蒼眼の秘密
人間という生き物は太古の昔から、恐怖を忘れて生きているものだ。だから、
自然界から離れ、魔法やその類いのものの一切を禁じて調和を保ってきた。
紀元前よりあらゆる民族に恐怖を植え付けてきた、海の民も例外ではない。
彼らの力を持ってすれば、世界支配、民族統一は容易であったにちがいない。
しかし、彼らは、忽然と歴史の表舞台から消えたのであった。それは、まるで
夜の海のような静けさであった。
「カルボーーーーー!!」
波や、漁夫が船をこぐオールの音を越えて、聞こえてきたのは俺の名前を呼ぶ、いや、叫ぶ声だった。その声はいつも俺が船をだして、沖からほんのすこしばかり離れたところで昼寝をしているときに意図的に聞こえてくる。目を開けると太陽が大きく広がり、その輝きで時刻がだいたいわかった。もう12時は優に越えている。
「仕事の時間か!」
俺はなるべくゆっくりと沖に戻り、機嫌を損ない上手な言い回しを考えていた。祖父の顔が船から見えたとき、もう、取り返しのつかないことになっていると悟った。
「バカヤロー!!!!」
祖父のデューは、俺が沖に上がるなり、俺を殴った。もう感覚がないほどヒリヒリした。
「悪かったよ、じいちゃん」
「悪いと思ってるんなら、今度から船での昼寝をやめるんだな!」
「でも、あそこは誰にも邪魔されずに寝られるんだもん、、」
「また、そんなことを言って、、、」
じいちゃんはすっかりあきれていた。この人の優しい情けなのかもしれない。じいちゃんは、幼い頃に死んだ両親に代わって、俺を育ててくれた人だ。
ぶっきらぼうで、めったに笑わないが、不器用な優しさがあるため、島の人に
慕われていた。俺の友達には、じいちゃんのような漁師になると言い張るやつ
もいた。
とりあえず、俺はじいちゃんなしでは、生きてこられなかったし、感謝しているのは間違いなかった。俺は、言われるがまま、漁具の準備をした。
波が次第に高くなると、漁夫は、明日の朝の漁の話をしていた。しかし、俺が気になっていたのは、そんなことではなかった。薄く泡立つ海の上にわずかに陸が見えた。俺は思わず、声をもらした。俺の鼻先には、あの陸の街の香りが届いたような気がした。
この島の住民は嫌われている、その事を知ったのは、ずいぶん前のことだった。しかもその外部からの嫌悪は明確に、幼少の僕の目に映った。
陸からの商人が我々に尋ねてきたことがあった。たしか、この島に未知の資源が眠っており、島の人間に移住を持ちかけた。しかし、じいちゃんをはじめ、島の住民が頑として断った。その時、その商人はじいちゃんに向かって怒鳴り付けた。
「海の民のくせにーーーー!!!!」
息を荒くした商人は、じいちゃんにそういった。我々のことを確かに海の民と罵倒した。俺は、商人が声をあげたことや、彼の表情に恐怖を感じたわけではない。見に覚えのない差別にさらされていることに恐怖を覚えた。
じいちゃんは、何も言わなかった。ただ、拳を握りしめて、商人の影を見つめていた。俺は、こんなにじいちゃんが小さく見えたのは初めてだった。
「カルボ、変なこと考えてないよな!?」
「なんだよ、急に!何も考えてないよ!!」
「ならいいが、、、」
じいちゃんの声で、遠くに浮遊していた魂が地に戻される感覚があった。
じいちゃんの青色の瞳に映る陸の緑がきれいに反射して見えた。俺は、あの日
からある疑問があった。なぜ、外部の人たちは、俺たち島の人を邪険に扱うのだろうか。俺たち、海の民と関係があるのだろうか。俺はその事をよく昼寝の時に考えていた。村人は、外のことを話がらなかった。さらに、この島の外に出られるのは、限られた人だけであった。その制限がますます外への興味を沸かしていた。外は、雨が横に流れて、波と混じりあっていた。満月すらもおおう雲がのびている。
(今しかない、、、)
ふとそう思った。晴れた日に船を出せばばれてしまうため、外に出ることはできなかった。だから、今しかない脱出の機会はないと思った。そう思うとすぐ足はドアの方へ向かっていた。じいちゃんは奥の部屋にいた。俺はドアをなるべくゆっくりと閉めた。閉めるときに出る、きぃいという音を圧し殺した。
丘を降りる頃には、服は先まで濡れていた。陸に着くまでに死ぬかもしれないという恐怖が襲った、しかし、好奇心がそれを凌駕した。一生、何も知らずにこの島で生き続けるのならば、死んでしまってもいいと思った。じいちゃんの怒った顔が浮かんで、不意に笑ってしまった。初めてじいちゃんに逆らった日だと思った。
船をだしたとき、奇跡的に雲に隠れた満月が顔をだし、海の向こうにうっすらと蒼い色にぼやけた街が見えた。もう、行くしかないと思った。
「クソッ、前が見えない!」
雨は再び強くなり、容赦なく視界をぼやかした。船が海水で傾いているのが、わかった。船酔いをしない俺でも、グラグラと脳みそが痛くなった。その時、ぼやけた視界に大きな波が巻き上がるのが見えた。船は先端から天へとうち上がり、最後に見えたのは、満月の見えない空だった。
波の音も消えて、底広い海の静かさが死を思わせるものだった。その時、蒼い光が火照った。それは、どこからでもない俺の身体から光るものだった。海の底なのにとても心地よくで、まるで俺の居場所がここにあるような気がして、俺は深い眠りについた。