エピローグ 道は続く
「残ったのはこれだけか、半分近くやられたな」
闇の王が消えた後、何も言わずに去って行ったオリバーを見届けた後、ジンと少しだけ話をし、シドは生き残った仲間達と森の中で合流を果たした。
「それで、どうするよリーダー? 闇の王の出現には驚いたが、消えた今もう問題ではない。それよりも今重要なのは、魔眼を失った件だ」
あれがなければ、何もできないだろうとガリアンはシドを責める。その言葉に残りのメンバーが賛同する中、シドは、テロ行為は一旦保留にして、ルーチェ・ローズマリアについて調査をするという自身の考えを伝えようとしたが、瞬時に察したとてつもない気配に警戒態勢を取る。
それは、他のメンバーも同様で、森の奥から現れた存在に身構える。
そんな彼らの真剣な雰囲気を馬鹿にするかのように両手を叩き、拍手しながらシルクハットを被る貴族のような出で立ちの男性が森の奥から姿を現した。
「フンベルト伯爵!!」
謎の男の正体を瞬時に看破したシドの言葉で、ネクロポリスのメンバーに衝撃が走る。
当然であろう。フンベルト伯爵は四番目のヴァンパイアなのだから。
「いやいや、皆さま、そんなに警戒しないでくださいよお。それにしても、久しぶりに我らの神のお姿を拝謁しました。今日はなんて良い日なのでしょう!!」
軽口を叩くも、相手は圧倒的な力を持つヴァンパイア。ネクロポリス達は一切気を緩めない。その姿を見て、皆さん真面目ですねとため息をつきながら、フンベルト伯爵は本題に入った。
「皆さま、今日は本当に良いものをお見せくださいました。我らの神が現れなければ、今日一番の驚きなのに、残念です」
「要件は何だ?」
いかにヴァンパイアとはいえ、これ以上ふざけた行いにはついていけんとシドは厳しくにらめつける。しかし、フンベルト伯爵は一切意を返さずに笑顔のまま口を開ける。
「皆さまの開発した複合術、ネクロポリスでしたか、あれは本当に素晴らしい。本当に素晴らしい戦略兵器ですよ」
自暴自棄とは言え、世界を滅ぼすために苦労して開発に成功した術を他人から兵器と呼ばれて、ネクロポリスのメンバー達は即座に頭に血が昇った。
しかし、彼らの怒気をかき消すほどの強者達が上空から飛来し、フンベルト伯爵の側に舞い降りる。全員が異なった天職や種族の持ち主ではあるが、桁外れに強い点では一致していた。
「……千人殺しの快楽殺人者、隣国パルム王国の国王を暗殺した最強の暗殺者、ハイエルフの神童、王都の闘技場で勢い余って観客まで殺した獣人、世界でただ一人、上位天職・黒騎士の上位互換である暗黒騎士を持つ追放されたSランク冒険者。故郷を追われた、東国の魔法使いと言われる陰陽師。こいつら全員、教会からSランク以上の脅威判定を受けている国際指名手配の犯罪者じゃないか?!!」
錚々たる面子に、裏の世界の顔に詳しいネクロポリスメンバーが叫ぶが、その直後、立っていたれないほどの暴風を引き起こしながら、巨大なドラゴンが森の木々を押しつぶしながら舞い降りた。
「風の竜王シルベスト」
シドの友であるバーレスのライバルであるドラゴンの名前をシドは口から漏らした。
「どうですか?すごいでしょう。我々の組織は? ここ数年間、皆さまが派手に暴れてくれたおかげで、教会の監視が緩くなり、裏の世界に生きる猛者達をこうして勧誘することができました」
全て皆さまのおかげですよと、いちいち強調して口にするフンベルト伯爵に苛立つネクロポリスのメンバー。その中で唯一冷静だったシドが、哀れな奴だと眼帯を外し魔眼のなくなった己の左目を見せつける。
「ふん、残念だったな。このように左目の魔眼はもうない。あれがなければ、お前の言う戦略兵器はもう使えんぞ」
完全に負け惜しみではあるがシドは勝ち誇ったかのように言う。しかし、それを聞いて、フンベルト伯爵を始めとした裏世界の猛者達は、揃って各々体の一部を見せつける。
「そ、それは、まさか?!」
右手、左足、瞳、牙、眼球、皆それぞれ別の部位ではあるが、それら全てがシドを激しく動揺させるほどのものであった。
「ご想像の通りです。これら全てが、かの神の体の一部でございます」
フンベルト伯爵は気軽な口調で言うが、シドにしてみれば冗談ではなかった。どんな強者であっても、あの闇の王に近づくだけで、あの巨躯に取り込まれる。そこから脱出するなどほぼ不可能である。ましてや体の一部を強奪するなど正気の沙汰ではない。
だが、それを行った者とシドはつい先程まで戦っていた。
「なるほど、ヴァンパイアである、あなたであれば、それも可能かフンベルト伯爵?」
シドは確信と共にフンベルト伯爵に問いただすも、フンベルト伯爵は残念そうに首を横に振った。
「残念ですがそれは違いますよ。というより、私如きが神から肉体を奪うなどできるはずがないでしょう?あの時、私は、死なないように必死になって逃げるので精一杯でしたし」
「では、誰が?」
シドは改めて問おうとするが、考えてみれば、もう心当たりは一人しかいなかった。シドがその人物に気が付いたのを察してフンベルト伯爵は両手を広げる。
「その通り!! これこそが我らが王、第一ヴァンパイア。アルカナード様の力なのです!!」
