異変
日多輝高等学校のグラウンドでは、部活動への勧誘会が盛大に開催されていた。
真尋、一音、麻乃亜は騒がしく声の響く方向へ足を進めていた。
「私ね、入学式の前に生徒会に入らないかって誘われたんだ。だからそっちに行ってみようかな」
「真尋が生徒会⁉ すごく似合いそう。もう生徒会長でいいよ!」
一音のおだて方は適当だが、真っ直ぐ真尋の背中を押した。
「ありがとう。二人は部活とか興味ない?」
「私は別に…どちらかと言えば体動かす奴がいい!」
「私も特にやりたいことはないかな。運動はちょっと苦手だから、室内で」
「うーん、二人はあまり部活に参加したくないってことだね」
真尋は残念そうに口を尖らせ、生徒会のブースへ足を運んだ。
何故か部活に興味がない一音と麻乃亜も後ろについて来る。
「あ、はーなーせーちゃーーん‼」
牛田先輩はブースの手前でチラシを配布していた。真尋を視界に入れた途端、全身でこちらに手を振った。いくつかの視線が三人を突き刺し、気恥ずかしくなる。
集まった視線は牛田の影響もあるが、三人それぞれが放つ魅力にも引き付けられるものがある。
真尋達は迷いもせずに足早に生徒会ブースへ乗り込んだ。
「うわああ可愛い子が三人も‼ 今年は天国だよ!」
「いや、この二人は付き添いなんです。すみません」
真尋は二人を背後に置き、牛田から遠ざけた。
牛田の勘違いは一瞬で打ち砕かれたが、真尋が来てくれたことには非常に満足している様だ。ワクワクとした無垢な表情が、さらに真尋の生徒会入りへの背中を強く押した。
「じゃあ、うちの生徒会の活動をさらっと説明していくね! まず普段の活動内容は、月初めに一回早朝のあいさつ運動、だいたい毎月半ばくらいに会議。これが基本的な活動ね! あと体育祭、文化祭、卒入学式で有志を集めて委員会を作るんだけど、そこの責任統括みたいなのもやります」
どこか自慢げに説明を続ける。その親しみやすい口調から、三人はまるで先輩と友達のように会話を始めた。
「うわぁ…結構忙しいんですね。どれが一番楽しいですか?」
ここまで生徒会活動が活発だと思っていなかったのか、真尋は感嘆の声を上げた。
「んっとねー、文化祭かな。一番人気なのはね、男装女装コンテスト。優勝したら毎年それなりに良い商品が貰えるんだよ~。去年はなんと、お食事券三万円分! すごいでしょ」
「えっ何それうらやま」
一音が後ろで声を上げる。
「ただーし、悲しいことにその使い道はクラスの打ち上げに使用される暗黙のルールがあるのね。でも楽しいからいいけどね!」
「あー、まぁそうですよね。もし優勝しても…打ち上げってことはあのおっさんも来るんだろうな。いやだぁあ」
一音の正直すぎる叫びは天高く昇った太陽に吸収された。
「もう優勝する気でいるの? 一音ちゃんは気が早いなぁ」
真尋は冷静にツッコミを入れた。
「おっさん? あ、そうかぁ…なんとなく分かったよ。字野先生だったね。あの人はちゃんとしてたらいい先生だけど、ちょっとヒステリックな所があるから気を付けた方がいいよ」
牛田先輩が苦々しそうな顔を隠さず助言した。何も気にしていないような先輩にも嫌われるほど字野先生は要注意人物だったようだ。
「あの、その景品を変えることも出来るのでしょうか?」
麻乃亜がおずおずと質問をする。
「もちろんできるよ。暗黙のルールで決まっちゃってるけど、実は五年前にデジタルカメラだったこともあるの。生徒会で文化祭担当になったら予算内であれば無双できちゃうよ~。他にも美男美女コンもカラオケ大会も模擬店も、ぜーんぶ決められちゃうよ!」
「だってさ真尋‼ うちのクラスの明暗は真尋にかかってる! お願いします!」
「じゃあ…生徒会入ります!」
真尋はかなり前から心は決めていたが、とうとう生徒会ブースで宣言した。
「…いやっふぉーい‼ 花瀬ちゃん! ようこそ日多輝高校生徒会へ」
牛田の喜び方にその場にいる全員の笑みがこぼれた。
喜んでいるのも束の間、牛田はさらに勧誘を続けた。
「ところで、お二人さんはどうかな? どこか興味あったりする?」
「いや、これと言って部活には入ろうとは…」
