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第2話 月曜日の憂鬱(美鈴視点)

あまりお話が進められずに申し訳ありません。

 来栖川(くるすかわ)社といえば、今や日本でトップクラスのシェアを誇る大手電機メーカーの1つである。

 近年、急激にその頭角を現したかとおもうと、僅か3代で今のポジションを獲得した。


 現社長の来栖川(くるすかわ)玄人(げんと)は、32歳という異例の若さで実父から代表を引き継ぐと、瞬く間にその経営規模を拡大し、今では自動車産業にまで手を伸ばしている。

 その鮮やかな経営手腕は、創業者である彼の祖父に比肩するのではないかと、(まこと)しやかに囁かれている。

 まず相当なやり手と言って間違いないだろう。


 さて、そんな来栖川玄人には、溺愛する一人娘がいる。

 その名は来栖川(くるすかわ)美鈴(みすず)

 容姿端麗で成績優秀、運動は平均。

 まるで漫画の中から飛び出してきたかのような、ある意味で理想の令嬢である。

 可愛い女の子の運動能力が高いことが異性へのアピールポイントになるかというと、なかなかに意見が割れる難しい問題だ。

 無理やりに思想統制しようとするならば、きっと第4次世界大戦なんかが勃発して、世界が核の海に飲み込まれてしまう。

 世の中には、『か弱い女の子を俺が守ってあげたい!』とか身勝手に宣う輩も多いのだ。

 とはいえ、美鈴に関しては、異性ウケを特に意識したわけではなく、ある趣味のせいでこうならざるを得なかったというだけだ。

 その趣味の話は、ひとまず置いておくとして。



(困ったことになりました……)


 私こと来栖川美鈴は、とても困っていた。

 悩みの種は、今もなお私の臀部をグリグリと押してくる鞄である。


(このような状況、漫画で読んだことがありますね。こういう場合は、手を掴んで駅員さんに突き出せばいいのでしたっけ?というか、そもそもこれは痴漢なのでしょうか…。たしか漫画なんかでは手で直接触っていたような…。)


 これまでに1度も経験したことのない出来事どころか、書物等による追体験すら出来ていない、正真正銘初体験のケース。

 加えて今日はGW(ゴールデンウィーク)明けの初日である。

 普段ならば多少なりと警戒をしているはずだが、今日は完全に気が緩んでいた。


 有り体に言うと、その時の私は、とてもテンパっていたのだと思う。

 来栖川家の令嬢として、大失態に違いなかった。


 どうしていいかパニックになった私は、周囲の人間に縋るように視線を送った。

 恐怖と混乱で声すらあげられないとは、あまりに情けない。


 しかし、困ったことに誰とも目が合わない。

 それはそうだ。

 電車内で他の人と目が合うことなんて、そうあることではない。


 既に諦観すら感じ始めたが、不意に1人の男の子と目が交錯する。

 顔に見覚えがある。たしか五三(いつみ)君だ。


 二学年に上がり同じクラスになった男子だが、まだ一度もまともに話してるところを見たことがない。

 誰とも一切関わろうとせず、休み時間になると決まって隅っこの自席で寝てる。

 非常に謎多き人物だ。


 彼は私の顔を見るや、めちゃくちゃ嫌そうな顔をした。

 次に私の背中あたりを見て、その不機嫌そうな顔をより一層歪めた。

 その顔は何かに苦悩しているようにも見える。


(助けようか悩んでくれているのでしょうか……?)


 平素の私なら考えるわけもない、蕩けるような甘々な考え。紛うことなき希望的観測だ。

 女の子のピンチには、ヒーローが助けてくれる。

 それは勧善懲悪を良しとする創作のお話。

 誰に言われなくても分かっている。

 現実は、そんなに簡単じゃないのだ。


 人間の感情や弱さの糸は、私たちの足元で複雑に絡み合っている。

 突飛な行動には、必ず責任やリスクが伴う。

 リスクを犯しながらも、他人である私に手を差し伸べるメリットなんて、強いて言えば下心ぐらいだろうか。

 私の容姿が優れていることは、周囲の反応からおよそ理解している。

 果たして彼は、私とお近づきになりたいと思ってくれるだろうか。

 その可能性を瞬時に否定した。

 思わない。

 まるで自分という存在を殺すように、周囲に一切の干渉をしようとしない彼なら。


 だからさした期待はしていなかったし、私の視線を遮るようにスマホを手に取った彼を責めるのは、お門違いも甚だしい。


 そんな風に結論付けてしまったからだろうか、その後の展開には素直に驚いた。



 ──ジリリリリ!ジリリリリ!──



 今日日きょうび、逆に耳にする機会は減ってしまったであろう、“Theアラーム音”が聴こえてきた。

 音を出してる当人は、果たして気付いていないのか、長いこと鳴り止まない。

 音が聞こえ始めて数秒が経過したあたりで、私のお尻を押す感触が消えたことに気がついた。

 どうやら、音の出所をせわしなく探す人々の目が抑止力になっているようだった。


 アラームの音が大きく聴こえる方へ目を向けてみると、さっきの男の子と目が合った気がした。



 ────────────────────


(ホームへ降りたら、しっかりお礼しないといけませんね……。)


 そろそろ私たちの高校の最寄駅に着く。

 アラーム音が相変わらず鳴り止まない中、明らかにそわそわした様相で、時々こちらをチラチラ盗み見ている五三君を見て思案する。


 流石に他人の洞察力を、低く見積もりすぎではないだろうか。

 本人は隠しきっているつもりかは知らないが、間違いなくこのアラーム音は彼の仕業なのだろう。


 ふと、常日頃より愛読してやまない少女漫画のヒーロー達を思い出す。


 ある男は、おじさんの手を捻り上げていた。


 ある男は、主人公の背後に割り込んで守ってくれた。


 ある男は、主人公に「大丈夫?」と声を掛けていた。


 これは空想上のヒーロー達と比べて、確かに情けない助け方なのだろう。


 だけど、

 いや、だからこそか。


 五三君は、今や病的なまでに挙動不審になっていて、失礼ながら、自信なさげでもの凄く頼りない印象だ。

 アラーム音を鳴らすのにも、相当な勇気を振り絞ったはずだ。

 今の彼の姿を見れば、それが痛いほど伝わってくる。


 彼は、なぜ見過ごさなかったのか。

 傍観者の1人になるのを良しとせずに、行動を起こしてしまったのか。

 そこには、ただ単に私を救おうとする、そんな無償の善意が隠されているような気がした。


 もしかしたら、私がそう思い込みたかっただけかもしれない。


 彼のことをもっと知りたい。


 一目惚れなんて高尚なものではない。

 ただ単純に湧いてしまった興味。

 見たこともないタイプの人間を見つけたことにより、生まれてしまった知的探求心。


(ひとまず、教室で話しかけることから始めましょう。それからそれから……)


 美鈴は、今後の展望に思いを馳せるのだった。




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