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MOB  作者: マキナ
6/11

気付き

「あー楽しかった。先生意外と面白いじゃん。表情あまり変わんないけど、それもいいよね」

 昼食の時間になり、自由に行動を始めた。

一音たちは席が近いこともあり、麻乃亜が真尋の机に移動するだけでグループが完成した。

「本当だね。昨日の先生は何だったんだろう。すごい変わりようだよね。先輩の言った通りヒステリーでも起こしてたのかな?」

真尋は少しずるをして、三橋先生に教えてもらった近道のコンビニで昼食を購入した。

驚くことに、生徒会メンバーはその近道を利用していた。

さらに驚くことに、牛田が生徒会長を担っていることが明かされた。

そして、字野先生の変化を目の当たりにした。

入学二日目だからこそ、知らないことが多くて当たり前だ。

真尋は第一印象がこれほど役に立たないものなのだ、と俯いた。

「今日はびっくりすることばかりだよ…はぁ」

 パンを一口かじり、ため息をつく。

「真尋はコンビニなんだね。てっきりお弁当派かと思ってた」

 かくいう一音は立派な二段弁当を出し、美味しそうに食べている。

「私は家が遠いから、あまりお弁当を作る時間が取れないのよね。親に負担をかけるのも嫌だし、コンビニで済ますことにしてる。ん、麻乃亜ちゃんもお弁当か」

「うん。これね…朝作ってきたんだ。小芋さんは昨日の残りだけど」

 麻乃亜は得意げに微笑む。そのお弁当は意外にも煮物や卵焼きなどの、純和風な素材が詰め込まれていた。

「何それ…裁縫も料理もできるとか最強の嫁じゃん。結婚しよ」

「一音は楽したいだけじゃない? 洗濯と掃除ができるなら麻乃亜ちゃんをあげてもいい」

 真剣な眼差しを遮るように真尋の鉄槌が下される。

「ふはっ…何目線なの真尋は。でも掃除とかあんまりやらないな…。洗濯も親任せだし。手伝うのもなんかはずいからな。兄貴に馬鹿にされる」

「それを乗り越えるのよ! 高校生になったんだから、挑戦してみたら?」

 真尋は他人事ながら、芯のある笑顔を見せた。

「うん! 私も料理とか洗濯なら教えられるよ」

「洗濯なんて機械回すだけでしょ? 料理は…教えてもらいたいかも」

「洗濯は馬鹿にしちゃだめだよ。生地によっては洗濯機が使えないのもあるし、ネットを使うものもある。絹は絶対に洗濯しちゃだめ。ファスナーとかホックがあるものとレース生地は絶対に一緒にしちゃだめ。干し方もアイロンがけも畳み方も気を付けるところはたくさんあって…」

 麻乃亜の服に対する扱いに熱が籠り始める。頬を上気させ、獅子のようにあれこれと付け足していく。その必死さは聴衆が口を挟めたものじゃない。一通り言い終わるまで誰も止められなかった。

