サラの秘密
「ごめんなさい。誓いを守れなくて」
「謝ることはないよ。君のせいじゃない」
虫の息で話す妻のサラに、そう話しかけるのが精一杯だった。
その間にも、サラの身体が急速に冷えていく。
そう、そんな筈はない、人の身体がそんなに急に冷える筈が。
「お父さん、起きて。現実に還ってきて」
表向きは娘のサラが、眠っていた私が悪夢を見て唸り声を挙げたらしいことに気付いて、半ばいつものこととはいえ、私を揺り起こしながら、声を掛けてきた。
「夢か」
最近、妻のサラの出身星であるヌフ・オルレアンに行く際は、必ず夢を見る。
妻のサラが暗殺された時を模した夢だ。
「また、私の実のお母さんが暗殺された時の夢を見たの」
「ああ」
「ヌフ・オルレアンに行きたくなくなるな。そういう話を聞くと」
「そう言うな。お前の祖父母のいる星なのだから」
「それなら、義理のお母さんである叔母さんや、私の弟妹も一緒に行けばいいのに」
「うん。それも一理あるけど、妻のサラの墓には、お前と二人で赴きたくてな」
「それもそうか」
私とサラは、いつものような会話をした。
だが、私とサラの2人だけで行くのには、それなりの理由がある。
「よく来たわね。ドラゴン狩りの準備は整っているわ。墓参りをして、一晩、休んで、ドラゴン狩りに行きましょう」
私の義父母のユーグとアンナは、私達を歓待してくれた。
ちなみにドラゴンと言っても、本当のドラゴンではない。
ヌフ・オルレアンにいる、かつて地球で闊歩していた恐竜のような巨大爬虫類のことだ。
とは言え、相手が相手なだけに、12.7ミリ機関銃を装備した装甲車に乗り込んだ等した上でのドラゴン狩りが、当たり前ということになる。
話を戻すと、ダヴー伯爵家は、ほぼ名目上とはいえどヌフ・オルレアンの統治者だ。
それも代々受け継がれて、統治期間は数百年に及んでいる。
その権威は極めて高いといって良い。
だからこそ。
サラを別室に置いて、私達3人は、あらためて秘密の会話を交わした。
「やはり、生育環境が違うと、クローンでも容姿は変わるのね。エマは気づかないの」
アンナ義母さんは、そう私に訊ねた。
「ええ、少なくとも私の前では気付いた気配はありません」
私がそう答えると、ユーグ義父さんは、眉をしかめた。
「我が娘ながら鈍いにも程があるな」
「まあまあ、万が一に備えて、そうした甲斐があったと思いましょう」
アンナ義母さんは、そう夫を宥めた。
そう、サラがクローンなのを、最初から知っているのは、この3人だけだ。
(皇帝陛下は、と言われそうだが、あの方は最初から知っていた訳ではなく、後から情報収集で察してしまわれたのだ)
30世紀現在、遺伝子操作はそれなりに問題なくなっているが、そうは言っても、人間のクローン作製というのは、フランス帝国法(フランス以外の大抵の国でもそうだが)違反だ。
フランス帝国の統治下にある、このヌフ・オルレアンにおいても、違法行為とされている。
だが、それを行うのが、ヌフ・オルレアンの統治者であるダヴー伯爵なら、誰もが目を瞑ってしまう。
この義父母の援けで、私は、妻のサラのクローンを娘にすることが出来た。
それに、このヌフ・オルレアンには、もう一つの利点があった。
「ヌフ・オルレアンの人工子宮に伴う出生法のお陰で、エマは疑っていないようです」
私の言葉に、義父母は肯いた。
ヌフ・オルレアンは、地球に比べて重力がやや大きい。
それ以外の要因もあるかもしれないが、このヌフ・オルレアンへの移民が始まった当初、出産時の事故が多発して、胎児の無事な出産に至らない事態が多発したのだ。
そのために出生法が特にヌフ・オルレアンでは制定された。
人工子宮を使用しての出産、出生を奨励するという法律だ。
ただ、この法律の下では、生物学上の母が死んだ後でも、人工子宮で子どもが産まれるという問題が生じてしまうのだが、背に腹は代えられないし、父親ではよくある話ではないか、という主張が強く、この出生法は制定された。
その影響は未だに遺っており、ヌフ・オルレアンでは、人工子宮を使った妊娠、出産が圧倒的多数という現実が未だにある。
そう言う事情もあって、私の目の前にいるアンナ義母さんは、次期ダブー伯爵にあるルイ義兄さんに加えて、サラ、エマという3人の実子がいる身でありながら、自然分娩の経験は一度もなく、未産婦のままであり、自分の母乳を子どもに与えた経験がない。
それもあるのだろうか、アンナ義母さんは、60歳に手が届く年齢の筈なのに、40代前半と言い張れる体型を未だに維持している。
そして、それを生まれた頃から見聞きしていた私の現在の妻、エマも、今のサラの出産経緯に関して疑問を覚えていない。
そう今のサラは表向きは、僕達夫婦が里帰りをした際に、僕達夫婦の受精卵を人工子宮に預けて、それによって産まれた子、ということに書類上はなっているのだ。
技術的な問題もあり、実際に今のクローンのサラが人工子宮から出生した日と、僕達夫婦が受精卵を人工子宮に預けたはずの日の関係はずれており、見る人が見れば一目瞭然と言えるのだが、そういった書類を実際に作ったのは目の前の二人であり、それが誤魔化せるように書類を作成したのだ。
そして、この二人に文句をつけるようなヌフ・オルレアンの住民は、誰一人いないといって良い。
それにしても。
この二人と会うたび、クローンのサラの母体になった卵子は、誰のだったのかを自分は聞きたくなる。
その手配りはこの二人がしていて、それを聞かないのが、サラのクローンを創る条件だった。
案外、目の前の義母の卵子を使ったのではないか、そういう疑念が自分の心の中に浮かぶ。
とは言え約束は約束だし、それに真実を目の前の二人が明かすとは自分には思えない。
そう想って、自分は疑問を心の中に押し殺している。
更に言えば、二人の娘のエマを自分が娶るというのも、サラのクローンを創る条件だった。
目の前の二人にしてみれば、サラのクローンと自分が結婚しようとしている、という疑念を覚え。
(実際、自分の心の中で、そういった想いが全く無かったのか、と言われれば、否定はできない)
それを回避するとともに、クローンと分かった際の家族間の軋轢を小さくするための条件だった。
もっとも、それは結果的に完全に杞憂になってしまった。
幾ら何でも、自分の手でおむつまで代えた女性と結婚したい、と思う程、私は非常識な人間ではない。
サラのクローンと共に暮らし、サラのクローンの成長を見守るうちに、サラのクローンは、私にとっては完全に娘となってしまった。
今のサラは、私にとっては間違いなく娘だ。
だが、そうは言っても。
「サラの花嫁衣裳を改めて見たいが、サラはその気になっているのか」
「まだまだですね。私と一緒に宇宙を飛び回りたいようです」
義父の問いかけに、私は答えた。
「折角の相手がいるのに」
アンナ義母さんは、溜息を零した。
そう二人は、皇太子殿下がサラに求婚していることを知っている。
そして、それを二人は進めたいが、私は親バカで、本音ではサラを結婚させたくはないのだ。
でも、いつかサラは結婚するだろう。
自分は、それを見送らねばなるまいが。
「もう少ししたら、サラも分かってくれますよ。それまで、宇宙を飛び回らせてください」
私は、義父母をそう言ってなだめながら想った。
そう、もう少しの間、妻のサラの代わりに娘のサラと私は宇宙を一緒に飛び回りたい。
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