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第1話 月曜日の憂鬱

 ジリリリリ!ジリリリリ!


 枕元のスマホへと手を伸ばしアラームを止めた瞬間、にへらーっと、だらしなく破顔した。

巷に聞く低血圧なるものかは知らないけれど、起きて3分間くらいはいつも寝惚けてるのだ。この瞬間だけは、わけもわからずとても幸せな気分になる。

 そして意識が覚醒するにつれ、身体中を引っ掻いたり、ほんの少しだけドタバタする。


 いつも通り、極めて平凡で憂鬱な朝だった。


 ──────────────────────


 ガタゴトと揺れるのが否応無しに不快感を煽る。

 加えて今日は月曜日だからか、車内がやたらと混み合ってるように感じた。

 いつも疑問に思うのだけど、同じ平日でも月曜日だけやたらと混んでるのはなぜだろうか。

 月曜日の憂鬱が見せる幻か、はたまた他に理由があるのか。

 いくら悩んでも明確な理由に辿り着けない。

 当たり前だ。だって僕にはそこに至るための知識も経験も、何もかもがてんで足りないのだ。


こういった場合に、普通の人が取れる道は4つだと思う。


 1つ目は、単純に疑問を飲み込んで忘れること。

 一見アホっぽく見えるかもしれないけど、これは意外に合理的な判断だ。

 なぜなら、月曜日に電車が混む理由なんて知ったところで、僕にとって究極のところ意味がないんじゃないかってこと。

 調べる時間も疑問に思う時間も、きっと無駄で仕方ないものだ。


 2つ目は、ポケットにあるスマホなりを使って調べること。

 いかにも若者っぽい考え。

 僕が取れる行動の中では、おそらくこれが正解。


 3つ目は、誰かに訊くこと。

 当然、訊く相手がいないのでパス。


 4つ目は、ただ無為に悩み続けること。

 無意味に時間を消化するだけで疑問も解消できない。本当にゴミ(・・)みたいな考え。僕が取れる行動の中では、おそらくこれは不正解。


 結局のところ、僕は4つ目の〝ただ悩み続けるだけ〟を選んだ。

 2つ目の〝スマホで調べる〟も魅力的ではあった。

 しかし、車内は満員とまでは行かないまでも、皆の肩が触れそうなくらいには混み合っている。

 そんな中でスマホを弄るのは僕には勇気が要るし、そもそも僕は、電車内でスマホを使えないタイプの人間であった。


 ゲームとかしてるときに、他の子に後ろから覗き込まれるの嫌いな子っているだろ。あれが僕。

 自意識過剰って言われると腹が立つけど、実際その通りなのかもしれない。

 核心を突かれると反論しようがなくて、ムカつく的なやつだろうか。


 それでも、皆が僕のスマホの画面を覗き込んで、嗤ってるように思ってしまうのだから、仕方がない。



 ────────────────────



 僕が悩みだしてから、20分くらいが経過しただろうか。

 納得できる答えが見つかる訳もなく、絶賛時間を無駄にし続けていた僕だったが、不意に強い視線を感じた。


 他人の視線に敏感どころか、捏造までしてしまう僕だからこそ気付けたのかもしれない。


 視線の出所である左前へ顔を向けると、女の子が涙目で僕を見ていた。

 ──なんで泣いてるんだろうか。──

 湧き出した疑問は、女の子のすぐ後ろを見て解消された。


 すぐ後ろに立っていたのは、サラリーマン風の男だ。

 左手でつり革を掴んでいて、右手には真っ黒なビジネスバックを持っている。


 それだけなら特に問題は見当たらないのだが、鞄を持つ右手がだいぶ怪しい。

 まるで目の前の女の子の下半身に鞄をわざと当てるかのように、不自然に動き続けてる気がする。


 この間テレビで見た気がする。

 たしか『新型痴漢』って呼ばれてるやつだったかな。

 従来の直接手などで触れるものではなく、あらゆる方法で女性を辱め、反応を楽しむらしい。

 その中に、鞄を押し付けるみたいなのが紹介されていた気がする。


 この目の前の光景を見てどうするべきだろうか。

 何はともあれだ、確証が無い。

 嘘か真か、痴漢は冤罪が多いなんて話も聞く。

 当人達以外に真実はわからないし、もしかしたら押し当てた事実はあっても、無意識下のことかもしれない。

 ──男は女の子が泣いてたら助けてやれ!──

 そんなジェントルメン的な意見もわからなくも無いけど、こういう時だけ男女平等は適用されないんでしょうか。これがダブスタってやつかな。

 そもそもの話、肉体的に僕がいくら強かろうと、僕なんて自他共に認めるメンタル最弱のクソ雑魚なんだから、助けを求める相手が間違ってるだろ。断言するけど、君よりも僕の方が総合値では弱いと思う。むしろ僕を助けてくれ。


 見て見ぬ振りをするための理由を、数秒でめいっぱい羅列した後、女の子から視線を外した。


 本当なら僕だって、こういう場面で女の子を助けに行くようなヒーローになりたかった。

 たった一言、声をかけられる勇気が欲しかった。

 見て見ぬ振りをしても痛まないような、鋼の心が欲しかった。


 全部僕には無いものだ。無い物ねだりに意味はないのかもしれない。

 けど無いものは相変わらず無いし、欲しいものは欲しい。

 こんな子供じみた問答は、一生僕について回るのだろう。


 何もかも足りないし、さして優しさすら持ち合わせていない。

 そんな最低な僕だから、出来ることなんてたかが知れてる。



 僕はポケットからスマホを取り出した。


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