「…麻乃亜ちゃんの両親は服飾デザイナーなんだよね? 通りで詳しいわけだ」

「ゴメン…必死になりすぎちゃった。気持ち悪いよね…」

 冷静になると、今度はみるみる顔色が悪くなっていく。

「どこが? 全然いいでしょ。寧ろ麻乃亜の本性が知れて良かったよ。麻乃亜が作ってくれた服ならなんでも着れそう」

「そうだよ。こんなに服が好きな子に作ってもらえるって幸せだよね。一音が羨ましい」

 一音に服を作る、と教室で宣言したからには、一音が満足できるものを作らなくては。

「一音ちゃんの次は、真尋ちゃんにも作るね。…本当に友達になってくれてありがとう」

 受け入れてくれる子がいるだけでも嬉しいのに、さらに作品を心待ちにしてくれている。

 麻乃亜を肯定してくれる声はやけに心地よく、自然と笑顔が溢れた。

「本当⁉ めっちゃ嬉しい。こちらこそ友達になってくれてありがとう」

 一音はご飯を口に運び、嬉しそうな表情でうなずいている。

 胸がきゅうと締め付けられる。暖かな二人に囲まれて、爆発しそうな喜びを抑えつけているからだ。

今日のお弁当はいつもより美味しい。

「そうだ! 忘れるとこだったわ。はい、生徒手帳。メモ欄に私の家の電話番号書いといた」

 食べ終わると同時に一音が真尋の生徒手帳を取り出した。ついでに、と言わんばかりにメモ欄を開いて渡す。

「それこそ使わないでしょ。まぁいいけど」

 真尋は笑いながら生徒手帳を受け取り、一音の生徒手帳を返却した。

「なんで二人は生徒手帳交換しちゃったの?」

 麻乃亜は真剣に首を傾げた。

「あー、と、生徒手帳の写真を見せ合いっこしててね。ほら、私の吃驚するほどブスだよ」

 麻乃亜の目の前で真尋から受け取った写真をを見せつける。

「あらら…ちょっと怖いね」

「麻乃亜は正直すぎて安心するよ…」

「ハートが良い味出してる」

「…はーと?」

 一音は改めて自身の写真を見直した。

 一音の首の下に真っ赤なビビットカラーで一つ目が描かれたハート形シールが貼付されていた。

「真尋…?」

 ゆっくりと真尋に振り返る。

「落書きしていいって言ったじゃん。それにシールだし剥がせるよ。私のに家電書いてるんだから…いいでしょ?お互い様」

 ふい、と明後日の方向を向いた。

 一音が笑うと、つられて真尋も笑いそれを見て麻乃亜も笑顔になった。

「麻乃亜の写真は? 絶対可愛いでしょ」

「んと…まぁいっか」

 麻乃亜は少しためらいながら、生徒手帳を開示した。

 それを見た二人はすぐに異変に気付いた。

「あれ? 髪の毛…」

「もしかして、今染めてるの?」

 写真には瞳の色と同じ髪色の麻乃亜が写っている。

「うん。校則に髪の毛は染めないようにってあるでしょ? 私なんかがいたら目を付けられちゃうから、黒に染めてるの。矛盾しちゃうけど、校長先生から許可は貰ってるんだよ」

「そんなの…おかしいよ」

 

 キーンコーンカーンコーン…


 真尋が何かを言おうとしたところで、昼休み終了のチャイムが響いた。

 各クラスの先生の先導により、新入生が体育館へ集められる。

 紅白の装飾は取り外されているものの、椅子などの小物類はそのままの状態だった。

 入学式と同じ順番で長椅子に腰かけ、教員、サポートスタッフの紹介が始まった。

「えー皆さん、ご入学おめでとうございます。校長の牧野です。この学校は規律を守り、文武両道を目指す場所であって欲しいと願っています。そのために学業面は素晴らしい先生方に集まってもらっています。それでは、順に紹介させていただきます」

 壇上に立つ先生方の中に見知った人もちらほらいる。

 真尋は端の方に立つ三橋先生を見つけ、心を躍らせた。

 相変わらずジャージ姿だが、姿勢がいいのかスーツの先生が並ぶ中でも見劣りしない。特別なフィルターでもかけているのか、と思うほどだ。入学式で見たスーツも似合っていたが、やはりジャージ姿がしっくりくる。

 今日は寝ぐせはないみたいね。

 真尋は他の教員の紹介を聞き流し、三橋先生の紹介を心待ちにしていた。

「それでは、次に保健体育、女子担当の小園 美穂子先生」

「はい。保健体育女子クラスを担当します、小園と申します。女子の皆さんよろしくお願いします。弓道部の顧問もしておりますので、気になる方は、次の時間グラウンドまで来てください」

 軽い衝撃が走った。

 そりゃそうか。高校だから男女共同で体育はやらないのね。

つまり、三橋先生の授業を私は受けることができない…のか。

「同じく、保健体育、男子担当の三橋有基先生です」

「よろしくお願いしまーす。教員歴二年の三橋です。一組の副担任やってます! あと演劇部の指導もやってたりします。不慣れなことは多々あると思いますが、静かに見守ってください。特に一組、絶対だからな」