「部活に入った方が、部活対抗リレーとかで景品がもらえたりしたりしなかったり…」
先ほどより黒い笑顔だが、邪悪な雰囲気は全く感じられない。むしろ子供らしい無邪気な言葉で二人を惑わせていった。
「えっと…先輩のおすすめの部活ってありますか? 私は早起きが苦手で、生徒会には向いてないと思ってて…」
口元を手で覆い隠し遠慮がちに麻乃亜が問いかけた。
「生徒会以外かぁ…二人に一番お勧めしたいのは演劇部かな。もう、並んでるだけで絵になってるじゃん! もちろん表舞台だけじゃなく裏方役とか、台本製作とかの活動もあるし、おすすめかな」
「確かに…麻乃亜なんてお姫様役ぴったりだよ。絶対人気出る。私が保証する」
一音が確信を持って牛田に同意する。
「そうかな…ちょっと見に行こうかな。二人も着いて来てくれる?」
麻乃亜のウルウルとした瞳に二人が引き付けられない訳が無かった。
天然なのか策士かは不明だが、注目を集めるのは得意なようだ。
「私も行くで」
何故か決め顔で関西弁の牛田は、他の生徒会メンバーによって取り押さえられた。
演劇部のブースはやけにカラフルな小物で覆われていた。
赤、青、黄のウィッグや煌びやかな衣装、手作り感溢れる武器に積極的な部員達。
その中でも異彩を放つ風貌の女性がいた。
緑色の髪に、艶やかなメイク。異国の王子様を連想させる衣装。腰にはなぜかおもちゃの日本刀が携えられている。
「演劇部でーす。明日の部活紹介で『三回目の毒リンゴ』を上演します! ぜひ体育館までお越しくださーい」
「チラシ、一枚貰ってもいいですか?」
一音は怖れることなく、その女性に声を掛けた。
「どうぞ! ぜひ見に来てください。明日の二時から三十分やります!」
「演劇部って…週にどれくらい活動するんですか?」
「人によって違います! 演者と大道具、小道具、監督に衣装係。だいたい演者が兼任するけれど、希望によって一つだけの子もいるし、そういう子は少なめかな。基本は毎日声出しと筋トレだね」
「かなり本格的なんですね。筋トレか…できるかな」
麻乃亜は不安そうな表情で首を傾げた。気合の入った部員の熱量は、新入生にとっては高い壁にもなる。
「運動したら、お肌の調子が良くなるよ~。姿勢も良くなるし、声も出る! 良いことずくめだよ」
「声…大きくしたいな」
「筋トレできるのか」
「君は可愛らしいお姫様にピッタリ! 君は王子様かな。体格に恵まれているとどんな役でもこなせるからね。人前でしゃべるのが得意になると、面接とかも楽勝だよ」
「私は王子様じゃないけど…良いかも」
先程まで男みたいと言われて怒っていた人物の発言とは思えない。
「一音ちゃんが王子様をやってくれるなら、私お姫様でも…いいよ? 人前に出るのは苦手だけど、一音ちゃんとなら出来そう」
「麻乃亜…」
天使の愛の矢が一音のハートに突き刺さる。
麻乃亜と一音は顔を見合わせ、同じ答えを出した。
「「入部したいです」」
緑髪の女性の甘言に踊らされた結果だ。
「二人も入部希望⁉ 次世代の王子様とお姫様の誕生だ。私は部長の柊と申します。これからよろしく!」
部長はドラマティックに膝をつき、二人を歓迎した。
さすが、と言える豊かな感情表現に気圧されるが、悪い気分はしない。
入部届に麻乃亜の小さな丸文字と、意外と綺麗な一音の名前が刻まれた。
麻乃亜は自分の意志で、一音は麻乃亜を守るという大義名分を掲げ、共に演劇部へ正式入部した。
その瞬間を見届けた真尋はもう結婚しろや、と心の奥底で愛のある悪態をついていた。
「勢いで入部しちゃったけど、体験入部とかあったのかな? そっちの方が良くない?」
昼下がり、他の新入生より遅れて三人は帰路についた。
一音は自転車を引きながら呟いた。
「そうだよね…なんで聞かなかったんだろう…。調子に乗りすぎちゃった」
後悔しているのか、麻乃亜の声量は小さくなっていく。
「麻乃亜ちゃんっていい意味で泣き虫だよね。すごく母性本能くすぐられるわ。明日もあるし、一緒に聞きに行こうか?」
「さっすが未来の生徒会長様。一緒に行こう! あとついでに連絡先交換してもいい?」
