答えた。
「実は僕もちょっと道は不安だったんだ。だから案内してくれるとうれしいな」
うつむいていたアイギスの顔が、ぱああっと笑みに変わった。
「よかったぁ」
その表情に思わずドキッとしてしまう。
剣を振っているときとは別の魅力をもった笑顔だった。
「ついでに、街についても色々と案内してあげるわね。美味しいお店とか、楽しい場所とか、いっぱいあるんだから。それじゃあ行きましょ、リリム!」
そう言って僕の手をつかむと、引っ張るようにして駆け出していった。
その後新市長から言われた提案が武神祭全体を、そして複数の国を巻き込む大事件へと発展するんだけど。
それはまた次の話にしようかな。