放課後
既に日も落ち、イーストストリートは多くの人で溢れかえっていた。
そこにいるほとんどの人が剣や斧など、得物を持った冒険者だった。
エインが酒場に着くと店の中は騒がしくなっていた。
扉を開けて中に入ると店の中のテーブルはすべて埋まった状態になっていた。
「エイン君お帰りなさい。いきなりで悪いんだけど、店を手伝ってくれない?人が少ないときに限って冒険者が集中しちゃってね。」
ミレーネは、大量の皿の乗ったお盆を持って動き回りながらエインに言う。
「わかりました。荷物置いてくるので少し待っていてください。」
席の埋まっているテーブルの横を抜けていき、エインはすぐに自分の部屋に行くと荷物を置いてすぐに戻った。
「これを持って客の注文を聞いてそれを厨房へ教えてちょうだい。」
それだけ言うとミレーネさんはさっさと注文を取りに行ってしまった。
店の中にはミレーネさんのほかにもう一人いたが、その人も店の中を右往左往していた。
「兄ちゃんこっち来てくれー」
さっそく注文の声が上がった。
「わかりましたー!」
エインを含め三人の店員が店の中を駆け回るがそれでも手一杯なことに変わりはなかった。
「ハルちゃんこれ三番テーブルにお願い。」
「わかりました~」
ハルと呼ばれた店員がおぼんに乗った料理とビールを運んでいく。
遠目から見ても女子一人で運ぶには量が多すぎる気がしたが、何とか運び終えると空いた席の食器を空いたおぼんに乗せ、厨房へ運んでいこうとする。
「姉ちゃんビールもう一杯頼む。」
通りかかったハルはいきなりジョッキを向けられ、それを避けようとして体勢を崩す。
「きゃっっ!」
それと同時にお盆に乗せてあった物が滑り落ちてしまった。
その中には飲みかけのビールが入ったジョッキがあり、中身がハルにかかってしまった。
一部始終を見ていた客は濡れたせいで体のラインがはっきり見えてしまっているハルにくぎ付けになっていた。
そんな視線を感じ、顔を赤くするハルは急いで落とした皿やジョッキを拾おうとする。
「ここは僕がやっておくので、ハルさんは早くシャワーでも浴びに行ってください。」
すかさずエインが手伝いに入る。
「でも、これは私の仕事だから……」
「仕事も大事ですけど、ビールを被ったままでいるのはあまりよろしくないんじゃないですか?それに恥ずかしいんでしょ?」
改めて自分の体を見たハルは更に顔を赤くする。
「あ、ありがとう。新人さん」
ハルはそれだけ言うと店の奥に向かって行った。
新人ではないんだけど……と思いつつ、店の奥に行くハルをエインは見送った。
ハルが抜けたことによりミレーネとエインの負荷が大きくなり、次第に注文のペースに追い付かなくなってきた。
「繁盛してるのはありがたいんだけど、ここまで忙しいとかえって厄介だね。」
すれ違いざまにエインに話しかけてくるミレーネさん
「同感です。ミレさんは大丈夫ですか?」
「私の心配をしてくれるのかい?そんなことよりこの修羅場を切り抜けることが先決だよ。」
離れたテーブルに座っている客から「ミレさーん」と呼ばれ、休む暇もなく仕事は続いていく。
途中から着替えをしてきたハルが加わり、店の閉店までやむことのない注文の嵐を捌き切った。
「ふー、やっと終わったよ。今日はありがとね、エイン君。それとハルもご苦労様。」
客がいなくなった店内でミレーネは、やり切ったという顔をしてカウンターに立っていた。
「いえいえ、泊めてもらっているんですからこれくらいはしますよ。」
「なんで今日に限って冒険者さんがたくさん来るんですかね~。いつもなら今日の半分以下なのに……」
客がいなくなったテーブルに座って、突っ伏しながら愚痴を垂らすのはハルだ。
「しょうがないさ。ギルドが出した大規模クエストを終えてきた連中が今日帰ってきたんだから。」
「それを知っていたら今日にシフトなんて入れてませんでしたよ。……そういえば改めて、あの時はありがとね、新人君。」
ハルは体を起こしてエインを見ると、笑顔でお礼を言う。
「申し訳ないですが僕は新人じゃなくてここに泊めてもらっている学生のエイン・クロイルです。」
「えっ‼そうだったの⁉ミレさんに頼まれてたからてっきり新人さんかと……」
エインが新人ではないとわかるとがっかりした様子でもう一度テーブルに伏せてしまった。
「ハルには紹介していなかったね。昨日からここに住むことになったエイン君だ。新人さんじゃなくて残念だったね。」
ミレーネはハルをからかうような笑みを浮かべていた。
「むぅーー、私にも早く後輩が欲しいです。」
「ミレさんこの人は?」
「この子はこの酒場のアルバイトの一人だよ。ほかにも何人かいるから、いずれ会う機会があるかもしれないね。」
「そういえばミレさん、よく接客もやったことのない子に接客を任せましたね。」
「できるかなーと思って言ってみたら本当にできたから私だって驚いてるよ。エイン君さ、学園卒業したらここで働かない?」
冗談半分、本気半分といった感じでエインを店員として誘うミレーネ。
「いきなり勧誘ですかミレさん⁉ていうか学園の生徒ってのは王国騎士目指してる人ばかりなんですよ。そんなこと言っちゃあ……」
「僕は目指してないですよ。」
「「えっっ?」」
エインの回答に二人は目を丸くする。
「そんなに驚くことですか?」
「そりゃそうだよ。私の息子だって「王国騎士になるんだ」って言って学園に入学したんだから。」
「そう言えば、ミレさんの息子さんってあの『光帝』ですよね。凄いですよね~学園で一番って言われてるんだから。」
「あ、そうだエイン君。レオンには会えたかい?」
「ああ、会えたので言っておきましたよ。というか名前を教えておいてくださいよ。親善試合で手合わせしなかったら会えなかったと思いますよ。」
「そういえば、忘れてたよ。『光帝』って言ってたから名前くらい知ってると思ってたよ。」
「ミレさんって時々抜けてますよね~」
「何か言ったかい?」
ミレさんは笑顔でハルさんの顔を見る。
「い、いいえ何でもないです。ははははは……」
乾いた笑い声が店内に響いた。
店を閉めた後、ミレーネが作ってくれた夕ご飯を食べてエインは自分の部屋に戻った。
(どうだった、『光帝』は?)
(次は正々堂々戦いたいと思っているよ。)
(さすがにあれは予想外だったよ。なんで煙玉なんて使ったんだい?)
(だってあれくらい対応できると思っていたから……)
(ゆっとくけど、対応できるのはゴルドーたちくらいだと思うぞ。あんなの普通は生徒同士の戦いに持ち込まない。)
(あの時はほんとに助かったよ。)
(私が言ってなかったら今頃どうなっていたことやら……)
エインが『光帝』と話しているときにフォルトゥをエインに試合の結果はエインが負けたことにするようにと言っていたのだ。
それを聞いて、少し疑問に思ったエインだったが、フォルトゥが言ったことだったので、『光帝』にあのようなことを持ち掛けたのだ。
(できるならもう少し前に言ってほしかったんだけどね。)
(それは天界の法に反するからできないんだよ。エインも知っているだろう。)
(わかって言ってるんだよ。それじゃあ、今日はもう寝るよ。)
(ああ、お休み。)
エインは床につくとすぐに寝てしまった。
終焉の先の物語~The demise story~を読んでいただきありがとうございます。ブックマークしていただけるとありがたいです。




