闇
「僕の意見は、定期的に地域の清掃をするボランティアが一番だと思います。また、生徒会以外でも有志を募れば参加してくれる人もたくさん居ると思います。地域活性化として、近隣住民とコミュニケーションをとれるし、ひいては文化祭などでも協力してくださる人が増えるのではないでしょうか。日多輝高校がさらに飛躍するためには、地域の皆さんの協力も仰がねばならないと考えています。そのために地道な活動を定期的に行うべきだと考えています」
生徒会唯一の男子生徒、二年の金田博人は会議の冒頭から論文の様な意見を発した。議題は毎年この時期に学校を挙げて行うボランティアだが、よいアイデアが一向に浮かぶ気配がない。何故なら
「私は、その意見に賛成です。でも定期的となると、有志は集まりにくいのではないでしょうか。むしろ報酬が望める事柄でなければ、参加する人数は限られると思います。それに一部の学生が頑張ったところで、他の生徒はどうなりますか? 置いてけぼりにするのは、生徒会としてあるまじきことだと思います」
二年の坂田みずき。気が強く、牛田よりも生徒会長らしい。だが、自身の意見は出さず、他の意見の問題点ばかりを挙げてくる。打開策は人任せだ。おかげで何をするにも足止めがかかる。慎重に協議を進めるには重要な存在だが、全ての問題が解決しない限り実行に移れない。
「えっと…じゃあ、定期的に清掃活動をすることは決定として、どうすれば生徒が一体になれると思う?」
白熱する会議に水を差すように、牛田は砕けた言葉を使う。
書記の河野果歩は忙しそうにノートパソコンのキーボードを叩いている。発言された内容を要約しながら記録するため発言が困難な立ち位置だ。
「坂田が言ったように、何か報酬を与えるというのが有効な手立てだと思います」
「それではボランティアになりません。報酬目当てに争いが起こればどう責任を取るのでしょうか。そもそも報酬はどこから出すつもり?」
ああいえばこういう。典型的な揚げ足取りだ。数秒前に報酬が無ければいけない、と発言したにも関わらず、新たに批判を出す。
「…報酬は学校やボランティア先からでなく、生徒会の予算から出せば万事解決です。また金銭ではなく、図書カードなどの使い道が限定されたものにすればいいのではないでしょうか」
「そんなの予算通らないよ~…元々学費としてみんなから貰ってるものなのに、参加する人だけに配るだなんて使い方は良くない…」
「そうです。それに図書カードで漫画やいかがわい雑誌を購入すればどうするんですか? 学校の品位が落ちてしまいます」
「じゃあ! どうすればいいと思ってるんですか⁉」
金田が怒るのも無理はない。真尋は触らぬ神に祟り無し、と坂田の矛盾する言葉に触れようとはしなかった。
「怒らないで…花瀬ちゃーん、どうしよう」
だいぶ前からしょうもない会話についていけてない真尋は、ただ『部活の手伝い』と書かれた紙を凝視していた。
もう少し考えてくれば良かった。これほどまでに進みの悪い会議だと想像もしてなかった。
「その…どうしてもボランティアはやらないといけないのでしょうか?」
「毎年やってることって資料にも書いてあるでしょう? 外部との交流を持つことで、開かれた学校を作るのが生徒会の理念なの。花瀬さんは何か良いアイデアを考えてきたのですか?」
坂田は資料を丸め、机を叩く。自ら停滞させている会議に不満を隠す様子もない。穏やかでない態度は、会議に初めて参加する真尋を締め出しているようにもとれる。
机上の空論が白熱して繰り返される中、的外れな意見を出すのは億劫であった。
「…いえ。すみません」
「そうですか」
坂田は呆れたようにため息をつき、真尋を視界から外した。
真尋は一年として意見を出すべきだったと後悔した。オブザーバーとして参加しようものなら生徒会のお荷物になってしまう。
「それじゃあ、他のボランティアについて話そうか。去年は、近くの飲食店の広報をしたね。ウェルカムボードとメニュー表を一から手作りして。その結果、一部の飲食店さんが文化祭で出店してくれたりしてるし、今年は別の飲食店さんにアピールしてみようか」
それは押し売りではないのだろうか。店にはそれぞれコンセプトがあるはずだし、メニュー表だってこだわりを持つ人も多い。
それを一介の高校生が作ったから飾れ、文化祭にも出てくれ、だなんて、おかしい。
一部の飲食店が参加した、と言う事はその他の店は機嫌を損ねている可能性だってある。
「そうしますか。去年と同じでも、また新たな視点が生まれるかもしれませんからね。また美術部にお願いしましょうか」
