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第五話 堕ちた聖人

「さあ、異端者よ。牢へ戻れ。今ならまだ苦しまずに処刑してやる」


 外側から開かれた地下室の扉の先には、ランタンを持った司教様と護衛の騎士が三人ほどいます。牢から抜け出して、まだそんなに時間は立っていないのにもう見つかってしまったようです。


 ここで捕まれば、今度こそ終わりでしょう。


 なので、僕は、どうやってこの場を切り抜けようかと必死になって策を考えようとしましたが、直後に驚愕の表情を浮かべている司教様の顔を見て、思わず思考が停止しました。


「えっ? 何故? その御方が……」


 司教様は、棺にいた少女が立っている、いや、生きていることに大変驚いているようです。


「そんな、馬鹿な! 馬鹿なああああ!」


 驚きの余り、悲鳴を上げる司教様を心配してか、それとも、夜遅くに連れ出されてか、護衛の騎士達が司教様に声を掛けます。


「司教様、一体何に驚いているのですか?」

「そもそも、この部屋は一体何です?」

「この教会に配属されて、私は三年経ちますが、教会の下にこんな地下室があるなんて聞いてませんぞ」


 会話を聞くに、どうやらこの怪しげな部屋の事は司教様しか知らなかったようです。その後、騎士達に問われて少しだけ落ち着いたのか、司教様は震える声で騎士達の問いに答えます。


「そ、そこに、おられる、銀髪の少女は、せ、聖人様だ」


 聖人様? 


 この一年間は、ロイスさん達の元で冒険者の一般知識と魔物の解体方法しか学んでおらず、村にいた時も、村に教会がなかったため、ルクシオン教に関する知識に疎いと牢に入ってから、改めて自覚した僕です。


 当然、聖人と言う言葉も今知りましたが、流石に教会関係者だけあって騎士達の慌てようは凄まじかったです。


「せ、聖人ですと?!」

「偉大な功績を上げた聖職者に教会が送る最高峰の栄誉である称号。五百年に渡るルクシオン教の歴史上、未だその称号を与えられた者は十人にも満たない、あの聖人でありますか?!」

「そのような御方が、何故、あの脱走者と共に、このような薄暗い地下室に居られるのですか?」


 正にその通りです。そんなに凄い聖人様がどうして、ルクシオン教の教えに反する形で、こんな薄暗い地下で遺体となって安置されていたのか。僕はそれが知りたかったのです。


「そ、そんな事はどうでも良い。それよりも問題なのは、あのお方は、三百年前にすでに亡くなっていて、その遺体はこの場に三百年間安置されていたことだ」

「えっ? 普通に立っているではないですか?」

「どう見ても、生きているようにしか見えませんが? ん!?」

「ま、まさか!?」


 騎士達は、今の司教様の言葉で何が問題なのか理解できたようです。同様に、驚きから怒りへと表情が変わる司教様と騎士達を見て、僕も彼らの頭の中が理解できました。


「お、おのれえええええ~。何が、自分は危険なスキルを会得する可能性は低いだ!!! この短期間に死者隷属を会得するばかりか、偉大なる聖人様をも己の私物にしやがってえええええええええええええええええ!!!!!」


 こんなに怒っている人間を見たのは生まれて初めてです。ロイスさん達も僕に対してしょっちゅう怒鳴っていましたが、ロイスさん達の怒りと司教様達の怒りが違うのは、よく理解できました。


 どうやら、これは本当にやってはいけない事をやってしまったみたいです。あの怒りようから見て、多分もう謝っても許してくれないでしょう。すでに処刑が確定している身ですが、死刑の前に辛い拷問をされるかもしれません。


「いいですか皆さん!!! かつて、英雄と讃えられた聖人様を、あんな小僧の玩具にしてしまって良いわけがありません!! 同じ神の意に従う者として、奴を決して許してはいけません!!」