 調子が良く、壁の無さそうな言葉だ。

 しかし真尋にとっては組別の壁が大きく、遠い存在へと変化していった。

 一組の方から男女それぞれ茶化す声が聞こえる。

「うぇーい」「またダンスしてー」「ツイッターアカウント教えろー」

「静かにっつったろ! 話聞かねー子ばっかだな」

 一組の方向を見てケラケラと笑う三橋の姿が、ほんの少し真尋の顔をゆがめさせた。

 ただ、入学式の日に案内してもらっただけ。それが特別な思い出になった。何故か目で追ってしまった。なんで一組なんだろう。なんで私は二組に振り分けられたんだろう。

 真尋は心の奥から溢れ出す感情を、嫉妬心であると理解した。それらに目隠しをして、精一杯の笑顔で拍手をした。

「それでは次、教員ではありませんが、これから皆さんの学校生活を支えてくださる事務員の方々です」

「こんにちは、本田です」

「吉川です」

「下村です」

「島長です」

 紅一点、いや、白一点というべきだろうか。保護者と同じの年代頃の女性の中に一人、三十代前後の男性が立っていた。島長というらしい。事務員の紹介はそれほど重要ではないのか、すぐに壇から降りてしまった。

 真尋はあの漫画とピザパンの持ち主であると勝手に断定し、これまた勝手に作った心の傷を癒していた。


「これで、教員の紹介を終わります。それでは各担任の先生、誘導をお願いいたします」


「真尋ーっ 字野の紹介聞いた⁉ あのお腹全部酒だよ。道理でデカいわけだ」

 一音が前方から話しかけてきた。

「一音…えっと、どんなんだっけ?」

「日本酒マイスターだって。おじさんだよね」

「高村、聴こえてるぞ」

 一音の表情がすごく綺麗に固まった。真後ろにバインダーを持った字野が片眉を上げて一音を見下ろす。

「すんません」

 叩かれると思ったのか、一音は両手を頭の上に置き即座に謝った。

「あながち間違いではないから、どうでもいい。おじさんではないがな。花瀬も話はしっかり聞くように」

 おじさんを否定するのは間違っている、と誰もが思っただろう。

 字野は二組の最後尾に着くと、号令をかけ、教室へ誘導した。


「ほい、それでは貴重品を返却していきます。名前呼ばれたら取りに来るように」

 朝に回収された携帯などが生徒の手に戻って来る。

 麻乃亜の裁縫セットも何事もなく返却された。

「今日はこれで終わりです。次の時間、部活動の紹介が行われますので、興味ある人は参加してください。それでは、さようなら」

 授業の時間はあと五分残っている。字野は巨体を揺らし、堂々と教室を離れた。


「麻乃亜、体験入部の事聞きに行こう! 真尋はどうする?」

「ついて行ってもいいかな? 演劇部見てみたいし」

 三橋先生がいるかもしれないし、と淡い期待を抱き、鞄を肩にかけた。

「おっけ! じゃあ行こう」

 三人は揃って教室を出た。

 何故か他の生徒は教室に残ったままだ。

 やけに静かな廊下が不気味に感じる。

「…あ、そういえばチャイムなってないよね…?」

一階にたどり着いたところで、麻乃亜が気づいた。


キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴ると、上の階がにわかに騒がしくなった。

「…そういう事か。まぁいいんじゃね?」

「今更気にしたって無駄よ! 体育館へゴー!」

フライングした恥ずかしさを振り払うように、三人は競って体育館へ走りだした。


まだ演劇部の部員すら到着していない静かな体育館で、一番前の特等席を陣取る。

「あ、一音ちゃん、今ブレザーのボタン付けようか?」

「やった! 麻乃亜様、お願いします」

 一音はブレザーを脱ぎ、ポケットに入っていた綺麗なボタンを差し出した。

「ボタンの付け方はすごく簡単だよ。それにこのボタンは縫うところが出っ張ってるから、くるくるしなくてもいいの」

 麻乃亜は慣れた手つきで針に糸を通した。

「すぐに取れるのはだめだから、二本取りにするね」

 いとも簡単にボタンが縫い付けられていく。