忘れてた、とばかりに三人は鞄からスマートフォンを取り出す。一音は式の最中も電源を切っていなかったのか、すぐに連絡先を提示した。
「…二人とも電源切ってたんだね。真面目だ」
「一応ね。もし見つかったら怖いから。特にあの担任…まだ分からないけど、絶対に危険だよ。隙は見せないようにしなきゃ」
真尋は薄らぼんやりとした字野先生の悪いイメージを、さらに黒く塗りつぶしていった。
「確かに。牛田先輩だっけ? 字野ってヒステリー持ちって言ってたじゃん。捕まったらメンドそうだよねー。それも生徒会の力で何とかできないのかな?」
「それはさすがに無理でしょ。はい、キューアールコードでいい?」
生徒会の力を持ってしても、学校の雇用を変更するだなんて横暴は許されない。人の人生を誰かが決められるとするならば、真尋のように録音機等で着実に証拠を残し、訴えていくのが無難だ。
「ありがとう。えっと真尋は小鳥のアイコンで合ってる?」
「うん、それだよ」
「私は変顔のやつね」
アイコンを確認すると、タコのように口を尖らせた正面顔の一音がドアップで表示された。
「ぶっふふ…一音らしい。分かりやすいね。追加完了!」
真尋は笑いを堪えきれず、ゴメンと呟きながらスタンプを一音に送信した。
「麻乃亜は準備できた?」
「うーんと…どこで追加できるんだっけ?」
「人型にプラスの記号がついてるとこ押せばできるよ」
「本当だ、ありがとう!」
麻乃亜のスマートフォンにコードが表示されると、二人は争うようにカメラを起動させ、連絡先を手に入れた。
「…よし、交換できたね。お腹すいちゃったから、また明日ね!」
「「ばいばーい」」
無事に全員が連絡先を交換し終えると、一音は自転車に乗り颯爽と家路へ着いた。
「じゃあ私たちも帰ろうか。麻乃亜ちゃんは電車?」
「私はバスだよ。真尋ちゃんは?」
「私は電車だ…じゃあ駅でお別れだね」
バスターミナルに入り、麻乃亜と別れる。
これから一時間近く電車に揺られて家まで帰る。
新しく友達が二人も出来た。
真尋は嬉しさのあまり、小さくスキップをしながら定期券販売窓口に並んだ。
「あ、どうしよう。生徒手帳間違ってたんだ」
真尋から不在通知が三件も入っていた。
定期券販売窓口で間違いに気づき慌てて連絡をよこした様だ。
一音は既に自宅の広間で胡坐をかいていた。
真尋からの最終連絡は三十分も前だった。
13:34 不在着信
13:38 不在着信
13:45 『ごめん。生徒手帳間違えて持って帰ったみたい…。もう帰ってるかな? 明日になっちゃうかな…』
13:58 不在着信
14:00 『やっぱり明日でいいや! ごめんね』
一音は持ち帰った資料をすぐさま確認し、真尋の生徒手帳を持ち帰っていたことに改めて気づいた。
と言う事は、真尋は私のあの写真を持って帰ったのか。
14:33 『真尋ガチでゴメン! あの写真でよければいくらでも落書きしてくれ』
14:39 『それはしないw 定期券は明日にするよ。気にしないで』
入学早々やってしまった。生徒手帳を交換してしまったこともそうだが、あの黒歴史に刻まれる写真を撮ってしまったことさえ後悔した。
「ああああああああああああああ…」
「一音何やってんの‼ 早く制服脱いでご飯食べな!」
「お母さん…私もうだめだ…変顔の写真を友達に渡してしまった…」
「そんなのいつもの事でしょうよ。明日もあるんだから、うじうじしないでさっさと脱ぐ!」
母が一音のブレザーを無理やり引っ張った。
同時にプツリ、と嫌な音が聞こえた。
ボタンが一つ、糸を引いてぶら下がっている。
「「あ」」
「…ごめん。もうだめかもね」
「何やってくれんだよおおおおおおおお…」
仲良しグループ
15:32 『高校生活、終了』
15:35 『一音、もしかして生徒手帳の事まだ気にしてる? 大丈夫だよ?』
15:40 『ブレザーのボタンが天に召された。引っ張ったらスルスル取れたわ』
15:48 『何やったのよ…』
15:50 『明日裁縫道具持っていこうか? 私、裁縫好きだから任せてよ!』
15:53 『天使降臨…。ボタン持っていくね。麻乃亜愛してる』