 戦意を向上させるためか、司教様は騎士達に檄を飛ばします。その檄を受けて、騎士達はそれぞれの武器を取り出します。


「騎士である、あなた達は知っているでしょうが、『死霊術士』を殺しても、死者隷属で蘇った死者の魂が浄化されることはありません。その代わり、術者が死んだ直後に、理性を完全に失い人肉を食べることのみに固執する完全なるグールと成り果てます!! ですから先ずはあの聖人様を拘束するのです。できるだけ傷つかないように!! しかる後あの異端者を捕らえ、己の犯した罪を心の底から反省するまで拷問し処刑します」


 もう覚悟を決めるべきでしょう。


 一度は死刑判決を受けた身ですが、それでも自分は何一つ罪は犯していないと思っていました。


 でも、目の前に立つ、僕を親の仇のように睨みつける彼らの顔を見れば、自分がどういう立場に立ってしまったのか、はっきりと理解できてしまいます。


 犯した罪は償わねばならないと今でも思います。でもそれ以上に死にたくはありません。


 だから覚悟を決めねばなりません。世界を支配する教会を敵に回し、人の道を外れる覚悟を!!




 僕は対人戦闘経験は皆無ですが、多少の手傷を負わせるくらいの魔法の腕があります。


 ですが、教会の騎士の強さは、冒険者で言えば、一人前と言われるBランク以上です。しかも、それが三人もいます。


 追い討ちを掛けるように魔法の威力を上げる杖が手元にないので、絶望的なほど勝ち目は極めて薄いですが、それでも、ここで負ければ、拷問と処刑しか待っていません。


 最後まで、戦うしか道はありません。


「やれ!!」


 そして、司教様の号令と共に、騎士達が斬りかかってきます。その動きは想像以上に、素早くとても対応できませんでした。


 そうです。戦う前から結果は見えていました。やはり、僕なんかが勝てる相手ではなかった。


 負けた。


 そう思いこみ、戦いを放棄して思わず、目をつぶってしまいました。


 ですが、十秒近く経ったのに、騎士達の剣は僕に届いていません。僕は何が起きたのかと、恐る恐る目を開けるとそこには、返り血を浴びた銀髪の少女が立っていました。


「主様が何もご命令を下さらなかったので、静観していましたが、主様に危害を加えるのであれば、話は別です」


 少女の人差し指は異様なほど赤く伸びています。最初は指そのものが伸びたと思いましたが、よく見ると、爪の先の部分が真っ赤に変色して伸びており、その鋭く伸びた赤いレイピアを思わせるような物体が、迫りくる騎士の一人の脳天を貫いて一差しで殺してしまったようです。


「そんな、まさか一撃で! 死者隷属で蘇った理性のあるグールとは言え……これが聖人の力、いや、それよりも」


「そうだ! その赤く伸びた爪は何だ! それはまさか血か?血を操れるのは、最強のアンデットであるヴァンパイア特有の能力のはずだ!」


 ヴァンパイア!? 


 昔、本で読んだことがあります。他者の血を吸う最強のアンデット。高い再生能力と身体能力を持ち、自らの血を自在に操り武器とする。伝説の生物だと。


 しかし、そうなると新たな謎が生まれます。


 『死霊術士』の持つスキル死者隷属で蘇る者はグールになるはずです。ですが、彼女はヴァンパイア特有の能力を使います。つまり、彼女は元々ヴァンパイアだったのでは?


 そして、先程騎士達が言うように聖人は教会の象徴のはずです。なので、アンデットのことを毛嫌いしている教会が、アンデットの一種であるヴァンパイアを聖人認定するはずがありません。


 騎士達も、僕と同じ疑問に至ったのか、信じていた聖人がすでにアンデットだったことについて司教様に答えを求めましたが、その答えを彼らが知ることはありませんでした。


 残った騎士達は司教様の答えを聞くよりも早く、謎の少女の手によって、全員絶命しました。


「主様に対して、刃を向ける愚か者は排除しました。残すは、そこの神父だけですが、如何なさいますか?」


 高い戦闘能力を持つはずの騎士達をあっさりと殺めた少女は、その赤い瞳で僕を見つめ命令を待っていました。



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