「…待ってください。聞きたいことがあって…。去年ウェルカムボードなどを作られた店舗には事前に承諾を得ていたのでしょうか。あと、文化祭に出店したのはどれくらいの割合でしたか? 場合によっては、高校の評価を落としてしまいかねません」
真尋の言葉は震えていた。
「そうね。去年は和食の店と、イタリアン、お弁当屋さん、焼き鳥店とタコ焼き屋さんにアプローチしてる。その中で、和食のお店は断られてるね。四店舗製作して、焼き鳥店とタコ焼き屋さんが文化祭に出店してくれてるよ。多分出店してくれたのは、持ち運びができるからっていう理由じゃないかしら」
河野が過去の議事録と記録をパソコンで確認してくれている様だ。
助け舟を出してくれることは非常にありがたい。
「確かそうでしたね。でもそれが何故高校の評価を落とすのですか?」
「えっと…飲食店さんによっては、こだわりを持って経営されている人がほとんどのはずです。去年断られた和食屋さんもそうだと思います。プロの方に装飾とかを任せた方が売上だって伸びるかもしれないです。そういった知識のない私たちが介入して売り上げを落とせば、それこそ責任問題になります。まずは、去年作らせてもらった店舗が今もそのメニュー表を使っているのか、有難迷惑になっていないか確認してからやるといいと思います」
会議室が静まり返る。この一瞬の空気は喉を掻き切りたくなる程に追い込まれそうになる。
「本当だね。そういう看板を作る仕事だってあるし、もしかしたらその仕事を奪ったうえで売り上げも落としてる可能性だってあるんだよね。これは見直す必要性があると思う。みんなはどう?」
牛田先輩が言葉を紡いでくれた。真尋は安堵し、意見を聞く態勢を整えた。
「花瀬さんの言う通りだと思います。学校の事ばかりを気にして、店のその後を考えられていなかった、というのはだめだと思います」
冷静になった金田先輩は、俯きながら真尋の意見に賛同した。
「そうですね。ですが、その店の売上比較表を見せろ、というのも失礼に当たります。他にやれるべきことは…やはり地域清掃なのではないでしょうか」
酒田の意見で結局振出しに戻る。
真尋は机に手を叩きつけ、注目を集めた。
「あの、どうして学校の外ばかり考えるのでしょうか。外面を良くしたところで内側がボロボロになっていませんか? 開かれた素晴らしい学校を作るには、まず生徒が満足する必要があります。生徒に目を向けてください…!」
「うん…そうだよね。でも、廊下に生徒会への目安箱を置いているのって知ってるかな? 各階に置いてあるんだけど、意見は全く来ないんだよね。無理やり意見を出させたとしても、良い回答はないし、難しいところだね」
ただ目安箱を設置した。でも意見はない。そんなの当り前だろう。外にしか目を向けない生徒会に期待できる事柄が無ければ誰も頼ろうとは思わない。
「じゃあ、私の個人的な意見で失礼します。私は、休みの期間などを利用して、部活動の発表の場を多くするべきだと思います。もちろん外部からもお客さんを呼んで。内側から盛り上げることで、学校の強みを出していければいいのではないでしょうか」
『部活動の手伝い』をいい様にアレンジしたが、我ながら出来た案だと思った。
「部活動はそれぞれ発表の場は設けています。運動部は他校との交流試合も多く、文化部に関しては日にちを指定してくだされば校内で公演や展示ができるようになってます。規模によっては外部のお客様も呼べるようになっていますが、どうお考えですか? また、それがどうボランティアに繋がるのでしょうか」
坂田は現在の部活動における待遇となにが違うのか、と改めて意見を述べた。
真尋は押し黙ることしかできず、会議は平行線の一途を辿り続けた。
真尋が苦戦している中、視聴覚室では演劇部が似たような会議を大人数で行っていた。
「やっぱり美女と野獣やめて、お姫様大乱闘とかにしない? 女子の人数多いし、一人の王子様を奪い合うみたいな」
「昼ドラみたいなのは良くないんじゃない?」
「じゃあ王子様やめて、お姫様がそれぞれ独り立ちしていくお話は? 赤ずきんちゃんが森の奥で眠り姫に会うとか。んでイヤリング落としたお嬢さんが熊を引き連れてきて、赤ずきんを待ってたおばあさんオオカミと鉢合わせして困っちゃって…」
「それ絶対にグダるわ。てかお嬢さんってお姫様だっけ?」
「童謡の人でしょ。熊としゃべれるすごい人。…ある意味お姫様じゃない?」
「かもね。お姫様集合は面白いかも。麻乃亜はどう思う?」
「んー、いいと思うよ。…そうしたら何着ドレス用意すればいいかな? 脚本を作らないと衣装制作できないよ」