その一言で、ネクロポリス達のかつてないほどの衝撃が走った。
二番目、三番目、六番目と七体中三体のヴァンパイアがすでに教会の手によって討伐されているが、フンベルト伯爵を始め、まだ四体生き残っている者達がいる。
その中でも、最強最古に位置付けられている存在。千年という悠久の時を過ごす闇の支配者と恐れられる者を軽んずる者はこの場には一人もいない。
この場には来ていないが、自分達の頭の名を告げただけで、これだけ動揺したネクロポリスを見て、フンベルト伯爵は、満面の笑みを浮かべる。
「歓迎しますよ、ネクロポリスの皆さま、我々の組織の名は夜の帝国。我々は種族も天職も問いません。ただ教会が憎い、それだけあれば十分です。さあ、今こそ、我々と共に、憎きルクシオン教を滅ぼして、奴らの掲げる偽りの神を引きずりおろし、我らの真の神にその大いなる頂きへお戻り頂くのです!!」
アクアロードを旅立って二か月後、僕とリーリスは、アズライト王国の国境付近にいました。
色々あったものの、あの事件は、結果的にネクロポリスが引き起こしたテロ事件と認知され、速やかに現場に駆け付けた王国軍や教会のおかげで、数日の内に幕引きとなり、アクアロードの悪夢と呼ばれるようになりました。
本来であれば、あの事件は、ここ一年、様々な噂が飛び交うような大事件なはずなのですが、その僅か、三週間後に起きた新たな大事件のせいで、アクアロードの悪夢について噂する人は今は、ほとんどいません。
そのおかげで、教会の目がそっちにいってしまい、僕達は追われることもなく国境までたどり着いたので、あまり文句は言えませんが。
「ジン様、あの山の中腹をすごい数の軍団が移動しているのが見えます」
僕の目よりも遥かに優れた目を持つリーリスはここからそう遠くない距離に大規模な軍隊が行軍していることを教えてくれました。
「よし、では迂回して行くか。リーリス案内よろしく」
「はい! それにしても、大変なことになってしまいましたね。この国」
リーリスの言う通りです。世界最強の国とうたわれたアズライト王国は今存亡の岐路に立っています。
アクアロードの悪夢から三週間後、アズライト王国の王都ソロンは突如謎の軍隊の襲撃を受けて陥落。王族や貴族、国の中枢がほとんど殺され、アズライト王国の政府機能は今もマヒしたままです。
そして、王都を襲った者達は、自らを夜の帝国と名乗り、旧王都ソロンを新帝都と改名、そのまま本拠地として使い、ルクシオン教及び、それを国教とする全国家に対して宣戦布告をしました。
数はそれほど多くはないようですが、最強最古の第一ヴァンパイアが皇帝として君臨し、多数の種族と数多の天職者が組する夜の帝国の軍事力は、今のルクシオン教の世界を揺るがしかねないと教会は判断を下しました。
そのため、教会は勇者や各騎士団、異端者殲滅機関、冒険者ギルドなどの教会の持つ全ての戦力に、王国軍の生き残り、そして、ルクシオン教を国教とする諸外国からの援軍を加えた史上類を見ない大連合軍を創設して、王都奪還並びに、第一ヴァンパイアの討伐を目的とする聖戦を行うと発表しました。
リーリスが今見た軍隊は、教会の要請に応えて、兵を派遣することを決めた諸外国からの援軍でしょう。
「戦争か、きっと、あの事件が霞むほどの、多くの人がこれから死んでいくんだろうな」
立ち寄った町で聞いた噂ですが、ネクロポリスも夜の帝国に参加しているそうです。他に居場所がなく、自分達で居場所を作るしか選択肢がなかった死霊術士を迎え入れてくれる居場所ができたのは、良いことなのでしょう。
しかし、そうなると、ネクロポリスの死霊術士の手によって、戦死者は敵味方問わず、死して尚戦列に加わり、ただでさえの地の底である死霊術士の評判がさらに下がるなと僕は思いました。
ですが、これから戦乱の地から離れる僕には関係ありません。
世界がどうなろうと知ったことではありません。それでも自分の行く道が正しいのか少しだけ不安です。
「リーリス、これから戦争が始まるのに、戦地から逃げ出す僕をどう思う?」
力があるのに戦わない。死霊術士さえも受け入れる組織が現れたのにその組織に参加しない。
果たして僕の選択は間違っているでしょうかと不安になりましたが、気弱な僕を励ますかのように、リーリスは笑顔で元気よく返事を返してくれました。
「ジン様は、ジン様ですよ。他の死霊術士とは違います。私をコフィン・ボックスに入れないで一人の人間として扱ってくれる、変わり者の死霊術士です。だから、今の発言はジン様らしくありません。もしルーチェさんがいても同じことを言ってくれるはずですよ」
「ふっ、ありがとうリーリス。そうだね、早くルーチェを迎えに行かないといけないね。行こうリーリス!!」
「はい!!」
死霊術士になったことで、追われる身となり僕の人生は一変しました。しかし、悪いことばかりではありませんでした。
僕達は、あの日のルーチェとの約束を果たすため、前人未到の道をただひたすら真っすぐに進んで行きます。
これにて完結となります。
ここまで応援して頂きました読者の皆様、最後までお付き合いして下さり、本当にありがとうございました。