 五分もしないうちに修復が終わった。

「はい、できたよ。裏側はちょっと結び目見えちゃってるけど、あまり気にしないでね」

「はっや、ありがとう」

 一音は驚いた表情でブレザーを受け取り、着なおした。

「昨日の子だぁあ‼」

 突如体育館内に大きな声がこだました。

 入口に立っていたのはやけに重々しいカーテンを身に纏った柊だった。

 相変わらず素顔が分からない。

「柊先輩、その、ちょっと聞きたいことがあって」

「なになになに? いくらでも聞いて!」

「体験入部とかに切り替えられないかなって…」

 一音が押されつつも、勇気を振り絞り発言した。

「ほお…それは他の部活も見てみたいってことかな? うちとしては大丈夫だよ」

「ありがとうございます」

「入ってくれた方が嬉しいけどなー…。ま、演技見てってよ。絶対楽しいから!」

 あからさまにテンションが落ちていることが分かる。

 柊は舞台へ走り出し、入ってきた部員に指示を出し始めた。何やらマットなどのセットも準備されていく。いつの間にか聴衆も増えて来ていた。

 二時になり、開演のブザーが鳴り響く。

「なんか…すごいね。こんなに人が集まるだなんて」

 真尋が後ろを振り返ると、新入生以外にも先生や先輩が席に座っていた。

「しっ」

 一音が人差し指で話さないで、とジェスチャーした。


「お時間となりましたので、演劇部による発表をいたします。題名は『三回目の毒リンゴ・短縮版』、どうぞお楽しみください」


「あーー暇だなー何か楽しいことは起こらないかなー?」

 上手からゴシックドレスを着た女性が、登壇した。

下手からバク転で男性が登場する。

女性の前でバタンと大袈裟に転げ、助けを求めたが、女性は軽く無視をする。

「そうだ、鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ?」

 転げた男性が鏡役の様だ。

「…目にヒビができたので、よくわかりません。ですが、あなたでないことは確かです」

「ふざけんな。じゃあ一番は誰よ⁉」

「白雪姫なら、私を助けてくれるでしょう。ああ、あの美しい白雪姫なら…」

「白雪姫…許さないわ。私が一番になるのよ! …そうだ。毒リンゴを作って殺してしまおうか…」

 下手から鏡がリンゴを出してきた。

 使用されたのは、本物のリンゴだった。

 それを鏡はむしゃむしゃと齧る。

「たしか、リンゴはそこにあったわよね?」

 鏡は下手に逃げ去り、それを無言で女性は追いかけた。

 舞台転換が始まり、柊が登壇した。

「あああ、鏡め…追いかけていたらばあさんになったわい。白雪姫も亡くなったと聞くし、この顔じゃあ美人ではなくなってしまったな。うむむ」

腰を折り曲げ、しわがれ声で、いかにもおばあさんの様な歩幅で…

さっきまで話していた先輩ではなかった。

話の展開が早すぎるが、これが短縮版であるが故の演出なのだろうか。


「そうじゃ! 若返りのリンゴを食べれば世界一美しくなれるぞ。この青いリンゴは、青春の時間まで戻してくれるのじゃ。えーい」


着用していた黒のマントを舞台袖に投げ、男子用の制服になった。


先ほどのゴシックドレスの女性に変わらないのは甚だ疑問だが、触れられることはなかった。

「鏡さん? 今度こそ、私が一番美しいでしょう?」

「いいえ。もっと美しい人はたくさんおられます」

「どこにいるってのよ?」

「さぁ、見渡してみてください」

「もう! 仕方ないわね。私より美人を探しに行くわよぉー」


柊は大袈裟に舞台から飛び降り、客席をぐるぐると回り始めた。


「これって…選ばれるのかな?」

ワクワクとした小声で一音が呟いた。


「いたぁあああああああ、こいつらだ!」


残念ながら、客席の後方から声が聞こえる。

 部長に手を引かれていたのは

「…三橋先生?」

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