不意に回ってきた問いに、今まで聞き役に回っていた麻乃亜は衣装制作に論点をずらした。
「それはしなくていいでしょ。発表っつったって部内の事だし、本番夏休み合宿っしょ? 文化祭でも劇やるって先輩言ってたし、何もこれを作りこまなくたってさぁ…ドレスもワンピースで代用できるし」
一組の加々野朝喜はどことなく気怠そうに足を組んでいる。眉を剃り、茶髪にパーマをあて、指定以外の黒靴下を履いている。校則を堂々と破る強者だ。
「どうしてそうなるの? 入部した人数が多いから、一年だけで何か作るって課題が貰えたんだよ? もしかしてせっかく貰ったチャンスを適当に終わらせるつもりなの?」
声が発言するたびに低くなる。
「別に適当でもいいでしょ。それより先生達早く来いや。真面目ちゃんと一緒とかダルすぎる」
スマホ片手にわざとらしいため息をついた。遠回しに麻乃亜を馬鹿にしながら。
「じゃあもう参加しないで。邪魔だから」
麻乃亜はストレートに朝喜を邪険にした。
「はあ? チビのくせに調子乗んなよ」
「調子乗ってるのは加々野さんでしょ? みんな真面目にやってるの。邪魔しないで」
「みんなって…主語大きくすんじゃねぇよ。ふざけんな。いつからてめえは部活の代表になってんだよ」
「…っそれは、加々野さんが」
「ストーーーップ! 喧嘩しない! 私はどんな役でもやる。グダってもいいから脚本は早く書こう。衣装は二組で考える。以上!」
ヒートアップ寸前で一音が激昂した。立ち上がった際に倒れた椅子の音と怒声は部屋全体に冷水をかけたように静まり返らせた。
一音はすぐに椅子を立て直し、咳ばらいをした。
「んで、登場人物はどうするの。それだけでも決める。朱里は何がいい?」
冷静を装っているが、まだ怒気を含んだ声をしている。
「じゃあ…赤ずきんかな」
「おけ。結花は?」
「えっと、シンデレラ」
「ん。加々野は」
「なんでもいい」
「分かった。考えとくわ。何になっても文句なしな」
「文句なしって…子供かよ。うざ」
舌打ちも一音には聞こえないのか、既に目線は隣へ移っていた。
「次、麻乃亜」
「ベル…かな」
淡々と配役を決めていく。部員全ての役が決まるまで五分もかからなかった。
決断を差し迫る姿は、どこか鬼神の様なオーラを纏っていた。
「みんな~お疲れ様。お菓子買ってきたけど食べる~?」
空気を読まず緩い笑顔で三橋先生が戸を開けた。
静寂の隙間を抉じ開け、新鮮な空気が吹き抜ける。
歓迎したのは今まで立場のなかった男子四人だけであった。
「…なんか手伝うことありそうかな?」
三橋は飄々とした足取りで一音の元に向かい、声を掛けた。足音は重い空気に似合わず、軽快に響く。
その言動に違和感を覚えた麻乃亜は三橋を警戒の目で睨んだ。
「もう配役は決まりました。あとは脚本と衣装だけです」
どこか棘を持った一音の言葉に三橋は肩をすくめ粗方状況を理解したかのように細かく頷いた。
「あーあ、高村が子供のせいでせんせー困ってる。ねぇせんせー? 私にもお菓子ちょーだい」
加々野は頬杖をつき、先ほどまでとは考えられない猫なで声を出した。席に座ったままこっちに来いと言わんばかりに右手を差し出す。
「加々野さん、あまり場を乱すのは良くないよ。ほれ、どれがいい?」
三橋は加々野の望み通り席までわざわざ足を運び、お菓子のバラエティパックをいくつか机に出した。ただし、チーズや柿の種、煎餅といった酒のつまみにできそうなものばかりだ。宙に浮いたままの加々野の右手はやるせなく机に倒れこむ。
「何これ? せんせーって結構おっさん臭いんだ」
嘲るように笑う。常に人を見下すような態度は折り紙付きだ。
「ん? 好きじゃないかな。こういうの。加々野さんって大人っぽいし。俺は煎餅好きだよ」
悪びれもせず、偏見を押し付ける。にこにことした表情から悪意は読み取れない。
「…じゃあ、チーズ煎餅貰う」
懐柔されたように煎餅に手を伸ばした。
「どぞー。みんなも取りに来て」
スーパーの大袋の中にはそれ以外にもチョコレートやクッキーが入っていた。むしろ、おつまみの割合は一割にも満ちていない。
加々野は部員がクッキー等をを食べる中、一人煎餅をぼりぼりと齧っていた。
この人はきっと見ていた。いつ頃からは分からないが、確実に。
麻乃亜は心の奥で笑った。
先生が本当に天然であればそれも面白い。
周りを『子供』と見下す加々野には『大人』の好きな物が与えられる。
随分と皮肉が効いているように感じられる。
解釈は人それぞれ、と真っ赤ないちごジャムがのったクッキーを齧った。