リュウガ宅にて
フォティアが目覚める6時間ほど前。
リュウガとコトミが住んでいる家の地下。
動きを追えたのはただ一人、コトミだけだった。
納刀から抜刀し、フォティアの意識を刈り取るまでに1秒もかからなかった。
まさに神速。
「相手に届かなければ意味がない」
地面に倒れ伏し、もう聞こえていないフォティアに言葉を投げかける。
「夏休み前の俺だったら、確実に負けていた。強かったよ」
リュウガがフォティアの強さを認めたと同時に刀が砕け散る。
砕けた刃の一部は溶けだしていた。
「ありがとう、一文字」
刀身が砕け散った一文字の柄を強く握りしめる。
「ギリギリだったね~魔力操作訓練しといてよかったでしょ?」
「訓練してなかったら、数秒ともたなかった」
まだ熱を帯びている柄だけになった得物を強く握る。
「こんなバケモノじみた人たちと戦わないといけないのか……」
二人の闘いを静観していた汗だくのフーリアは実力の差を見せつけられ、消沈する。
「フーリアも十分強くなっているよ。多分だけど、二人が異常なだけで君が正常~」
「異常とは心外だ。それよりも、早くフォティアを治療しないと」
「そうだね。彼は私が上まで運ぶから二人は頑張って登ってね?」
コトミが倒れているフォティアを抱きかかえ、音もなく跳躍する。
「リュウガは僕があそこまで強くなれると思う?」
「正直分からない。彼は異常なまでに成長していた。俺や師匠と訓練を積んだお前以上に」
リュウガからすれば、あまり戦闘向きでない思考のフーリアがここまで強くなったことに驚いているくらいだ。
「うわさに聞く『神』とやらの力を借りることができれば到達できるかもしれない」
「僕個人の力じゃやっぱり……」
第三者の力を借りることを前提とされたことに落ち込むフーリア。
「あくまでも可能性の話だ。まだ一カ月しか訓練してないんだ。はやるな」
落ち込むフーリアの肩を叩き、リュウガは落ちてきた床もとい、今は天井に向けて跳ぶ。
「地道に頑張るしか、ない……僕は天才じゃないんだから」
三人が消えた天井を見上げ風を纏う。
落ちないようにゆっくりと上昇していく。
時は進み、目を覚ましたフォティアは軽食を摂っていた。
「うまいですね。この『おにぎり』」
「そうだろう?軽食としては持って来いのしろものさ」
リュウガは既に就寝しており、コトミが腹をすかせたフォティアのために用意したのがおにぎりだった。
「それにしても、リュウガとあそこまでやり合えるなんて、すごいね!」
「ありがとうございます。でも、エインと戦っていた時よりも余裕があったように感じました」
「へ~エイン君の事知ってるんだ」
「クラスメイトですからね」
学園の生活やこの国のことについておにぎりを食べながら雑談する。
コトミはここに10年以上住んでいるが、情勢については疎く、フォティアの話に驚いてばかりだった。
本当にこの国に住んでいるのだろうか?と心配になるくらいには知らないことが多かった。
「コトミさんはどんな仕事してるんですか?極東出身の商人ってわけでもないですよね?」
「ん~なんていえばいいんだろうね?一番近しいのは冒険者だけど、ギルドには所属してないし……」
「フリーの冒険者みたいな感じですか?」
「それが一番近いかも」
相当な実力者であるはずなのに名前を知らなかったのはそう言うことだったのか。
用意してくれたおにぎりを食べ終え、コトミさんにお礼を伝える。
「お粗末様。今日は夜も遅いし、うちに泊まっていきな」
「いいんですか?」
「構わないよ。私とリュウガしかいないせいで使ってない部屋がいくつもあるからね」
これ以上厄介になるのは気が引けるが、コトミさんの厚意を無碍にしたくない。
「わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます」
「甘えられるときは素直に甘えるのがいいのさ!案内するからついてきて」
俺は立ち上がり、コトミさんに付いて行く。
部屋を出た先は廊下になっており、部屋がいくつか連なっていた。
「この部屋を使って。ちょっと物置化してるけど、スペースは十分あるはずだよ」
襖を開けると大きい木箱が3つあった。
「布団を持ってくるから中に入って待ってて」
コトミさんに言われるがまま、中に入る。
床は畳になっており、木箱が置かれているところは木の板になっていた。
中にも襖があり、そこを開けるとタンスになっていた。
リュウガが持っていたような刀が数本とそれよりも短い刀が3本。
刀身と持ち手しかない武器が十数本あった。
「これは全部極東の武器なのか?」
刀身と持ち手のみの武器を手に取り、眺める。
剣に比べればとても軽く、小回りの利く武器であることがすぐにわかった。
「お布団持ってきたよ……もしかして、クナイに興味ある?」
「これクナイって言うんですか?」
「リュウガのような剣士とは戦い方の系統が違う人が使う武器だよ」
「戦い方の系統?」
コトミさん曰く、極東では忍者と呼ばれているらしい。
剣士が真っ向から戦うのに対して、忍者は作戦を練って、罠を張り、相手と相対することなく戦う。
「陰湿な奴らってことさ。忍者はね」
ぶっきらぼうな物言いになるコトミ。
「陰湿かどうかわかりませんが、相手と同じ土俵に立たないようにして戦うのは正当な戦い方じゃないですか?」
「そうかも、しれないね」
思ってもみない返答に歯切れの悪い返事になってしまう。
「今日はもう遅いし、早く寝なさい。はいこれ、寝間着」
「ありがとうございます」
寝間着を渡したコトミはすぐに部屋から出ていった。
忍者について聞こうと思ったが、流石に疲れがたまっていたので素直に寝間着に着替え、寝ることにした。
翌日、シャワーを浴びさせてもらい、朝食までもらって学園へ登校することになった。
「まさか、一緒に登校することになるとは思わなかったよ」
「俺もだ。誰かと一緒に学園に行くというのも悪くない」
リュウガの家が面している通りを学園の方向に歩いて行く。
ちょうどみんなが動き始める時間帯であり、食事をしながら談笑している声や元気に家の中で走り回っている子供たちの声が聞こえてくる。
「この時間帯は来たことなかったけど、意外と賑わってるんだね」
「あまり気にしたこと無かったな。寮住まいじゃ、こういった声も聴かないか」
「そうだね」
住宅が林立している通りを抜け、学園の門までやってくる。
既に数名の生徒が寮から登校している様子が見える。
「おい。あれ、リュウガとフォティアじゃないか?代表の」
「え?ホントじゃん!何で二人一緒にいるんだ?」
「フォティアって確か、親が蒸発したとか……」
二人が一緒にいる姿を見て校門の前がざわつく。
多くの生徒に視線を向けられながら、二人は校門をくぐり、各々の教室へ向かう。
教室に入ると、なぜ一緒にいたのかとクラスメイトから質問され、特訓をしていたとだけ言って内容については触れなかった。
一部女子の間で特訓ってもしかして、なんて噂が流れたが彼らは知る由もなかった。




